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2020年6月 1日 (月)

一読をおすすめ

 

昨年12月の投稿『キリル・ペトレンコ指揮 イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団』の中で私は書いた。

私にとって「聖書の世界の旅」のようなイスラエル旅行は二義的目的であって、正直あまり関心はない。だから団体旅行やパックツアーには参加しない。単独旅行だ。私が関心を持つのは現代のイスラエル。実際、テルアビブは活力に溢れていた。中東のシリコンバレーだ。スタートアップ(起業)の国としてイスラエルが世界中から注目を集めていることをいったいどれほどの日本人が知っているだろうか。

 

多くのクリスチャンにとって、現在のイスラエルに対する認識は依然「聖地巡礼と観光」の国に留まっている。これは残念だ。現代のイスラエルという国をまずはありのままで知った方がよい。

Img_6265 先週、Amazon.com からホヤホヤの新刊書が届いた(画像をクリック!)。イスラエル関連本が東洋経済新報社から出たのだ。日本の経済界でもいよいよイスラエルが本格的に注目されることだろう。そういえば、昨日の『そこまで言って委員会NP』(読売テレビ系)で、自動車業界に詳しい経済ジャーナリストの井上久男氏もイスラエルの「タルピオット」に言及していた。これは大学だけでなくイスラエル国防軍(צה"ל - צבא ההגנה לישראל)との関係も深い。

トリビアねただが、本書 p. 91 で言及されている山森みか氏(テルアビブ大学人文学部東アジア学科講師)は、私の恩師 J. G. マコンヴィル先生の『エズラ記・ネヘミヤ記・エステル記』(デイリー・スタディ・バイブル11、新教出版社、1999年)を翻訳してくださった方だ。

尚、本書とともに、ダイヤモンド社から刊行されている『アップル、グーグル、マイクロソフトはなぜ、イスラエル企業を欲しがるのか? イノベーションが次々に生まれる秘密』 ダン・セノール/ シャウル・シンゲル(著)、宮本喜一(訳)(2012年刊)も併せて読まれることをおすすめする。

 

2020年5月24日 (日)

8割自粛というサンクコスト

 

Imagehtml_20200524045201 Image1html 日本の大衆は事実と論理がきらいで、格好いい「正義」が人気を集める。それが社会を席巻すると、その「空気」に官僚が迎合して、誰も止められなくなる。 格好いい "正義" が社会を席巻すると「空気」が生まれ、それに官僚が迎合し、更に政治家(権力者)が便乗する。かくして、誰も責任を取らなくなる。「反原発(再稼働)」・「憲法9条論議」等々、何であれ、負担しなければならないコストを他に押しつけたままのフリーライダー(タダ乗り)として「正義」を叫ぶことは格好いいし、気持ちもいい。

今回の新型コロナ騒動での "正義"(=空気)は「8割自粛」だった。恐怖を吹聴して煽ったのはマスコミ。

Img_d36f304de0fa7b843c3a988713d4bc9a9981 Eygyflqu8aefggt左側の画像は西浦教授(北海道大学)による感染者数の推移グラフ。右側の画像はそれに京都大学大学院の藤井 聡教授のコメント入りのものである。個人的には、普段ワイドショーに登場する時の藤井教授の主張には同意しかねるものが多いが、8割自粛に関して「無駄かつ不要」との意見には賛同する。西浦教授も認めるように、感染者数のピークは 3/27 であった。緊急事態宣言は 4/7 に行われた。すでにピークアウトした時点での宣言は本当に必要だったのか? この宣言(&延長)が日本経済にどれほどの甚大なダメージを与えたか。。「空気」に迎合した官僚は厚労省クラスター班(率いたのは西浦教授)。便乗したのは政治家(安倍首相、小池都知事、そして吉村大阪府知事も)だ。

以前の投稿を繰り返すが、日本のコロナ死亡者数は欧米より二桁も少ないのだ。人口が1億3千万人の国でだ(因みに英国:6670万人、ドイツ:8300万人、フランス:6700万人、アメリカ:3億 3千万人)。普通なら、専門家委員会はその特異性の原因を究明しようとするはずである。遺伝子的なものなのか、BCG 接種やワクチン等から獲得した自然免疫によるものなのか諸説はあろう。しかし原因究明の公式な取り組みは一切ない。自然免疫のような学説もタブーなのだろう。互いに学説や仮説を批判し合わない専門家医学者集団の姿は、一般大衆にはまさに学閥と親分子分関係の強い「白い巨塔」と映ったはずだ。

ドイツの幸いは、リーダー(メルケル首相)が物理学の博士号で、数字が読めたこと。ロックダウン解除もデータやグラフの数字、疫学での数式等を自分で読んで判断したのであろう。日本の不幸は、リーダー(安倍首相)が「空気」で緊急事態宣言を決断したこと。リーダーが「空気」で判断することの致命性は山本七平著『空気の研究』(上掲画像参照)に詳しい。藤井教授が言うように「8割自粛」が壮大な無駄であったのなら、「経済活動をストップした」「外出を自粛した」「STAY HOME をがんばった」国民ひとりびとりの頑張りはすべてサンクコスト(埋没費用)になる。誰も責任を取らない中で、果たしてあなたはそのサンクコストを受け入れることができるのだろうか?

 

2020年5月20日 (水)

神学校に遠隔授業なんて似合わない

 

ポスト・コロナの時代とか言われている。政府はお節介にも「新しい生活様式」などと提唱し始めた。生活や仕事の仕方がコロナ後で一変するとのことらしい。私などはむしろ、何年か後に「風邪程度の病気になぜあんなに大騒ぎしたのだろう」と人々は述懐するのではないかと思っている。現時点では、個人的には、インフルエンザの方がよほど怖い。死亡者の数も多い。なのに、ワクチン接種に健康保険がきかない。新しい生活様式など国民にお節介するくらいなら、政府はインフルエンザ・ワクチンを保険適用にしろ!と言いたい。

コロナ騒動で在宅勤務や学校の遠隔授業が加速すると報道されている。神学校もその流れに乗るのか。例えば、警察学校で遠隔授業が成立するのだろうか? 私の息子はレスキュー隊員(高度救助隊員)だが、消防学校で遠隔授業などあり得るのだろうか? ユダヤの格言にこういう言葉があるらしい。

勉強したければ図書館に行け。神学校とは、偉大な教師の前に座ることである。

 

この格言は神学教育の本質を突いている。伝道者・牧会者の育成が遠隔授業で事足りるなら、神学など所詮その程度の学問(discipline)ということだろう。だが私はそう思わないし、思いたくもない。

 

 

2020年5月 6日 (水)

この記事には泣いた

 

NHKニュースから。

宣言延長「先見えず 気持ち折れた」老舗洋食店閉店へ 東京

 

当ブログ読者はお分かりと思う。

日本では新型コロナは3月末にはピークアウトを迎えている。従って、緊急事態宣言も、まして宣言延長など全く不要と私は考えている。3月17日の投稿で「政権批判は収束後にしたらどうか」と書いたが、もう収束(終息ではない)していると考えているので、遠慮無く政権批判する。

日本の新型コロナ死亡率は欧米諸国より二桁も低いのだ。現役世代にすら外出自粛を求める無能な政治家の愚かな方針は今後に間違いなく長い禍根を残す。

政府&専門家会議を大本営、西浦氏&厚労省クラスター対策班を青年将校、小池都知事を関東軍に例えると、太平洋戦争の構図と酷似している。池田信夫氏は共通点として「・青年将校がクーデタで意思決定機構を飛び越す。 ・参謀本部がデータを無視して誇大な戦果を予想する。 ・首相は数字を見ないで空気で開戦を決める。 ・御前会議はそれを追認するだけ。 ・マスコミが「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」と精神論をあおる」とコメントしている。キリスト教会も通り一遍な政権批判(e.g. 安倍ガー論者等)ではなく、池田氏のような時代を見る眼が必要ではないか。

私は愛知県民だが、大本営発表鵜呑みの大村知事の会見を見ていると情けなくなる。それに比べ、大阪府の吉村知事は自分の言葉で語っている。出口戦略も示しつつある。今後、大阪モデルが日本モデルとなる兆しあり。有能なリーダーを持つ大阪府民がうらやましい。

 

2020年5月 1日 (金)

近況&時事放談

 

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更新休止中だが、以前の投稿で「5月上旬頃に数回、6月にも数回ほど投稿するかもしれません」と書いたので。

ゴールデンウィークは原作マンガ(1988〜1994 連載)とアニメ(1998 放映)DVD で『MASTER キートン』三昧。 原作連載当時、軍事専門書籍や雑誌ですら "SAS(Special Air Service)" を「(英国)空軍特殊部隊」などと誤訳していたのに、このマンガはきちんと「(英国)陸軍特殊空挺隊」と訳していた。英国贔屓の私を唸らせたものだ。そう、SAS は陸軍の特殊部隊である。私は、孫たち(女の子)が小学生になったら、この原作マンガとアニメ DVD Box をプレゼントしてやろうと今から決めている。キートンのような男こそが真のジェントルマンだからだ。

 

新型コロナに関しては、以下のブログが私の思いを代弁してくれている。日本は、イスラエルにもスウェーデンにもなれない国。相変わらず中途半端だ。マスコミは「自粛警察」になり果て、自粛の根拠になっている緊急事態宣言を批判できず、終了など到底言い出せない。戦時中に新聞が憲兵隊の手先になったのと相似形。池田信夫氏が言うとおり、国内の雰囲気はまさに 1930年代だ。

川口マーン惠美氏のブログ

「コロナ対策優等生」 イスラエルとスウェーデンはどこがすごいのか 日本やドイツと決定的に異なる点

 

池田信夫氏のブログ

安倍首相は「緊急事態ギャンブル」に敗れた

 

 

2020年4月17日 (金)

時事放談

 

更新休止中ではあるが、池田信夫氏のツイートには苦笑してしまった。1930年代化する日本。

官邸が意思決定できなくなり、専門家会議も形骸化して「御前会議」になった。その空白につけ込んで西浦大尉ひきいる厚労省クラスター班が「42万人死ぬ」と国民を恐怖に陥れ、マスコミは「戦時体制だ」と政権をあおる。安倍首相は近衛文麿に似てきた。

「国民の命を守らないと経済も守れない」というのは、戦時中の軍部の殺し文句だった。そして圧倒的多数の国民は、それに翼賛したのだ。

 

世相は「ゼイタクは敵」「欲しがりません勝つまでは」になっている。

因みに「そのうち感染死亡者が激増する」という仮説は、「そのうち」を言い続ければ外れることはない。即ち「反証可能性(falsifiability)」がない。従って、科学ではない。「どのような手段によっても間違っている事を示す方法が無い仮説は科学ではない」(科学哲学者 カール・ポパー)

時事放談。ちょっと息抜き。

 

2020年3月29日 (日)

無事に帰国しました。ブログはしばらく休止します。

 

先週、無事に帰国いたしました。

コロナウイルス騒動の中、出エジプト記(Exodus)ならぬ「出イギリス記」のような出入国でした。出る時にひと騒動、入る時にもひと騒動で、なんとか名古屋にたどり着きました。皆様のお祈りに感謝申し上げます。妻も私も元気にしておりますが、当分は自宅待機です。今週と来週は礼拝にも行けません(涙) 待機明けを指折り数えるきょうこの頃です。

Img_6216ロンドンの教会での送別会は見送られましたが、教会員の皆さんから(代表して役員の OS 姉から)素敵なプレゼントをいただきました(画像参照)。新約聖書 コリント人への手紙 第二 13章13節の聖句箇所(礼拝での祝祷の聖句)が添えられています。「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがたすべてとともにありますように。」

帰国しましたので、以前からの連絡のとおり、今後しばらくはブログの更新をお休みいたします。

 

 

2020年3月22日 (日)

ツァハル(צה"ל)

 

『ツァハル』とは、「イスラエル国防軍(צבא ההגנה לישראל)」の頭文字を取った通称である。

日本語や英語とは逆に、ヘブライ語は右から左へ(←)と読む。ニクダー(ヘブライ語の母音記号)付では צְבָא הַהֲגָנָה לְיִשְׂרָאֵל となる。

発音は「ツヴァ・ハハガナ・レイスラエル(Tzva ha-Hagana le-Yisra'el)」。英語の直訳は "army for the defense of Israel" で、内閣が批准した英語正式名称は Israel Defense Forces である。

因みに「ツヴァצבא )」は軍隊を意味するが、旧約聖書に多数登場する神の名「万軍の(LORD of Hosts)」は「アドナイ(יהוה)・ツェヴァオト(צבאות 軍勢)」と複数形になる。

Israel-defense-forces 『ツァハル』には思い出がある。それは21歳の時だ。私の妻とごく一部の人しか知らないが、諸事情あって当時、密かに大学を辞めて(&クリスチャンも辞めて)『ツァハル』に入隊しようとしたことがあった。真剣な覚悟であったが、結局、在日本イスラエル大使館領事部からの返事は「No」であった(但し "知恵" も授けてくれた。「キブツ」で働きイスラエルに滞在して国籍を取得せよ、と。おおらかな時代であった)。

21歳にもなって恥ずかしくも若気の至りであった。当時、ある事情から自分自身に対してほとほと嫌気がさし、根本から鍛え直したいと思った。(秘密の計画が発覚してしまう経緯は端折るが)しかし大学のゼミの恩師の説得で、それは "逃避" に過ぎないことを諭された。今思うと、私の信仰の最大の危機であった。

自分のキャパシティーをオーバーするストレスがかかると、人は鬱(うつ)になるか自暴自棄になることを、その時、体験で学んだ。私は後者になった。その時以来、ストレスのコントロールをどうするかが人生そして信仰生活の課題となった。そのためには「なりふり構わない」ことにした。なりふり構って精神的に破綻したり、燃え尽き症候群になってドロップアウトした牧師・伝道者の同僚を何人も見てきた。

イギリスでの3年間。ここロンドンだけではなく、以前の教会の問題で極めてストレスフルな期間であった。戦場だったのだ。だからこのブログは、自分にとって「なりふり構わない」場にした。お付き合いくださった訪問者の方々には感謝している。今週はいよいよ帰国だ。

 

2020年3月21日 (土)

帰国したら試食したいもの

 

スギヨの最高級カニカマ(かに風味かまぼこ)『香り箱』。

ズワイガニの季節は終わってしまう。帰国後は2週間、基本的に自宅で待機だ。今月中は大好きな金沢には行けない。

ならば、本物以上との話題の同社の製品を試食してみたい。

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DIAMOND online の記事から。

「開発型企業」の言葉通り、同社のカニカマもさまざまな進化を遂げている。なかでも、注目を集めているのが最高級カニカマ「香り箱」だ。

「『香り箱』は“本物のカニよりもおいしいカニカマ”を合言葉に開発しました。形状や味、色合いなど本物のズワイガニの脚肉と見まごうほどの完成度が話題になり、多くのメディアでも紹介されています。練り物コーナーではなく、鮮魚コーナーに陳列されているのも『香り箱』の特徴です。スギヨとともに、水産練り物業界全体の売り上げの成長にもつながっていますね」(スギヨ広報担当・林俊宏氏 )

 

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2020年3月19日 (木)

コロナウイルスより厄介なゼロ・リスク教

 

新型コロナウイルスに関する投稿は今回を最後にする。

集団免疫戦略を「けしからん!」という人々。根っこはやはり「ゼロ・リスク教」だ。コロナウイルス騒動は、原発問題の相似形に見える。封じ込めをいつまで続けるのか(ウイルスがゼロになるまでやるのか)?、ワクチンのできる見通しと要する期間は?(冬に大流行して季節インフルとバッティングして医療崩壊を起こすより集団免疫つけて死者を最小化する方がマシじゃないのか)等々、目標も出口戦略もないままの精神論は原発問題でゼロ・リスクを主張する人たちと共通している。

  a)「安全」をはかる基準である科学的・客観的確率計算

  b)「安心」の根拠となる主観的感情(=心理的合理性)

  c)それらが「政治」の現場に及ぼす影響

 

政治とは、「安全」と「安心」のバランスを長期の視点で、リスクに対してコストを最適化する作業である。コロナウイルス感染問題の場合、政治の目的はウイルスをゼロにすることではなく、リスク(感染拡大)に対するコスト(死者の数や経済的損失)を最適化(=最小化)することのはずだ。それが政治の課題だ。「封じ込め」戦略は根本にゼロ・リスク信仰がある(これだと経済への影響が大)。安全とコストはトレードオフの関係にあることは原発問題にもコロナウイルス騒動にも共通している。

 

さて、英国政府は集団免疫戦略を封印してしまったので(国境封鎖した大陸ヨーロッパとの政治的関係で)、ロンドンでも中止・中止のオンパレードである。今週土曜日の楽しみにしていた、サンフランシスコ交響楽団のロンドン公演も中止になってしまった。サウスバンク・センター(ロイヤル・フェスティバル・ホール)も、バービカン・センターも職員が業務停止になってしまったので、払い戻し作業も滞ったままだ。本当は帰国に合わせて銀行口座も閉じる予定だったが、そうすると払い戻しの際の受け皿がなくなってしまうので、仕方なく口座はそのままにすることにした。

日本に帰国しても、14日間は家でじっとしていることが推奨されているからしばらく子や孫にも会えない。トホホ・・である。教会の総会は無期延期となり、従って、総会後に予定されていた私たち夫婦の送別会も流会となった。イギリス国教会は16日、次聖日22日の礼拝から無期休止の声明を出したため、国教会の礼拝堂を借りている私たちの教会も無期限休止を余儀なくされた。ロンドンでの最後の礼拝を教会員や来会者の方々と共に献げられなくなって残念無念だ。。あとは、来週の帰国便が無事に運行してくれることを願っている。ジョンソン首相、ヒースロー空港を閉鎖しないでくださいね!

