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2012年1月14日 (土)

今後のブログ運営について


昨年末から更新が滞り、そうこうするうちに新しい年2012年になって
しまいました。遅ればせながら、今年もどうぞよろしくお願いいたします。


実は昨年末あたりから発信の場をブログからフィスブック(Facebook)に
軸足を移しつつあります。不特定多数が閲覧するブログから、FB上で承認した
友人関係の人たちとの交流に発信の場を変更しつつあります。


だからと言ってブログを閉じる訳ではありません。
幸い、本ブログをご覧下さっている方々は、登録によって更新時にアクセス
される方が多いようなので、今までより更新の頻度が低くなっても特に
問題が生じることはないと考えております。


今後は私自身の投稿もありますが、後藤敏夫先生からご寄稿いただいた時を
更新の節目とする方向で考えています。幸い、カテゴリー「後藤敏夫先生」には
相変わらず多くの(海外の在外邦人の方々からも)アクセスをいただいております。


これからもどうぞよろしくお願いいたします。

 

2011年12月16日 (金)

随想 『冬の旅ー旅人であり寄留者として』

                                   
                                後 藤 敏 夫

「・・・地上では旅人であり寄留者であることを告白していたのです。・・・もし、出て来た故郷のことを思っていたのであれば、帰る機会はあったでしょう。しかし、事実、彼らは、さらにすぐれた故郷、すなわち天の故郷にあこがれていたのです。」(ヘブル11:13,15,16、新改訳)


 黄金色に枯れた野山に雪が降り、雪は何度か積もっては溶け、そのうちに木々は葉を落とし野山は焦げ茶色になり、そこにまた静かに雪が降り積もって、ついに根雪になりました。晩秋の頃、私どもが住む惠泉荘には緋色のもみぢが降り、これを最後と染められて転身した枯葉の庭は一枚の絵のようでしたが、そこも今は深い雪に覆われています。足で蹴ると片栗粉のように飛び散り、宝石の粉のように陽光に輝く雪です。しんしんと降る日は、心もしんと静かになり、晴れた日は、真っ白な雪と真っ青な空が実に美しく、心が洗われ清々しい思いにされます。厳しく吹ぶく雪は、柔らかく互いを隔てながら、温かくすべてを包みもします。
     
      太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
      次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。
                   (三好達治「雪」)

 初冬の頃、惠泉荘のすぐ裏の畑に、しばらく滞在していたらしい熊の親子も、今は雪に閉ざされた洞穴で深い眠りに入っていることでしょう。周囲の山野が鳥たちにグルメランドであっただろう季節には、一羽の雀さえ来なかった庭の餌台に、今は毎日、午前と午後のほぼ決まった時間、雀はもちろん、セキレイやモズといった野鳥が来ます。私にとっては3年越しの夢の実現で、幸せそうに餌をついばむ鳥たちの姿を双眼鏡で見るのが嬉しく、少し奮発して大きめの野鳥の餌を買って来ました。

     
 惠泉塾は11月末から来春までは閉塾です。3月からの9ヶ月間、畑や他の作業の場で共に汗を流した塾生たちは、それぞれに卒塾証書や終了証書を手にして、歓声を上げながら一緒についた餅をお土産に、祈りに包まれて帰宅しました。それでも冬をここで過ごす人々が50人もいて、犬や鶏や山羊の動物飼育、そして毎日の除雪作業や、春の開塾の準備をしながら暮らしています。連日降り積もる雪と格闘するのは、2台の重機と各種のスコップや「ママさんダンプ」を持った歩兵部隊です。とにかくゆるぐなぐ、農作業よりも疲れが身体の芯に残ります。そんな中、木工所、パン工場、訪問看護センター、ホスピス、介護ステーション、コーヒーショップ等のヴィタポートの働きは、普段と変わりなく行われています。


 この年、盛夏から初冬にかけて、祈りの家の朝の学びと、日曜日の朝の小さな分かち合いのグループで、それぞれ別の機会に、違った仕方でヘブル書を通読しました。旧約聖書の儀式的な背景に疎い私たちには、馴染みにくいところも多いこの深遠な書簡を、今の私への大切な信仰の糧として虚心に読み進む貴重な機会でした。


 冒頭に掲げた御言葉を読むと、韓国人教会でお会いした在日コリアン1世の方々のことを想います。一切の解釈なしにそのまま彼らや彼女たちの生涯にあてはまります。深い呼吸でただ朗読するだけで、言葉は一人ひとりが生きて来た、また生きている歴史と生活の中に、身体をもって立ち上がるでしょう。そして、一人ひとりのうちに立ち上がるだけでなく、人と人との間に立ち上がるでしょう。「在日」1世の思いを歌った「他郷ぐらし」という古い流行歌はこういう歌詞で終わります。
  
  「他郷もなじめば 故郷となるものを
   行けども来れども いつも他郷」(作詞 金 陵人)

 ヘブル書の最初の読者についてはいささか議論はありますが、手紙の内容からして、厳しい信仰の試練の中で、生活の困難を抱えていたユダヤ人クリスチャンに宛てて書かれたと考えるのが妥当と思われます。彼らはイエスをメシア(キリスト)と告白することによって、生活の安定と生存に関わるユダヤ人コミュニティーにおける市民権を失いつつあったようです。かつては信仰の確信をもって厳しい試練を耐え忍んだ者たちも、長く続く試練の中で、イエスをメシアと告白した初めの喜びを失い、信仰の歩みが弱り衰えていたようです(12:3,12)。その中にはいっしょに集まることをやめたり(10:25)、さらには神の子イエスへの信仰を投げ捨てて、(3:12~19,4:11,6:4〜6,10:35)、「出て来た故郷」(11:15)であるユダヤ教社会に戻る者たちも少なくなかったように想像されます。


 ヘブル書の著者が「信仰の創始者であり、完成者であるイエス」を指し示し(12:2)、人として苦しみ従順を学ばれたキリスト(2:9,18,5:7,8)、私たちの弱さを知る「偉大な大祭司」(4:15,16)を語り、また雲のような信仰の証人たち(11章)や信仰の鍛錬(12章)、真に安全で確かな錨としての希望(6:19)、そしてイエス•キリストが旧約聖書に示された影にまさるお方であることを語るのも、単に教理や思想のことではなく、困難のただ中にあるユダヤ人クリスチャンたちの励ましのためです。


 著者は、ユダヤ人クリスチャンに「宿営の外」(13:13)に出ようと呼びかけます。メシアであるユダヤ人イエスが、同胞からのはずかしめを身に負って十字架で殺されたエルサレムの「門の外」(13:12)、すなわちユダヤ人コミュニティーの外に出て、「さらにすぐれた天の故郷」(11:16)、「揺り動かされない御国」(12:28)、「後に来ようとしている都」(13:14)を目指して、「地上では旅人であり寄留者」(11:13)として生きるように勧めます。それは「キリストを通して(強調)・・・御名をたたえる(直訳「告白する」)」(13:15)ことを捨ててはならないという切なる勧めでもあります。


 それにしても、自らを語ることをしないこの著者の、どこまでもただひとつの御名にのみ固着する、何とへりくだった熱い牧会者の心でしょう。書き送られたこの手紙は、通常の書簡ではなく、説教者が語りかける奨励の言葉だと言われます。「こらえてください」(別訳:13:22)と言いながら、時に慰め深く、時に厳しく「勧めのことば」(13:22)を語る著者の息づかいが、いや温かな息そのものが伝わって来るのを感じます。


 何よりも牧会者である著者が、旧約聖書の御言葉を引用するとき、彼の内に住まわれるキリストの御霊によって、2つの地平はひとつの御名において溶け合います。それは神学的な解釈というよりも、キリストにある永遠のいのちの溢れです。たとえば、2章12節は驚くべき大胆な励ましに満ちた御言葉です。

 「わたしは御名を、わたしの兄弟たちに告げよう。教会の中で、わたしはあなたを賛美しよう。」
 これは次の詩篇22篇22節のダビデの賛歌からの引用です。
 「私は、御名を私の兄弟たちに語り告げ、会衆の中で、あなたを賛美しましょう。」


 ヘブル書の著者のふりかえるまなざしと前を見つめるまなざしの中で、彼が生きているその時、ダビデの「私」は、イエスの「わたし」になります。そこで、人となられた御子イエスが、教会の中でご自身の兄弟たちと共に「あなた」(御父)を賛美しつつ、「わたしは神に信頼します」(2:13)と新しい人類を代表して告白されます!「見よ、わたしと、神がわたしに賜った子たちは」と兄弟である会衆を喜びをもって指し示しながら。ヘブル書の著者は、この私たちと声をひとつにする救い主の賛美の声を自分の内に住むキリストの御霊を通して聴いたのでしょう。と同時に、彼はそれを教会の賛美の中で聴いています。最上のゴスペル•カルテットが御霊に満たされて賛美するとき、彼らが自分たちのハーモニーの中に第5の声を聴くように。ヘブル書の著者にとって、イエスとひとつの声で歌うということは、ただ霊的な高揚や喜悦ではなく、同胞であるユダヤ人とひとつの声で歌うことをしないキリストへの信仰告白です。


 この「歌う救い主」への信仰は、2世紀半ばの作と思われる初期教会の文書にも歌われています。

 「彼は御口を開けて恵みと喜びを語り、御名をたたえて賛歌を詠唱された。/それから彼は、声高らかにいと高き方に向かって歌い、ご自身を通して子とされた者たちを御父にささげられた。」(『ソロモンの頌歌』Odes of Solomon 31:3,4、英訳からの私訳)


 惠泉塾で過ごした8カ月間、ほぼここに来る以前に想い描いていたようなあり方で生活して来ました。そして今、私ども夫婦は、惠泉塾生活の第2段階に入ったように感じています。当然のことですが、具体的な人との関わりやその中での「負い目」(マタイ6:12)が生じ、健康状態も時々に変化し、心身の現実も夫婦で共に歩く歩幅も遠くでイメージしていた時とは違って来ます。そういう歩みの中で、装うことのできない自分をさらしさらされ、神様と隣人とに赦されながら、生活共同体に根づいて行くのだと思います。そのように、ひとりの生活者として、妻とともに惠泉塾に根づくことを学びながら、私は、ある種の「他郷感覚」をもってここで生きています。惠泉塾に生きることに親情的な所属意識による安定や安心はありません。ここはただ「信仰によって」という一点において結びつき、また存在しています。私は、「地上では旅人であり寄留者である」ということが、信仰者本来の存在感覚であることを、ここにいてより鮮明に覚えるようになりました。定住しているここは定住の場ではなく、根づくべきここは根づいてはならない地でもあります。活き活きとした不安と明らかな希望をもって前のめりに歩まざるを得ません。


 私はこれまでも、福音派であることを自覚しながら、何らかの宿営や陣営に全身を浸すことはできず、いつも「門の外」「宿営の外」に在って、何かと何かの「間」(あわい)を生きて来たように感じます。「キリストを通して、御名を告白する」ということは、いつも「門の外」「宿営の外」にあるということであり、そこは魂の荒野です。今、惠泉塾に在って、鍬をふるい、スコップをふるう地に、1世紀のユダヤ人クリスチャンや他郷を生きた「在日」コリアン1世のいのちの記憶が融合します。その身体と心が、今の私の神学であり聖書解釈学です。 

               
 この時代の牧会の現場で苦闘している牧師たちのことを想いながら、私のこの歩みも逃避や自己追求ではなく、なお変わらない同じ召しの中にあるようにと畏れつつ願わされます(ロマ11:29)。


 「わたしが歌いに来た歌は 今日まで まだ歌われずにいます。
  わたしは 楽器の弦を緊めたり 弛めたりして毎日を過ごして来ました。
  調子はととのわず 歌詞もまだよく並んでおりません ――ただ 
  わたしの胸のうちに歌いたい欲求の悶えがあるばかり。
  花はいまだ開かず 風のみが ため息をつきながら吹きぬけてゆく。
  わたしはまだ あのかたのお顔を拝したことも お声を聞いたことも
  ありません ――
  ただ 裏通りを行く あのかたの静かな足音を耳にしたことがあるだ
  けです。……」(タゴール『ギタンジャリ』より)


   When we listen carefully we discover that we are already
 home while on the way. (Henri Nouwen)
  「耳を澄ませば 途上にあっても すでに家に在ることに気づくだろ
   う。」(ヘンリ・ナウエン)


 「ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけ、かわい
  そうに思い、走り寄って彼を抱き、口づけした。」(ルカ15:20)

                      2011年12月 待降節

 

2011年12月15日 (木)

予告(後藤敏夫先生の随想)


後藤敏夫先生が随想をご寄稿下さいました。感謝いたします。明日(12/16)の未明にアップいたします。お楽しみに!


尚、ブログ内カテゴリー「後藤敏夫先生」に収められた随想のバックナンバーもぜひお読み下さい。


 

2011年12月 5日 (月)

12月なんですけど・・・。


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教会堂の外壁にカマキリが・・。きょうは12月。それも寒い日でした。カマキリ以外にも、空飛ぶハエ、網を張るクモ etc と、活動する昆虫を12月に入ってもよく見かけています。以前、クワ友(オオクワガタの飼育友だち)が、「子どもの頃、あれは間違いなく年の瀬だったけど、たまたま近づいた木からパッとアブラゼミが飛び立ったの見た」と言ってました。「そんなバカな・・」と真面目に聞かなかった私ですが、最近はあり得るかもと思うようになっています。そういえば、オオクワガタ飼育を始めた15年ほど前は、10月下旬にもなるとクワガタは餌(ゼリー)を食べなくなり、11月には室内でも完全に冬眠モードでした。ですが現在では、一部の♀クワガタはいまだにガツガツ餌を食べています。信じられない・・。う〜ん、何かおかしいですねー。

 

2011年12月 3日 (土)

エルネスト・ハルフテルのギター協奏曲(1)


最近、スペインの作曲家エルネスト・ハルフテル(Ernesto Halffter スペイン語では通常 H はサイレントですが、この作曲家のドイツ系の名字はスペインでも H が発音される傾向あり)の『ギター協奏曲』をよく聴いています。中学生の頃、ナルシソ・イエペスが演奏したレコード(指揮 オドン・アロンソ、スペイン放送管弦楽団)を擦り切れるくらい聴いていたのです。ここ30年くらいご無沙汰していましたが、最近CDをかけて妙に懐かしくなったのでした。


ハルフテルと彼のギター協奏曲については後日改めて書きたいと思います。スペイン8人組と呼ばれた作曲家集団(先日紹介したサルバドール・バカリッセも同志)の一人であり、大家マヌエル・デ・ファリャの弟子にして師匠の未完の大作オラトリオ『アトランティダ(Wikipedia でのカナ表記は「アトランティーダ」となっていますが、原語は "Atlántida" と、第2音節にアクセントがあるので、<アトンティダ>がより原語に忠実な表記。余談ながら、かつて日産自動車から「セフィーロ」と名付けられたクルマがありました。原語は第1音節にアクセントがありますから(céfiro)、<フィロ>とカナ表記するべきだったと思っている)』を補筆完成させた作曲家であります。甥っ子のクリストバル・ハルフテルもスペインの楽壇では著名な作曲家です。


彼の『ギター協奏曲』をきっかけとして、その他の作品にも興味を持つようになりました。ここでは、若き日の(本当に若い!)アリシア・デ・ラローチャが演奏するピアノ独奏曲 "Danza de la Pastora(羊飼いの踊り)" を紹介いたします。ラローチャの粋な演奏が曲を引き立てています。
 ↓↓ (1分20秒頃から演奏が始まります。)
http://www.youtube.com/watch?v=PU_UnEM-ZV8&feature=related


 

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因みに、この動画の元であるDVD("The Glory of Spain(スペインの栄光)" )は、マドリッドのプラド美術館所蔵の絵画とスペインの音楽を紹介する映像です。案内役はなんとアンドレス・セゴビア(クラシックギターの巨匠)。ゲストに上記アリシア・デ・ラローチャ(ピアノ)とビクトリア・デ・ロス・アンヘレス(声楽)を迎えた豪華キャストです。字幕版は無いようです。私もアメリカから取り寄せました(従って、リージョンコードにお気をつけ下さい)。セゴビアも英語で語りますので、英語が分かれば楽しめます。仮に解説やナレーションが分からなくても、映像と音楽で十分元が取れます。


 


2011年11月30日 (水)

牧師の殺し方


9784344020856

大阪冬の陣は橋下さんと大阪維新の会の圧勝で終わりました。Chikirin さんが言うように、これから橋下氏に起こるであろうことはすべてこの本(前横浜市長の中田宏氏の著書)に書いてあります。既得権益を守ろうとする勢力の凄まじい抵抗が目に浮かびます。中田さん自身は「自分は中途半端だった(から「出る杭は打たれる」で叩かれた)」とおっしゃってます。その点、橋下氏は「出過ぎた杭」だから叩きようがないかもしれません。しかしだからといって抵抗勢力が黙っているわけがありません。


