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2010年6月25日 (金)

「社会経験」 は偶像か? 


KGK・Y主事のブログに、「社会経験という名の偶像?」 と題された 6/23 付の文章がアップされています。 率直に言って、多くの点で違和感を感じる内容です。


初めにことわっておきたいのですが、私には他人様のブログ文にケチをつける趣味はありません。 そもそもブログ文などは、面と向かってする批判の対象にすらならないジャンルだと考えているからです。 私が批判の対象にするとすれば、それは 「著書」 であり 「著作」 です。 作者が公に(しばしば有料で)問うた作品です。 (それゆえ、私は著書を上梓される人を尊敬します。 時に厳しい批評の対象となることを弁えた上で、敢えて公に自説を問うておられるからです。) Y主事はご自分の著書を著し、その中で 「社会経験」 を論じておられます。 上記題名のブログ文は、実質的にその繰り返し(または焼き直し)です。 従って以下に述べるのは、Y主事のブログ文に対する批評という形はとりますが、実際には彼が公に問うた著書の中で展開した議論への応答でもあります。


さて、Y主事の著書ですが、私はこの本を極めて高く評価しています。 実際、元同僚としてまた畏友として、彼の文章や発言から今まで本当に多くのことを教えられてきました。 従って、この著書の議論や主張には、基本的にほぼすべて同意しているのです。 但し、件の 「社会経験」 の部分を除いてです。 この箇所についてはどうにも腑に落ちません。 間違っているというより、極めて重要な問題を取り扱いながら、 "議論が粗い" という印象を受けるのです。 

(続く※)


※週末から聖日にかかるため、続きは 6/28(月)以降になる予定です。


 

 

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