 

2020年3月18日 (水)

ベルリン・フィル デジタル・コンサート・ホールの無料開放

 

コロナウイルス感染の暗いニュースが続く中、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団からの福音(良い知らせ)が。

今月いっぱい、同フィルの「デジタル・コンサート・ホール」が無料開放されている。すべてのコンテンツを無料で視聴できるのだ。

こちらをクリックされたし。

https://www.digitalconcerthall.com/ja/home

 

正直、年会費を払っている私には少々複雑な気持ちだが、こういう時にこそ多くの人にクラシック音楽を楽しんでもらえればと思う。ベルリン・フィルの太っ腹に感謝。

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2020年3月17日 (火)

オランダ首相、集団免疫戦略を宣言

 

Speechmarkruttenosresize16日、オランダのルッテ首相は、同国テレビ放送・インターネットを通じ、国民に向けてスピーチした。尚、オランダの首相がテレビを通じ国民に向けてスピーチを行うのは、1973年の石油危機に際して、当時のデン・アイル首相が行って以来はじめてのことらしい。

主要ポイントは以下のとおり。翻訳文は外務省のウェブサイトによる。

● 新型コロナウイルスが我が国と世界を席巻しており、国内外でとられている措置は平和時のものとしては前代未聞

● 亡くなられた方のご親族に弔意を表し、療養中の方の早期回復を祈る。

● 高齢者や病気がちな方のリスクを最小限に抑えることが最優先課題。

● 異なる情報が次々入り、国毎に対応が違い、情報が瞬時に伝わり、意見も早急に変わる中、専門家の知識と経験に従い、措置をとるのが唯一の賢明な方法である。

● 私の今夜のメッセージは心地よいものではない。新型コロナウイルスは当面は居続けるであろう。専門家によれば、現実問題として、オランダ国民の多くがウイルスに感染するであろうが、ワクチンや薬ができるまでの間、ウイルスの拡大を抑え、コントロールされた集団免疫を得ることができる。それまでに何ヶ月かそれ以上の期間を要するため、その間、リスクの大きい人を極力保護する必要がある。

● 3つのシナリオがあり、オランダは、ウイルスを最大限にコントロールし、感染者数のピークを低め長期間に引き延ばすことで大多数の人を軽症にし、医療のキャパシティを維持する第一のシナリオを目指す。コントロールできずウイルスが拡散する第二のシナリオでは医療のキャパシティが不足する。国を完全に閉鎖しウイルスの阻止を際限なく追求する第三のシナリオでは、国を1年あるいはそれ以上停滞させなければならないが、オランダは開かれた国で、ワクチンがない以上、新型コロナウイルスは世界中に広がり、オランダも例外ではない。

● これまでに発表された全ての助言や措置は、第一のシナリオ「最大限のコントロール」に基づく。今後何ヶ月間かは試行錯誤となるであろうが、必要な措置と、極力普通に生活を続けることのバランスを追求する。

● 同時に、この危機が経済に与える影響に目をつぶることはできない。内閣は、オランダの企業家と被雇用者を支援するために必要なことを行う。

● これまでの指示や措置が遵守されていること、心温まる互助と団結に対して、私はオランダの全ての人達に謝意を表する。常識を働かせ、専門家の指示に従っていただきたい。今は意見や立場の違いを乗り越えて協力し合うべき時、大変な状況下で日夜他者を助け、ウイルスを抑制しようと努めている人々に対して信頼を託すべき時である。病院や高齢者医療施設の清掃業者、看護師及び医師、ホームドクター、保険局関係者、警察官、救急車要員、その他の救護関係者、学校、託児所、公共交通機関、スーパーマーケット等で働く人々の素晴らしい仕事ぶりに、心から謝意を表する。我々が直面する課題は極めて大きく、我々は17百万人が一丸となって対処していかねばならない。お互いを考慮しよう。皆さんに期待。

 

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集団免疫戦略(‘herd immunity’ strategy')というと、

H=1-1/R0 (*) 

式の R0 を 2.5 とすると H=0.6になるので、国民の60%が免疫をもつと集団免疫が成立し、感染の拡大が止まる戦略と思い込まれているがそうではない(そのような思い込みで書かれた記事が、例えば、木村正人氏による「新型コロナ「不都合な真実」をあなたは受け入れられるか)。先日紹介した池田信夫氏の記事にもあるとおり、国民の60%が感染する必要などはない。R0 は生物学的定数ではなく政策的に変えられる「内生変数」。従って、R0で決まる集団免疫率も、政策で下げることができる。R=1.4なら30%になり、R=1.1なら10%になる。R=1なら集団免疫はすでに成立している。最新の情報では、日本の場合、 基本再生産数R0 =1.06 という数字が出ているらしい。池田氏は「(この数字の)推定が正しいとすれば、日本の発症者数はほぼピークアウトし、人口の4%で集団免疫が実現することになる」とツィートしている。

私見では、政府の戦略が奏功しつつあるとともに、日本国民の日頃の衛生観念の高さがうかがわれる結果だと思う。

 

結局、シェンゲン協定とは何のためであったのか?

 

20200316t191035z_1_lynxmpeg2f232_rtroptp 欧州連合(EU)は16日、新型コロナウイルスの感染拡大阻止に向け、非EU加盟国の国民が不要不急の要件でEU域内に入ることを30日間禁止することを提案した。

 

以下、ブリュッセル発ロイターの報道より。

欧州では新型ウイルスの感染拡大に伴い、シェンゲン協定加盟国に対しても国境が閉ざされたり、医療データや医療機器の共有が拒否されるなど、域内で分断化が見られ始めている。

EU当局者は匿名を条件に「脅威はすでにEU域内にあり、域外から入ってくるものではないことはすでに分かっている通りだ。今回の措置は政治的なメッセージに過ぎない」と指摘。シンクタンクの欧州改革センター(CER)のディレクター、チャールズ・グラント氏は「EU加盟国が相互に国境を閉鎖する恥ずかしい事態を隠すための隠れ蓑」とし、「効果があるとは思えない」と述べた。

 

政権批判は収束後にしたらどうか

 

聖書に次の言葉がある。

「そこで、私は何よりもまず勧めます。すべての人々のために、王たちと高い地位にあるすべての人々のために願い、祈り、とりなし、感謝をささげなさい。それは、私たちがいつも敬虔で品位を保ち、平安で落ち着いた生活を送るためです。そのような祈りは、私たちの救い主である神の御前において良いことであり、喜ばれることです。」 (新約聖書 テモテへの手紙 第一 2章1ー3節  「聖書 新改訳 2017」 太字はのらくら者による)

 

新型コロナウイルスの感染拡大は現在進行形である。従って、国の指導者・為政者たちも未知の領域で手探りながら懸命の努力をされている。特にリーダーの決断とは常に孤独なものだ。なのに、世の人々ならともかく、一部のクリスチャンが「週刊文●」や「週刊朝●」等々の政権批判の扇動に乗っかって「アベガー、アベガー」と罵っている姿は実に見苦しい。

そもそもメディアとは煽ることが商売、メシの種だ。犬が人を咬んでもニュースにはならないが、人が犬を咬めばニュースになる。針小棒大の体質なのだ。そんな煽りに乗るということは、自分が「情報弱者(情報資源に満足にアクセスできない人・情報を充分に活用できない人 )」であることを晒しているようなものだ。

政権批判をするな、責任追及をするななどとは言わない。しかしそんなことは事態が収束してから気の済むまでやればいい。繰り返すが、事態は現在進行形である。クリスチャンであるなら、政権への日頃の恩讐を乗り越えて、今は為政者たちのために祈り、とりなすべきである。

政治家は結果がすべてだ。結果は後の歴史が審判する。現在の私たち(特にクリスチャン)にはすべきことが他にある。聖書の御言葉に聴くべきだ。

 

2020年3月16日 (月)

「封じ込め」から「集団免疫」へ

 

池田信夫氏による記事。

 

新型コロナの「封じ込め」から「集団免疫」へ

 

文中でも言及されているとおり、ジョンソン首相&英政府科学顧問による「集団免疫戦略」を理解する上で役に立つ。日本の安倍政権も基本的に同じ戦略だ。なぜイギリス(日本も)が、イタリアのような「封じ込め作戦」を採らないか納得が行く。医療崩壊寸前の韓国その他の諸国とは異なるアプローチ。そもそもコロナウイルスは、天然痘やコレラ等の根絶する(できる)類の疾病ではない。インフルエンザと同様、人類はこれからも免疫を獲得しつつ共生を余儀なくされるのだ。

英BBCは相変わらずの政府批判の論陣を張る。もちろん賛否あって然るべきだが、私は現時点では集団免疫戦略に理解を示す。反ブレグジット体質の英マスメディアは一般的に大陸欧州の政策に好意的だ。EU 内では「封じ込め」を実施する国が増える中で、ドイツは「集団免疫」を採った。(注 3/15 にドイツは他の4カ国と共に国境検問に踏み切った。この措置はシェンゲン協定の精神に反すると思うのだが「背に腹はかえられぬ」事情なのだろう。)

集団免疫戦略とは「戦闘で負け戦争で勝つ」。これがイギリスの老獪さだ。

Pm_press_conference ジョンソン首相の声明は以下のとおり(在英国日本大使館の翻訳による)。この声明に基づき、英国政府は、これまで新型コロナウイルスの影響を大きく受けている国をカテゴリー表に分類し、これら特定国・地域から英国に入国する者に対する方針を発表していたが、カテゴリー表そのものを廃止した。

 

(1)本日,スコットランド,ウェールズ及び北アイルランドの閣僚たちの出席も得て政府の緊急委員会を開催した。

(2)コロナウイルス(COVID-19)が世界と我が国に拡大し続けており,今後数か月にかけて続くことは明らかである。この感染症を押さえ込むためにできることはすべて実施したし,このおかげで貴重な時間をかせぐことができた。しかし今,世界的なパンデミックとなった。

(3)症例数は急激に上昇するだろうし,実際のところ現在の本当の症例数は確定したものより高いし,もしかしたらずっと高いかもしれない。

(4)我々は,これが世代で最悪の公共の保健の危機であることを明確に認識しなければならない。これを季節性インフルエンザと比べる人々もいるが,それは正しくない。免疫がないために,これはもっと危険なものである。

(5)自分は英国民に対して正直に言わなければならない,より多くの家族が,彼らの愛する人たちを寿命に先立って失うことになる。しかし,過去数週間にわたって言ってきたように,我々は現在実施している明確な計画がある。そして,我々はその計画の次の段階に移る。

(6)その段階は,この感染症をできるだけ押さえ込もうとするだけでなく,その拡大を送らせ,それによって被害を最小化するものである。もし感染のピークを数週間でも遅らせられれば,天候も良くなり,通常の呼吸器系疾患で苦しむ人も少なくなり,病床も増え,医学研究の時間も稼げることから,NHSはより強力な状態になっているだろう。

(7)社会がよりうまく対処できるように,感染症のピークを引き延ばすことで,山をなだらかにすることができる。

(8)最も重要なことは,感染症にさらされるリスクが最も高く,NHSが最大のプレッシャー下に置かれるピーク時において,高齢の人々や最も脆弱な人々を守ることだろう。そのため,最も危険な期間は今ではなく,感染拡大の速度次第でもう数週間先である。

(9)ゆえに本日,我々は計画を進める。明日以降,もしコロナウイルスの症状,つまり,新規に発症した継続的な咳や高熱が見られる場合は,それらが軽度であるとしても,少なくとも7日間家にとどまって他者を守り,感染症の拡大を遅くするべきである。

(10)70歳以上の人々及び深刻な医学的状況にある人々に対し,クルーズに出かけることはしないように呼びかける。また,海外への学校旅行もしないように呼びかける。

(11)今後数週間のどこかのタイミングで,さらに踏み込んだ対策として,世帯の誰かに症状があれば,その世帯全員に家にとどまることを求めるだろう。今はまだこれを導入しないが,検討の対象になりつつあることは発信したい。

(12)我々は,スポーツの試合のような誰もが参加できる主要なイベントを禁止するかを検討しているところである。科学的アドバイスによれば,そうした禁止は今まで言ってきたとおり感染拡大にほとんど効果を持たない。

(13)しかし,そうしたイベントが公共サービスにかける負担という問題もある。そのため,我々は英国内の全ての場所の同僚たちとこの問題を議論しており,この点における更なる行動のタイミングについてまもなくより多くのことを発言するだろう。

(14)あらゆる段階において,我々は科学に基づいてきており,正しいときに正しいことをしていく。

(15)我々は,現段階では学校の閉鎖は行わない。科学的アドバイスによれば,現段階においてこれは良い効果より悪い効果の方が大きい。もちろん,これをレビューの対象とし続けているし,これについてもまた感染拡大につれて変わり得る。学校は,特にそのように求められない限り,閉じるべきではない。それが我々の推奨することである。

(16)これらの措置が何か月もの間,我が国全体に深刻な混乱を引き起こすという現実を逃れることはできない。

(17)だが,最高の科学的アドバイスによれば,これが感染拡大を遅らせ,命を救うのに役立つということである。NHSのウェブサイト,111オンラインから,詳細な情報が入手可能となる。しかしここで重要なことを強調したい。症状に鑑みて家にとどまるべきと思う人々に対して,もし可能であれば,111に電話することなく,インターネットを使って情報を得てほしいと強く促す。

(18)また,この段階において,高齢者の人々に直接伝えたい。この感染症はあなた方に対して特に危険である。確かに多くの場合軽微から穏やかな症状であるが,多くの人々がひどく心配になることを自分は分かっている。我々は,皆が高齢の親戚,家族内の最も脆弱な人々,隣人のことを考え,今後数か月にかけてそうした人々を守るためにできる全てのことを考えるべきだと自分は考える。我々は互いを助け,支えるために数百万規模の人々を動員する必要があるだろう。この期間,政府はあなたとその家族を助けるためにできる全てのことをすることを知ってほしい。昨日経済支援策を示したように,我々は資金とその他の多くの形の支援を提供し,コミュニティが互いに支えるのを助ける。

(19)我々が過去数週間してきたように,入手でき次第すぐに,できるだけ明確な科学的・医学的情報を提供し続ける。

(20)2つの重要なメッセージを繰り返して終わりとしたい。もう慣れ親しんだものとなっているだろうが,手を洗うことを覚えておくことは依然として,もしかしたら今まで以上に,欠かせない重要なことである。そして最後に,たとえ事態は大変な状況だとしても,互いを気にかけ,全ての国家努力に全力でコミットすれば,かつて多くのより大変な経験を乗り越えてきたように,我々はこの状況を乗り越え,この国はこの流行を乗り越えるだろうということを覚えていてほしい。
(以上,声明終わり)




Good afternoon everybody and thank you very much for coming.