「政治家の殺し方」はそのまま「牧師の殺し方」でもあります。まさに現実に私自身の身に起こっていることだからです。私たちの教会が所属教派からの脱退を決議する前からすでに始まり、その後は教派側からあの手この手の嫌がらせ工作(ほとんど "脅迫")が延々と続いています。表から(議事録や表明文等の文書での誹謗)、裏から(差出人不明の怪文書は何通も届けられている)、とにかく蛇のような執念深さであります。面子と財産がからむとクリスチャンもへったくれもないようです。ブラックな噂ですが、9桁(つまり億の金額)になると命(生命的 or 社会的)を狙われるそうな。私たちの教会の財産目録は、幸か不幸か9桁に達するので、私も危ないかも。(先日訪ねてくれた友人の牧師には、表方面・裏方面それぞれの文書の一部を見せておきました。というか、教会廊下の掲示板にも貼っているので、他の文書も見られてしまっているのですが。「情報の遮断」なんて無いんです。教会関係者が書いたとは信じ難い内容に驚き呆れておられました。)


こういうことはブログで書くまいと思いましたが、しかし殺される前に遺言として一言ボヤいておきます。


 

 

2011年11月17日 (木)

キリスト教思想研究系ブログの紹介


京都大学大学院文学研究科・芦名定道教授のブログ。

『自然神学・環境・経済』
 ↓
http://logosoffice.blog90.fc2.com/


 

芦名先生は、アリスター・マクグラス著 『「自然」を神学する──キリスト教自然神学の新展開』(教文館)の翻訳者のお一人であり、<訳者解説>の執筆者です。 因みに、後藤敏夫先生の『読書ノート』で言及されている水垣渉先生は、1997年まで京都大学大学院文学研究科の教授であられました。芦名先生は同研究科で助教授・准教授を経て、2008年5月から教授をなさっています。余談ですが、水垣先生とは「志学会」の第2回オリエンテーションでお会いしたことがあります(が、私のことなど全く覚えておられないと思います)。随分前のことです。

 

2011年11月14日 (月)

『科学的神学』


2008年5月1日のブログより。

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思うに、キリスト教の長い歴史と伝統の中で、自然神学が退けられたのは20世紀のみだったのではないでしょうか。もちろん、あのカール・バルトの巨大な影響です。私は最近、弁証論の授業準備の中で改めてジャン・カルヴァンの『キリスト教綱要』(渡辺信夫師による「改訳版」)、とりわけ第1篇を注意深く読んでみましたが、少なくともカルヴァン自身は、バルトのように自然神学を理解していなかったとの結論に達しています。

バルトを始め20世紀の神学者たちが自然神学を退けたのは、自然神学を「(啓蒙主義の影響により)人間理性による神存在の証明とそれへの道筋」と見なし、本来の意味を逸脱してしまったからではないかと思うのです。(もちろん、バルトがそのように傾斜した、ナチスの台頭等、彼の置かれた時代状況や時代精神は十分に理解できます。)

残念なことは、キリスト教神学において自然神学の地位が失われると、啓蒙主義が助長した「宗教の私事化」と相俟って、神学自体の「公共性」も失われて行きました。今日、多くのクリスチャンにとって神学とは、教会の中だけで通用する学問と受け止められています。幸か不幸か、ポストモダンの到来により、マイノリティーに対する発言権付与の恩恵で、神学は「教会のための学」と自称することで、かろうじて諸科学のパブリック・スクエア(公共の場)において存在の認知を得ているのが実状かと思われます。


アリスター・マクグラスは、自著『科学的神学("A Scientific Theology")』の中で、「科学的神学は一つの公共の神学(a public theology)である」と述べています。つまりキリスト教神学は、神の創造としての「自然の神学」を発信しなければならないということです。ポストモダンの勃興によって啓蒙主義の「普遍的理性」の地位は終焉を迎え、発言権を与えられた各立場が「自然」の見方について、公共の場で競合するようになりました。キリスト教神学がこの競合に参加できるかどうかが、21世紀のキリスト教を考える上で極めて重要な課題となる。ここにマクグラスの危機意識とキリスト教の展望が込められていると見ることができるでしょう。キリスト教神学をもう一度学問の主流に引き戻すためには、「伝統に媒介された合理性」(アラスデア・マッキンタイアによる洞察)、つまり諸学問との対話を成し遂げる必要があるわけです。

従ってマクグラスにとって自然神学を語るとは、「キリスト教の伝統からの創造の教理の再発見」であり、同時に、自然諸科学による自然の解釈とそれにより成立する作業仮説の「方法論」を援用することで、ちょうど自然科学が観察データを理論化するように(自然科学の諸法則探求の方法論の背後にあるより確かな存在論への確信である「批判的実在論(critical realism)が要請される)、神学は自然(マクグラスは第2巻において自然をも含むより広義の「実在(Reality)」が神学の対象であることを語る)の表象としての理論、つまり「教理」の形成へと向かうことであるのです。教理とは、共同体(教会)の外観を形成する機能(マクグラスは『教理の誕生("The Genesis of Doctrine")』という本の中で、これを 'social demarcation' と呼ぶ)だけではなく、競合する他の共同体とのコミュニケーション手段でもあるのです。それは公共の場で、教会が他の共同体と直面しつつも、なおその独自性を維持して存在し続けることの正当性を担保するためなのです。


『科学的神学』は、第1巻「自然(Nature)」、第2巻「実在(Reality)」、第3巻「理論(Theory)」の全3巻から成る、1000ページにもわたる「神学方法論」の本です。残念ながら現時点では邦訳はありませんが、マクグラス自身が全3巻をダイジェストにまとめた本、"The Science of God" が、『神の科学:科学的神学入門』という邦題で教文館から出版されています。この邦訳の出版意義は大きいのです。

『科学的神学』は神学方法論であり、これから本論の著述へと向かうわけですが、マクグラスはその本論を『科学的教義学("A Scientific Dogmatics")』と仮称しています。本論へ向かう作業過程をまとめた本が2006年に出版されました。"The Order of Things: Explorations in Scientific Theology" という本です。

マクグラスは一歩一歩『科学的教義学』へと向かっています。最近出版された "The Open Secret" や来年のギフォード講義等で自然神学の更なる復権に務め、2010年以降には第1巻が刊行されるのではないでしょうか。オックスフォード大学は自然神学研究の最先端の一つとなりつつあります。今年6月に開催されるカンファレンス、"Beyond Paley: Renewing the Vision for Natural Theology" を紹介しておきます。

http://www.naturaltheology.org/beyondpaley_home.html


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The_order_of_things

2011年11月 7日 (月)

『読書ノート』

                                 
                             後 藤 敏 夫

 読書の世界でも出会いはいつも不思議なものです。2008年にうつ病を発症して惠泉塾に逗留した際、夫婦で過ごした「赤い屋根ロッヂ」で最初に読んだのは、水垣渉『初期キリスト教とその霊性』(聖恵授産所出版部)と知里幸惠遺稿『銀のしずく』(草風館)でした。知里幸惠については、『アイヌ神謡集』は知っていても、それを書き上げた夜に19歳で召されたクリスチャン女性の名は知りませんでした。彼女の名を知り、その小川が流れるように美しい日本語と清純な魂に触れることができたのは、水垣渉氏の本の最後に、死の4日前に彼女が両親に宛てて書いた美しい信仰の手紙が引用されていたからです。


 彼女がアイヌとしての魂を込めたユーカラは、クリスチャンは「梟の神」や「海の神」を語れるかという大切な問いかけをもします。それは同じクリスチャンでも、トールキンや C・S・ルイスのファンタジーや神話的な想像的物語作品(二次的創造の世界)ではなく、現実に信じられ、生きられている世界です。多くの福音派の宣教師や牧師は、「アニミズム」(精霊崇拝)=偶像崇拝と定義して即座に否定するでしょう。アイヌのユーカラの世界は、宗教学的に定義すればアニミズムに違いありません。しかし、頭の中での概念で定義して済ませる時に、私たちは、そういう概念にはおさまらない地に根づいた普遍的ないのちへの感覚を失っていないでしょうか。そのいのちの根は、聖書にご自身を啓示しておられる創造主につながっていないでしょうか。アイヌの文化を滅ぼした倭人も、ネイティブ・アメリカンの文化を滅ぼした白人も、このことの意味をよく考えなければなりません。教会では、近代科学の創始者は神を信じるクリスチャンだったが、その後の人々が神を忘れて環境破壊をもたらしたと言われます。ある意味で真実でしょう。しかし、「それではあなたはどう生きていますか」という問いの前に立つ時、ユーカラの世界は、私たちクリスチャンに真の創造者を畏れ、自然と共生することを教えてくれます。


 水垣渉氏の講演は、オリゲネスをも紹介してくれました。オリゲネスについては、教父としてのその名を知るだけで、実際にその著作を読むとは思ってもみませんでした。聖書解釈学の授業で、彼の比喩的(アレゴリカル)解釈が憫笑を買うように語られていたのを覚えています。私は55歳を過ぎて自分が学んだ言語実証主義的な釈義のアプローチが、本当に御言葉を霊感した「神のいぶき」(2テモテ3:16)に至るかに疑問を持つようになりました。聖書のテキストにはその著者における客観的な意味があるということを信じます。ただ、聖書テキストを研究対象として自らの外において、そのテキストを歴史的・文法的に分析をして、できるだけ客観的で正確な意味を汲み取り、(説教であれば)それを現代に「適用」するというあり方に、自分たちが批判して来た近代の聖書批評学と同じ態度に連なる西欧近代啓蒙主義の方法態度を感じるようになりました。長く欧米の注解書を読んで来ての、それが今の私の偽らざる感想です。誰もが避けられないその時代性は、そのドグマの中にいる人間にはまったく無自覚なものです。


 水垣氏に促されて、思い切ってオリゲネスの『ヨハネによる福音書注解』(創文社)を購って読みました。その頃、朝顔教会の礼拝説教で長くヨハネの福音書を読んで来ていたので、その時の心身と言語感覚で、この教父の言葉をどう読めるか味覚をそそられました。注を含めて小さな活字で700頁に及ぶ読書は大変で、何度か途中で投げ出したくなりましたが、購いの代価の大きさと「私は読んだ」と言いたいがために、なんとか読了したのでした。


 オリゲネスの解釈は、一貫して比喩的なもので、現代の聖書学の観点からすれば、聖書解釈としてはほぼ何ひとつ目を開かれたというようなことはありませんでした。著作年代が3世紀初頭とすれば、ヨハネの福音書が書かれてから150年も経たないうちに、新プラトン主義によってこれほどまでに原意が歪められるものかとも思いました。時には、オリゲネスが相手としている異端の解釈の方が正しいと思われることすらありました。しかし、神の言葉に向き合うオリゲネスの謙遜、深い聖書知識、そして正統信仰を護ろうとする熱い思いには打たれました。そして、神様は、異端との戦いにおいて、実際、聖霊の働きとしてそれを用いられたのです。オリゲネスの比喩的聖書解釈は、いわゆる気まぐれな霊解ではなく、非常に厳格な解釈原理にのっとったものです(彼の『原理論』は最初の聖書解釈学の書物と言われます)。彼の比喩的解釈は「自分の信じ込んでいることを、聖書に押しつける」(榊原康夫『聖書読解術』)と言われ、私もそう習いました。しかし、水垣氏は「アレキサンドリア教父であれば、『とんでもない、その反対だ』といっただろう」と言われます。現代の聖書学からすれば、オリゲネスの比喩的解釈が「正確でない」ことは明らかです。しかし、「自分の信じ込んでいることを、聖書に押しつける」ということが、神の言葉に向かう霊的なあり方に関わるような印象を与えるとすれば、まさに「とんでもない、その反対」なのであり、むしろそのような批判こそがモダンな衣装を着た聖書学の高ぶり(ヒュブリス)なのです。それが私が翻訳を通してであってもオリゲネスの息に触れて感じたことです。今、ポストモダンの砂漠で、教父の聖書注解に触れようとする出版企画が幾つかあります。砂漠を行く私たちが、キリスト教がカトリック、プロテスタント、東方教会に分かれる以前、諸教会が今も共に告白できる信条を生み出した時代に歴史的な一致の源泉を求めようする、いわばバック・トゥ・ザ・フューチャーとでも言うべき潮流には共感を感じます。しかし、古い書物を、その著作全体の息を離れた断片的知識の集成としてのリファレンスにすること自体がモダンで、地下水を汲み上げるのに自分の手で足下を掘るのではない簡便さを求めて、何か最も大切なものを欠くように思われます。


 献身者の召命を確認する際、「御言葉を与えられましたか」と問われます。人の思いや願いではないことを知るためです。その証を聞いていると、聖書の文脈的な意味からは外れている(アウト・オブ・コンテキスト)ことがほとんどです。それにもかかわらず神様はその御言葉を用いられた、とユーモアをもって説明されるでしょう。しかし、はたしてそれで済まされることでしょうか。「御言葉が与えられた」「主が語られた」と言います。それは大変なことです。つまり、「御言葉」はそのようなかたちで働いた、「主」はそのようなかたちで語られたということです。「主が語られた」ということを受け入れるなら、私たちは、聖書信仰の立場で、そのことの意味をよく考えなければなりません。水垣渉氏の次の言葉は非常に重要で、時にまったく「アウト・オブ・コンテキスト」と思われる新約聖書における旧約聖書の引用の「霊的コンテキスト」にも深く関わっています。


「聖書と霊性との関係は、乳飲み子のときから、いや胎児のときから生涯の終わりまで、人間生活の全体にかかわる。意識に上らない非言語的な信仰のあり方をも包含している。ついでにいうと、わたしは、赤ちゃんと同じように、年老いて分別や理解力が失われた人にも、これは当てはまると思っている。そのような人が聖書を知っているということは、御許に召されてから分かるのだろう。霊性は聖書とともに生涯の全体にわたり、そして生涯の全体を越える。生涯を越えるということが、終末的ということの一つの意味である。聖書も聖霊による神の言葉である限り、書かれたテクストとしての聖書自体を超える。これが霊感ということから出てくる聖書の意味である。大胆ないい方になったかもしれないが、果たしてこういえるかどうか、先生方に神学的な検討をお願いしたい。要するに聖書は霊性的世界であり、霊性は聖書的世界である。これは教父たちにとって、基本的なことであった。」(『初期キリスト教とその霊性』91~92頁)。


 水垣氏が言われるように、これは福音主義では「大胆ないい方」です。もしこの考えに同意するなら、私は福音派の中の「ポスト・モダニスト」と分類される可能性があります。しかし、私は、「確かにそういえる」と応えたいと思います。そして、その答えではなく、その答えが生み出す神の言葉に向き合う祈りの心と態度が、聖霊に導かれることを願います。


 誤解のないようにしたいのですが、水垣氏も「実は歴史的字義的な意味を捉えることが学問的には最も難し」く、「比喩的解釈に逃げ込む安易な道になることもある」と言われます。しかし、そこであえて、(現代の聖書学が最大の努力をはらっている)「字義的歴史的意味だけで聖書を解釈しきれるか」ということを問うているのです。そして、その例として旧約聖書の雅歌を取り上げ、「現代のキリスト者にとってこの書がどのような意味をもつことができるのか、是非考えていただきたい。歴史的・批判的方法だけでは、どうにもならない」と言われます。


 雅歌は、私自身が恋をし、女性を愛した時に、切ないほどの春の歌でした。聖書の中にこのようなエロス的な愛を肯定する歌があることを喜び、その御言葉を胸に抱きました。しかし、教会の講壇から雅歌が説かれるのを聞いたことはありません。あまりに感覚的、しかも肉感的・官能的であるからでしょう。そのため、雅歌は長く、ユダヤ教会では神と選民との愛の関係に照らして、キリスト教会ではキリストと教会の関係の比喩として読まれて来ました。それを文字通りの男女の愛の歌(ラブソング)として読むことが、若い私の心をときめかせました。


 水垣渉氏は、雅歌におけるおとめと若者の歌の掛け合いについて、若者は「わが愛する者」「あなたは美しい」(1:15,4:1)というように、「わたしの」「わたしの心」(4:9)というが、「わたしは」(アニー)とは言わず、「わたしは恋しい人のもの」(7:11,2:16,6:3)、「わたしは恋に病んでいますから」(2:5)というように、「わたしは」はおとめの歌に出て来ることに注目しています。若者が「あなたは私の心をときめかす」というのに対して、おとめは「わたしは眠っていても、わたしの心は目覚めていました」(5:2. NRSV:I slept, but my heart was awake. ) と言います。おとめのほうが自己意識に目覚めていて、この自己意識から、「恋しい人の言葉を追って、わたしの魂は出て行きます」(5:6)ということができると言われます。すなわち、「若者は肉体賛美、おとめは言葉や心をも求めている、この違いが雅歌の特徴であるように思われる」というのです。つまり、古代の雅歌解釈に、女性における「わたし」という霊性的な出来事を読むのです。若者の「肉体賛美」に、おとめが「わたし」を失う現代の愛の砂漠において、このことは愛の果樹園の甘き実です。エロスは、よくアガペーに対して、この世の肉的な男女の愛と説明されますが、正しくありません。エロスは、審美の世界を含めて、自分にとって価値あるものへの愛です。それは多くの場合、神様を第一にする愛を妨げます(アウグスティヌスは、『告白』第10巻で現代人からすれば神経質と思えるほどに五感の誘惑の病と闇について語っていますが、やはり心を打ちます)。しかし、神様の果樹園におけるエロスの実を聖書は否定しません。