I’ve just chaired a meeting of the government’s emergency committee including ministers from Scotland, Wales and Northern Ireland.

And it’s clear that coronavirus, COVID-19, continues and will continue to spread across the world and our country over the next few months. We’ve done what can be done to contain this disease and this has bought us valuable time.

But it is now a global pandemic.

And the number of cases will rise sharply and indeed the true number of cases is higher - perhaps much higher - than the number of cases we have so far confirmed with tests.

I’ve got to be clear, we’ve all got to be clear, that this is the worst public health crisis for a generation.

Some people compare it to seasonal flu. Alas, that is not right. Owing to the lack of immunity, this disease is more dangerous.

And it’s going to spread further and I must level with you, level with the British public, many more families are going to lose loved ones before their time. And the Chief Scientific Adviser will set out the best information we have on that in a moment.

But as we’ve said over the last few weeks, we have a clear plan that we are now working through.

And we are now moving to the next phase in that plan.

Because this is now not just to attempt to contain the disease as far as possible, but to delay its spread and thereby minimise the suffering. If we delay the peak even by a few weeks, then our NHS will be in a stronger state as the weather improves and fewer people suffer from normal respiratory diseases, more beds are available and we’ll have more time for medical research.

We can also act to stretch the peak of the disease over a longer period so that our society is better able to cope.

The Chief Medical Officer will set out our lines of defence. We have to deploy these at the right time to maximise their effect. The most important task will be to protect our elderly and most vulnerable people during the peak weeks when there is the maximum risk of exposure to the disease and when the NHS will be under the most pressure. So the most dangerous period is not now but some weeks away depending on how fast it spreads.

Today therefore we are moving forward with our plan. From tomorrow, if you have coronavirus symptoms, however mild – either a new continuous cough or a high temperature – then you should stay at home for at least 7 days to protect others and help slow the spread of the disease.

We advise all those over 70 and those with serious medical conditions against going on cruises and we advise against international school trips.

At some point in the next few weeks, we are likely to go further and if someone in a household has those symptoms, we will be asking everyone in the household to stay at home. We are not introducing this yet for reasons Sir Patrick will explain, but I want to signal now that this is coming down the track.

We are considering the question of banning major public events such as sporting fixtures. The scientific advice as we’ve said over the last couple of weeks is that banning such events will have little effect on the spread.

But there is also the issue of the burden that such events can place on public services. So we’re discussing these issues with colleagues in all parts of the United Kingdom and will have more to say shortly about the timing of further action in that respect.

At all stages, we have been guided by the science, and we will do the right thing at the right time.

We are not - repeat not - closing schools now. The scientific advice is that this could do more harm than good at this time. But we are of course keeping this under review and this again may change as the disease spreads. Schools should only close if they are specifically advised to do so. And that remains our advice.

There is no escaping the reality that these measures will cause severe disruption across our country for many months.

The best scientific advice is that this will help us slow the disease and save lives. There will be detailed information available on the NHS website and from 111 online. But I want to stress something that is very important in the wake of what we’re saying this afternoon – I urge people, who think in view of what we’re saying about their potential symptoms that they should stay at home, not to call 111 but to use the internet for information if they can.

I also want at this stage to speak directly to older people. Because this disease is particularly dangerous for you, for older people, even though the vast majority this will be a mild to moderate illness, I know that many people will be very worried. And I think we should all be thinking about our elderly relatives, the more vulnerable members of their family, our neighbours, and everything we can do to protect them over the next few months. We’re going to need to mobilise millions of people to help and support each other. And I just want to you to know that the government will do all we can to help you and your family during this period. We’re not just going to be as you saw yesterday supporting the economy during this period, we will be providing money and many other forms of support, and helping communities to support each other.

And as we have done over the last few weeks, we will continue to provide, as soon as we have it, as much clear scientific and medical information as we can.

So I’d like to end by repeating the two important messages, with which you will have become familiar – it is still vital, perhaps more vital than ever – that we remember to wash our hands.

And lastly of course even if things seem tough now, just to remember, that we will get through this, this country will get through this epidemic, just as it has got through many tougher experiences before if we look out for each other and commit wholeheartedly to a full national effort.

Published 12 March 2020

 

 

2020年3月14日 (土)

日本の皆さん、そろそろ EU の正体に気づきましょうよ!

 

P086hrvsすでに報道のとおり、トランプ米大統領は11日、新型コロナウイルスの感染拡大を受けてホワイトハウスで国民向けに演説し、欧州からの米国入国を30日間禁止すると表明した。欧州と言ってもいわゆる「シェンゲン協定締結国」の26カ国、つまり陸続きで自由に国境を行き来できる諸国が対象だ。EU 加盟国ではないが、スイスのような国もシェンゲン協定国なのでその対象となる一方、英国はもともとシェンゲン協定に入っていなかったのでその対象外である。(注 3/16 から英国及びアイルランドも入国禁止の対象国になった。

この演説に株式市場は敏感に反応。ニューヨーク市場のダウ平均は昨日、ブラックマンデー(1987年)以来の暴落を記録したが、本日(13日)一転して1,985ドルの急反発となった。昨日はトランプ大統領の演説をこき下ろした市場だったが、きょうは非常事態宣言に伴う新型コロナウイルス対策を好感。一夜にして幅広い銘柄で買い注文となった。もちろん、ヨーロッパでも日本でもここ数日の株式市場は大荒れだ。EU もアメリカの決定に忸怩たる思いだったであろう。

しかしそれにしても、トランプ演説に対する EU の反発はいかにも「筋違い」と私には映った。EU 委員長のフォン・デア・ライエン氏はアメリカの決定を批判したが、EU は2つの点で勘違いしている。1つは、トランプ大統領がいみじくも指摘したように、現在の株式市場の混乱の原因はコロナ感染による医学的危機であって、金融危機などでは決してない。各種の統計が示すように、アメリカのファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)は依然堅調である。従って、本日のダウ平均の急反発も十分に納得の行く現象だ。(但し、昨年3月の投稿で指摘した「逆イールドカーブ」のその後は警戒している。)

EU のもう1つの勘違い、それはそもそも欧州内のパンデミックは「身から出た錆」であることを自覚していないことだ。私はこのブログで再三、EU と中国の「ずぶずぶの関係」を指摘してきた。例えば、

EU の終わりの始まり

 

ポチが泰然でいられる理由

 

飽くまで中国とのビジネスを優先させ、中国からの入国者の禁止を怠ったのはいったいどこの誰だったのか。EU ではないか。現在の EU は世界の中で、中国以外で感染者及び死者の数が最大の地域である。従って、アメリカの措置は極めて理にかなった当然の結果である。EU の反発は筋違いだ。

日本人もいい加減、EU の正体・本性に気づいてもいい。英国が離脱を決めたのには訳があるのだ。

そういえば、ドイツ銀行(Deutche Bank)が11日、12億5000万ドルの CoCo債(Contingent Convertible bonds、偶発転換社債)償還延期とのニュースがあった。かねてから天文学的数字の不良債権を抱える同行。もしこのメガバンクが破綻(デフォルト)すれば、欧州発の世界的金融大恐慌になることは間違いない。そうなれば EU 解体は不可避だ。(そうならないことを願っているが。。)

もう1つ。パンデミックのニュースに隠れてしまっているが、現在、トルコとギリシャの国境が中東からの難民で大変なことになっている。作家・川口 マーン 惠美さんの記事を紹介しておく。

新型コロナ騒動のウラで、EU を蝕み続ける「メルケルの負の遺産」 難民は EU 崩壊をもたらす時限爆弾か

 

 

2020年3月11日 (水)

レバノンのデフォルトとゴーン被告

 

すでに報道されているように、中東のレバノンがデフォルト(債務不履行)になった。日本の感覚からするならばたった1,260億円ほどの外貨建て国債の支払いができないとは、政府債務は相当に深刻な状況なのだろう。借金返済をするより、外貨を国民の生活のためにまわさなければならない。背に腹はかえられぬというところか。香港同様、民衆の反政府デモが頻発しているからだ。とはいえ、レバノンの政府債務の対 GDP 比は151%。日本のそれは 238% だから他人のことは言えない。レバノンの通貨レバノン・ポンドは固定相場で米ドル固定だ。政府債務の大きい者同士だが、この辺の事情が日本とは違う。

余談だが、ご存知のように日本の円は一昨日1ドル105円をあっさり割ってしまった。これから急激な円高が進むと思われる。企業などは最悪1ドル95円くらいを想定し始めた。市場は「有事の円買い」ということなのだろう。原油価格もどんどん下がっている。中東産油国(OPEC)とロシアの減産合意は失敗に終わった。アメリカのシェールオイル(サウジ・アラビアならぬ "サウジ・アメリカ" と揶揄されている)との綱引きだ。

円高・原油価格暴落と来れば株式市場も無傷ではいられない。週明け9日のニューヨーク株式市場は一時 2,000ドルを超える大暴落となった。10日午前の日経平均株価も大幅続落で始まった(その後買い戻されて 19,600円台で推移)。そこに新型コロナウイルス危機による世界的な経済活動のシュリンクだ。安倍政権の消費税アップがボディーブローのように日本経済に効いている。今すぐに消費税率を下げることは事実上不可能だが、この時期、機動的な財政出動(補正予算)は不可欠だと思う。数兆円くらいバラまいたらどうか。手っ取り早いのは日銀の量的緩和だ。

Img_25604xeamさて、本日は3月11日。本来なら、イスラエル国営エル・アル航空がテルアビブー成田間の定期直行便を就航させる予定日だった。しかし、新型コロナウイルス騒動で4月4日に延期することが発表された。(見方を変えるなら、イスラエル政府はコロナウイルスのピークアウトを今月中と判断しているのかもしれない。)

Photo_20200310092701レバノンのデフォルトとエル・アル航空直行便とカルロス・ゴーン被告の関係は繋がってくる。レバノン政府は、国民的英雄のゴーン被告に日産自動車再建ならぬレバノン再建を任せたいところだろう。ゴーン被告はマロン派キリスト教(東方典礼カトリック教会)のアウン大統領とは親しい間柄だ。しかしこれは隣国イスラエルの国益には適わない。イスラエルにしてみれば、レバノンの政情不安が続く状態が望ましいからだ。もしレバノン政府がゴーン被告を担ぎ出してくるようであれば、イスラエルも動かざる得ないだろう。

モサドやシンベット(シャバック)などのイスラエル諜報機関はすでに動き始めている(内偵している)と私は思う。国際法違反ではあるが、手っ取り早いのはナチス戦犯のアイヒマンのように、ゴーン被告を拉致してイスラエルまで連れて来ればよい。あとはエル・アル航空の直行便で日本に護送するだけだ。ただ、そのような形だと日本政府も身柄引き取りに悩むことだろう。(しかしもし本当に拉致ということになれば、レバノン政府も立場上黙っていることはできない。2006年レバノン侵攻以来の両国間の戦争に発展する可能性はある。現在、3回の総選挙を経てもイスラエルの国会は与野党の勢力が拮抗して連立政権が組めない状況だが、仮に今後、右派のネタニヤフ氏の首相続投となれば、場合によっては「レバノンとの戦争も辞さず」に舵を切るかもしれない。) もっとも、拉致なんて面倒な方法ではなく "暗殺" という手段もあるが。。イランのソレイマニ司令官も恐らくイスラエルの手引きでアメリカに暗殺されたのだろうから。イスラエルのとある雑誌編集長は多くの市民へのインタビューに基づきこう述べる。

「むしろこの戦争(2006年のレバノン侵攻)が次の戦争の始まりになると私は見ています。軍の上層部のみならずメディア全体も、この戦争で勝利できなかった原因を“技術的な問題”に矮小化しようとしている。今回の戦争で面目を潰された『中東最強の軍隊』イスラエル軍は、その名誉を回復するために必死になっています。『勝利できなかった』戦争で受けた屈辱を払い、その能力を証明するためには、次の戦争しかないのです。一方、もしこの戦争で勝利し当初の目的を果たしていたら、事態はさらに悪化していたでしょう。自信過剰になったイスラエルは、次はシリア、イランの攻撃と突き進むことになっていたかもしれないからです。」 (『論座』2006年11月号 土井敏邦 「レバノン戦争はイスラエルをどこへ導くのか」より抜粋)

 

Photo_20200310135201ゴーン被告も日本脱出では相当ヤバい筋に金を積んだであろうから、もしかするとマネーロンダリングの情報が漏れることを恐れるヤバい筋に命を狙われているのかもしれない(レバノン政府自体がヤバい筋との見立てもある。これだけの逃亡作戦を一国の政府の後ろ盾抜きで決行できるとは考え難いから)。かといって日本との関係上、フランスやブラジルもゴーン被告を受け入れないだろう。観念しておとなしく日本に戻って裁判を受けた方がいい。イスラエルやヤバい筋から命を狙われる危険のあるレバノンにいるよりはマシなはずだ。余裕かましてホリエモンと会っている場合ではない。

 

2020年3月10日 (火)

インドの「8時だョ!全員集合 」

 

ワロタ。

ナンというカレーな踊り!

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2020年3月 9日 (月)

Second Place is the First Loser.

 

伝統のボート・レースの日程が今月29日(日)に迫る。

オックスフォード大学 vs ケンブリッジ大学。

今年は男子が166回目、女子は75回目の大会である。

ロンドンのテムズ川が試合会場。

このボート・レースでは "Second Place is the First Loser."

直訳すれば、「敗者(losers) にとって、一番良い成績(first)は、二番(second place) である。」

要するに、2位とは即ちビリのことだ。

 

私が応援するのはもちろん画像のチーム。

男子は昨年&一昨年と2連敗を喫している。

今年は雪辱してほしい。

 

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2020年3月 8日 (日)

ブロッホの『シェロモ』

 

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エルネスト・ブロッホ作曲

『シェロモ チェロと管弦楽のためのヘブライ狂詩曲』

チェロ:ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ

指揮:レナード・バーンスタイン

管弦楽:フランス国立管弦楽団

 

シェロモとはヘブライ語で「ソロモン王」のこと。チェリストはユダヤ系ロシア人、指揮者はユダヤ系アメリカ人。このライヴ映像は私にとって空前絶後の名演。

 

2020年3月 6日 (金)

今後のことでお知らせ

 

いつも当ブログにお立ち寄りくださりありがとうございます。

3月に入り、本帰国の日程も数週間後に迫りました。14日(土)は教会の予算総会で、その後に教会員が送別会を開いてくれるとのことです。3年間というのは短いようで長く、長いようで短い期間でありました。22日がロンドンでの最後の礼拝説教となります。イギリスには1990年代の留学時代にオックスフォードに3年、そして今回ロンドンに3年の計6年暮らしたことになります。高校生時代に2年間アメリカで暮らしましたので、人生の中での外国生活は計8年ということになります。大した長さではありませんが、言葉に尽くせぬほど多くのことを学ばせてもらいました。

帰国後は、以前の投稿で表明してあるとおり、しばらくの間は「休養と充電」につとめたいと思っています。いったん、故郷である愛知県名古屋市に戻ります。子どもたちや孫たちも東海圏で暮らしています。ロンドン在任中に、神様は私たち夫婦に3人の孫を与えてくださいました。3年前には考えられなかったことです。私たちもジジ・ババになり、家族の中に大きな変化がありました。

さて本ブログの今後のことですが、人生の節目で小休止するのが現在の導きです。前回も、三重県での働きを終えてロンドンに赴任するまで、しばらく休止いたしました。今回も前例に倣いたいと思います。在英中の残りの期間は引き続き投稿しますが、帰国後は基本的に無期限の休止予定です。5月上旬頃に数回、6月にも数回ほど投稿するかもしれませんが、基本的に無期限休止とする方向です。理由は、次の導きを求めて祈りに集中したいからです。以前の投稿で書いたとおり(→「どんな境遇にあっても」)、主イエスが召してくださる場所へ導かれるのみです。東海地方を離れる選択肢ももちろんありです。いずれにしても、帰国後はしばらく祈りに専念したいと思います。

そういう訳で、もう数週間でしばしのお別れです。それまでは引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

 

「まことに、まことに、あなたに言います。あなたは若いときには、自分で帯をして、自分の望むところを歩きました。しかし年をとると、あなたは両手を伸ばし、ほかの人があなたに帯をして、望まないところに連れて行きます。」

イエスは、ペテロがどのような死に方で神の栄光を現すかを示すために、こう言われたのである。こう話してから、ペテロに言われた。「わたしに従いなさい。」

(ヨハネの福音書 21章18ー19節  「聖書 新改訳 2017」)

 

 

2020年3月 5日 (木)

アスペクト・イスラエル

 

バリー E. ホーナーを本を読み進めながらの雑感。

たまたま先日の投稿で「アスペクト」という語に触れたが、聖書の「イスラエル」に関する言及(証言)にはアスペクト(諸相)という物の見方が必要ではないかと思い始めている。

言語におけるアスペクトとは、話者や著者の時間的座標軸の固定による出来事や行動のあり方ではなく、話者や著者が出来事や行動を「どのように見ているか、表現しているか」に焦点が移ることだ。新約聖書のギリシャ語動詞に関してアスペクト論を展開したスタンリー・ポーターは、具体的に3つの動詞アスペクトを規定している。完了的アスペクト、未完了的アスペクト、そして静的アスペクト。それぞれのアスペクトは主な時制と結びつき、話者や著者が出来事や行動を「実際にどのように起こったか」ではなく、「どのように見、表現したか」で時制を選ぶのだ。換言すれば、ギリシャ語動詞の時制では、話者や著者の「主観」、出来事や行動の「今」の意味や意義に焦点が絞られることであり、また時間の座標軸に縛られないがために、そこには「諸相」という複眼的な見方が誕生してくる。

押田成人神父のことば。

「もう一つは、理念のことばに呼応するのは、過去・現在、未来なんです。全部ヨーロッパの言葉は過去・現在・未来です。ヘブライ語では過去・現在・未来ってありません。存在しているかしていないか、それだけです。日本語もそうですよ。ところがバカな日本語学者やバカな連中は、ヨーロッパの過去・現在・未来を持ち込もうとする。だから駅に行った時に、『電車が来るから後へさがって下さい』あれはちがう。『電車が来たから後へさがって下さい』というのが日本語です。もう我々との存在関係に入った、注意しろ。こういうことですね。『電車が来るであろうから、後へ下がるであろう』とは言わないけれども、何かその過去・現在・未来にとらわれているんですよ。冗談じゃない。我々には、今しか——完了か未完了しかないんです。『あしたお前が来たら話そうね』と言うんです。『来るであろう時に話すであろう』なんてバカなことは言わないんだ。大事なのは存在関係だけなんです。過去・現在・未来なんて、そんな幻想はないの。存在するかしないかです。」( 『遠いまなざし』 1983、地湧社)

 

押田神父の言われるように、ヘブライ語そして日本語も<存在と関係の言語>であるならば、ギリシャ語動詞の時制から「ことばを、過去・現在・未来という時制の枠に閉じ込めず、彼岸の風を受けた諸相のながめのうちに観る」(後藤敏夫師談) ことに心を砕かねばなるまい。

ヘブライ語が<存在と関係の言語>なら、聖書が証言する<イスラエル>も、伝統的キリスト教終末論の "時制の枠" ではなく、存在と関係の諸相で眺めなければ見えてこないもかもしれない。なんとなくそんなことを思わされている。読書を続ける。

 

Oshida

2020年3月 4日 (水)

来シーズンのフィルハーモニア管弦楽団

 

首席指揮者(&芸術顧問)のエサ=ペッカ・サロネンは来シーズン(2020年9月ー2021年6月) をもって退任し、彼は同時に来シーズンからアメリカのサンフランシスコ交響楽団の音楽監督に就任する。アメリカ人指揮者マイケル・ティルソン・トーマスの後任だ。(余談だが、ティルソン・トーマスは手兵サンフランシスコ交響楽団を率いて今月21日にロンドンでマーラーの交響曲第6番を振る。) 思い出せば1983年、急遽ロンドンでティルソン・トーマスの代役としてフィルハーモニア管でマーラーの交響曲第3番を振ったのがサロネンが世に出るきっかけだった。その彼が今年、ティルソン・トーマスの後任になるのだ。人生の巡り合わせとは興味深い。

サロネンの後任は同じフィンランド人の若い指揮者サントゥ=マティアス・ロウヴァリである。弱冠34歳。彼は2021年のシーズンから着任する。

来シーズンの目玉はなんといっても、かつての首席指揮者(1972ー1978)かつ同オケ初の音楽監督(1979ー1982)だったリッカルド・ムーティの客演であろう。今年12月10日の定期演奏会でジュゼッペ・ヴェルディの大作『レクイエム』を振る。すでにチケット(良い席)の争奪戦が始まっている。尚、この曲のロンドン初演は1875年に 1,200名の合唱団と共にロイヤル・アルバート・ホールで行われている。シカゴの人たちからすれば「なんでムーティにそんなに熱狂?」かもしれないが、ロンドンではかつて、ムーティのフィルハーモニア管退任後も評価をめぐってメディアと聴衆を巻き込んでの騒動があったのだ。以後、ムーティはロンドンには殆ど客演しなくなった。今年12月は古巣での本当に久々の来演なのだ。ロンドンっ子たちは興奮している。

蛇足ながら、ムーティは2021年元日の「ウィーン・フィル ニューイヤーコンサート」の指揮者でもある。

 

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2020年3月 3日 (火)

精読している神学書

 

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Barry E. Horner, Future Israel: Why Christian Anti-Judaism Must Be Challenged, (Nashville: B & H Publishing Group, 2007) 

 

イギリス(イングランド)国教会の神学校で神学教育を受けるとまず「無千年王国」主義者になる。そして「イスラエル」に関しては「置換(replacement)神学」の信奉者になる。私は元々、アメリカの南部バプテスト教会で信仰告白し洗礼を受けた。終末論には決して詳しくないので、漠然と自分は「千年期(千年王国)前再臨説(premillennialism、以後「プレミレ」と称す)」主義者と思ってきた。カルヴァン主義を採り、ディスペンセーション神学より契約神学の方がしっくりくるが、「毒麦の成長」(マタイの福音書13章24ー30節)の現実は明らかなので、終末論的にはプレミレの立場を取ってきた。要するに都合よく「穏健カルヴァン主義のバプテスト」と自認していた次第だ。

そんな私がイギリス国教会の神学校で学ぶことになった。直接指導を受けた教師、間接的に影響を受けた神学者(特に新約聖書学者)たちは皆、「無千年王国説」の立場であり、イスラエルに関しては「置換神学」の立場を採っていた。

Img_1894Img_1887 直接に指導を受けた恩師はピーター・ウォーカー先生(Rev Dr Peter W. L. Walker)である。師の著書 Jesus and the Holy City: New Testament Perspectives on Jerusalem (W. Eerdmans, 1996)は明確な置換神学の立場だ。

...Jerusalem has lost whatever theological status it previously possessed. The way the Old Testament ascribes to Jerusalem a special, central and sacred status within the on-going purposes of God is not reaffirmed by the New Testament writers. Instead they see God’s purposes as having moved forward into a new era in which the previous emphasis on the city (as well as on the Land and the Temple) is no longer appropriate. The coming of Jesus has been its undoing...Jesus expressed his true love for Jerusalem not by acceding to its agendas but by denying them. Those who follow in his steps and who truly love Jerusalem may similarly have to resist some of the enticements which this city offers. (p. 319, 326)

 

Sl1600 Img_3325 間接的に影響を受けた新約学者は二人いる。一人は N. T. ライト博士。ライト師の The Climax of the Covenant: Christ and the Law in Pauline Theology (T & T Clark, 1993)はじめいくつかの論文(特に上記のウォーカー先生が編集した論文集等)で、ライト師が置換神学の立場であることは明らかだ。ローマ書11章の釈義で

...Paul has systematically tranferred the privileges and attributes of "Israel" to the Messiah and his people.  It is therefore greatly preferable to take "all Israel" in v. 26 as a typecally Pauline polemical redefinition, as in Galatians 6:16(p. 25)

別の箇所では

Through the Messiah and the preaching which heralds him, Israel is transformed from being an ethnic people into a worldwide family.(p. 240) 

別の著書でも

Those who now belonged to Jesus' people were not identical with ethnic Israel, since Israel's history had reached its intended fulfillment; they claimed to be the continuation of Israel in a new situation, able to draw on Israel-images to express their self-identity, able to read Israel's Scriptures (through the lens of Messiah and spirit) and apply them to their own life.  They were thrust out by that claim, and that reading, to fulfill Israel's vocation on behalf of the world.(The New Testament and the People of God, (London: SPCK, 1992), pp. 457-458)

 

Maxresdefault_20200301092801Israel-in-the-plan-of-god もう一人の新約学者は、私が神学生だった当時、ロンドン・バイブル・カレッジ(現 London School of Theology)の新約教師であった スティーヴ・モティア(Rev Dr Steve Motyer)である。お兄さんは旧約学者のアレック・モティア(J. Alec Motyer、ティンデル・シリーズのイザヤ書注解者)だ。 モティア師の著書 Israel in the Plan of God: Light on Today's Debate (IVP, 1991)から当時私は大きな影響を受けたものだった。

私が直接・間接に影響を受けた上記の三名の新約学者は全員イギリス国教徒であり、皆が「置換神学」主義者だ。プレミレだったはずの私がいつの間にか無千年王国説&置換神学になっていた。従って最近まで、私は1948年に再建国されたイスラエルという国家とエルサレムという都市そしてその領土に対して一切の神学的重要性を認めず、旧約聖書の契約に関するイスラエルのすべての神学的意義は主イエス・キリストの来臨によって置き換えられた(置換された)と理解してきたし、そう主張もした(日本福音主義神学会の中部部会で研究ノートを発題したこともあった。今思うと実に稚拙な発表であった)。ユダヤ人に対する終末における神の特別な祝福も認めていなかった。

しかし今、そんな私の理解が揺さぶられている。その原因が冒頭で挙げた画像の書籍、Future Israel である。大リーガーでかつてヤクルト・スワローズで活躍したボブ・ホーナー(Bob Horner)はアメリカ人だったが、著者のバリー・ホーナーはオーストラリア人。しかし高等教育と神学教育はアメリカで受けたようである。オレゴン州の George Fox College と Western Conservative Baptist Seminary で学部教育と神学教育を受け、ウェストミンスター神学校カリフォルニア・キャンパス(Westminster Theological Seminary in California)で牧会学博士号を取得している。現在は分からないが、2007年の時点ではアリゾナ州の教会で牧会をしていたとのこと。

Future Israel は現場の牧師の問題意識から端を発した本であるが、長年の研究による学術的にしっかりした内容である。だから私も真剣に読まざるを得ない。現在も読書中なので、今語れるのはここまでだ。いずれ読了し、咀嚼できたら感想を書いてみたいと思う。

このような本に影響受けながら、現代のイスラエルという国家をクソミソに言うN. チョムスキーの本を紹介している私を奇特な人間と思われるかもしれない。しかし年齢を重ねるにつれ、物事にはいくつかのアスペクト(局面)があることも教えられている。B. ホーナーの本を精読することで新しい理解の地平が開けるかもしれない。そう期待しながらしばらく精読することにしよう。

 

これって偶然??

 

こちらの人は元気に投票

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こちらは青息吐息

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イ●●●●、そちも悪よのう。(N. チョムスキー??)

 

博多の居酒屋で

 

オーストリアの音楽家、ヴォルフガング・アマデウスが注文した。

 

もつ、あると?

 

 

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2020年2月29日 (土)

神学校とかけて便所と解く。その心は・・

 

このブログ記事に笑ってしまった。

 

神学校便所論 【その他】

 

「神学校は便所のようなところだ。(大切な場所だが)いつまでもいるところではない。」

 

川島師の逸話では、教師(当時学長)の竹森満佐一師が神学生だった川島師にそう語ったらしい。しかし本来は、神学校の教師たちに向けて語られるべきであろう。いつまでもいるところではない、と。便所にいつまでもいると便所の臭いが体につく。便所臭のする(伝道牧会の現場感覚を失った) 神学校教師がいないだろうか。欧米でも日本でも。

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2020年2月24日 (月)

NHK交響楽団ロンドン公演

 

管弦楽: NHK交響楽団

指 揮: パーヴォ・ヤルヴィ

曲 目:・武満 徹  『ハウ・スロー・ザ・ウィンド』

    ・R. シューマン  『チェロ協奏曲 イ短調 Op. 129』

              (チェロ独奏:ソル・ガベッタ)

      <休 憩>

    ・S. ラフマニノフ 『交響曲第2番 ホ短調 Op. 27』

日 時: 2020年2月24日 午後7時30分

会 場: ロイヤル・フェスティバル・ホール(ロンドン)

 

Img_6197 N響のロンドン公演。ヨーロッパ演奏旅行の一環だが、3年前のツアーでヨーロッパでの名声を不動のものとしたようだ。皮肉な言い方で申し訳ないが、日本での定期演奏会では見せない彼らの全力投球ぶりを海外公演では見ることができる。日本でも毎回全力で演奏したらベルリン・フィル級になれるのに・・と悔やまれる。(ベルリン・フィルの超一流性とは、プロフェッショナリズムに徹する彼らの姿勢だ。プロとは、いつも全力投球する人(団体)であることを彼らから教えられる。) 今回のロンドン公演、結論から言えば、NHK交響楽団という日本のオーケストラが世界第一級レベルのオケであることをロンドンっ子たちに見せつけた。大成功だったと思う。

Img_6176Img_6178日本のオーケストラの演奏会ということで、当日は新型コロナウィルス風評での客足を心配したが、(満席ではなかったものの)客席はいい具合に埋まっていた。演奏は武満 徹の作品から始まった。ロンドンの聴衆は日本のオケによる日本人作曲家の作品演奏を期待しているからだろう。今年は武満生誕90年の年でもある。私は曲云々については語れないが、N響木管群の優秀さに舌を巻いた。実は今回の発見とは、ドイツ音楽の伝統が深いN響であるが、私が瞠目したのは弦楽群よりむしろ木管楽器群の縦横無尽さだ。正直、意外であった。武満の世界をたっぷり奏でてくれた。翻って篠崎コンマスに注文したいのは、第一ヴァイオリン群の音色に<艶やかさ><色っぽさ>が欠けている点だ。続くシューマンの協奏曲やラフマニノフの交響曲を聴きながら(特に後者)、つい「このメロディーラインをウィーン・フィルの第一ヴァイオリン群だったらどれほど色っぽく聴かせてくれただろうか」と何度も思ってしまった。なんとかしてほしい。