 そこで、雅歌が第一義的に「恋人同士のラブソング」であることを認めたうえで、「字義的歴史的意味だけで聖書を解釈しきれるか」「歴史的・批判的方法だけでは、どうにもならない」と言われている水垣氏の問いを考えてみます。


 北の大地での読書の最も豊かな実は、リジューのテレーズとの出会いでした。幼いイエスの聖テレーズと呼ばれる彼女は、19世紀末のフランスのカルメル修道会で誰にも知られず「小さい道」を生き、24歳で天国に召されました。どこまでも幼子として、慈しみ深い神様へのまったき信頼と委託を生きた「うぶ毛の小鳥」テレーズは、死後、カトリック教会で最も愛される「聖人」であり、「教会博士」でもある人となりました。彼女は「私は一つの、ほんの小さな実です。そこから何が出てくるか、人びとはまだわからないでしょう」と言いました。その愛と信頼の種子は、21世紀の日本に生きるこのプロテスタントの心にも実を結びました。どうか、貧しい心でテレーズの単純な霊の言葉をお読み下さい。『テレーズ《空の手で》』(聖母文庫)という優れた彼女の伝記を書いたメーステルという人が、「彼女は、プロテスタントが特に重視してきた贖罪の教義に、確信においても、生き方においても、多くの人々の考えも及ばぬほどに近かったのである」と書いています。まったく、テレーズは、生粋のカトリック信者ですが、プロテスタント信仰の観点からも極北に位置します。


 さて、リジューのテレーズがイエス様を愛する愛ですが、それはどんな恋愛よりも深い浄められたエロスの香りがします。それはイエス様を愛して、イエス様を夫としたひとりの女性の愛です。神様の果樹園での――ロマンチックなことでは決してないことを、彼女の生涯、とりわけ最後の6ヶ月の光と闇において知らなければなりません――その愛は雅歌の世界に重なります。比喩的「解釈」において重なるのではなく、そのままいのちにおいて霊的に浸透し合うのです。神様の花園にちぎられた薔薇の香りが立ちます。そこでは、「第一義的」(字義的意味)、「第二義的」(霊的適用)という表現すら馴染まないように思います。


 『シャガールの聖書』『パステルによるシャガールの聖書』(岩波書店)には、この色彩の詩人が「わが喜び、わが歓喜」である妻ヴァヴァに捧げた雅歌の絵が何枚もあります。その絵は、明るく、暗く、そして甘美な薔薇色に染められています。時代に近づけば近づくほど、時代から遠ざかる感覚を持ちます。コンピューターの画面に映るヘブル語やギリシャ語のテキストを見つめて、御言葉の歴史的な意味を「検索」しながら、心して。私たちは、「文字に仕える者ではなく、御霊に仕える者です。文字は殺し、御霊は生かすからです」(2コリント3:6)。いつの時代にも。

 

「私たちはいつでも文学を糾弾します。けれども、私たちは、なにか別の言語,別の内容によって自分を豊かにしたことがあるでしょうか?」
 
「〈神秘的〉という言葉に恐怖を抱き、あまりにも宗教的に正統な色彩を与える者がいるが、それは間違っています。この言葉から時代遅れの黴臭い外観を剥ぎ取らなければなりません。無垢で高尚で純粋な形においてそれを捉えなければなりません。神秘的!――幾度私は、この語を面と向かって投げつけられたでしょう! かつて〈文学的〉であると言っては咎められたと同じように。だが、神秘性なくして、いったい、ただ一点の偉大な絵画、ただ一篇の偉大な詩、さらに言えばただひとつの偉大な社会運動も存在するでしょうか? あらゆる有機体は――個的なものであれ社会的なものであれ――神秘的な力、感情、理性を失うと、色褪せ、死滅するのではないでしょうか?」                 マルク・シャガール 


 

2011年11月 3日 (木)

随想『主よ、秋が来ました』

                              
                                後 藤 敏 夫

 主よ、秋が来ました。
 主にある皆様へ

 遠くに見える山から紅葉が少しずつ豊丘の山里に降りて来て、今は四方の山野が錦に枯れて実にきれいです。黄ばんだものはいよいよ黄いろくなり、赤いものは紫にまで染まって葉を散らす晩秋です。惠泉荘には緋色のもみぢが降っていますが、これを最後と染められて転身した木の葉の庭は一枚の絵のようです。


 気がつくと、さほど高くはない遠くの山に白いものが見えます。この数日降り続いた雨が山では雪になったのでしょう。「山の雪が消えるまでは風は冷たい」という地元の人の言葉に、遠くの山の白い模様が小さくなるのを眺めながら、春の訪れを心待ちにしていたのが、ついこの間のことのようです。ここ数日、野を吹く風が急に冷たくなり、先週は初霜が降りました。作業着も装いを替えました。朝晩だけでなく、日中も石油ストーブが必要です。もうすぐ薪ストーブに火を入れるでしょう。朝の聖書の学びに行く途中の道で仰ぎ見る北斗七星やオリオンなどの星々が白い輝きを増しています。


 日々の作業は冬支度に関わることが多くなりました。種を蒔き、手入れを繰り返しながら、沢山の夏野菜を収穫した畑の園地整理、沢山の実をつけてくれたサクランボの樹にお礼の肥料を与えること、漬物用の大根を洗ったり(小さな土も残さないように、たわしや小さなブラシで徹底的に洗います)、干したり、切ったりすること、他の保存食づくり、ストーブのための薪づくり等が、毎日の作業に入ります。先日は、私どもの住む惠泉荘に隣接する果樹園で最後の梨の収穫をしました。そちこちに大量の熊の糞や足跡がありました。ここでは熊の危険は日常的な現実で、塾生も夕食後や早朝の暗い時間帯の移動はーー熊は夜に活動しますーー車に分乗することが義務づけられています。


 この秋の個人的な楽しみであった栗拾いも終りました。毎日、聖書の学びや食事に通う「祈りの家」の近くに大きな山栗の木があり、小粒ながら充実した沢山の実を落とします。盛んな時は、採り尽くしても1時間もすれば、また多くの実が落ちています。枝先に神経を集中して四方に命を散らすのだろうと想うと感動します。塾生は栗の実などには関心を持ちませんし、惠泉塾に長い人には見慣れた秋の風景の一部で、とりわけ夢中になるようなことではありません。ほぼ私ひとりがあちこちに栗の木を見つけては興奮して拾いまくり、「栗も積もれば栗ご飯」などと言いながら台所に届けました。ただ栗は「拾うは易し、むくは難し」です。日毎に数度、両方のポケット一杯に運ばれる栗に半分あきれながらの皮むきは、少し体調を崩した家内の惠泉荘でのよい午前の軽作業になりました。家内は今は一日の作業に復帰しています。


 私ども夫婦は、惠泉塾生活の第二段階に入ったように感じています。神様の導きを確信してここに来て、4月からの7ヶ月間、ほぼここに来る以前に想い描いていたようなあり方で生活をして来ました。ただ当然のことですが、具体的な人との関わりが生じ、私たち自身の健康状態も時々に変化し、心身の現実は遠くでイメージしていた時とは違って来ます。そういう歩みの中で歳月を重ねながら、生活共同体に根づくことを学んで行くのだと思います。


 「キリストにあって、互いに愛し合ってひとつになる」ことが、聖書に啓示された神の秘められたご計画であり、その福音を日々の生活で実践的に生きる場が惠泉塾という生活共同体です。 今、子供から老人まで、60名ほどの者たちが食卓を囲んで生きています。衣食住のためのお金はほぼ必要なく、熟達したクリスチャンナースが献身して働く訪問看護センターや地域介護センター、そしてホスピスもあります。老若男女が食卓に集うとき、現代の奇跡のように思えます。しかし、 24時間の生活のすべて、労働と寝食を共にする共同体で生きることは決して容易いことではありません。日々新しく砕かれること、そして信従を求められます。生活共同体は、裸の自分をさらしさらされながら、苦しみによって従順を学ぶ場です。自分のわがままに死んで神様から愛をいただいて、相手の必要のために生きる場です。惠泉塾という生活共同体で生きることは、ある意味で背後にスイス銀行を持っているよりも安心できることです。しかし、信仰共同体が明日どうなるかは分かりません。ですから、ただそこに働かれる神様の愛への信頼においてそう言えるのです。その神様の愛の働きの管となるのは、ここで今日を生きている私たち以外にはいないのですから、私たちは、一人ひとりが異なった者たちとして愛と従順を学び続けなければなりません。これは教会でもまったく同じことではないでしょうか。


 日々の生活のごく短い余白の時間に読書をしたり、机に向かってものを書いたりしています。最近、エバハルト・アーノルトの『なぜ私たちはコミュニティーで生活するのか』(Why We Live in the Community)という小さな本を訳しました。惠泉塾という徹底して信仰に基づく生活共同体に愛と信頼をもって根づき生きるためのささやかな学びです。


 エバハルト・アーノルト(1883-1935)は、教会史の教科書にはほとんどその名を見ませんが、ナチスドイツの時代に、アナバプテストの信仰の伝統に立って、徹底して山上の説教の信仰に生きた、言葉の真の意味でラディカルな信仰者です。彼が創設した「ソサイアティ・オヴ・ブラザーズ」(Hutterian Society of Brothers = Bruderhof)という生活共同体は、90年の歴史を経て今も数カ国に存続しています。アーノルトの言葉と生き方と、惠泉塾の水谷惠信先生の言葉と生き方に、私は深い交響を聴きます。人間的な思想や主義ではなく、この歴史において、人間を通して働かれる御霊を感じて、私もそのいのちに与りたいと願うのです。


 神様は歴史の中で、繰り返し、制度的な教会の中で、アーノルトのような預言者的存在を呼び出して、生活共同体を形成させられます。アーノルト自身の言葉を借りれば、「彼らは1世紀のキリスト者の間に、2世紀のモンタヌス派の預言者的な運動に、それに続く世紀の修道院生活に、ブレーシャのアーノルトに導かれた正義と愛の革命的な運動に、ワルド派の運動に、アッシジのフランシスコの放浪の共同体に、ボヘミヤとモラビアの兄弟団、また共同生活兄弟会に、女子と男子のベギン会に、16世紀のアナバプテストの運動に、初期のクェーカーたちの間に、17、18世紀のラバディストたちの間に、初期のモラビア派の間に、そして今日に至る他の多くの教派や運動において現れた」のです。


 そのような運動や集団のほとんどは、その時代においては、極端なあり方として、既成の制度的教会から異端視されました。しかし、そこに働く御霊のいのちは、やがて制度的な教会にも共有されるようになり、制度的な教会をも活かします。現代のような深く病んで多様化した社会においては、ますますこの時代を執りなすために、特定の目的に召された生活共同体(intentional community)が必要とされます。私がほぼ35年の牧会生活を経て惠泉塾に来たのは、魂に向き合えば向き合うほどに、「一緒にご飯を食べるところからやり直そう」「お金は要らない。そのままでいいから一緒に生活しよう」と言える場が必要だと痛感したからでした。神の国の前進のために、私が仕えて来たような教会と、惠泉塾のような生活共同体が、車の両輪のように、鳥の両翼のように必要なのです。それは教職者と呼ばれるような人自身の魂の刷新にも必要ではないでしょうか。その神の国のプラットホームを広げるために、自分の心身で小さな架け橋になりたいと願っています。務めのあり方は違っても、私は、家内とともに同じ召しに生きています。


 アーノルトについて、私を励ますもうひとつのことは、彼はその生きた時代と信仰において、ブルームハルト父子につながるということです。「ブルーダーホーフ」(兄弟たちの場)の出版部門である Plough は、ブルームハルトの英訳を出しています(ちなみに、Plough は多くの良書を出していますが、どの本も無料でダウンロード、プリントアウトして読めます)。アーノルトの信仰は、現代のアメリカでは、J.H.ヨーダーや、ソージャナーズのジム・ウォリスにも流れています。上記の『なぜ私たちはコミュニティーで生活するのか』の今の版には、トマス・マートンが、その本について修道院でした2つの解釈的講話が付されています。ヘンリ・ナウエンが「共同体について私が読んだ最も大切な本のひとつ」と言っていますが、こうして私の心を流れて来たいくつかの霊的な地下水の水脈は、不思議にひとつの泉となって湧き出るのです。


 惠泉塾では今、日本人(倭人)とアイヌの人たちや「在日」コリアンが共に生きる老人ホームを余市に建てることが計画されています。摩周湖と屈斜路湖の間、川湯温泉にある「川湯ヴィレッジ」という広大な畑を持つ農業共同体が惠泉塾の仲間に入りました。この夏、そこで過ごした50名ほどの福島の被災者が「私たちは被災地に帰るが、子供たちが安全に暮らせるところはないか」と言い残して行ったそうです。「また課題が与えられました。うかうかしてはいられません。この病める時代をとりなし、キリストの愛でこの時代の挑戦に応えなければならない」と、この朝の礼拝で水谷先生は預言者の悲哀を強く滲ませて語られました。


 何かが自分にできるとは思いません。ひとりの生活者として家内とともに愛と従順を学び、神様のいのちに与って生きたいと願っています。主の恵みと平安が皆様とともにありますように。

                          2011年10月30日 主日
                          「惠泉荘」にて   


                        
                

2011年11月 2日 (水)

予告(後藤先生の随想と読書ノート)


後藤敏夫先生が随想と読書ノートをご寄稿下さいました。いつもながら感謝に堪えません。随想は明日(11/3)の未明に、読書ノートは来週月曜日(11/7)の未明にそれぞれアップいたします。お楽しみに!


尚、ブログ内カテゴリー「後藤敏夫先生」に収められた随想のバックナンバーもぜひお読み下さい。

 

2011年10月31日 (月)

『ギター小協奏曲 イ短調』


今でこそ山下和仁さんやジョン・ウィリアムスの演奏を好んで聴いていますが、かつての私はナルシソ・イエペスの大ファンでした。幾度も来日したイエペスですから、リサイタルに出掛けたことも何度かあります。そんな懐かしさからか、ここ最近、イエペスのCDをよく聴いています。


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本日聴いたのは、イエペスが弾いたギター協奏曲を集めたCDでした。とりわけ、バカリッセ作曲の『ギター小協奏曲 イ短調』に耳を澄ませました。以前、<バカリッセの「バスピエ」>と題したブログを書きました。同じ作曲者が、イエペスにギター協奏曲を献呈しているのです。


サルバドール・バカリッセ(Salvador Bacarisse、1898-1963)はスペインの作曲家です。「スペイン8人組」と呼ばれた気鋭の作曲家集団の中心的存在でしたが、スペイン内戦後はフランコ軍事政権を拒絶しフランスに亡命。その後、パリで没しました。イエペスも若い頃はパリで修行し(ピアニストのワルター・ギーゼキングやヴァイオリニストのジョルジュ・エネスコらに師事して演奏法を学んでいました)、それがきっかけでルネ・クレマン監督の名画『禁じられた遊び』の音楽をギター1本で担当する機会を得たのでした。(世間では、イエペスといえば「禁じられた遊び」でしょう。 →http://www.youtube.com/watch?v=UN6tcdiqELk) 同じ頃、バカリッセはイエペスと出会い、彼の演奏にインスピレーションを得て何曲かギター曲を書いています。「パスピエ」を含む『小組曲』や『ギター小協奏曲』などがそれらです。


『ギター小協奏曲 イ短調』は、かつてナルシソ・イエペスの独奏、オドン・アロンソ指揮のスペイン放送管弦楽団の演奏(名門ドイツ・グラモフォンのレーベル)で、ギター愛好家の一部が知るくらいの曲でした。それが一躍世界中の人に知られる機会となったのが、1995-1996年のシーズンに当時女子フィギュア・スケート界に君臨したミシェル・クワン選手(アメリカ)が、彼女のショート・プログラム(SP)にこの協奏曲の第2楽章「ロマンサ(Romanza)」を採用したことでした。YouTube にアップされている、世界選手権での彼女のSPをご覧下さい。流れている演奏は間違いなく、上記演奏者たちによる録音からの抜粋です(但し1分48秒頃から流れる曲は別の曲)。
 ↓↓
http://www.youtube.com/watch?v=Iok96fRDFYA

 

『ギター小協奏曲 イ短調』』は全4楽章、22分ほどの曲です。第2楽章「ロマンサ」(アンダンテ)は、冒頭のギターによるメロディーの後、オーケストラが胸一杯のトゥッティ(総奏)で応える大変美しい旋律をたたえた佳作です。ミシェル・クワンはこの総奏をバックにスケールの大きな舞いで観客を魅了したのでした。それ以来、「ロマンサ」は創作バレーの音楽等にも用いられるようになり、有名なギター協奏曲『アランフェス協奏曲』の第2楽章(アダージョ)に次ぐ認知を世間で得ることになりました。


では、ナルシソ・イエペスのギター、オドン・アロンソ指揮のスペイン放送管弦楽団の演奏で、第1楽章(アレグロ)と第2楽章(「ロマンサ」、アンダンテ)をお聴き下さい。

第1楽章(アレグロ) ※哀愁を帯びたこの楽章の旋律も大変美しい。
 ↓↓
http://www.youtube.com/watch?v=PZjwVX8tu1w&feature=related

 


第2楽章(「ロマンサ」、アンダンテ)
 ↓↓
http://www.youtube.com/watch?v=PPRYQfBqwvE&feature=related


 

2011年10月25日 (火)

亀の横断


運転していると、2回も亀が道路を横断している光景に出くわしました。


冬眠の準備してはちと早いし・・。まさか、大地震の前兆???