シューマンのチェロ協奏曲で独奏したのはソル・ガベッタ(Sol Gabetta)。ロシア系フランス人の両親の元、南米アルゼンチンで生まれた逸材。「現代のジャックリーヌ・デュ・プレ」と呼ばれているらしいが、私はむしろ「チェロ界のパトリツィア・コパチンスカヤ」と表現したい。名前のソル(Sol スペイン語で「太陽」)のとおり、演奏もステージマナーも天真爛漫で明るい。アンコールで弾いた不思議な曲(Pēteris Vasks’ Dolcissimo from Gramata Cellam )は、ヴァイオリンのコパチンスカヤがやるような「弾き歌い」の箇所があった。ガベッタはなかなかの美声でもある。ロイヤル・フェスティバル・ホールというデッドな音響のホールで弦楽器の独奏は正直キツい。ましてや冬場は聴衆の厚い衣服が音を吸収してしまう。ガベッタもシューマンの冒頭は奏法に苦慮した模様だったが、徐々に響かせ方を工夫。後半は速いスケール箇所も朗々と響かせることに成功した。この点で指揮者パーヴォ・ヤルヴィのオケ・コントロールによるサポートも絶妙だったと思う。

Img_6186休憩後は今晩のメイン、ラフマニノフの交響曲第2番。以前の投稿でラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の演奏会をレポートした。交響曲第1番の酷評で精神的にダウンしてしまったが、N. ダーリ博士の治療と家族の励ましで立ち直ったラフマニノフ。交響曲第2番はその後に作曲された。初演から大成功だった。人生の絶頂で作曲された曲だけに素晴らしい内容となっている。特に第3楽章のメロディーは映画やいろいろな場面で用いられてきたし、最終楽章もしっかり盛り上がりをつくって終わってくれる。オーケストラにとっても演奏効果の高い曲である。

Img_6189N響首席指揮者のパーヴォ・ヤルヴィは、就任から5年を経てオーケストラとは昵懇(じっこん)の仲になったようだ。篠崎コンマスが「英国ニュースダイジェスト」紙のインタビューで明かしたように、指揮者とオーケストラの「化学反応」を堪能する実にスリリングな演奏となった。まさに丁々発止という感じだった。篠崎コンマスは指揮者ヤルヴィの素晴らしい女房役である。野球の投手と捕手のバッテリーのような掛け合いだった。

Img_6192 Img_6193今回の演奏会、日本のオーケストラの貫目を見せてくれた。NHK交響楽団のメンバーには心からの拍手を送りたい。イギリス人に混じって、我々日本人の聴衆も鼻が高かった。今後の課題は「常に全力投球で演奏すること」そして「第一ヴァイオリン群の更なる音色の追求」だ。ヨーロッパ音楽界の常連となる日はそう遠くないと思う。

アンコールは弦楽セクションによって、ヤルヴィの母国エストニアの曲(Heino Eller’s ‘Homeland Tune’ from ‘Five Pieces for String Orchestra’ )が演奏された。演奏前、ヤルヴィはこう聴衆に語った。「本日は、エストニア独立102周年を記念する日です(エストニアの帝政ロシアからの独立は1918年2月24日)。ロンドンという場所で、日本のオーケストラとお祝いできるのはうれしいことです。」

 

2020年2月20日 (木)

アンファン・テリブル

 

管弦楽: フィルハーモニア管弦楽団

合唱団: フィルハーモニア管弦楽団 合唱団(合唱指揮:Gavin Carr)

指 揮: ヤクブ・フルシャ

曲 目:・G. マーラー  『交響曲第2番 ハ短調 <復活>』

               ソプラノ独唱:Camilla Tilling

               メゾソプラノ独唱:Jennifer Johnston

   

日 時: 2020年2月20日 午後7時30分

会 場: ロイヤル・フェスティバル・ホール(ロンドン)

 

Img_6164フィルハーモニア管弦楽団の首席客演指揮者ヤクブ・フルシャ。彼については以前の投稿で紹介した昨年12月のベルリン・フィル定期で彼の指揮を見る予定であったが、諸事情で叶わなくなってしまった。それゆえに、今回のフィルハーモニア管定期演奏会は楽しみだった。

私は真に感動した演奏会についてはくどくど書かない。今回がそうだった。ヤクブ・フルシャは「アンファン・テリブル(恐るべき子 → 若くして成功した天才)である。断言できる。私見では、グスターボ・ドゥダメルより才能があるのではないかと思う。マーラーの2番は一昨年12月に A. ネルソンス指揮のベルリン・フィルでも聴いたが、今晩の演奏の方がオケ・合唱団とも優れていた。 

今年はもう一回、ロンドンで彼の演奏を聴く機会がある。ベルリン・フィルのデジタル・コンサート・ホールでのインタビューによれば、独バンベルク響の首席指揮者でありながら、チェコ人の彼はなんと家族とロンドンに住んでいるらしい。確かにロンドンなら、北米にも大陸ヨーロッパにもアクセスは良い。日本にも直行便で12時間だ。益々の世界的な活躍を期待している。

 

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2020年2月18日 (火)

オラトリオ『オリーヴ山上のキリスト』

 

Maxresdefault 前回の投稿でサイモン・ラトルがベートーヴェンのオラトリオ『オリーヴ山上のキリスト』を振ることに触れた。今年はベートーヴェン生誕250年記念の年である。各地で意欲的なプログラムが組まれているが、サイモン・ラトルも積極的だ。

ベートーヴェンがオラトリオを作曲していたなんて知らなかった人も多いだろう。かく言う私もそうである。この曲は1803年に作曲され、翌1804年4月にベートーヴェン自身の指揮でウィーンで初演された。同じ日に交響曲第1番&第2番が演奏され、ピアノ協奏曲第3番も初演されたそうなので(全部で4時間以上!)、当時は猛烈音楽会が普通だったのだろう。聴衆の評判がよかったのがこの『オリーヴ山上のキリスト』だった。実際、ベートーヴェンの生前には80回以上演奏されている。しかし彼の死後、今日まで滅多に実演されることがない曲になってしまった。作曲から何回かの改訂を経て8年後の1811年に最終稿の楽譜が出版されている。原題のChristus am Ölberge は、『オリーヴ山上のキリスト』の他に『橄欖(かんらん)山のキリスト 』等にも和訳されている。「橄欖(かんらん)」とはオリーヴのことである。

サイモン・ラトルはベートーヴェン生誕250年記念の目玉として、この曲をすでにロンドン交響楽団と今年1月19日と2月13日の定期演奏会で演奏している。そして来月の3月5日〜7日にかけて3日連続でベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会に客演して振ることになっている。ロンドンでは聴き逃したので、ベルリンで聴ければと願っている。

全曲で約60分の規模。「第九」や「荘厳ミサ」に比べれば小規模だ。ただ残念なのは、オラトリオでありながらベートーヴェンは歌詞を聖書から引用していない。フランク・フーバーという台本作家のオリジナル作品を用いたのだ。音楽的には間違いなくベートーヴェンだ。特に最終曲 "Welten singen Dank und Ehre 世界は賛美と感謝を(dem erhab’nen Gottessohn 神の全能の御子に)歌う" はまさにベートーヴェンのハレルヤ・コーラスだ。英訳版ではWelten singen Dank und Ehre の部分を Halleluiah ハレルヤと訳している。マエストーゾからアレグロへと盛り上がって曲を結ぶ。ぜひ聴いてほしい。動画(音源のみ)はオリジナルのドイツ語版のもの。

 

 

2020年2月16日 (日)

サイモン・ラトルの「第九」

 

管弦楽: ロンドン交響楽団

合唱団: ロンドン交響楽団合唱団(合唱指揮:Simon Halsey)

指 揮: サー・サイモン・ラトル

曲 目:・A. ベルク  『ルル組曲』

              (ソプラノ独唱:Iwona Sobotka)

      <休 憩>

    ・L. ベートーヴェン 『交響曲第9番 ニ短調 <合唱> Op. 125』

               ソプラノ:Iwona Sobotka

               メゾソプラノ:Anna Stephany

               テノール:Robert Murray

               バリトン:Florian Boesch

日 時: 2020年2月16日 午後7時

会 場: バービカン・ホール(ロンドン)

 

Img_6171 引っ越しのための荷物搬出を翌日に控えながら、少し遅いバレンタインのデートも兼ねて礼拝後に妻と出かけた。任期の最後はヨハネの黙示録2章〜3章の「小アジアの七つの教会」の講解説教を行っている。本日は第3番目の教会「ペルガモンの教会」であった。ジョン・ストット著 "What Christ Thinks of the Church" は七つの教会についての優れた講解説教集だ。いろいろ示唆をいただいている。余談だが、かつてペルガモンには「ゼウス大祭壇」という巨大な祭壇があった。今は現地(トルコ西部の都市ベルガマ)にはその土台しかない。20世紀初頭にドイツが上部を持ち去ってしまったからだ。現在は首都ベルリンの「ペルガモン博物館」に展示されている。今月末に見学に行く予定。

 

Img_6139 先月16日の演奏会と同様、アルバン・ベルクとベートーヴェンの作品。今宵は『ルル組曲』(オペラ"ルル"からの交響的小品』)と『第九』。ルル組曲での独唱はイヴォナ・ソボトカがつとめた。彼女は「第九」でもソプラノを歌った。彼女は来月、ラトル指揮のベルリン・フィル定期でもベートーヴェンのオラトリオ『オリーヴ山上のキリスト(Christus am Ölberge, Op.85)』を歌う。以前にはラトル&ベルリン・フィルのアジアツアーでも『第九』を歌っていることから、ラトルと相性が良いようだ。今晩も豊かな声量とテクニックでこの20世紀音楽を歌い上げた。

Img_6140ロンドン交響楽団合唱団はプロの合唱団。声量が半端ない。これに比べたら昨年12月の『メサイア』コンサートは学芸会レベルだった。350名のコーラスというふれこみだったが、実際はおじいちゃん・おばあちゃん合唱団の学芸会。フィルハーモニア管弦楽団は彼らに雇われたのだろう。そういえば聴衆のかなりが合唱団メンバーの一族郎党のようだった。お金を払って学芸会に付き合わされた感じ。

Img_6144 Img_6153結局『第九』も先月16日の『交響曲第7番』と同様の疑問を感じながらの鑑賞であった。ラトルはオケには古楽式に弾かせながら、合唱団には結構ダイナミックスを激しく歌わせていた。従って、オーケストラの奏でる音楽は古典派、合唱団の歌はロマン派という感じで、聴覚的に違和感があったのも正直なところ。

それにしても毎度思うのだが、ロンドンの聴衆は淡泊というかドライというか、他の国だったらまだまだ拍手と舞台コールが続くであろう雰囲気の中で皆さっさと帰り始める。ラトルはこんな国に帰って来たことを後悔してないのだろうか??(ベルリンだったら聴衆にもっと温かく遇してもらえるのに。。)

 

2020年2月15日 (土)

『マチネの終わりに』を観た

 

Img_6133 映画『マチネの終わりに』をようやく観ることができた。日本では昨年11月1日が封切りだったから3ヶ月半が経ってしまった。

「略奪愛(不倫小説)」と「大人の愛」のギリギリの境界線は、(誰かが言っていたが)「業(カルマ)を背負う恋愛」かどうかということなのだろう。結末で、蒔野が(早苗と子どもを捨てて)洋子を選ぶのかどうか、それは観客の想像に委ねられることになる。友人として過ごすのか、それとも二人は結ばれるのか、それは劇中で繰り返される「未来が過去を変える(変え得る)」との言葉で各自が解釈すればよいのではと思う。

平野啓一郎氏の原作小説にはルカの福音書10章38ー42節の「マルタとマリア」の物語などが引用されているが、映画では言及されていなかった。私の浅薄な解釈では、愛の表現の形としてマルタが早苗でマリアが洋子ということなのだろうか。聖書の中での主イエスの示唆には別にもっと深い意味があるのだが。

Img_6135 この映画の特長は何と言っても、全編を通して流れるギター音楽である。エンド・クレジットによれば、演奏のほとんどはギタリストの福田進一氏が担当しているようだ。日本を代表する世界的ギタリストだから当然の起用であろう。一方、画像にある巨匠アンドレス・セゴビアを記念する演奏会のシーン。蒔野が弾いている曲はアグスティン・バリオスの『大聖堂』。史実として、セゴビアはバリオスの音楽を嫌悪していたから、記念演奏会の選曲としては??と思う(もっとも、蒔野は途中で演奏を止めてしまうが)。

 

きれいな映像を見ながら美しいギター音楽を聴くだけでもこの映画を観る価値はあると私は思った。

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2020年2月11日 (火)

スイス訪問

 

Img_6051 今週の聖日(2/9)は「スイス日本語福音キリスト教会」での礼拝説教奉仕であった。ロンドンから約1時間15分のフライトでスイス・バーゼル空港に到着。バーゼルは、スイスとドイツとフランスの国境が接する都市。スイスの空港でありながら、空港ターミナルはフランス領土にある。従って税関出口はフランス側とスイス側の2つがある(画像参照)。フランス側はフランス語で、スイス側はドイツ語で表示されている。因みにスイスの主な公用語はドイツ語・フランス語・イタリア語である。その他、ロマンシュ語という言葉が一部地域で話されている。

礼拝に先立ち、先週の金曜日から日曜日にかけてバーゼル近郊にあるマエストロ今村のご自宅に妻と共にお招きいただく光栄にあずかった。マエストロそして奥様のY夫人と二人のお子さんたち(成人のS君とNさん)の歓迎を受けた(あと猫ちゃんの「はな」も)。実に、実に、濃厚でプライスレス(priceless)な時であった。毎晩、明け方近くまでご夫妻&お子さんたちと語り合った。クリスチャンの素晴らしい交わり。

Img_6108 土曜日はスイス中部の都市ルツェルンの近くにあるピラトゥス山の山頂付近まで、ロープウェイの旅にお誘いいただいた。因みに Wikipedia によれば「ピラトゥスの名前はイエスを処刑したとされる古代ローマの司令官、ポンティウス・ピラトゥス(ピラト)にちなんでおり、ピラトゥスの亡霊がたどり着いたという伝説がある」とのことである。

 

Img_6082_20200211023001 Img_6104 スイス・アルプスの雄大な景色と眼下に広がるルツェルン湖そしてルツェルンの町並みに魅了された。ご家族と一緒の写真もあるが、勝手にアップする訳にも行かないので、ここはマエストロと私共夫婦の写真のみで。

 

Img_6109 Img_6117 ルツェルン駅前にて。そしてルツェルン湖をバックに。ここは夏の保養地であり、有名なルツェルン音楽祭が開催される。

 

Img_6659 おかげさまでスイス日本語福音キリスト教会(礼拝場所はチューリヒ近郊の教会堂)での奉仕は守られた。留守を守ってくれたロンドンの教会員に感謝したい(特に礼拝説教の奉仕をしてくれた教会員のB姉に)。聖日の晩は、ロンドンの教会の役員M兄のご両親のご自宅(在バーゼル)にお招きいただいた。マエストロ今村宅でのお交わりと同じく、実に濃厚で貴重な一晩であった。翌朝、Mご夫妻は私共をバーゼル空港まで送ってくださった。別れが名残惜しかったが、3月下旬にロンドンの教会にお越しくださるとのこと。再会を心待ちにしている。また、いつかご夫妻と「カール・バルトの足跡を訪ねる旅」をご一緒したい。バーゼル大学神学部は、あのバルトが教鞭を執った大学であり、バーゼルはバルトとその家族が暮らした街である。

 

 

2020年2月 6日 (木)

グッド・リダンス!

 

2月4日付の『フィナンシャル・タイムズ』紙の記事。

‘Thanks, goodbye and good riddance’ — EU’s parting words to UK

 

Irene-andrassy EU 議長国クロアチアイレーナ・アンドラーシ駐 EU 大使。1月29日の大使級会合でやらかしてしまった。この日は英国が加盟国として出席する最後の会合。英国のバロウ駐 EU 大使に対して誤って「グッド・リダンス(good riddance)」と別れの挨拶をしてしまったのだ。

good riddance とは "a phrase to express your relief of a troublesome person or thing"、即ち「厄介払い」という意味だ。要するに、挨拶で使うと「(厄介払いができて)せいせいした」という意味になる。彼女は「グッド・ラック」つまり「(離脱後の)成功を祈る」の意味のつもりだったと釈明するが、実際のところ EU 側の本音であろう。因みに、英国側は特に問題視しなかったらしい。でも、やらかしちまったー。

 

2020年2月 5日 (水)

ピアノ版 連合王国国歌

 

グレートブリテン及び北アイルランド連合王国

United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland

国歌 "God Save The Queen"

 

Vs 私が最初にこの曲に魅せられたのは、1975年12月11日、蔵前国技館(当時)で行われたアントニオ猪木 vs ビル・ロビンソンのタイトルマッチであった。試合前の国歌吹奏で英国国旗ユニオンジャックとビル・ロビンソンの顔が重なった映像が忘れられない。試合の立会人は鉄人ルー・テーズと "神様" カール・ゴッチ。そして試合をさばくのはアメリカ・マット界の名レフェリー、レッドシューズ・ドゥーガン。なんとも豪華な顔ぶれだった。試合は60分3本勝負、フルタイムに戦っての時間切れ。プロレス史上屈指の名勝負だった。

 

2020年2月 3日 (月)

ピアノ版 イスラエル国歌

 

見事な編曲と演奏。

イスラエル国歌。「ハティクヴァ(希望)」

国際政治や神学がからむとややこしいが、純粋に音楽として良い曲だと思う。

この曲は、実は前奏部分が優れていると思うのだが、このピアノ編曲ではいい味を出している。

またメロディーのところどころに装飾音のプラルトリラ—をさりげなく散りばめているのがバロック風でよい。

 

え、ブレグジットのこと? その話題はまたいつか。

 

2020年1月27日 (月)

キリル・ペトレンコのマーラー6番

 

管弦楽: ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

指 揮: キリル・ペトレンコ

曲 目: ・G. マーラー 

     『交響曲第6番 イ短調 <悲劇的>』

日 時: 2020年1月23日 午後8時

     2020年1月24日 午後8時

会 場: フィルハーモニー・ホール(ベルリン)

 

Img_6048 今シーズンから首席指揮者兼芸術監督(シェフ)に就任したキリル・ペトレンコ。しかし昨年はほとんどベルリンには登場しなかった。バイエルン州立歌劇場の音楽監督も兼任しているし、今や世界中で引っ張りだこの人気だ。あちこちで客演しているのだろう。当ブログでもイスラエル・フィルに客演した模様を報告した。ペトレンコが本格的にベルリン・フィルの定期公演に登場するのは年明け以降だ。まずは年明け早々にダニエル・バレンボイムをソリスト(ピアノ)に迎えての公演があった。第二弾が今回の G. マーラーの『交響曲第6番』である。3日間続く演奏会の内、初日と中日の公演に行ってきた。

Img_6047 マーラーの6番はペトレンコにとって2つの意味でチャレンジングだ。1つは名誉挽回の点である。ベルリン・フィル2014年12月公演への客演の際、彼はマーラー6番をひっさげて登場する予定だった。しかし、リハーサル開始直前に雲隠れ。もちろん公演は実現しなかった。音楽評論家・舩木篤也氏によれば「持病の腰痛がその理由らしいが、『ディ・ツァイト』紙などは、「次期首席候補であることに怖気(おじけ)づいているのは明らか」」と断じたとのこと。今回の公演はその雪辱を果たし、汚名返上する機会としてチャレンジングだった。もう1つは、前任者サイモン・ラトルとの関係においてである。ラトルのベルリン・フィル・シェフとしてのキャリアはマーラー6番で始まった。そしてシェフとしての最後もマーラー6番で締め括った(因みにこの演奏会の模様は豪華な DVD & CD セットとしてベルリン・フィルから発売されている)。つまり前任者のキャリア集大成の曲に、新任者が挑戦する意味でチャレンジングであったのだ。

Img_6027 音楽ファンは当然、こうした経緯を熟知している。従って前評判はうなぎ登りとなり、実際、3日間の演奏会チケットは発売初日に完売した。私は運良く2日分のチケットを入手できた。初日は舞台中央から右よりの座席(5列目)、2日目は左よりの座席(4列目)であった。場所を変えることでホール内の音響の違いを体感することができた。コンサートマスターはベテランのダニエル・スタブラーヴァ。他にもベテランとしてチェロ首席のルードヴィヒ・クヴァントやオーボエ首席のアルブレヒト・マイア—などが顔を揃えた。

Img_6024初日の聴衆の期待の高まりは演奏前からひしひしと感じられた。第1楽章冒頭の有名な行進曲風第一主題。チェロとコントラバスが刻む重厚なリズムの上にヴァイオリンと管楽器が跳躍下降のメロディーを奏でる。聴衆の期待を一身に受けたベルリン・フィルの音圧が凄い。前の週にロンドン交響楽団を聴いたが、音の立ち上がりの迫力が全然違う。オケの格の違いを思い知らされた。この曲は大編成かつ緻密に書かれているから、ベルリン・フィルのようなヴィルトゥオーゾ集団、銀河系軍団にまことに相応しい。冒頭の10小節ほどでペトレンコ&ベルリン・フィルは聴衆の心を鷲掴みにした。第1楽章フィニッシュの直後、舞台上に設けられた座席に座る若い人から「ワオ!」の歓声が上がる。「御意!」とばかり聴衆から笑いが漏れる。恐らく、オーケストラの演奏会に初めて来た若者だったのではないか。若い世代にクラシック音楽が感動を与えることができたなら何よりである。

358c19ccd1eb4c92b765eed08e630be1 Photo_20200127225901 この曲は様々な打楽器が用いられていることでも有名だ。作曲当時、画像のような風刺画も描かれた。鞭や牛鈴、果てはハンマーの打撃(終楽章)まで採り入れられている。前作交響曲第5番の勝利の終結から一転、闘争的な悲劇性に満ち、絶望的な破局で終わる第6番。悲劇的表現としてマーラーが求めた音楽語法だったのだろう。ペトレンコは、楽曲の極めて古典的な形式(4楽章構成の交響曲)と斬新な和声のコントラストを強調。その矛盾を際立たせることで形式を凌駕する音楽を抽出。音楽(悲劇性)が運命の束縛(形式)を乗り越えて行く様を描き出した。中間楽章については、従来のスケルツォ(第2楽章)→緩徐楽章(第3楽章)の順ではなく、最近の全集版に準拠してその逆の順(緩徐楽章→スケルツォ)で演奏された。この順序の入れ替えが、上記の解釈を際立たせると見ている。最終楽章のハンマーも従来の3回ではなく、2回であった。

Img_60402日間を通じた印象。ペトレンコは見事に雪辱を果たした。初日は聴衆の期待に応え、オーケストラを全開で演奏。迫力の悲劇性で押し切った。2日目はラトルの演奏との比較を意識させた。ラトルの思い入れたっぷりの演奏に対し、ペトレンコは持ち前の研究心・探究心で曲の隅々まで目配りをし、作曲者の意図を彼なりに忠実に表現してみせた。ベルリン・フィルというスーパー・オーケストラは指揮者の指示に共感をもって服従。このコンビには今後ますます期待が高まると思う。(となると、チケットも入手し辛くなるか。。) 因みに3日目の演奏会は、後日に「デジタル・コンサート・ホール(DCH)」のアーカイヴで鑑賞することにしよう。

2ヶ月後には本帰国なので、フィルハーモニー・ホール(ベルリン)での演奏会は当分、見納めとなる。本当に良い思い出となった。ペトレンコ&ベルリン・フィルのコンビには今年5月のイスラエル公演での再会を楽しみとしたい。(毎年5月1日のベルリン・フィル「ヨーロッパ・コンサート(Europakonzert)」。今年はイスラエルのテルアビブで行われる。主な曲目はマーラーの4番。翌2日もテルアビブで今度はマーラー6番。3日はエルサレムで同じくマーラー6番が演奏される。) ペトレンコ&ベルリン・フィルのコンビが来日した際は、日本のクラシック音楽界を席巻することは間違いないと思われる。その日が待ち遠しい。

 

2020年1月22日 (水)

アプレンティス(丁稚・でっち)

 

過日の投稿「すべての神学校関係者は『教場』を視るべきだ」に関連して。

トランプ米大統領が不動産王としてニューヨークに君臨していた時代、同所を舞台とした『アプレンティス(The Apprentice)』というリアリティ番組のホストをつとめていた。出された課題を参加者がチームで取り組み、課題の最後に全員をボードルームに集め、勝者を発表。敗者の中から脱落者を選び、トランプ氏が「君はクビだ!(You're Fired!) 」と宣告する。トランプ氏はこの決め台詞で有名であった(作者は WWF のプロレス興行王ヴィンス・マクマホンであったらしい)。

英語の「アプレンティス」とは「見習い」とか「丁稚(でっち)」のことである。私自身としては「丁稚」の響きを好む。要するに見習いとして「誰よりも早く職場に到着し、誰よりも遅く帰る者」のことである。

私たちの教会はロンドン市内の英国教会(イギリス国教会)福音派(ローチャーチ)の教会会堂を使用させていただいている。毎年、英国人アプレンティスの人たちが教会にやって来る。彼らは普通、数年間をまさに「丁稚」として教会で奉仕する。その働きぶりを主任牧師(Vicar や Rector)・教会執事たち(deacons)、そして教区(parish)の上層部に評価される。ここまで来て初めて、いわゆる「献身」して神学校に進ませるかどうかの判断の対象となる。丁稚期間の評価が不合格であった場合、「悪いことは言わない。あなたは別の道に進んだほうがよい」と宣告される。

従って、丁稚期間を経ることなく神学校に進む可能性はほぼ無い(特に30代までの若い世代は)。神学校進学後も、学校からの評価レポートが所属教会や教区に随時報告される。不適格と判断されれば退学を勧告されることもある。私がウィクリフ・ホールにいた頃、学士課程・博士課程で退学を余儀なくされた者がいたことを耳にした。彼らは ordinand と呼ばれる国教会の神学生であった。厳しいなあと思った。

余談だが、教会にやって来た見知らぬ若い英国人アプレンティスが日本人の私のことを不審に思い、(私からすると少々エラそうに)あれこれ話しかけたり場合によっては上から目線で教会の規則などを伝えようとすることがある。後日、教会のスタッフ・ミーティングの場などで「あの日本人牧師はウィクリフ・ホールの卒業生だ」と告げられるや、「失礼しました!」とばかり態度や言葉遣いが急変することが何度かあった。この余談は私の自慢話ではなく、アプレンティス(丁稚)とはそういう身分の者だ、ということだ。

アプレンティス(丁稚)が見習い期間中に何を評価されるのだろう。分野は違うが、中野 雄(たけし)氏は著書『小澤征爾 覇者の法則』(文春文庫)の中でこんなことを述べている。

 

私は音楽プロデューサーとして数多くの音楽家の卵と接してきたが、彼や彼女等の人生航路の岐路は、何事か未知の事柄に出逢い、未知の経験をしたときに、それを単なる "出来事" か "想い出" の記憶に留めてしまうか、それを次なる人生のための知恵に変え、飛躍か転換の糧となしうるか否かで決まるという、冷厳な事実に何回か直面してきた。 (同書 p. 94)

 

音楽家の卵だけでなく、伝道者・牧師の卵も同じだと思う。私の人生での観察と中野氏の見解は一致する。アプレンティスの期間に、この資質があるかどうかはほぼ判明する。そして、アプレンティス期間を端折る者、つまり小賢しく「近道」を講じる者は、その機会を逸することとなる。中野氏は続ける。

 

昨今の海外留学生がいかに恵まれているか。恵まれているが故に、何を学び損ない、身に着け損なっているかーーかつて私は『ウィーン・フィル 音の響きの秘密』(文春新書)という書物の中で小澤征爾の痛烈な言葉を紹介したことがある。彼はNHKのテレビ・インタビューの中で、「後輩のひとりに、『ぼくは小澤先生のような廻り道はしたくない』って言われちゃったんですよ」と告白し、凄みのある笑みを頬に浮かべたのである。記憶に誤りがなければ二度、彼はテレビの画面を通して視聴者に同じ言葉を伝えた。口調は穏やかで、半ば冗談めかした響きも伴っていたが、瞳の奥に潜む憐憫と軽蔑のほの暗い光を私は見逃がさなかった。 (中略) 出会った事柄を経験として、また教訓として脳内に蓄積し、それを次の瞬間に、あるいは一定の時を経たのちに、その人の "自己表現" に変質させて他人に提示できるか否かで人生の勝負は決する。事柄を単なる事象=そのとき起こったこととして記憶に留めただけでは、次なる発想の起爆剤にはなり得ない。忘却してしまったなら論外。 (中野 雄 同書 p. 111-112 太字は原文の傍点)

 

上記文章の海外留学生を神学生に置き換えてみよ。「近道」を講じる(廻り道を避ける)者とは「何かを学び損ない、身に着け損なう」者である。丁稚の期間が無かった者、または丁稚の期間に「経験を蓄積し、次にそれを "自己表現" として変質させる」資質を欠いた者が「ふるい」にかけられることなく現場に送り出されたら、その者の先々はほぼ見えたも同然である。

 

こんな話を聞いたことがある(パウロの第二コリント書12章2節風に)。ある教会の牧師が神学校卒業直後の者を副牧師に迎えた。副牧師という肩書きであり「1年間は試用期間」と教会規則に則ってあらかじめ説明してあったので、その者には「アプレンティス」としての行動を期待していた。神学校で当然、そのような教育と訓練を受けてきたと思っていた。ところが実際は「誰よりも早く教会に到着し、誰よりも遅く帰る」姿勢は到底望むべくもないことが判明した。残念ながらその者の伴侶も同様だった。本人はとにかく時間にルーズで、伴侶はよく教会行事をドタキャンした。時が経ち、やがてその副牧師が牧師に昇格し、主任牧師となった。教会で何が起こり、どうなったかは言うまい。1つだけ、ある教会員(複数)が教会を去る時にこう言ったという。

 

「何がうれしいかって、これ以上あの(牧師の)説教を聞かずに済むことだ」

 

痛烈な一言であるが、本質を突いている。アプレンティス期間をいい加減に過ごした結果、この牧師は「出会った事柄を経験として、また教訓として脳内に積し、それを次の瞬間に、あるいは一定の時を経たのちに、その人の "自己表現" に変質させて他人に提示できる」資質が欠如していることに気づく機会を逸してしまった。それに気づかぬまま牧師を続け、それが礼拝説教に如実に現われたのだ。時すでに遅し。トランプ氏なら「君はクビだ!(You're Fired!) 」と宣告するところだろうが、そのまま居座り続けることができてしまうのもキリスト教会というところだ。

英国教会は確かに病んでいる部分もあるが、こと献身志願者にアプレンティス(丁稚)期間をしっかり設けるところはさすが「腐っても鯛(たい)」と思わせる。

 

2020年1月21日 (火)

エリザベス女王の鉄拳裁定

 

ヘンリー王子とメーガン妃の英王室離脱問題。ブレグジットに続き、英国は新たな "離脱" 問題に直面している。

Queen エリザベス女王の裁定結果は日本でも報道のとおりである。(画像を注意深くご覧あれ。ヘンリー王子一家の写真は女王の机上にはない。) 女王は王子が希望した「半公半民」の立場を認めず、王室ブランド(王族の称号)を金儲けの手段にすることを許さなかった。可愛い孫息子のことだが、英王室の権威のために「泣いて馬謖を斬る」決断だったのだろう。しかし、女王を批判する世論が起きることは当然予想される。他方、メーガン妃の実父や異母姉から王子夫妻のやり方には批判が出ている。「ハード・ブレグジット(EU からの強硬な離脱)」をもじって、英マスメディアでは「ハード・メグジット(王室からの強硬離脱)」との造語が踊っている。メーガン妃は王室にとって「トロイの木馬」かと。

英国社会には衝撃が走っているが、私自身は女王の裁定は賢明だったと思っている。世論も、王子夫妻の自立を応援する声は多くても、お金の問題に関しては概して厳しい。コリン・ジョイス氏は大勢の英国人の本音として

 

いかに彼らが信じ難い富と幸運に恵まれているかということ、それを自らの功績ではなく生まれついての偶然で手に入れたことを彼らに思い出させてやりたい、という願望が表れている。僕や一般のイギリス人は言うなれば、彼らが「労せずして得た特権」の分だけ身を尽くして働くことを当然だと思っている。(ニューズウィーク日本版コラムより)

 

と述べている。つまり王子夫妻はノブレス・オブリージュを果たしていないと。

1936年、エドワード八世も米人女性シンプソン夫人を選び、王位を捨てた。王室離脱は前例がないわけではない。

私自身は、王子夫妻の結婚式の時からメーガン妃が英王室に溶け込めるか懸念していた。米国聖公会総主教の説教を喜々として聴いていたのは彼女のみ。他の王室関係者は一様に無表情(というか呆れ顔)であった。

 

信仰のための戦い Contending for the Faith

 

今回の危機は「想定内」が正直なところ。。

 

2020年1月20日 (月)

上杉謙信!