ちょっと気になりました。


 


 

2011年10月17日 (月)

『ザ・ラストバンカー』


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元日本郵政社長・西川善文氏の回想録『ザ・ラストバンカー』(講談社)が出版されました。私はまだ入手していませんが、一足先に、池田信夫氏がアゴラ・ブログで紹介されています(→不良債権と寝た男ー『ザ・ラストバンカー』)。分かってはいましたが、やはりショックなのはイトマン事件に触れながら「当時の不良債権をめぐる事件には、同和と在日と暴力団が必ずからんでおり、イトマンはこの三つが複合した「事件のデパート」だった」と池田氏が総括する箇所です。


私は 2009年8月25日の「ナンシー・ハンナさん」と題したブログで奇しくもイトマン事件に言及しています。最近の島田紳助騒動を鑑みる時、いったいあの頃から日本は何か変わったのでしょうか・・?


本書は全体としては面白味に欠ける内容らしいですが、住友銀行頭取経験者としてイトマン事件を回顧する部分は貴重な証言かもしれません。

 

2011年10月10日 (月)

『ミニストリー』誌から


普段は月曜日がお休みなのですが、事情あって今週は本日を勤務日とし、明日にお休みをいただくことにいたしました。


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牧師室で執務していると宅配便が来、『ミニストリー』誌の最新号(秋号)が届けられました。号を重ねるごとに内容の充実が著しく、最近は新刊が楽しみになっています。今号の特集は「ボクシたちのリアル II  現代牧師白書 生活編」です。前々号の「お仕事編」を承けての続編ということで、豊富な経験(または調査)と深い思索と練られた文章による個々の記事がテーマを多面的に掘り下げています。牧師・伝道者はもちろんのこと、信徒の皆さんにも広く購読をお薦めいたします。


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そんな中で「おやっ」と目を留めたのが、このインタビュー記事。おお、Tさんではないですか!(画像ではお名前の部分を消しています。) 「今ドキ神学生事情」という現役神学生へのインタビュー記事です。このブログをご覧になっている(かもしれない)KGKの卒業生の皆さんには懐かしい人ですよね。Tさんは東海地方の大学を卒業後、KGKの主事を3年間勤められました。私なんぞは当時彼に継続するよう強く慰留したものですが、彼は神様から強い召しをいただき、慰留を振り切って外資系保険会社の営業職の世界に飛び込んだのでした。(その辺の事情や経緯はインタビューをご覧あれ。)その世界で根を下ろすのかなと思っていましたが(何しろ彼はトップの営業成績を誇り、都内某一等地の営業所を任されていた)、7年間勤務した後に再び伝道者への召しを受けて、昨年4月にTCU教職課程(旧東京基督神学校相当)に入学したのでした。


私は伝道者として今まで多くの人に特に進路選択の問題で助言してきましたが、唯一、空振り大三振したのはTさんへのアドバイスだったと今回のこのインタビューを読んで改めて悟りました。彼自身の導きのとおり、KGK主事を辞して一般社会の営業職で働いたことは、伝道者への召しを強固にする経験として用いられ、神学校で何を学びどう研鑽を積むべきかの方向性を間違いなく示したからです。Tさんがインタビューで語っているように、あのままストレートで神学校に行っていたら、ここまで召命と研鑽のオリエンテーションが明確に研ぎ澄まされたかは確かに疑問であります。私は、自分の助言が不適切であったことを認めるとともに、皆からの慰留を振り切り、導きを信じて営業職の経験を選んだ彼に敬意を表します。主がTさんの家庭生活と神学校での学びを更に豊かに祝して下さるようお祈りしております。 


ところでTさんの問題意識は、私のそれと重なるところが多いことがインタビューを読んで分かりました。彼が私の見解に同意されるかどうかは分かりませんが(かえって笑われてしまうかも!)、彼がインタビューで語っていることを私なりに以前ブログで書いたことがあるので、一応この場で(再度)紹介しておきます。


   1)「社会経験」は偶像か?


   2)神の子たちの本能


   3)受肉における適応と連帯


   
本当は4番目の文章も途中まで書いたのですが、わけあってアップするのはやめました。少しさわりだけ紹介しておくと、これは C. S. ルイスによるオックスフォード大学マンスフィールド・コレッジでのペンテコステ説教となった『転位(トランスポジション)』という論考から着想を得た文章でした。『転位』の邦訳は、例えば、新教出版社刊の「C. S. ルイス宗教著作集」の中の『栄光の重み』に収録されています。ただ、西村徹氏による翻訳は概して直訳調で、熟れた翻訳とは言い難いと思います。


本題から脱線しますが、一例を挙げましょう。ルイスが『転位』の中で、同一の感覚的経験が、時と場合に応じて異なる解釈を生み出すことの論証を試みる箇所で、その経験の主観的解釈を「感情=エモーション」と名付けた上で、この感情と「感動(=センセーション)」との対応関係が一対一の関係でないことを指摘し、次のように述べる部分です。

西村訳ではこうなっています。

   「また一方の系統が他方の系統よりも真に豊かである場合、その種の対応は
    ありえないはずです。もし、とにかくも、貧しい系統の中に、豊かな系統
    に相応すべきものがあるためには、貧しい系統の中の各要素に一つならぬ
    意味を付与するしか方法はありません。豊かなものの貧しいものの中への
    転位は、いわば、算術的ではなく、代数的でなければなりません。」
    
                       『栄光の重み』 p. 137


これに対し、有賀寿師は次のように訳しています。

   「じじつ、一つの体系が他のものより実際に内容のあるものである場合には
    、そういった種類(一対一という)の対応関係は決して存在しえないので
    ある。かりにより内容のある体系をより内容のない体系として表現する
    はめに立つとするならば、それは、より内容のない体系の一個一個の要素
    に一つ以上の意味を付与することによっておこなわれよう。すると、内容
    のあるものからないものへのトランスポジション(転換)は、いわば算術
    的なものとなるよりは、代数的なものとならざるをえまい。」
    
          『信仰と科学』 第1号(1972年) すぐ書房  p. 14 


ルイスの原文がそもそも難解な内容ですが、有賀訳の方がルイスを意図をより明確に訳出していると思います。とくに、ルイスが「転位」を芸術表現(絵画や音楽)と関連させて説明しているので、西村訳のように「(貧しい系統の中に、豊かな系統に)相応すべきものがあるためには」と直訳的に訳すより、有賀訳のように「(より内容のある体系をより内容のない体系として)表現するはめに立つとするならば」と訳した方がずっと分かり易くなりましょう。


本題に戻ります。この『転位(トランスポジション)』を通じてルイスが言わんとすることは、「低次の世界のできごとは、高次の世界についての理解を待たずしては、本当は不可能だ」ということです。例えるなら、山下和仁さんがドヴォルザークの交響曲第9番『新世界より』の全楽章をギター1本の編曲にし演奏したことは、もとのオーケストラ総譜(スコア)とのその演奏(サウンド)を知っている人には深い意味を持つ編曲と響くでしょうが、そうでない人には普通のギターが与えるだけの感動しか与えない、ということです。感情(エモーション)と感動(センセーション)の関係が必ずしも一対一ではない理由がここにあります。


同様に、信仰生活においても、感情と感動の対応関係は一対一ではありません。同じ事象を「より豊かに感動する」人と、「ただ感じる」人とがいるのです。牧師が、信徒の日常生活の眺めて「ただ感じる」だけならば、信徒がその説教に失望するのも当然でしょう。より高次の理解を求める時、それが時により多くの経験を積む要請が生じる場合があります。「社会経験」とは、そのために寄与する大切な経験なのだと私は信じます。


ルイスは、『転位』の中で、「転位」と「受肉(の神学)」との関係にも言及しています。ここまで書けば、私が上記「受肉における適応と連帯」に続いて、『転位』から着想を得た第4番目の文章を書こうとした意図を想像していただけると思います。そして、Tさんのインタビューとルイスの『転位』が重なってくるのです。


  

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2011年10月 7日 (金)

パッカー著 『ピューリタン神学総説』


昨日の国内ニュースは小沢氏の裁判、国際ニュースはスティーヴ・ジョブズ氏の訃報でもちきりでした。私も何か書こうかと思いましたが、ヤンキー牧師さんが的確な追悼ブログを書いて下さったので、やめることにします。昔、ビリー・ジョエルが歌った "Only The Good Die Young" という曲がありましたが、ジョブズ氏の死がまさにその題名どおりと痛感した次第です。ご遺族とアップル社に主の慰めとお支えをお祈りいたします。


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8月下旬に名古屋で開催されたギデオン協会の全国大会・牧師招待晩餐会で敬愛するS牧師とお会いした折、本書の邦訳が出版されたことを知らされました。もちろん、原書はすでに何年も前に目を通していましたが、この度の出版を心から歓迎し感謝したいと思います。ウェストミンスター会議やピューリタン研究に造詣の深い松谷好明先生(聖学院大学特任教授、ピューリタニズム研究室長)が訳して下さったということだけでなく、「訳者あとがき」を読めばお分かりのように(最初に読むことをお薦めします)、何より著者(パッカー博士)に対する訳者の深い敬愛の思いが滲み出た訳業であるからです。(パッカーの生涯については、アリスター・マクグラス著の伝記があります。)


本の帯には次のようにあります。(上の画像は帯を外している)


「禁酒禁煙、禁欲主義で、喜びを知らぬ律法主義者」、「知性、ユーモアに欠けたファンダメンタリスト」 従来の誤った紋切り型ピューリタン像を完全に覆し、信仰と神学の「巨人」として屹立する真のピューリタン像を生き生きと描く画期的な研究。J. I. パッカーは、ピューリタン神学研究の第一人者であり、世界で最も影響力のある福音派神学者である。

 

帯の宣伝文句は的外れが多い中、本書のそれは核心を突いて見事です。

 

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『ピューリタン神学総説』は、すべての章が珠玉の内容ですが、私はパッカーがジョン・オウエン(John Owen)の神学思想を論じた章(第五章 ジョン・オウエンの「神からの伝達」論、第十二章 ジョン・オウエンの霊性、第十三章 ジョン・オウエンの「御霊の賜物」論など)がとりわけ興味深かったです。画像はオウエン著の "The Death of Death in the Death of Christ"(The Banner of Truth Trust 刊) ですが、パッカーは大変優れた序論と構成分析を寄せています。 他に、例えばリチャード・バクスターについての言及もありますが、バクスターについては以前このブログで紹介した本などもぜひ参照されるとよいでしょう(パッカーの学位論文も参照のこと)。「ジョナサン・エドワーズとリバイバル」(第十九章)は、ロイドジョンズ著『リバイバル』(いのちのことば社)と併せ読むと良いかと思います。


本書の価格は5,400円+税と、決して安い本ではありません。ですが、牧師・信徒を問わず、生涯の座右の書となり得る内容豊かな神学書であり信仰書です。ぜひ購入して、熟読されることを心からお薦めいたします。蛇足ながら、<霊性>ということについて、私たちプロテスタントのキリスト者が安易に他の伝統(カトリックや正教会等)に源泉を求めるのではなく、例えばまずはピューリタンの神学と信仰から学んでみることが大事ではないでしょうか。借り物の霊性ではなく、地に足の付いた霊性を自らの伝統から汲み上げたいものです。 

 

2011年9月30日 (金)

リーダーシップを求める理由


9/27 の「Chikirin の日記」ブログ文は、一読の価値ありです。
過日の拙ブログ「ノイジー・マイノリティ」とも直接・間接に関連しています。


問題意識は、


「欧米ではなぜ全員にリーダーシップを求めるのか?」です。


Chikirin さんの答えは明快かつシンプルです。


「全員にリーダーシップがある組織は、一部の人にだけリーダーシップがある組織より圧倒的に高い成果がでやすい」んです。だから学校も企業も、欧米では(&外資系企業では)全員にリーダーシップを求めるのです。


例えば、「10人全員がリーダーシップ体験のあるチーム」と、「リーダーシップ体験をもつ一名だけがリーダーとなり、残りの9名はそういう経験のない人達」というチームの場合、後者のチームはどうなるか?


    正しいかもしれないけど、物事を前に進めない発言を繰り返し、

    本旨に関係のないくだらないことにいつまでもこだわる。

    ちょっとでもややこしくなると、あからさまに無関心な態度を示し、

    ドタキャンをしたり勝手に役割を離脱したり・・・、するのは、

    「自分がリーダーとして苦労したことのない人」ばかりです。
            ・
            ・
            ・
    「組織を動かして成果を出すことがどれほど大変か」、

    実体験で学んでいない人がチームにいると、

    恐ろしく非効率なことになるのです。


 
最後にこう結びます。


欧米の教育機関や外資系企業が求めているのは、リーダーシップそのものだけではないのです。彼らは「組織が高い成果を達成するためには、各メンバーはいかに振る舞うべきか」を、体験的に理解している人を求めています。そのために「全員に豊富なリーダーシップ体験が必要だ」と考えているのです。


 
全文はこちら。
 ↓↓
Chikirin の日記「なんで全員にリーダーシップを求めるの?」

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20110927

 

イテロがモーセにしたアドバイス(出エジプト記18章13〜26節)の意味が、違った観点から理解できました。モーセ自身のためだけでなく、群れのためでもあるわけですね。リーダーシップ体験を持つ者が群れの中で増えることの効用を教えられました。

 
それにしても不思議なのは、リーダーとして苦労しているはずの牧師たちの会議がかくも非効率なのはどうしてでしょうか??? 笑 

 

2011年9月29日 (木)

昔の本を引っ張り出してみた


Douglas W. Frank、"Less than Conquerors: How Evangelicals Entered the Twentieth Century"、(W. Eerdmans、1986)


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ここ数日、訳あって少し昔の本を引っ張り出して読んでいます。まだ会社に勤めていた頃でしたが、有賀寿先生からすすめられ、読んでみた本でした。最近、アメリカの福音主義のルーツについて、ある人に説明しなければならない事情があって再読したのでした。当時、ほとんど何も分かっていなく、著者の議論にあまり実感は湧いてきませんでした。しかし再読してみて、これは "Must" の本との確信に至りました。初版は1986年に出版されましたが(私も当時入手した)、一昨年(2009年)に装丁が変わって別の出版社から出たようです。新装版の副題には "The Evangelical Quest for Power in the Early Twentieth Century" と銘打たれ、大衆伝道者ビリー・サンデーの写真が表紙にあります。新装版の副題が本書の議論の狙いをよく表しています。恐らく日本では全くと言ってよいほど知られていない著作(著者も含めて)でしょう。しかし、昨今の情勢の中で一読の価値は十分にある本です。(著者の D. フランクは、アメリカ福音派の今日の状況を正確に洞察しています。今から25年前の本なのに。) ここでは敢えて内容に触れませんが、裏表紙の記述の一部を以下に紹介しておきます。尚、書名の "Less than conquerors" とは、ローマ書8章37節の「圧倒的な勝利者(新改訳)」の英訳、"More than conquerors" の皮肉というかパロディーであることだけ申し添えておきましょう。あとは読んでのお楽しみということで。では!


・・・ Frank discusses in detail three of the most popular responses of American evangelicals to their loss of power: dispensational premillenialism, the "victorious life" theology, and the popular revivalism of Billy Sunday. Each of these, he believes, betrayed a harmful misuse of the gospel. Less than Conquerors is a call to replace the blurred and self-serving gospel of a besieged subculture with the genuine gospel of Jesus Christ.


 
教会史家、ジョージ・マーズデン(George Marsden)の推薦のことば

"I am enthusiastic about Less than Conquerors. It succeeds better than any book I can think of in making solidly-based history edifying. This is an important and prophetic theological critique of the foundational assumptions on which most of the distinctives of twentieth-century American evangelicalism have been based. It is like reading a Jaques Ellul who writes straightforwardly and documents his facts."