 

その昔、ロンドンの地下鉄がまだ窓口で切符を販売していた時代。

日本人旅行者が窓口で行き先を告げたが通じない。

何度か発音し直しても、それでも通じない。

ついにダメもとで叫んだ。

 

上 杉 謙 信!

 

切符が出てきた。

 

West-kensington

 

 

 

2020年1月18日 (土)

ゼロ・リスクという宗教

 

広島高等裁判所は四国電力伊方原原子力発電所3号機の運転差し止めを求めた仮処分の抗告審で、差し止めを認める判決を下した。決定を認める理由に九州・阿蘇山の火砕流の到達を挙げた。

阿蘇山の火砕流。。。これを聞いて私は絶句した。阿蘇山の噴火と約160km離れた伊方原原発までの到達がいったいどれほどの確率なのだろう。因みに、阿蘇山の最後の大噴火(4回目の Aso-4 )は9万年前の出来事である。裁判長のゼロ・リスク信仰はほとんど宗教の領域だ。ここまでゼロ・リスクを求めるなら、富士山噴火の可能性で山梨&静岡両県はもちろん首都圏下の人々の生活と営みはすべて無意味ということになる。

 

Death-rates-by-university-of-oxford 英オックスフォード大学の公式ウェブサイトに医学的データに基づく「ほとんどの人の信じるのとは逆に原子力はすべての主要なエネルギーの中でもっとも安全である(It goes completely against what most believe, but out of all major energy sources, nuclear is the safest)」というページがある。画像の表は1TWh発電するときの直接被害(大気汚染や採掘事故や放射線被曝)で本来の寿命より早く死ぬ人数を比較したもので、上から褐炭の火力発電・普通の石炭の火力発電・石油の火力発電 、以下バイオマス・天然ガス・原子力と続く。褐炭火力発電での死亡は 32.27人。一番低いのは原発で、その放射能で死ぬ人は 0.07人である。

Our World in Data

 

オックスフォード大学の科学的根拠に基づくデータと日本の裁判官のゼロ・リスク信仰。どちらを信じると問われれば、私は前者と答える。以前の投稿でも書いたとおり、原発問題の難しさは

a)「安全」をはかる基準である科学的・客観的確率計算
b)「安心」の根拠となる主観的感情(=心理的合理性)
c)それらが「政治」の現場に及ぼす影響

のバランスにある。しかしまずは「安全」に関する科学的・客観的確率計算という定量的思考を軸に定めないとまともな議論にはならない。

再度ことわってくおが、私は「ゼロ・リスク」の立場は採らない。基本的に安全と危険は「トレード・オフ」(折り合い・落とし所)の関係にあると日常生活の知恵と実践からそう思っている。従って私は、筋金入りの反原発派でもなければ、いわゆる原発推進派でもない。原発問題を冷静に議論したいだけなのだ。

最後に。ナシーム・タレブの『ブラック・スワン』は誰もが一度は読んでほしいと思っている。因みにタレブはレバノン系アメリカ人である。

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2020年1月16日 (木)

サイモン・ラトルのベルクとベートーヴェン

 

管弦楽: ロンドン交響楽団

指 揮: サー・サイモン・ラトル

曲 目:・A. ベルク  『7つの初期の歌曲』

              (ソプラノ独唱:ドロテア・レシュマン

           『パッサカリア』

           『管弦楽のための3つの小品 Op. 6』

      <休 憩>

    ・L. ベートーヴェン 『交響曲第7番 イ長調 Op. 92』

日 時: 2020年1月16日 午後7時30分

会 場: バービカン・ホール(ロンドン)

 

今宵のロンドン交響楽団定期演奏会は20世紀音楽のアルバン・ベルクと19世紀のベートーヴェンの作品。今年はベートーヴェン生誕250年記念の年なので、今シーズンの世界各地での演奏会では特集が組まれている。サイモン・ラトルは今月に7番、来月に9番(合唱)でロンドン響を振る。また、ロンドン響が本拠地とするバービカン・ホールでは、5月にサー・ジョン・エリオット・ガーディナー指揮によるベートーヴェン交響曲全曲演奏会も予定されている(オケは「オルケストル・レヴォリューショネル・エ・ロマンティック」)。

Img_6008 Img_6009プログラム最初の曲はアルバン・ベルクの『7つの初期の歌曲』。ソプラノ独唱はドロテア・レシュマン。1967年、独・シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州フレンスブルク出身のソプラノ歌手。世界各地の歌劇場で活躍しつつ、ドイツ・リートの歌唱でも高い評価を受けている。ピアニストの内田光子と共演したシューマンとベルクの歌曲アルバムが2017年の第59回グラミー賞ベスト・クラシカル・ソロ・ヴォーカル部門を受賞し、話題となった。『7つの初期の歌曲』はベルクがまだアルノルト・シェーンベルクの弟子だった時の作品。従って、後年のベルクの作風となった十二音技法は用いられておらず、むしろリヒャルト・シュトラウス風な歌曲である。ラトルのしっかりしたサポートを受けつつ、レシュマンは情緒豊かに歌い上げた。

この日の演奏の白眉は次の『パッサカリア』と『3つの小品』であった。後者は①前奏曲(Präludium)・②輪舞(Reigen)・③行進曲(Marsch)の3曲から成る。パッサカリアから休みなく続けて演奏されたので、全4曲の組曲風であった。『3つの小品』 の作曲年代が 1913-15年なので、ベルクの代表作オペラ『ヴォツェック』と同時期であることから、本格的な無調音楽作品となっている。拡大四管編成の大編成オケ。ラトルの棒は冴えわたり、的確なアインザッツによる音色の変化とデュナーミク(強弱)の指示。一般聴衆には難解であろうこの曲を実に明快な構成で提示してみせた。終曲「行進曲」が終わると私だけでなく聴衆が「ブラボー!」の歓呼。ロンドン響のメンバー(特に第一ヴァイオリンのセクション)は、ベルリン・フィルやウィーン・フィルのような独特なオーラを放ってはいなく、どちらかというとなんとなく貧相で(失礼ながら)見た目はイギリスの労働者階級のような面々だが、「やるときゃやっとるッス!」という底力を見せてくれた。因みにコンマスはゲストであった。

 

休憩後は今晩のメイン、ベートーヴェンの7番。全体としては秀逸な演奏であったが、私にはどうも古楽スタイルの演奏(ピリオド奏法?)はピンとこない。オケがダウンサイジングの小編成であったことはともかく、弦楽セクションがまったくのノン・ヴィブラート奏法で、私にはなんとも味気なく感じる。特に第1楽章。ところどころにヴィブラートを入れた方が曲がずっと美しく響くと思うのだが。。古楽復興運動は、従来の行き過ぎたヴィブラート奏法への反動から勃興したのであろうが、今日では逆にもう一方の極端となってしまった感がある。どの世界・分野でも、振り子のように極端から極端に振れるものだ。古楽復興運動も一種の「流行」と私は割り切っている。かつてウィーン・フィルのコンサートマスターだったウェルナー・ヒンク氏は次のように語っている。

 

私はモーツァルトを演奏する場合、モーツァルトの時代に響いていた音楽の「真似」や「再生」をしたいわけではないのです。そうではなくて、モーツァルトが楽譜に書き込んだ情報、あるいは書き込むことのできなかったニュアンスを汲み取り、今を生きる私の視点から彼の思いを「再創造」したい。もちろんそれにあたっては、モーツァルトの手紙を読むことも手がかりになるでしょうし、あるいは第三章でも述べたようにダンスの感覚を身に付けていることも大事でしょう。ただしこれらのことを学ぶのは、あくまで「再創造」をしたいという目的があるからです。それを忘れてしまってはいけません。 (ウェルナー・ヒンク(語り) 小宮正安訳・構成 『ウィーン・フィル コンサートマスターの楽屋から』 ARTES 刊 pp. 239-240)

 

今日流行のノン・ヴィブラート奏法に関して、私自身はW. ヒンク氏の言葉に全く同感である。一方、サイモン・ラトルほどの指揮者であれば当然、ヒンク氏らのような意見は百も承知であろう。その上で7番の解釈として古楽奏法を採り入れるのは彼なりの考えがあってのことだろう。ただ私には、どうもしっくりこないのだ。

 

古楽復興運動のもう1つの大きな変化は「アーティキュレーション」または「フレージング」である。要するにフレーズ(楽句)の区切り方だ。我々の日常会話でも例えば「ココデハキモノヲヌイデクダサイ」という音を「ココデ、ハキモノヲヌイデクダサイ」と区切れば「ここで履き物を脱いでください」という意味に解されるだろう。「ココデハ、キモノヲヌイデクダサイ」と区切れば、「ここでは着物を脱いでください」と解されるだろう。端折って言えば、アーティキュレーションとはこういうことである。音楽でも、フレーズの区切り方によって曲の解釈は変わり、曲想が変わってくる。楽器の奏法(例えば弦楽器の運指)や管楽器や歌唱のブレス(息つぎ)にも大きな影響を与える。

古楽復興運動では、アーティキュレーション(フレージング)は概して短めに、また各音は均等に弾かれる傾向がある。まずは後者について再びヒンク氏の言葉である。

 

たとえば四分音符と八分音符がスラーでつながっており、しかも前の四分音符のほうが音が高く、後の八分音符のほうが音が低いといった場合。こうした時に、ウィーン・フィルで通常採用している演奏の方法は、「ティーャ」という感じになる。同じ音型が二回三回と続くと「ティーャ・ティーャ・ティーャ」という弾き方になり、前の音のほうが後よりも大きく、なおかつ弾き終わった後に息を静かに吐き出した時のような余韻が残ります。

ところが古楽復興運動の人たちは往々にして、八分音符は厳密に八分音符でなければならない、と主張を強固に持っており、場合によっては八分音符は楽譜に書かれている以上に短めに切るのがかつての習慣だったと言い始める。それに従って演奏すると、「ティーヤッ! ティーヤッ! ティーヤッ! ティーヤッ!」という具合、つまり前の音よりも後の音のほうが大きくなるだけでなく、息を静かに吐き出すどころか、逆に息を「ウッ」と止めるような表現となってしまいます。

音楽とは、やはり自然な呼吸が基本中の基本となっているのです。人間、息を吸って吐かなければ生きてゆけませんよね。そのように考えると、たとえ演奏の場であっても、不自然に息を止めたり、逆に吐き続けたりすることは、身体によろしくない(笑)。それは演奏家だけの問題ではありません。聴き手にとってもそうですし、そもそも作品を書いた作曲家の「息遣い」を殺してしまうことにもなりかねません。作曲家が生き、呼吸をし、その中で作品を書いていった。彼らの生理、つまりは人間の生理に抗うようなことは、やはり「再現芸術」を目指す演奏家としてはやってはいけないことだと思います。 (ウェルナー・ヒンク 前掲書 pp. 240-241)

 

Beethoven-violin-concertoフレージングが短めに切られる傾向は、昨今のヴァイオリニストが、例えばベートーヴェンの『ヴァイオリン協奏曲』第三楽章の第一主題を2弦間(G線とD線)にまたがって弾く運指にも影響を与えているようにも思われる(画像の上段の楽譜を参照)。伝統的には第一主題は一つの楽句(フレーズ)と理解し、フレーズ内の音色を統一するためにG線一本で弾く運指(画像下段の楽譜)が常識であった。クラシックギターでも、往年の巨匠アンドレス・セゴビアの運指はその点に拘りがあったことを、セゴビアの薫陶を受けたアメリカのギタリスト、クリストファー・パークニングは証言している。しかし近年、2弦間にまたがる運指を採用するヴァイオリニスト(特に若い世代の奏者)が増えていると聞く。これは単に同弦上でのポジション移動を省く(D線の開放弦を利用する)弾き易さのためだけではないと思われる。むしろ、古楽復興運動のアーティキュレーション(フレージング)法、つまり弦間をまたぐことにより音色の変化でフレーズが区切りが生じる効果を志向した運指法ではないかと考えられる。

 

Img_6015 Img_6013 話をラトル指揮のベートーヴェン7番に戻すが、全曲を通じて(とりわけ第1楽章と第2楽章)ノン・ヴィブラート奏法と古楽式アーティキュレーションが支配的な演奏であった(と私には思われた)。フルトヴェングラーやブルーノ・ワルター、カール・ベームやカラヤンらの演奏に耳慣れた私には終始奇異に感じられたのは正直なところである。今宵の聴衆間でも賛否があったのではないか。終演後、熱狂的に拍手し「ブラボー」を叫ぶ聴衆がいる一方、私のように違和感を感じながら首をかしげながら拍手をしていた聴衆もまたいたのではと思われる。実際、ラトルへのカーテンコール(舞台への呼び戻し)は数回程度で、最後はコンマスに声をかけて一緒に足早に舞台から去っていった。

 

2020年1月14日 (火)

『誰が世界を支配しているのか?』ー本当の世界情勢を読み解く視点ー

 

ノーム・チョムスキー著  大地 舜・榊原 美奈子(訳)

『誰が世界を支配しているのか?』

双葉社 2018年 1,760円

 

アメリカの著名な言語学者・言語哲学者ノーム・チョムスキー

本書は、ここ数年間の読書で私に最も大きな影響を与えた一書。まさに目からウロコ・・であった。世界情勢を読み解く稀有な視点を授けてもらった。特にアメリカ合衆国の政治状況、中東やロシア&ヨーロッパの情勢において。

オックスフォードのブラックウェルズ書店で原書を立ち読みしたが、幸いなことに2018年に邦訳が出版された。チョムスキーはユダヤ系として、また自他共に認めるアナーキストとして、歯に衣着せない筆致で世界の真の支配者(もちろん世俗的な意味で。私はキリスト者として世界の真の支配者は天地創造の神、救い主イエス・キリストであるともちろん信じている)を暴き、痛烈な批判を加える。

しかし他方で、日本という国そして我々日本人はその「世界の真の支配者」の恩恵にあずかっていることもまた事実。そう、その恩恵の手を振り払う勇気のない国であり民族である。だから従属している。反対に、恩恵(=支配)の手を振り払う決意をした国家は支配者にとって「敵」となる。現在の米国 vs イラン情勢をその視点で眺めれば、日本のマスメディアが垂れ流している情報がいかに操作されたものであるかが分かるはずだ。日本で流布するトンチンカンな情報ーー米中新冷戦、中東情勢一般、そしてブレグジット(英国の EU 離脱)、更にゴーン被告の国外逃亡等ーーもだ。

最後に、世界の真の支配者を読み解く鍵は、実はチョムスキー氏の著書でもない。ーー「聖書」ーーである。

 

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2020年1月12日 (日)

EU の終わりの始まり

 

BBCニュース日本版(1/10)より

英下院、離脱協定法案を可決

英下院(定数650)は9日、ボリス・ジョンソン首相が欧州連合(EU)と取りまとめたEU離脱協定を国内で法制化するために法案を、330対231の賛成多数で可決した。

イギリスは1月31日にEUを離脱する予定。離脱の条件を定めたこの法案には、EUに支払う「清算金」や、在英EU市民と在EU英国民の権利、北アイルランドをめぐる関税規定、ブレグジット(イギリスのEU離脱)後の11カ月間の移行期間などが盛り込まれた。

法案は週明けにも上院に送られる。上院議員が修正を求めた場合は、下院で再度、採決が行われる。

与党・保守党は昨年12月に行われた総選挙で過半数議席を獲得したため、法案可決は想定内だった。

下院はクリスマス休暇直前に、この法案の大枠を承認。3度目となる9日の審議も滞りなく行われた。賛成票330票は全て保守党議員によるものだった。

 

これで1月末のブレグジット(EU からの離脱)の実現はほぼ確定した。国民投票から3年半にも及ぶすったもんだの末ではあったが、兎にも角にもブレグジットは実現するのだ。歴史的な出来事と言ってよい。

離脱後の移行期間が今年末までの11ヶ月間しかないことは不安要因だが、しかしこの「事実上の合意無き離脱」がもたらす混乱も、EU にとっての混乱であって英国にとっての混乱ではない。要するに、ブレグジットの実現とは「EU の終わりの始まり」である。

EU はグローバリズムの体現者として常に「全体主義」的雰囲気が漂う。そう、大陸欧州は英国と違ってかなり「全体主義」的である。EU の政治的盟主はフランス、経済的盟主はドイツだが、どちらの国にもかつて独裁者が登場した歴史がある。フランスでは19世紀のナポレオン・ボナパルト、ドイツでは20世紀のアドルフ・ヒトラーだ。このような全体主義的なフランスとドイツが主導する EU が民主的になるのはずもないし、実際、EU の機構は官僚主義そのものである。EU が全体主義的共産国家・中国とずぶずぶの関係になったのも決して偶然ではない。「類は友を呼ぶ」のだ。

フランスではマリー・アントワネット級に庶民感覚の欠如したエマニュエル・マクロンが大統領となり、ジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)運動で国内政治が混迷。EU 盟主を気取っている場合ではなくなった。ドイツは観念論のお国柄らしく相変わらず「理念先行」だ。アンゲラ・メルケル首相は現実を直視しない、理念に酔った大量の難民受け入れ政策が仇となりレームダック状態。ドイツ国内の真の脅威は極右の台頭ではない。近年は偽装リベラルの「極左」「革新」の跋扈(ばっこ)で政治家もマスメディアも国民も「環境!環境!環境!」の大合唱。おかげで自動車産業を中心に経済は転落の一途。私はドイツを訪れるたびに「凋落」の雰囲気を感じ取る。日本では NHK の「チコちゃんに叱られる!」が人気らしいが、ドイツでは差し詰め「グレタちゃんに叱られる!」で少女に叱られる大人たちがMっ気たっぷりの恍惚状態にある。

そんな中、発足後間もない EU の新欧州委員会は昨年末に気候変動対策「欧州グリーンディール」を発表した。新委員長はドイツ出身のウルズラ・フォン・デア・ライエン氏だ。ドイツの経済界は彼女を警戒している。欧州グリーンディールは30年後つまり2050年の排出ガス目標(温暖化ガスの排出を実質ゼロにする)を設定しているのだ。そもそも EU が2050年まで存続しているのだろうか? 私は極めて懐疑的である。残念ながら、EU とは「沈み行く泥舟」だ。離脱した英国は賢明だったと、後に語られるだろう。

Brexit

 

2020年1月 7日 (火)

すべての神学校関係者は『教場』を視るべきだ

 

フジテレビ開局60周年記念の新春スペシャルドラマ『教場』。原作は長岡弘樹の小説『教場』シリーズだ。前編後編のTVドラマはすでに放映されたことだろう。

警察学校のアメリカ英語訳はポリス・アカデミーだ。アメリカではコメディー映画のシリーズとして知られている。しかし『教場』はそんなおちゃらけた内容ではない。

警察学校は、優秀な警察官を育てるための機関ではなく、適正のない人間をふるい落とす場である。訓練期間中に「警察官としてあるまじき」と判断されれば、容赦なく自主退学へと追い込まれる。他方「ふるい」ではあるが「その逆もある。残すべき人材であればマンツーマンで指導してでも残す」(ドラマ中の風間教官のことば)。現場の警察官は一般に小説やドラマ&映画の警察物が現実離れしているので嫌悪しているが、『教場』シリーズは共感を得ていると聞いている。

日本のプロテスタント神学校、とりわけ福音派の神学校の弱点はまさにここだ。ここでは入学時のゆるさ(本人の自薦と教会の推薦があればほぼ誰でも入学でき、入学試験は事実上有名無実化している実態)には言及しないでおくとして、『教場』に描かれる如く教育段階において神学校が「適正がない人物を排除するための機関」としてはまず機能していない。日本の神学校とは要するに、誰でも入学でき、誰でも卒業して行く機関である。換言すれば、牧師や伝道者として不適格な人物が教育機関でふるい落とされることなく教会の現場に送り出されている。

これは私見だけではない。多くの信徒の実感である。実際、私のところにも信徒からの「悲鳴」が寄せられる。

村上 密牧師が述べるように、2010年代は、教会のカルト化の問題が相次いだ。

 

2010年代、異端やカルトの問題より、教会のカルト化の問題が相次いだのは、信徒がキリスト教倫理や規範を持たない牧師の独裁を許したからである。牧師は牧師に従う信徒を模範的信徒と教え込み、信徒が牧師依存に陥った。教会は、力を失った。牧師は独裁により自己実現を追及した。それははキリストへの愛から離れた生き方である。

 

問題牧師の独裁を許してしまう信徒の側にも責任はあるが、『教場』の如く「ふるい」として機能しない神学校の責任の方がより大きいと私は考える。もちろん上記のとおり「ふるい」だけでなく「残すべき人材であればマンツーマンで指導してでも残す」情熱が注がれる場も神学校である。

2020年代が始まった。神学校教育について全教会的な議論が必要であると思う。神学校関係者はまず『教場』を視聴されたらどうだろうか。

蛇足ながら、本投稿だけは「床屋談義」の「ご笑覧路線」でないことを申し添えておく。

 

2020年1月 4日 (土)

2020年という年

 

IR 汚職事件。

年末にカルロス・ゴーン被告の国外逃亡という事件。

そして年始早々のアメリカによるイラン要人ソレイマニ司令官殺害という大事件。

 

私見ではこれらは皆、根っこでつながっている。

 

昨年から私が2020年のキーワードになると注目しているもの。

それは、

 

イスラエル

 

クラシック音楽関連でも5月にイスラエルで1993年以来の出来事が起こる。

 

いずれにしても、今年はイスラエルそして中東情勢から目が離せない。

 

 

2020年1月 1日 (水)

謹賀新年

 

新年明けましておめでとうございます。主による新しい年、皆様の家庭・仕事・学業に神様の祝福が豊かにありますように。

今年は3年間の英国生活を終えて本帰国する年。3月下旬に帰国予定です。日本でもどうぞよろしくお願いいたします。帰国後しばらくは「休養と充電」の期間を過ごすつもりです。

それにしても大晦日の「カルロス・ゴーン被告国外逃亡事件」には驚かされましたね。除夜の鐘の前に「ゴーン」と鳴ってしまいました(笑)。私などは思わずルカの福音書(新約聖書)16章1ー13節の「不正な管理人のたとえ話」を思い出した次第。キーワードは管理人の「抜け目なさ」です。主人の立場からすれば「よくもまあ」と呆れるやら感心するやら。しかし不正な管理人もゴーン被告も「明日の自分に繋げる執念」という点では共通しています。

今回の逃亡劇、日本政府としては、案外、都合良く厄介払いができたと内心ほくそ笑んでいるのでは? というか、裏で何らかの「高度な政治的判断」が当局者たちの間であったように思えてなりません。レバノン政府は身柄引き渡しにはまず応じないでしょう。(日本は司法の威信を賭けてゴーン被告の身柄確保に日本版「オペレーション・フィナーレ」を作戦実行するでしょうか? そんな意志も能力もないはずです。)

それはともかく、新年はまず主なる神様への賛美と感謝、そして毎年のお楽しみ「ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のニューイヤーコンサート(Das Neujahrskonzert der Wiener Philharmoniker)」です。日本では元日の午後7時からNHK Eテレで放送されます。今年の指揮者は本ブログでもおなじみのアンドリス・ネルソンス。ぜひご視聴あれ!

当ブログは、今年も相変わらず「床屋談義の域を出ない」ご笑覧路線の基本コンセプトに忠実に(?)やって参ります。どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

2019年12月23日 (月)

「合意なき離脱」はほぼ確実となった

 

先々週12日に行われた英国の総選挙。結果は日本でも報道のとおりである。保守党の地滑り的圧勝。先週20日には EU 離脱法案の採決が行われ、単独過半数の議席を得た保守党の賛成多数で法案は成立した。

私は上記の日程直後に総選挙の結果や法案成立についてブログで書くことはしなかった。正確には、書く必要がなかったからである。なぜなら、当ブログでは1)ブレグジット(EU 離脱)は必然であること、2)「合意なき離脱」の可能性は常にありそしてその確率は高いことを以前から一貫して述べてきたからだ。嘘だと思うなら過去記事をあたってみられればよい。最後に(おふざけの記事ではなく真面目に)言及したのは10月19日の投稿「この期に及んで・・」であった。

そして先週20日の離脱法案可決によって、来年末の事実上の「合意なき離脱」はほぼ確実となった。なぜなら、来年1月末の離脱後の「移行期間」延長をボリス・ジョンソン首相は断固拒否。法案可決によって移行期間の延長がないことが法に明記されてしまったからだ。移行期間が終了する来年末以降、FTA 締結もなく EU の単一市場からも関税同盟からも英国は放り出される。これは「合意なき離脱」と同義だ。

 

12月18日の時事通信の記事より(太字はのらくら者による)

(ロンドン 12月17日 時事)12日の英総選挙に大勝したジョンソン首相は、来年1月末の欧州連合(EU)離脱後も加盟国並みの状態が続く「移行期間」を延長せず、来年末で終了させると法律に明記する方針を決めた。首相の右腕のゴーブ国務相が17日明らかにした。わずか11カ月でEUとの新たな貿易協定を締結・発効させるのは困難とみられており、「合意なき離脱」に匹敵する規模の大混乱が移行期間終了後に生じる恐れもある。

 11月の下院解散に伴い廃案となったEU離脱関連法案を修正する。移行期間の延長を認めない条項を新設した上で再提出し、20日に「第2読会」採決と手続きが進みそうだ。ジョンソン氏率いる与党・保守党は単独過半数を確保したため、法案通過は確実視されている。

 移行期間は、EU離脱に伴う英経済・社会の激変緩和を目的に、英国とEUが国際条約の離脱協定案に盛り込んだ。原則として来年末で終了するが、最長2年の延長もできる。延長の是非は来年6月末までに英EUの話し合いで決める。 

 通常、自由貿易協定(FTA)交渉は妥結に数年かかる。バルニエEU首席交渉官も、11カ月での幕引きは不可能と厳しい見方だ。一方、英国は瀬戸際戦術に訴えることで、EUから妥協を引き出すのが狙い。ゴーブ氏は17日、テレビ出演し「来年末までに合意を得る」と自信を示した。

 選挙戦でジョンソン氏は、当初今年3月末の予定だったEU離脱が大幅に遅れていることを背景に、移行期間の延長拒否を表明。離脱派の有権者から支持を得た。

 

「ほぼ」確実と書いたのは、奇跡的に離脱後の11ヶ月間で EU との自由貿易協定(FTA)が全項目において合意に達する可能性があるかもしれないとの含みを持たせてのことだ。がしかし、EU 側も認めているように、それはほぼ不可能であると思う。日本と EU 間の FTA も合意までに4年以上の年月を要した。それを11ヶ月で・・とはまずあり得ない話だ。従って、交渉の時間切れで来年末に事実上の「合意なき離脱」へと突入する可能性は極めて大である。

ブレグジットを冷静に織り込んで為替市場での英ポンドは比較的安定していたが、総選挙後の急上昇と離脱法案可決後の急降下で乱高下を演じている。しかし来年末には比類無き大混迷が待ち受けていよう。なぜ英国はそこまで「合意なき離脱」に拘るのか? 理由はそれとなく分かっているが、そこまで当ブログで踏み込むのはタブーであろう。

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2019年12月22日 (日)

エスタブリッシュメントの否定 ーポストモダンの徒花ー

 

2年半前、二十数年ぶりにイギリスに戻って来て愕然としたこと。それは英国社会の「白人エスタブリッシュメント(支配層)」が崩壊していたことだ。はっきり言おう。白人エスタブリッシュメントは負の側面(e.g.白人至上主義)だけではない。「白人エスタブリッシュメント」には少なくとも社会のリーダーとして「ノブレス・オブリージュ」が共有されていた。しかしポストモダンの「行き過ぎた平等の追求」は白人エスタブリッシュメントから特権を剥奪し、結果としてノブレス・オブリージュを有名無実化してしまった。

イギリスでもアメリカでも、実は白人は依然多数派であり支配層ではあるが、彼ら自身が「マイノリティー志向」に罹患してしまっている。日本でもよく知られたジョン F. ケネディー大統領の就任演説の一節「我が同胞アメリカ国民よ、国が諸君のために何が出来るかを問うのではなく、諸君が国のために何が出来るかを問うてほしい」を歴史のコンテクストで解釈するなら、他でもない白人エスタブリッシュメントのノブレス・オブリージュに訴えた言葉だ。アフリカ系アメリカ人公民権運動が実を結ぶようになるのはこの後である。現在の欧米は "意識上のマイノリティー" が覇権を争っている状態だ。健全な意味での(=ノブレス・オブリージュを共有する)エスタブリッシュメントが瓦解してしまったからだ。

私は、ノブレス・オブリージュを絶滅危惧種にしてしまった英国社会に魅力を感じない。特権というものはただ剥奪すればよいというものではない。ツァイトガイスト(時代の精神)は当然、キリスト教会にも影響を与える。現代欧米の神学者たちからは時代におもねた「マイノリティー志向」のメッセージしか聞こえてこない。だから、神学書がちっとも面白くない。

聖書が健全なエスタブリッシュメントの存在やあり方を否定しているとは私には思えない。そもそもノブレス・オブリージュは聖書の言葉、ルカによる福音書12章48節後半の「多く与えられた者はみな、多く求められ、多く任された者は、さらに多くを要求されます」(聖書 新改訳 2017、太字はのらくら者による)が起源と言われる。聖書は決して特権を否定していない。しかし特権を与えられた者にはそれに相応しい「責任」(求められ・要求される)が生じることも教えている。

「平等の追求」で特権階級や支配層を引きずり下ろすのは痛快でありさぞ溜飲を下げられることだろう。しかしそのブーメランはいつか自分たちに返って来るのだ。欧米社会もそして現在の日本も、それに気づくにはもう少し時間がかかるのかもしれない。

 

同門対決

 

動画サイト YouTube には時に信じられないほど貴重な映像がアップされる。これなどはまさにそれ。カール・ゴッチビル・ロビンソン 

81pkfp4pp8l 二人は同門の兄弟弟子の関係にある。イギリス・ランカシャー地方のウィガンにかつて実在した「蛇の穴(The Snake Pit)」ことビリー・ライレー・ジム。レスリングのランカシャー・スタイル(フリースタイル)である「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン(Catch-As-Catch-Can)」を伝える道場だった。ゴッチもロビンソンもこの「蛇の穴」出身である。漫画&アニメ『タイガーマスク』の「虎の穴」のモデルになっている。

それにしてもカール・ゴッチの顔、往年の名俳優カーク・ダグラスに似てませんか?

 

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