 
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2011年9月27日 (火)

異色の卒業生


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画像の本は、ブライアン・シブリー(Brian Sibley)著の "The Thomas the Tank Engine Man: A Biography" です。1995年にイギリスで出版されました。 シブリーの著書はすでに何冊も邦訳され、日本でも知られた方です。とりわけ、すぐ書房から出版された『影の国よ、さようなら』(中尾セツ子訳、後に『永遠の愛に生きて』と改題)で、クリスチャンの間でも知られるようになりました。シブリーは C. S. ルイスやトールキンの児童文学についてのガイド本なども著していますが、一般には伝記の著者として知られています。


上記シブリーの本は、日本でも『汽車のえほん』シリーズの著者として知られる、ウィルバート・オードリー牧師(Rev. Wilbert V. Awdry)の伝記です。『汽車のえほん』シリーズの第2巻は『機関車トーマス(Thomas the Tank Engine)』といい、絵本だけでなく、テレビ番組として日本でも子どもたちの間で根強い人気があります。『汽車のえほん』シリーズは息子のクリストファーさんとの共著ですが、息子さんの求めに応じてオードリー師はトーマスの物語を作ったそうです。


私がシブリー著のこの伝記を知ったのは、在英中のウィクリフ・ホールの学生の時でした。ある卒業生の伝記が出たということで、ホールのニュースレターにそのことが載ったのでした。その卒業生こそ、ウィルバート・オードリー師のことだったのです。オードリー師は1932年にオックスフォード大学セント・ピーターズ・コレッジ(St Peter's College, Oxford)を卒業後、イギリス国教会の司祭(牧師)になる教育を受けるためにウィクリフ・ホール(Wycliffe Hall, Oxford)に移り、翌年に Diploma を取得し卒業しています。それからエルサレムの学校で教えるためにイスラエルに行きました。帰国後の1936年に国教会の教職に叙任されています。その後、1965年に引退しました。因みに、オードリー師のお父様も国教会の司祭でした。


我が家の子どもたちも好きだった『機関車トーマス』の作者がなんと、ウィクリフ・ホールの卒業生だったのです。当時、シブリーの伝記の出版を聞いて初めて知りました。J. I. パッカーや N. T. ライトやニッキー・ガンベル(「アルファ・コース」の創始者)たちだけでなく、オードリー師のような異色の卒業生も輩出していることをちょっぴり誇りに思ったものでした。それにしても、オックスフォードにはおもしろい人たちがいますね。オードリー師は牧師であり、鉄道マニアでした。以前このブログで紹介したフレデリック・ホープ師も、牧師であり昆虫マニアでした。これもオックスフォード流アマチュアリズムの世界なのでしょうか。


ところで、テレビ番組『きかんしゃトーマス』のナレーションといえば森本レオさん。先日、たまたま YouTube で肥後さん(ダチョウ倶楽部)のものまねを視て爆笑してしまいました。(4分20秒あたりからご覧下さい!)
 ↓↓
http://www.youtube.com/watch?v=aLxJ1HylyNs


 

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2011年9月26日 (月)

『リバー・モンスターズ』


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イギリスの釣り師ジェレミー・ウェイド氏(Jeremy Wade)が、自ら魚を釣り、案内するドキュメンタリー番組『リバー・モンスターズ』。題名のとおり、化け物のような淡水魚を世界の河川で探します。画像は、アフリカのコンゴ川やザンベジ川に棲息するという「ゴライアス・タイガーフィッシュ(Goliath Tigerfish)」を捕獲した時のものです。体長1.5m、体重は約40kgの大物。でも最大は体長2m、体重70kgにも及ぶ個体もいるとか。サイズ以上に衝撃的なのが、どう猛な肉食獣を彷彿させる牙ですよね。まさに川のサメです。


ウェイド氏は1960年生まれの51歳。英国ブリストル大学で動物学の学位を受けています。お父様はイギリス国教会の教区司祭(Vicar、牧師)だったそうです。

 

ゴライアス・タイガーフィッシュを釣り上げるウェイド氏。
(YouTube のコメント欄にあるように、これはピラニアではありません。)
 ↓↓
http://www.youtube.com/watch?v=tfd5p1JqUsw


 

これは本当に怖いカメです!!
 ↓↓
http://www.youtube.com/watch?v=JharT0XcAxM

 


こやつが呑み込んだ魚のサイズに仰天!!
 ↓↓
http://www.youtube.com/watch?v=NqrYOvm-yOI&feature=relmfu

 

世界は広いですねー!

 
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2011年9月24日 (土)

ストロング・スタイル


ヤンキー牧師さんからは「日進市花火問題について書こうと思ったら・・・」で拙文を取り上げて下さり恐縮です。


昨日のブログ「監督退団報道を受けて蓮舫化してしまいました・・・。」には激しく同意! 特別なドラゴンズ・ファンではありませんが、落合監督は指導者として真のプロフェッショナルと尊敬してきました。


私には、落合監督と往年のプロレスラー、カール・ゴッチの姿が重なります。ゴッチも妥協を許さない強さと激しさで知られたレスラーでした。それが故に、プロレス界では干されていました。ショーマンシップに欠ける者は淘汰されるわけです。でも私は断然、ゴッチのストロング・スタイル(ショーを演じない、今で言う「ガチンコ勝負」)が好きでしたね。


牧師・伝道者の世界でも、ストロング・スタイルは干される傾向にあるようです。マスメディアの世界同様、「有名かどうか」ということが優劣の判断基準となっていないでしょうか。クリスチャンや教会が世の影響に呑まれるのは嘆かわしいことです。落合監督の退団の報に接して、ふと思ったことです。


ゴッチの決め技、<ジャーマン・スープレックス・ホールド>。

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2011年9月21日 (水)

ノイジー・マイノリティ


愛知県日進市の花火問題は、結局、市長が福島県川俣町に出向き謝罪することを決めたそうです。20件ほどの抗議にビビった結果、市民らから1900件近い逆の抗議が寄せられたとか。京都の五山送り火の件といい、「ノイジー・マイノリティ(文句の多い少数派)」の無責任な抗議に右往左往し、屈した結果です。名付けて「苦情民主主義」。


フリーライターの深川峻太郎氏は、『苦情の電話をかけるのは、常にごく一部の人間にすぎない。大多数は、特に文句がないから黙っている。無責任なノイジー・マイノリティの声に左右される「苦情民主主義」は、支持ばかり気にする(つまり多数派に迎合する)ポピュリズムよりも愚かしい。意思決定者は、苦情を脇に置いて自分の頭で考えるべし。』と述べていますが、全く同感です。


キリスト教会にもノイジー・マイノリティは存在します。教会総会で決議された後も、文句や不満を述べ続け、部外者に抗議のタレコミを行う少数の人たちです。こういう人たちをまともに相手にすると、それこそ京都や日進市の二の舞です。教会は混乱します。だいたい、ノイジー・マイノリティとは、日頃は傍観者のくせに、総会の時だけ正義漢ヅラをする無責任な人たちというのが、どの教会でも相場のはずです。「ノイジー・マイノリティ(苦情民主主義)」が「ポピュリズム(大衆迎合主義)」より愚かしいことは、日進市等の例でよく分かりましたから、教会はそういう少数者を相手にしてはいけません。キリスト教会は、(皆で決めて皆で従う)権威ある総会を開かなければなりません。そして、その権威を守らなければならないのです。


 

『日本人の9割に英語はいらない』


成毛眞(なるけ・まこと)氏(氏のブログはこちら→http://d.hatena.ne.jp/founder/)がまた刺激的な本を出されましたね。

面白そうなので、Amazon.com で予約しました。


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英語ができても、バカはバカ。

「社内公用語化、小学校での義務化、TOEIC絶対視……ちょっと待った!」
マイクロソフト元社長が緊急提言


 目 次
「英会話に時間とお金を投資するなんてムダ」

「頭の悪い人ほど英語を勉強する」

「楽天とユニクロに惑わされるな」

「ビジネス英会話なんて簡単」

「英語ができても仕事ができるわけではない」

「インターナショナルスクールを出て成功した人はいない」

「早期英語学習は無意味である」

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本の帯にある「英語ができても、バカはバカ」とは、何とも刺激的で挑発的な本です。まだ読んでいませんが、アメリカの高校とイギリスの大学を卒業した私も、恐らく9割がた同じ意見だと思います。笑 (因みに我が家では、夫婦の会話は100%日本語です。妻はアメリカ人ですが。在英中でさえ、夫婦間の会話は100%日本語でした。うちの子どもたちが証言してくれるでしょう。) この本、一読してみませんか?


 
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2011年9月18日 (日)

直説法と命令法


確か、ルドルフ・ブルトマンの言葉だったでしょうか。(自信がない)


  直説法に基礎づけられぬ命令法はなく、

  命令法を伴わない直説法はない。


福音の本質を表した言葉ですね。
直説法とは、「〜です。」とか「〜である。」といった断定文です。
命令法とは、その名のとおり、「〜せよ。」などの命令文ですね。


ヨハネの福音書8章11節の主イエスのことば、


「わたしもあなたを罪に定めない。(→直説法)
 行きなさい。
 今からは決して罪を犯してはなりません。(→命令法)」


は、福音の何たるかを教えてくれます。


命令を守る力は、「罪に定めない」という直説法(約束)から湧き出ます。
他方、約束をいただいた者は、感謝の応答として「罪を犯してはなりません」という命令を守るのです。直説法と命令法の関係は、順序が大事なのです。もっとも、直説法の前には「罪の自覚」が必要なのですが。ところで、パウロのローマ書6章も「直説法と命令法」ですね。


 

トレードオフ


フェイスブック上で、友人クリスチャンらから「脱原発」への同意を勧誘されます。正直、こんなことを言うとキリスト教界(特に福音派)から総スカンを食らうかもしれませんが、現実世界が生命と経済活動の「トレードオフ」で保たれていることを彼らがどれくらい真剣に考えているか分からなくなります。「経済活動より生命」の合言葉は、確かに殺し文句です。ですが、実際生活はそんなに単純なものでしょうか・・? これは、私がかつて民間企業(自動車&電器メーカー)にいた経験が影響しているのかもしれません。また大学生時代、2年連続で春休みを利用して当時の共産圏諸国(ソ連とその衛星国=ワルシャワ条約機構国)を旅した経験も作用しているかもしれません。一部のクリスチャンに見られる「左翼」志向に、本能的な違和感を感じてしまうのです。 


ところで、昨日、妻が映画『チャーチル 第二次大戦の嵐(原題 "Into The Storm")』(2009)をCS放送で観ていました。そこで私も、ふとウィンストン・チャーチルの言葉(と言われるが真偽は不明)を思い出しました。


  「20歳のとき左翼にならない人には心がない。
   40歳になっても左翼のままの人には頭がない。


  "If you are not a liberal at 20, you have no heart.
   If you are not a conservative at 40, you have no brain."

                

以上、ボヤキでした。


 
 
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2011年9月16日 (金)

バプテスト教会を去った理由


英文のブログ「Omnia ad Dei Gloriam」から。
 ↓↓
http://sdgfamily.blogspot.com/2008/09/why-did-you-leave-baptist-church-part_15.html


 

この方は長老教会に移ったようですね。
正直、けっこう同意したり同情できたりするところが多いです。
ここでは教職者の資格(qualification)と道徳的・倫理的破綻が言及されています。
立ち上がる人たちもいるようですが・・・


There are, thankfully, not only godly men remaining, but some of them are standing up and recognizing the terrible problem with which their denomination is faced. These men have so far been largely ignored. Their ministries are hailed as vital to the health of the denomination.

 

因みに、私も南部バプテスト(Southern Baptist Convention)の教会で受洗しました。他人事とは思えません。でも、学位(それも高度な学位)を持っていても問題を起こす牧師はいます。学位や資格が倫理や道徳を保証する訳では決してありません。だからと言って、日本での状況のように、寺子屋のような神学校(公的な学位認定基準を持たない資格付与機関)での教育で十分とも思いません(→「学歴汚染」のサイト)。難しいところです。

 

映画『フラメンコ』より


カルロス・サウラ監督(Sr Carlos Saura)の映画『フラメンコ』から。


トマティートの弾くギターも魅力的ですが、何と言っても男性ダンサーの踊りが
カッコイイ!!  3分58秒くらいから始まります。
 ↓↓
http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=2G-hkNe7ZEk



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2011年9月15日 (木)

「教えの風」(エペソ 4:14)とならないために


小嶋先生のブログ、「王なるイエスの福音」と、コメント欄を楽しく有意義に読ませていただいております。スコット・マクナイト教授の新刊、私も現在注文中です。YouTube の動画を観て、妻もマクナイト教授に関心を持ったようです。(但し、別の意味も含めて。マクナイト教授と私の体型が重なるようです。特に腹部が!)


ところで、私もそれなりに N. T. ライト教授の著作には触れておりますが、実は、礼拝説教等ではほとんど触れたことはありません。このブログを見ている教会員は同意してくれるでしょう。そういう意味で、私は今でも「サルベーション・カルチャー」による説教を堂々としております。もちろん、折に触れて、ライト教授からの示唆を説教に織り交ぜたりはしますが、「ゴスペル・カルチャー」のスキームに従って説教が根本的に変わるなどは当分あり得ないし、また、すべきでないと考えています。理由は、小嶋先生ご自身がコメントでおっしゃっていることがまずあります。

たとえ「サルベーション・カルチャー」でイエスを受け入れた(決断した)方であっても、イエスを主として告白しイエスの弟子となってその信仰生涯を全うなさる方は多くいるでしょう。逆に「ゴスペル・カルチャー」で福音を提示されたとしても、当時のユダヤ人の多くがそうであったように、御霊の働きによって信仰を持って「イエスを主とする」ことが出来なければ(その時点においては)「救われ」ないのです。 


これはとても大切な点だと思います。


他方、消極面での理由もあります。それはかつて、大西洋の両側で聖書論をめぐり福音主義者たちの間で議論の激しかった頃、恩師 R. T. フランス先生(Rev Dr R. T. France)がイギリス国教会(保守派)の神学雑誌 "Churchman" に寄せた論文の中での言葉です。激化する聖書論論争の行方を憂いながら先生は述べています。

"The professional scholars tend to press doggedly on with their researches without considering how their results are likely to affect the evangelical public .... There is need for care in presenting our material so that the non-specialist reader will not be misled. It is an exercise in communication, which is sadly not always the scholar's greatest aptitude. So unnecessary hostility is sometimes created towards new interpretations because they have not been presented with sufficient care and consideration for the natural reactions of the ordinary Christian." ("Evangelical Disagreements About the Bible"、Churchman 96、1982、pp. 226-240  但し、上記の引用は、Mark A. Noll、"Between Faith and Criticism: Evangelicals, Scholarship, and the Bible in America"、(Baker Books, 1986)、p. 170 より)

 
「聖書論」と「ゴスペル・カルチャー」の問題の違いはありますが、教会の現場という視点からは課題は共通しているように思われます。もっとも、ライト教授はじめ多くの学者が十分な配慮をもって学説を主張しておられるのは疑いないことです(信徒向けの書籍や入門書等の出版)。むしろそれらを承けて、我々牧師や伝道者が説教や牧会の現場でどう濾過し、伝えるかの配慮が問われているのかもしれません。


まったくの独断ですが、英語圏においてさえ、ライト教授の学説が本当に根を下ろすのにあと10年は必要だろうと考えています。それが普通に教会で説教され、一般信徒が抵抗なく受け容れるのには更に20年を要すだろうと思います。つまり、ライト教授が学界で Rising star となってきたのが今から20年ほど前ですから、要するに、新しい学説が抵抗なく教会の現場に根付くのに50年はかかるということです。日本においては、未だ邦訳書が一冊も出版されていない状況ですから、・・・・う〜ん、当分は「サルベーション・カルチャー」の時代が続くでしょうね−。 その意味で、小嶋先生や同志の方々による地道な取り組みは大切な啓蒙、もとい、啓発なのです。

 

2011年9月 9日 (金)

前奏曲 ホ長調(ギターとハープシコードのための)


マヌエル・ポンセ作曲

ジョン・ウィリアムス:ギター

ラファエル・プヤーナ:ハープシコード

1971年の録音

 
前奏曲 ホ長調(ギターとハープシコードのための)
 ↓
http://www.youtube.com/watch?v=5w8dK_IPb5g


 

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なんかこう、不思議と元気が湧いてくる曲です。ギターとハープシコードという珍しい組み合わせによるLPに収められています。ジョンの演奏は相変わらず素晴らしい! 尚、この曲はギター独奏版もあります(→例えば、松尾俊介さんによる演奏)。独奏版の楽譜は出版されていますが、ハープシコードとの二重奏版は未出版のはずです。多分、出版社からの「貸し出し」でしか楽譜を見ることができないのではないかと思います。例えば、ポンセの『南の協奏曲(Concierto del Sur)』は、ギターとピアノ伴奏版の楽譜は出版されていますが、スコア(総譜)は貸し出しと聞いたことがあります。ちょっとややこしい著作権の問題があるようです。

 
※上記で「ハープシコードとの二重奏版は未出版・・」と述べましたが、その後、1985年にメキシコのヨロトル社(Yolotl)から出版されていたことが判りました。お詫びして訂正いたします。ただ、二重奏版への編曲が1936年ですから、出版はかなり遅れて実現したようです。尚、『南の協奏曲』のオーケストラ総譜とパート譜は、依然レンタル(貸し出し)のようです。

 

2011年9月 7日 (水)

AL1系アウトライン ♂79ミリ


長らく更新をご無沙汰しておりました。
公私にわたり大変多忙なのです。<公>の方は相変わらずですが、ここ最近は<私>の方でも忙しいのです。なぜプライベートが忙しいかというと、オオクワガタの幼虫の割り出しのためなのです。産卵セットした菌床(通称「ズボラセット」)から、今年ブリーディングする幼虫を取り出し、菌床ボトルに移す作業です。幼虫は皆小さいので、取り出すスプーンの先で潰したりしないように細心の注意で行います。結構、神経磨り減ります。今回は幸いなことに、1匹も潰さず全部無事に移し終えることができました。(例年、何匹かを「ぶちゅっ」とやってしまうのです・・・。)


ところで、表題の「AL1系アウトライン ♂79ミリ」って、何のことだか分かりますか? 分からないですよねー! まず「AL1系」とは、私が年月かけて作り上げる途上にある血統(系統)のことです。形が良く、大きくなる血統(ブランド)を、選別・淘汰しながら作り上げて行くのです。「AL2系」という系統もありましたが、あまり良い結果が出ないので、数年前に断種しました。今は存在しません。(と言っても、抹殺したということではなく、累代飼育を止めたということです。) 「アウトライン」というのは、同じ親から生まれた兄(♂)と妹(♀)を掛け合わせるインライン繁殖による個体ではなく、♂親は「AL1系」であったが、別の血統の♀と掛け合わせたカップルから生まれた子どもという意味です。


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画像のこの個体が♂79ミリです。今年の種親です。上記の幼虫たちの父親となります。♀親は、別血統の53ミリという特大個体です。結局、2代続けてアウトラインの累代飼育となりました。この♂79ミリは昨年夏に羽化させたものですが、サイズ・バランス(頭幅が大きく、腹部が短くかつ締まっている=逆三角形のスタイル)、大アゴ(長さ・太さ・内歯の大きさ)等、私的には申し分ない理想的な種親であります。


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大アゴを拡げたポーズです。オオクワガタの大アゴは、中国の青竜刀みたいですよね。カッコイイです。ところで、カブトムシの角(つの)は、皮膚が変化したものですが、クワガタの大アゴはその名のとおり「顎(あご)」なのです。根本的に違うのです。学術的には大腮(たいさい)と呼ばれます。英語では「マンディブル(mandible)」と言います。

 

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斜め前からの撮影です。自慢は大アゴの内歯(ないし)の大きさと立ち方です。かのエンツォ・フェラーリも、クルマのデザインにオオクワガタのイメージを採用したとか。この角度からオオクワガタを眺めると、なるほどあのスーパーカーを彷彿させますね。


 

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最後に、これがお嫁さんの♀53ミリです。特大サイズながら、たくさん子どもたちを産んでくれました。上翅の点刻(筋)が少し薄いのが玉に瑕ですが。中歯型(ちゅうしけい)が♂の進化途中のしるし(次世代のポテンシャル)ならば、上翅の点刻の濃さが♀のポテンシャルのしるしなのです。もっとも、大型になるほど点刻は薄くなる傾向にあります。ところが、53ミリを超える大型♀でも、まるで筋のように点刻の濃い個体も存在するのです。ブリーダーにとって垂涎の的ですね。


 

2011年8月17日 (水)

随想『北の大地から 2』

                              
                               後 藤 敏 夫


 主にある皆様へ

 ご無沙汰しております。本州は例年のように酷暑の夏とお聞きします。皆様、お変わりなくおられるでしょうか。私ども夫婦は守られて元気に過ごしております。


 北海道余市は短い夏の盛りです。今朝、朝の学びの途中、6時15分頃、戸外で一斉にセミの大合唱が始まりました。朝食をして、日課の1時間ほどの犬散歩をしましたが(柴犬が9匹います)、肌を刺すような日差しに汗が滝のように流れました。地元のお百姓さんは、私たちが聖書の学びと祈りに行く朝の4時頃に畑に向かいます。朝飯前の涼しい時間に1日の最初の作業を済ますのです。私たちは、午前の8時30分~11時、午後の2時~4時の炎天下に畑に出ます。新しい畑の畝立て、種蒔き、水やり、草取り、夏野菜の収穫などが、今の主な畑仕事です。以前からあったいくつかの広い畑に加えて、次々と新しく購入した畑が増え広がっているので、なかなかの重労働です。作業は沈黙して行われます。集中のためもありますが、心を病んだ塾生たちが余計な言葉によって神経を疲労しないため、そして筋肉疲労によって質の良い睡眠がとれるようにするためです。


 2008年の夏は自分のうつ病回復のための一時の農作業でしたが、今、種蒔きから作物の収穫まで、そのすべての過程に関われる喜びは大きいものがあります(専門用語で、播種、移植、定植と言います)。あんなに微小な乾いた種に大きく成長するいのちが宿っているのは本当に不思議です。人は種を蒔いたり、水をやったりしますがーー
 「夜は寝て、朝は起き、そうこうしているうちに、種は芽を出して育ちます。どのようにしてか人は知りません」(マルコ4:27)。
 まさに「成長させたのは神」(Ⅰコリント3:6)です。


 惠泉塾の野菜はまったくの無農薬と有機肥料で栽培されます。農薬を使わずに虫を近づけないために、たとえばタマネギと人参を一緒に植えるとか、苗と苗の間にハーブを植えるとか、そういう知恵も初めて知りました(コンパニオン・プランツと言うそうです)。そうしてその日に収穫した野菜を食卓でいただきます。今の時代の最高の贅沢かもしれません。原発事故の影響下にある福島の群れや全国の群れにも送っています。


 今年は梅雨がないと言われた北海道に梅雨入り宣言が出ました。7月初めから数週間、ずっと雨の日が続き、サクランボは水分を含み、実割れを起こし、多くの実が腐れました。鈴なりになって風が通らない実はすぐに腐り、その腐れは周囲に広がります。聖霊の風が通らないほどに、くっつきすぎる人間やグループの関係はその接点に腐れを生み、その腐れは周囲に広がる。これは惠泉塾のように全生活を共にしている共同体ではとりわけ厳しく戒められなければならない重要な霊的教訓です。


 雨が降ると、サクランボは翌日も収穫できません。そんなこんなで、大きな果樹園のある南面はほとんど収穫できず、朝3時から始まる「サクランボ戦争」の期間も全面戦争には至らず、私ども夫婦が住む惠泉荘に隣接した北面でゲリラ的に局地戦が戦われ、終戦になりました。それでも、まったく収穫できなかったという昨年と比べれば、多くの実を穫ることができ、注文にも応えることができました。種を蒔かれた畑には必要な雨が果樹には災いで、生業としての農業は実に大変だと思わされます。果樹は雪深い時期から枝の剪定をしますが、どんなに手をかけても、天候によって無に帰しますし、ましてや原発事故による農民の痛手はどのようなものか想像もつきません。福島や山形は、桃やサクランボを出荷できなかったし、肉牛の出荷停止は私の故郷岩手県にも拡がりました。


 今週は鶏を飼育する作業のリーダーもしました。4月に2度ほどしましたが、今回2回ほど午前と午後の作業(作業内容が違います)で教えを受けて、いきなりリーダーです。今している塾生のパートナー(薬をもって服薬管理すること、日誌交換し語り合うことなどが主な務めです)、月に2度精神神経科に通院している者たち(15名ぐらいいます)を大きな車で1時間半ほどの道のりを札幌の病院に連れて行くこと、高齢者等に食事を届ける「シャトル便」の運転など、惠泉塾ではすべての作業がーー決して無理強いではありませんがーー突然託されます。それも水谷先生の目から見て、その人の得意ではないと思えることをさせるようです。得意と思えることだと、私たちは、祈らずに自分の経験と知恵で周囲を仕切ってしまうからです。鶏はイサブラウンというよく見る茶色の種類が100羽近く、烏骨鶏(うこっけい)という白い小型のが20羽ほどいます。イサブラウンは、他の養鶏場で年をとってものを譲り受けたらしいのですが、それでも日に60個ぐらいは立派な卵を産み、惠泉塾のパン屋や台所に貢献しています。烏骨鶏は高級な品種で、小ぶりな卵を産みます。可愛いらしい姿に似合わず気性が荒く、3羽ぐらいで卵をガードしてクチバシで猛烈につつくので、卵を取るのが大変です。ただそれは人間の観点からそうなので、見方を変えれば、それだけけなげなのです。イサブラウンは自分で卵に穴を開けて食べようとします。それでも猛烈な勢いで餌に群がる仲間にいちべつもくれずに卵を抱いている姿は実にけなげです。昨日は東京から来た小学校5年生の男の子に糠の発酵飼料をつくらせたり、鶏小屋の糞取りをさせました。いい経験ですよね。


 水谷惠信先生は、ちょっと言葉では伝えられない、無私という捨て身の信仰と愛の徹底に、まさに凄みを感じさせる人です。「ここは水谷家の食卓です。私のやり方よりも皆さんのやり方や考え方のほうが合理的でよりいいと思うことはあるでしょうし、事実そういうことはあるでしょうが、ここでは私のやり方に従って下さい。それが受け入れられない人は、ここには囲いも塀もなく自由ですから、どうぞ出て行って自分で自分の惠泉塾をして下さい」とはっきり仰います。そこには、日常生活の具体的なことで右に行こうが左に行こうが、上に行こうが下に行こうが、大切なのは人間のやり方のどっちが正しいかということよりも、その人と神さまとの活きた関係であり、愛の実践である。それがあればたとえ間違った選択をしても、神さまはそれをご自身の道に変えて下さるという、まさに底抜けに徹底した神さまへの信頼があります。修道院がそうであるように、生活共同体で最も学ばなければならないのは、愛と従順です。わがままはいっさい許されません。むしろ自分のこだわりに死ぬことが求められます。そこには、入信以来、私が育って来た教会の慣わしとは大きく違ったものがあります。むしろ私自身が権威主義的なものとして批判的に退けて来たものに重なります。そこで、自分の経験から身につけた浅知恵が邪魔をして時に深い葛藤も生まれます。しかし、ただ頭の先であれこれ考えるのではなく、身体をもって生活共同体の日々の生活で愛し合ってひとつになるためには、私の中にできあがってかたくなっているもので、聖霊によって砕かれなくてはならないものが沢山あります。個人としても夫婦としても、自己解体が必要なのですが、そこが理念的にも経験的にも非常に困難な辛い道です。私たちは「上官の命令は天皇命令だ」という構造が、この国においてどのような無責任な権威主義を生み、どんな悲惨を生んだかを知っています。今、指導者の権威を強調するカルト的な教会において、どのような忌まわしいスキャンダルが起こっているかも知っています。従順を学ぶということは、人間的な権威に盲従することではありません。それが権威に関するバランスのとれた聖書的理解であり、実際に必要とされている知恵であり識別力でもあります。しかし、水谷先生なら、従順について「それは盲従ということではないですよね」と問えば、「それが盲従なんだなあ」と答えられると思います。つまり納得できるから従うということであれば、自分が砕かれることはなく、結局、自分の考えが判断の中心になります。そうであれば、(少なくとも自分を変えるための)信仰も祈りも必要ないでしょう。自分の経験や理解を突き抜けて、聖霊の働きに委ねることはできません。実際、敢えて「盲従」とまで表現されるようなキリストにあって仕える権威への従順がなければ、惠泉塾のような生活共同体は、一日たりとも運営できないと思います。大切なのは、その「キリストにあって」という聖霊のいのちを、日々新たに分かち合うことです。


 神学や聖書知識を振りかざして議論するようなことではなく、恥ずかしいことや愚かな失敗、弱さや格好悪さをさらしさらされ、またはっきりと罪と名指しされるものを繰り返しながら、差し伸べる手に助けられ、愛によって赦されて、次第に惠泉塾という生活共同体の肢にされて行くのだと思います。リジューのテレーズが、「ここでは私が獲得すべきことがどんなに沢山あることでしょう」と語った新入りの修道女に対して、「むしろ、捨てるべきものとおっしゃいなさい」とさとした言葉を思い出します。理屈や口先ではいくらでも格好のいいことが言えても、私にはまだ捨てきれない自分が沢山あります。


 説教をするというようなことはありませんが、7月から8月末まで不在になる担当者のピンチヒッターで、子供礼拝でひとりの6年生の女の子を相手に(大人もいますが)、メッセージを語っています。どんなに貧しいものであっても、自分の全体をそこに注ぎ出すことができる喜びを感じるのも事実です。


 先日、韓国から惠泉塾を訪ねて来られた兄弟を家内と余市の駅まで迎えに出ました。彼は、近づいて行く私にはまったく気づかず、遠くにいる家内を見て、「ああ、奥さんが来られたのだな」と思ったそうです。ここではスーツを着る機会はまったくありませんが、すべてをダブルに仕立て直せるほどです。きわめて健康ですが、身体の節々が痛むのは仕方がありません。
 本州はどこもまだまだ猛暑が続くでしょう。皆さんのご健康が守られますように。


                               2011年8月6日

 

2011年8月15日 (月)

大事なお知らせ


後藤敏夫先生が新しい随想をご寄稿下さいました。17日(水)の未明に紹介いたします。

 

もう一つ大事なお知らせです。
私たちの教会は、去る6月の臨時総会で所属教派からの脱退を賛成多数で決議しました。そしてつい先週、関連資料と共に教派に対し申請を済ませました。教派総会が開かれるまでの今しばらくは現状のままですが、この決議により、事実上私は教派内部の者でなくなりました。(バプテスト系教会ですから、各個教会の最高議決機関の決議が重んじられます。)


今まで、「事実に基づいた一般論」として、教派内の問題からはじまり、広くキリスト教界の課題として本ブログの<石が叫ぶ>のカテゴリーで発信してきました。しかし批判とは、やはり内部にいる者が重荷と責任を負う覚悟で行われるべきものであります。そしてそれは以前からの持論でした(エゼキエル書3章16〜21節、同33章1〜9節等)。従って、主のご摂理により教会と共に教派を出ることが決議された今、<石が叫ぶ>のカテゴリーとその中の記事を閉じるべきとの結論に至りました。


すでに<石が叫ぶ>内の記事は削除しました。所属教派に起因する問題について、今後は私以外の第三者が取り上げるような事態にでもならない限り、私はこのブログで言及することはありません。今までのご愛読を感謝申し上げます。「のらくら者の日記」はこれからも続きますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。


 

2011年8月12日 (金)

涙そうそう


「愛・地球博」(2005年)のコンサートから。


ジョン・ウィリアムス&リチャード・ハーヴェイが、
プログラムの最後で、名古屋芸術大学の学生さんたちと共演しました。
妻も私もその場でうっとり聴き入っておりました。
あれからもうじき6年が経つのですね。

 
http://www.youtube.com/watch?v=VoCI1-wsjpY


 

このコンサートの模様は今年2月にDVDで発売されました。
リージョン・コードは All Regions ですから再生可能です。
購入はこちらから。
 ↓
http://www.amazon.co.uk/Message-Future-Williams-Richard-Harveys/dp/B004P8FLI4/ref=sr_1_1?s=dvd&ie=UTF8&qid=1313080240&sr=1-1


Track Listing
1  Carolan's Concerto
2  Gothic Suite - Trotto
3  Gothic Suite - Saltarello 1
4  Gothic Suite - Danse Real Sixte
5  Gothic Suite - Saltarello 2
6  Wat zal men op den Avond doen?
7  Prayer 04:35
8  Prelude in G from Suite for Cello BWV 1007
9  O'Carolan Suite - Bridget Cruise
10 O'Carolan Suite - Planxty Drew/Henry MacDermott Roe
11 O'Carolan Suite - Carolan's Farewell to Music
12 O'Carolan Suite - Jigs & Hornpipe - Merrily Kiss the Quaker/The Blarney Pilgrim/Byrne's
13 Alma Llanera
14 Cafe 1930 from "Histoire du Tango"
15 Suling Bandung 05:10 16/Engome
17 Enfield Dances
18 Nada Sousou

PCM Stereo
Dolby 5.1
PAL DVD Video
71.29 Minutes


 

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2011年8月11日 (木)

良い子のための N. T. ライト入門


Stephen Kuhrt、

"Tom Wright for Everyone: Putting the Theology of N.T. Wright Into Practice in the Local Church" (SPCK、2011)


購入はこちらでどうぞ。
 ↓
http://www.amazon.co.jp/Tom-Wright-Everyone-Theology-Practice/dp/0281063931/ref=sr_1_1?s=english-books&ie=UTF8&qid=1313082871&sr=1-1


 
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2011年8月 5日 (金)

大主教の「凄み」


N. T. ライト師の講演 "After You Believe" 。
ニューヨーク市での講演から。
 ↓
http://www.youtube.com/watch?v=6gge4D_IU-k&feature=related


 

22分30秒過ぎに語られる1つのエピソード。


カンタベリー大主教は、「過激なキリスト者(もの)」なのですね!


愛の凄み・・・でしょうか。


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2011年8月 2日 (火)

<ころび公妨>


森達也監督のドキュメンタリー映画『』より。


http://www.youtube.com/watch?v=6C-vFbO7rIg

 
1分45秒付近、オウム信者を突き飛ばした後で、<公安(警察)はしまったと思ったのか、なんとその公安が「イタタタ・・・」と言って自分で転んでしまう。そして「お前がやったんだ」と言ってオウム信者を逮捕してしまった。>(鈴木邦男著 『公安警察の手口』 ちくま新書 p. 14 より引用)  これが悪名高き、公安警察の<ころび公妨(=公務執行妨害)>。


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極悪がんぼ』(原作:田島 隆  漫画:東風孝広) イブニングKC 12巻 「ハタ秘密探偵事務所」の所員、夏目大作と冬月啓(元警察官僚)の会話から。



    -------------------------------------------

夏目:その口ぶりだと 所長が引き受けんかったみたいやな・・・

冬月:まあな いつもの所長の公安嫌いさ

夏目:公安か・・・ あのジジイの公安嫌いも変わっとるで 所長の力をもって
   すりゃ 国会議員だってうごかせるんや  警察なんぞにパクられること
   なんかなかろうに・・・

冬月:おまえの無知にもあきれたもんだな

夏目:あんだと?

冬月:日ごろおまえが関わる刑事警察と公安警察の区別もついてないと言ってるのさ

夏目:何が違うちゅんや ポリはポリやないか

冬月:公安は殺人犯や詐欺犯をバタバタと追いかける刑事警察とは違う
   公安は思想警察と言ってなぁ 特定の思想を持っている連中を 手段を選ばず
   取り締まる部署なんだぜ

夏目:ふん・・知ったようなことぬかしやがって・・・・

冬月:ああ 知っているさ 俺は元警察官僚だったからな

夏目:ちっ

冬月:公安の恐ろしいところはなぁ どんな些細な罪でも マークした人間が
   法に違反すれば逮捕するところにあるんだ
   例えば文房具屋でカッターを買えば銃刀法違反で逮捕  信号を無視すれば
   道路交通法違反で逮捕  レンタルビデオを返し忘れたら横領罪で逮捕・・・
   さらには盗聴におとり捜査 違法行為も常套手段だ

夏目:カッターを買って逮捕? ポリのくせに違法行為?
   いくらなんでも そりゃありえんで

冬月:かつては左翼政党の国会議員の事務所に盗聴をしかけたりしてたし
   何年か前には カルト宗教の信者がこの手で散々逮捕されていたじゃないか

夏目:そ・・そういえば・・

冬月:最終的に無罪になってもいい  公安は本当にやるんだよ

夏目:・・・・

冬月:公安の動きは 公安畑を歩いてきたやつじゃないと警察幹部でもわからない
   いわば日本のCIAさ

夏目:それで所長はその公安にマークされとるちゅんか・・

冬月:らしいな・・・  理由までは俺も知らないがな

夏目:ヤバイヤバイとは思うとったが そんなにヤバイやつだったんか・・・ 

    -----------------------------------------

(因みに、「ハタ秘密探偵事務所」の所長こと秦光浩は、「1940年、朝鮮・済州道生まれ」と設定されています。ウィキペディアでは、1948年に起きた「済州島四・三事件」をきっかけに、日本にやって来たと推察しています。)


因みに、法務省の公安調査庁も、(逮捕権はないですが)同様の内偵をしています。オウム真理教事件以来、宗教施設や関係者(牧師など)も内偵の対象となっていると考えて間違いないでしょう。教会関係者は、一応、このことは頭の隅に入れておいた方がよいと思います。いずれにしても、<ころび公妨>には気をつけましょう。


 

2011年7月30日 (土)

『「自然」を神学する』

  
  アリスター・マクグラス著 (芦名定道・杉岡良彦・濱崎雅孝 訳)

  『「自然」を神学する 〜キリスト教自然神学の新展開〜』

  教文館  4, 800円+税


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3年半ほど前、「自然神学」や「The Open Secret」と題したブログ文で画像の本を紹介しました。こんな専門書の邦訳は恐らく出ないだろうと思ってました。しかし、大変重要な議論が展開されているので、邦訳出版されて然るべきだとも考えていました。もう一つのハードルは、翻訳者の力量だとも思いました。神学のみならず、自然科学の専門知識に加え、幅広い教養が要求される訳業だからです。


 

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信じられないことに、原著の出版からわずか3年あまりで邦訳が出版されました。それも、京都大学の芦名定道教授を中心とする翻訳者チームによる最良の翻訳によってです。芦名先生はこの分野でのまさに最適の翻訳者と言えましょう。巻末には、先生による有益な「訳者解説」が付されています。また「訳者あとがき」によれば、翻訳チームによる訳文の綿密な検討が繰り返されたことが記されています。文献目録も、邦訳のある本は原書名と共に記されていて、まことにユーザー・フレンドリーであります。翻訳チームのご苦労に深く感謝すると共に、出版を英断された教文館さんにも感謝したいと思います。


本書の訳出は、リチャード・ボウカム著(浅野淳博訳)『イエスとその目撃者たち 目撃証言としての福音書(原題 Richard Bauckham、"Jesus and the Eyewitnesses: The Gospels as Eyewitness Testimony")』(新教出版社)の邦訳出版と並び、今年度前半で最も意義ある出版物の一つと言えましょう。


 

2011年7月28日 (木)

ジョン・ストット師の召天


世界中のキリスト者から敬愛された霊的指導者、ジョン・ストット師が主のもとに召されました。90歳でした。本日午後、娘からの連絡で知りました。一つの時代が終わった感慨を抱きました。


小嶋先生がさっそくブログで取り上げて下さっています。
『大和郷にある教会』から「ジョン・ストット(1921ー2011)」
 ↓
http://sugamo-seisen.blogspot.com/2011/07/1921-2011.html

 

(拙ブログ「空の鳥を見よ」もよろしければどうぞ。)


ランガム・パートナーシップによる追悼ビデオ
 ↓
http://www.youtube.com/watch?v=tD6JW-RnBQQ


私の場合、小嶋先生とは逆で、大学生の頃からストット師は霊的ヒーローでありました。師の著作はある時期まですべて入手し読破していましたし、教会の「月報」では自作の駄文と共に、友人の協力を得ながら "What Christ Thinks of the Church" と題された、黙示録の7つの教会についての聖書講解を訳出したりもしてました。イギリスのキリスト教への関心は、ストット師やロイドジョンズ師から受けた影響が絶大であります。


英国留学中はウィクリフ・ホールやオール・ソウルズ教会、その他の場所で何度かお会いしたり説教を聴かせていただく特権にも浴しました。オール・ソウルズ教会での礼拝後、出口でごあいさつした時、日本ではKGKの主事であったことをお伝えすると「ミスター・カタオカはお元気か?」と訊かれたのでちょっと驚きました。当時の片岡伸光総主事のことでした。ストット師は常々「大学生伝道は私のトップ・プライオリティーだ」とおっしゃっていて、その言葉どおり、特に面識のあった各国の総主事たちの名はきちんと覚えておられました。私がイギリスで学ぶ機会が与えられたのも、当時上司であった片岡先生の多大なお骨折りがあったが故でした。短い時間ではありましたが、ストット師と会話が弾んだことを、昨日のように、そしてとても懐かしく思い出します。


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ウィクリフ・ホールでの同級生であったジェームズ・ダッドリースミスのお父様であるティモシー・ダッドリースミス師(かつてイギリス国教会の主教であり、数々の讃美歌の作詞者として著名)が、ストット師の公式伝記をすでに執筆し、出版されています。ダッドリースミス師による伝記以後のストット師の仕事と生活については、ロジャー・スティア(Roger Steer)による伝記("Basic Christian: The Inside Story of John Stott")が有益でしょう。 


ウィクリフ・ホールの学生たちとの懇談会で、"I am a happy single." と微笑みながら、独身を神からの召命として証しされたストット師のお姿が印象に残っています。<独りでいること>と、<孤独>の違いを教えられた瞬間でした。


 


  

過激なキリスト者(もの)


妻が部屋を掃除していると「こんなの出てきたよ」と、古い手書きの原稿を手渡してくれました。それはなんと、私が大学入学前か1年生の頃に書いた文章でした。当時、思ったことを書き散らしては教会の「月報」に投稿していたのです。字が汚い私のために、教会員のY姉がわざわざ清書して下さったりしていました(当時ワープロなんて無かった)。今から30年前のことです。


久し振りに、18〜19歳くらいだった頃の文章を読んでみて、それこそ<汗顔の至り>でありました。よくもまあ、こんな駄文をせっせと教会の月報に投稿していたものです。でも原稿に目を通しながら、内容は稚拙極まりないのですが、文章に溢れる「熱さ」に我ながら感動してしまいました。駄文投稿はまったくもって「若気の至り」でありながら、「あの頃は熱かったなあ」などと思わず感慨にふけってしまったのです。


作家の村松友視さん(『時代屋の女房』で直木賞受賞)著の『私、プロレスの味方です』(1980年)を思いっ切りパクった「過激なキリスト者(もの)」と題されたエッセイの中から、「キリスト教とはキリストの教えではない」という荒唐無稽な文章を紹介いたします。ご笑覧下さい(文字通り笑ってやって下さい)。因みに、文中の「キリスト者」は「キリストもの」であって、「キリストしゃ」ではないのです。この拘りが大事なのです。

  
          「キリスト教とはキリストの教えではない」

   キリスト教とはキリストの教えのことではない。これは、なかなかキリスト者
  (もの)を惹きつけるテーマであります。プロボクシングはプロのボクシングで
  あるが、プロレスがプロのレスリングでないように、キリスト教は、キリストの
  教えではない。ここのところが実に重要なのです。


   そこでキリスト教と仏教とは大雑把に言ってどこが違うのか。いや、キリスト
  教と他の宗教とは宣教という観点からどこが違うのか。この良い例は先に挙げた
  プロボクシングとプロレスを例にとってみると分かりやすい。


   プロボクシングをはじめとする他の格闘技において、試合をもっとも自分に
  有利に展開したということは、相手の得意技を封じて自分の得意技で決めた
  場合のことを言うだろう。今をときめくボクシング世界ヘビー級チャンピオン
  の試合評を見ると大方が「相手にボクシングをさせなかった」という讃辞で
  埋め尽くされている。しかしプロレスの場合は違うのです。一度や二度プロ
  レスを観たことのある人ならご存知のように、相手の得意技を受けて(しかも
  KOされず)自分の得意技を決めるのが最高、ということではないだろうか。


   キリスト教とは、キリストの教えを一方的にまくしたてることではない。
  キリスト教徒と不可知論者の「試合」を仮定してみよう。片や神学用語と教義の
  かぎりを尽くし、もう片方は哲学・思想の極みを尽くして戦ったが、双方の主張
  がまったく噛み合わなかった時、まあ結果は引き分けということになるだろう
  が、まわりに人は退屈し切ってしまう。こういう試合において二人が演じる人間
  像はただ「用心深い人間」という趣にとどまってしまう。


   つまりキリスト教およびその中にあるキリストを愛してやまないキリスト者
  (もの)は世俗社会というリングの上で、キリストの武具を身につけた人間の
  「凄み」を見せるものではあっても、技術合戦を見せるものではない。ここが
  ポイントです。この「凄み」ということばは、キリスト者(もの)の過激さを
  考える上で重要なことばなのです。


   あえて苦言を呈させてもらうなら、現在日本の神学校は生徒にキリストの教え
  は教えても、キリスト者(もの)の持つ人間としての「凄み」の教育には極めて
  消極的ではないかと感じるのです。おかげで日本のキリスト教は「キリスト教内
  キリスト教」にとどまり、一点の風穴も空いていない閉ざされた状態の世俗者会
  に自ら風穴を空けてしまう「過激なキリスト教」は望むべくもありません。キリ
  スト者(もの)としてこれは悲しい現実であります。


   「凄み」とは何であろう。私にも分からない。ただ漠然と感じるのは、それは
  原点でありドラマである、ということだ。またそれは「紙一重」の世界でもある。


   多少高級な話になるが、先日、FMラジオを聴いていると、小澤征爾がベル
  リン・フィルの定期公演を振ったプログラムが流れていた。曲はバルトークの
  『管弦楽のための協奏曲』。何回も聴いたことのある曲だ。ところがこの日の
  演奏、この曲が『指揮者のための協奏曲』ではないかと思わせるほど精緻を
  極めた音楽づくりであり、小澤の指揮ぶりが目に浮かぶようだった。これでも
  か、これでもかと複雑なリズムと調子を持ったパッセージが次々と絡み合う
  この曲をきっちりの振り分ける棒さばきはまことに見事の一語に尽きる。
  ところが、ところがである。あまりにもバトン・テクニックが上手なためか、
  一種異様な白熱した感じの演奏というか、鬼気迫るといったデモニッシュな
  音楽になりきっているとは思われなかったのである。演奏が終わった後で感じ
  ることはやはり「演奏が終わった」という程度の感慨なのだ。上手なテクニッ
  クならば、他のジャンルでも十分に探し出せるものなのだ。紙一重の世界で
  ある。


   キリスト教宣教についても同様であろう。人間として体験すべきあらゆる
   "味わい" に先行して宣教のことばが一人歩きするとき、その宣教には人間の
  恐怖も、悲哀も、熱気も、嫌悪感も、悲壮感も、喜びも希望も愛も鮮やかな形
  では発見できない。そういう人間の凄みを宣教に導入することができないのだ。


   キリスト教というもの、極端な言い方をすれば、百歳生きた老婆の凄みをも
  導入して展開されるべきだと思う。人間の持つあらゆる局面の凄みが、濃い輪郭
  で宣教に漂わなければならないと思う。そしてその凄みが「キリスト教内キリ
  スト教」を「過激なキリスト教」に変身させる。そして社会のあらゆる方面で
  行われるべきこの種の宣教をついには神ご自身が統合されることを信じて、各々
  が証しの場で過激さに徹する。このことが「キリスト者(もの)の世俗化
  (Christian Secularization)」である。


   話は前後するが、冒頭で、キリスト教宣教とはプロレスのように(!)、相手
  の技を受け(KOされずに)自分の技でフィニッシュさせると言った。相手の技
  とはつまり文化であり、宗教であり、価値観であろう。この、相手の技を受ける
  必要性から来るキリスト教宣教の訓練は、他のジャンルとは違った激しさがある
  だろう。「防御」するかわりに「受け身」を鍛える。これがキリスト者(もの)
  の一大特長と言えるようだ。しかし、ここにまた今日のキリスト教の問題点も
  発生してきている。それはマットも問題であり、マットと殺気の関係である。
  そしてその問題のマットとは、クリスチャンたち(キリスト者(もの)では
  ない!)の多数派志向願望より生じる求心的な雰囲気である。次回はこのこと
  について考えてみたい。  (続く)


ということですが、「続き」はありません(笑) 繰り返しますが、18、9歳頃の文章です。

ホントに生意気で支離滅裂な文章ですが、不思議なことに、基本的な思想は自分の中では今日まで変わっていない気がいたします。「過激なキリスト者(もの)」を志向した若き日の自分。「キリスト者」という文字に惹かれてKGK(キリスト者学生会)運動にも加わった自分でしたが、期待したほど「過激」ではなかったというのが(学生〜卒業生〜主事時代を経た)率直な感想。


ところで、小澤さんが振った『管弦楽のための協奏曲』を紹介しておきます。第5楽章のプレストです。この動画では当時の手兵、ボストン交響楽団が演奏しています。見事なまでにカッコイイ指揮ぶりです。これに文句つけてたのですから、ホント生意気な若造でした(汗)
 ↓
http://www.youtube.com/watch?v=KtiWzLXsySc&feature=related

 


   

2011年7月20日 (水)

交響曲「オックスフォード」


ヨゼフ・ハイドン作曲  

交響曲第92番 ト長調 「オックスフォード」


サイモン・ラトル指揮


ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団


http://www.youtube.com/watch?v=LuKoi0vHMDU&feature=related


 


 Bncsplash

2011年7月17日 (日)

山下ファミリー・クインテット


今年のコルドバ(スペイン)国際ギターフェスティバルより。

末っ子の波父(なみふ)君も加わった、山下和仁さんとお子さんたちによる

ギター五重奏団。長男の光鶴(てるかく)さんに、お父様の雰囲気を感じますね。

動画画面の左側から、長女の紅弓(こゆみ)さん、次男の波父君、長男の光鶴さん、

次女の愛陽(かなひ)さん、そして父親の山下和仁さんです。

昨年、名古屋で、私は紅弓さんと山下さんによるギター二重奏の演奏会を聴きました。


http://www.youtube.com/watch?v=aEVMgkUTOGY

 


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2011年7月 5日 (火)

エージェント・スミスの辞任をめぐって


ようやく真相の深層を書く人が現れた・・という感じでしょうか。
私もネットとマスメディアのタイムラグが気になっていました。


<松本発言をめぐる奇妙な「空気」>
 ↓
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51723673.html

 

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2011年7月 2日 (土)

野ウサギのベンジャミン


私たちの教会は自然豊かな場所にあります。以前から、教会の敷地内で野ウサギを何度か見かけていました。昨日、ついに撮影に成功しました。


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昨日、家庭集会から教会に戻った時のことです。教会前の木の下で、野ウサギがちょこんと座っているのを発見。すかさず携帯カメラで撮影しました。画像をクリックしてみて下さい。どうです、正真正銘の野ウサギでしょ? 我が家ではこのウサギを<ベンジャミン>と勝手に名付けています。


見た目に可愛いベンジャミン君ですが、教会の花や植物をどうも食しているようです。また、野ウサギから野兎病という怖い病気に感染することもあるので、捕獲や接触は控えた方がよいです。見るだけにしておきましょう。(もっとも、身の危険を察知すると、それこそ<脱兎の如く>のスピードで走り去るので、捕獲はまず無理です。時速60〜70kmで走るそうです。)


教会に出没するベンジャミン君。我が家の密かな人気者です。

 

2011年6月22日 (水)

対馬市長さんのブログに・・


長崎県対馬市の市長さんのブログに山下和仁さんが!

クワガタの専門雑誌に対馬での採集記が何度かあったので、

以前から対馬には行ってみたいと思ってました。

11月に対馬でリサイタルか・・・。う〜ん、行きたいなあ。

でも、無理だろうなあ・・(笑)

 ↓
http://www.city.tsushima.nagasaki.jp/mayor/2011/06/10.html 


 

 Access_map

 

2011年6月16日 (木)

ニュー・シネマ・パラダイス


2009年のタレガ国際ギターコンクール(ベニカシム)の覇者、アドリアーノ・デル・サルの素晴らしく美しい演奏に聴き惚れました。そして、映画『ニュー・シネマ・パラダイス』(1989年公開)の名場面の数々を思い出してしまいました。この演奏はナクソス(Naxos)のCDに収められているそうです。とにかく見事な編曲と演奏です。因みに、デル・サルが弾く楽器はマティアス・ダマン。ドイツの製作家で、ダブルトップ(薄い二層の表面板の間に、ハニカム(蜂の巣状のシート)を圧着させた)の音量豊かなギターです。
 ↓
http://www.youtube.com/watch?v=jRSkk-BbYoI

 
 


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2011年5月30日 (月)

随想 『奪われた野にも春は来るか』

                                
                               後藤敏夫

 
 北の大地に遅い春が訪れ、今が盛りです。遠い山には雪が残り、風はまだ冷たいのですが、野山は新緑に萌え、赤や青や黄色の花々が一斉に咲き始めました。サクランボの樹は、ある晴れた日に突然のように花を開き、周囲の丘の斜面は陽光に白く輝いています。1ヶ月後には、あの珊瑚の玉のような実を枝一杯に実らすでしょう。


 南面と呼ばれる惠泉塾の丘の畑から、遠くや近くの山々に囲まれた盆地が見事なパノラマ状に望めます。作業に疲れて呆然とその景色をながめていると、「奪われた野にも春は来るか」という言葉が心に浮かんで来ました。植民地時代の朝鮮の詩人李相和(イ・サンファ)の詩の一節です。「緑が笑い、緑が哀しむ」というその詩の中の言葉を想いながら、イエス様の時代のガリラヤの春も「奪われた野」であることを想いました。聖書の「平和」(シャローム)は、実に豊かな言葉で、御国は宇宙全体にシャロームが充ちて完成しますが、この世におけるその具体的なイメージのひとつは、民や家族が豊かに実った果実の下で、自分たちの収穫を喜ぶことです。四季が巡って、春に若葉が笑い、やがて畑や木々が実をつけても、もしここが奪われた野であったら、この緑は深い哀しみに包まれているだろうと、目の前に広がる北の大地を眺めていました。そして、イエス様の丘の上の説教も、奪われた野での、神の国からの笑いと哀しみのながめなのだと想いました。


 ここに来てまだ2ヶ月も経っていないのに、農作業の大変さを味わっています。深い雪に足をとられながらの丘の果樹園での剪定や枝焼き。畑をつくるための開墾は農業というより泥まみれの土木作業です。連日の雨模様で、ロータリーで畑を耕すことができず、ジャガイモの植え付けの時期を逸しないように、祈らざるを得ない日々でした。そんな中で1日だけ快晴の日があり、しかも強い南風が吹きました。まさに「主のほうから風が吹」(民数11:31)きました。私たちは総出で丘の斜面の広い畑に鍬で溝を掘り、種芋を植え付けました。ジャガイモは、お米とともに一年を通して惠泉塾の食卓に欠かせない副主食です。私も主戦力で、くたくた、へとへとに疲れましたが、心地よい疲れで、植え付けが終ったあちこちの広い畑を眺めたときは、言いようのない充実感がありました。そうこうしているうちに10キロも痩せました。


 きょうは、鍬で畝を立てた畑に人参の種を植えました。ある姉妹がカッコウの声を聞いたと言いました。「カッコウが鳴いたら種を植えよ」と言い習わされているように、かっこうの種まき日和でした。人参にしても、キャベツにしても、その他の野菜にしても、あんなに微小な種の中に、大きな野菜になるいのちが宿されているのには、本当に驚きます。「神の国は、人が地に種を蒔くようなもの」と言われているイエス様のたとえ話を思いました(マルコ4:26~29)。
    「夜は寝て、朝は起き、そうこうしているうちに、種は芽を出して育ちます。
     どのようにしてか、人は知りません。」


 それにしても、この「人」(農夫)は、夜は寝て、朝は起きながら、昼間は何をしているのでしょう! きっと、くたくた、へとへとになるほど働いているはずです。そういう農夫の労苦をイエス様が知らないはずはありません。しかし、どうして種が芽を出して、実を実らせるか人は知らない、とイエス様は言われます。本当にその通りです。「夜は寝て、朝は起き、そうこうしているうちに、種は芽を出して育」つのです。「種まきのたとえ」として知られているこのたとえ話は、実は「人手によらずに実をならせる地のたとえ」です。


 それに続いて、神の国を種の中でも最も小さいからし種にたとえられました(マルコ4:30~32)。日常の生活で裏庭に蒔かれるからし種が、生長してどんな野菜よりも大きくなり、大きな枝を張り、その陰に空の鳥が巣を作るほどになると。空の鳥が巣を作る巨大な木は、旧約聖書において、世界を支配する帝国の象徴です。やがてメシアが神の国をもたらすとき、レバノン杉のような力はイスラエルのものとなり、イスラエルが世界を支配するようになると民は理解していました。しかし、イエス様が見つめておられるのは、私たちが日々仕事をしている畑、毎日生活をしている台所の裏庭です。私たちが日々を生きている卑近な光景を離れては、全世界をおおう神の国はありません。


 御父のご支配にまったく委ねて生きるイエス様の根本的な楽観性!御父のご支配について、民のイメージを根底から異化する御国の福音の恵みに満ちたはげしさ! 北の大地で最初の春を迎えて、奪われた野で語られた、主イエス様のメッセージを私は想っています。

     いのりの種子(たね)は天にまかれ
     さかしまにはえて地にいたりてしげり
     しげりしげりてよき実をむすび
     またたねとなりて天にかえりゆくなり
               八木重吉 「み名を呼ぶ」  


 

2011年5月29日 (日)

随想 『北の大地から』


後藤先生からは2つの随想をお預かりしています。まずは『北の大地から』をお届けいたします。もう一つの随想(『奪われた野にも春は来るか』)は後日アップいたします。 お楽しみに。 (ところで、体重が10キロも減られた先生は、メタボの私には眩し過ぎます! 笑)


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                               後藤敏夫

 主にある皆様へ

 3月30日に妻とともにここ余市惠泉塾に来て、もうすぐ2ヶ月を迎えようとしています。震災の影響で2週間遅れて届いた引越荷物も落ち着く場を得、惠泉塾の生活のリズムにも慣れて来ました。


 余市は私たちが着いた頃は、畑も道ばたの土手も山々も雪で真っ白に覆われていましたが、それでも春の気配を感じました。それからの雪解けの足の速さには北国育ちの私も驚きました。土手に近いあたりから、チョロチョロ、ゴボゴボと様々な音階とリズムの音が聞こえ始め、川の流れはザアザア、ゴウゴウと日増しに勢いを増し、気がついてみると土手や畑が黒い土を見せ、そこにふきのとうが群生するように現れ、間もなく山野は緑に覆われました。今は桜の花も散り(本州で見るあでやかなソメイヨシノとは違い、エゾヤマザクラという桃の花のような色の素朴な種類です)、周囲は新緑の緑に萌え、果樹園のサクランボは白い花をつけ、花壇や野には色とりどりの花々が一斉に咲き乱れています。それにしても、創造主は何と多様性を好まれるお方でしょうか。 同じ緑にも本当にいろんな緑があります! それぞれの緑は、季節の移り変わりとともに、周囲と調和を保ちながら、色合いを変えて行きます。いつも変わることがないように見える背景の常緑樹も装いを新たにしています。


 私ども夫婦が住む惠泉荘は、16年前に惠泉塾が始まった場所で、北面と呼ばれるサクランボや梨やプラムの果樹、その奥のじゃがいも畑へと続く山の麓にあります。ここから日々の食事や活動が行われる祈りの家から徒歩で30分ぐらいの所にあります。そこから買い物ができる余市の町までは8キロもあり、その間にコンビニ一軒ありませんから車がアルトないとでは大違いです。こちらに来て、人生で初めて車を購入しました(スズキの軽自動車アルトの四駆)。妻も私も感慨無量でした。     


 私たちの生活についてお知らせします。朝は3時半過ぎに起き、朝の集いが行われる祈りの家に向かいます。最初は30分ほどの道を歩いて行き、日に3度、往復1時間ほどの道を行き来していましたが、今は車で行き来しています。早朝5時から7時までの2時間は、全員で聖書を学び、お祈りをします。日曜日はほぼ同じ時間に7~8人のグループに分かれて、聖書の学びと交わりの時を持ちます。朝の集いが終ると朝食です。食事は3食とも心を込めて作られていますが、いわゆるごちそうはなく、おかわりができる木曜日の夜のカレーをみんなが楽しみにしています(ただ、今の季節に、すぐそこで採れたたらの芽や行者にんにくのような山菜がふんだんに食べられるのは、都会生活からは最高のぜいたくかもしれません)。おかずは大皿に出され、分かち合って食べるということが、塾生には(そして私にも!)大切な教育です。私たちは、月曜日から金曜日まで、みんなと一緒に食事をし、土曜日と日曜日の朝と夕は惠泉荘で2人で食事をしています。2人の食事も質素です。


 朝食が終ると掃除のために惠泉荘に戻ります。家内はトイレとお風呂(入浴は1日おきで、お湯の量は、シャワーは別にして、湯舟に30センチと決められています!)、私は床に掃除機をかけ、雑巾がけをしますから、私の標準では毎日が大掃除です。惠泉塾は、基本的に水谷家に迎え入れられたという理解ですから、掃除の仕方も、自分のやり方の方が合理的でよりいいと思っても「水谷家の仕方」に従います。堅苦しく思えるかもしれませんが、決まり事や定めを強制しているわけではありません。水谷先生ご自身は、驚くほどに自由で愛の律法に生きる方ですが、塾生や人間の成熟の段階に応じて、自我から解放され、共に生活するためには、自分のやり方を主張することに死ななければならないと考えておられるのです。ここではすべてのことが「愛によってひとつになる」ための教育的な意図によって営まれています。


 掃除が終わると、大倉庫で作業衣に着替えて、8時半から短い朝礼とラジオ体操があり、リーダーとともにあらかじめ告げられている作業へと向かい、11時までが午前の作業です。どこででもリーダーに従わなければなりません。そして、リーダーは、必ずしも熟達の人ではなく、昨日まで塾生であったような人たちもいます。そこにも教育的な意図(リーダーと従う者の双方に対する!)があります。私たちが来た頃には、もう果樹の剪定などの農作業が始まっていました。良い果を実らせるためには、こんなにもと思えるほどに、花をつけた良いと思われる枝を切り落とすのですね。解け始めた雪にズボズボと足が埋もれる山の斜面を、さらにのこぎりで切り刻んだ太い細い枝を持って、それを燃やす所まで運ぶ作業は大変でした。去年は、サクランボが腐ってまったく出荷できなかったそうで、枝に残る腐ったサクランボを見つけて除去する作業もありました。太陽の光を当て、風通しをよくするための剪定。1本の木に数個しかないような腐れが他の実をだめにすること。自然は霊的たとえに満ちていて、私たちの前に大きく広げられた聖書の注解書のようです。


 鶏や山羊の動物飼育、そして9匹いる犬の散歩はいつも欠かせません。昼食後は、毎日、家内と皿洗いの当番に入ります。皿洗いにも定められた順序や流儀があります(たとえば、水道の水は鉛筆の太さで出す!)。ここに来た直後は午後の作業はストレッチの後で、午後2時から始まります。果樹園や畑の農作業や開墾のための土木作業が中心です。今は畑の畝立てや種蒔きが始まっています。惠泉塾ではその人の得意でないことをさせるのですが、なるほど、私が「自分を土に埋める」とイキガって言っていたことは、このことだったかと必死で作業をするうちに、いつの間にか体重が10キロも減りました(日にならすと200グラムぐらいずつ!)。午後の作業は4時に終りますが、そんなこんなでみんな疲れて、夜の8時から9時の間には床に就きます。作業のない土曜日は、どんなにホッとすることでしょう。ユダヤ教徒ではありませんが、本当に安息日です。5時からの朝の集いを終え、惠泉荘で家内と2人でゆっくり朝食をいただき、机に向かったり、買い物に行けるのはこの日だけです。消費社会から離れて、お金の使い方を忘れそうです。


 申し訳ないような思いですが、日曜日も比較的ゆったりしています。朝の5時半から小さなグループの集いに出た後は、朝食をして、10時からの子供礼拝に向かいます。大人の礼拝式は10時半からで、礼拝式の中に毎週愛餐と聖餐があります。聖書を学ぶテーブルと毎日食事をする食卓と聖餐のテーブルがひとつであるというのが、ここでの生活です。聖餐の後でお茶の交わりの時間があり、私たちは惠泉荘に帰ります。もっともこういう生活を陰で支えている方々は、忙しい時間を過ごしておられます。イースター礼拝式では、礼拝式の中で洗足が行われ、メッセージがあり、主の受難と復活をたどりながら、ペンテコステを待ち望む午後の祈りの時を持ちました。みんなタオルを持って礼拝式に行きました(何と石鹸とそれを流すお湯つきで丁寧に丁寧に洗うのです!)。


 惠泉塾は札幌キリスト召団という教会でもあり、私ども夫婦はそこに転会することになりますが、やはりここは現代の社会で神様から大切な使命をいただいた水谷惠信先生の「私塾」なのです。長く慣れ親しんだ教会の交わりから離れた心と、離れなければならない心と、離れたからこそわき起こるお一人おひとりへの感謝と、信仰と希望と愛があります。惠泉塾という特別な使命をいただいた生活共同体と、地域教会の橋渡しになり、そこに人間が出会うプラットホームや交差点をつくりたいと願っています。

          
 春は今が盛りとはいえ、まだ冷たい雨が降り、寒い風が吹く日があります。5月半ばの早朝に霜が降りたのには驚きました。土地の人は、遠い山に雪がある間は風が冷たい、5月を過ぎなければ落ち着かないと言いますが、今年は特別のようで、果樹の開花が例年よりも10日ほど遅れているそうです。少し前まで薪ストーブに火を入れる日もありました。小さな火で燃えるのですが、新聞やダンボールのような紙類、火のつきやすい木っ端、そして細い薪、太い薪と、役割の違うものが必要です。空気が入るように木を並べることが大切です。薪がくっついてしまうと火はすぐに消えてしまいます。ここにも霊的なたとえがあります。


 寄稿というような思いもなくお送りした私の随想を「のらくら者の日記」に掲載していただき、いつの間にか私の名のカテゴリーまでできて、ヤドカリのように時折顔を出すようになりました。今後のことは分かりませんが、どう考えても「のらくら者」とは思えない先生のお許しがあれば、心に湧き出る折節の想いを書きとめて、皆さんにお読みいただきたいと願っています。主の恵みと平安をお祈り申し上げます。


 2011年5月25日

 


 

2011年5月28日 (土)

予告(後藤敏夫先生の随想)


3月下旬に北海道の余市恵泉塾に到着された後藤敏夫先生が随想をご寄稿下さいました。当ブログとしては感謝に堪えない恵みであります。近日中にアップさせていただきます。


尚、ブログ内カテゴリー「後藤敏夫先生」に収められた随想のバックナンバーもぜひお読み下さい。

 

2011年5月24日 (火)

縄文時代のノコギリクワガタ


奈良の遺跡で縄文時代のクワガタ発見
 ↓
http://www.youtube.com/watch?v=q7AFDlU3Q6g

 

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2011年5月22日 (日)

『空の鳥を見よ』


今から3年ほど前に、「2つの書物」と題したブログを書きました。
 ↓
「2つの書物」

 


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ご存知かと思いますが、昨年10月に、ジョン・ストット著 『空の鳥を見よ』が邦訳出版されました。翻訳は、奈良市の「あやめ池キリスト教会翻訳グループ」の方々によるものです。邦訳書にはDVDも付いています。 ・・・と、ここで業務連絡。教会員の皆さん、間もなく教会図書室に備わります。お楽しみに! でも、個人蔵書やプレゼント用としても素敵ですよ!!

 

   <本の紹介より>
   聖書講解者で有名なジョン・ストットは、世界の9000種の野鳥のうち、
   2500種を観察したという熱心なバードウォッチャーでもある。
   著者は、野鳥観察を通して教えられたことを聖書的な観点からまとめ上げた。
   150点以上の美しい写真と英語訳のDVDが付いている。

 

目次
はじめに

1. カラスの食事:信仰

2. コウノトリの帰巣:悔い改め

3. フクロウの頭:過去と未来

4. スズメの価値:自己評価

5. ハトの水飲み:感謝

6. ハチドリの代謝:労働

7. ワシの帆翔:自由

8. コマドリのなわばり:居場所

9. めんどりの翼:庇護

10. ヒバリの歌:喜び

11. 鳥の繁殖周期:

結び


特別記事
鳥の食物

シロフクロウ

アホウドリ

南極

ペンギン

フラミンゴ

北極の鳥とその生息地

 

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