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2019年11月 8日 (金)

忘れられない経験

 

ベルリン・フィル公演@BBCプロムス(2)

BBCプロムス 2019

 

K. ペトレンコ&ベルリン・フィルが昨年のBBCプロムスで演奏したベートーヴェンの7番がいかに衝撃的な体験だったかを私は述べた。

昨年の K. ペトレンコ指揮ベルリン・フィルによるベートーヴェンの7番などは、私のコンサート歴の中でも屈指の感動の体験であった。ペトレンコが、あのカルロス・クライバーの再来のように思われた。心底感動する歴史的名演は稀有だ。20回いや30回のうち1回あればよい方だ。でも、その心震える1回を求めてコンサートに足を運ぶのである。歴史的名演の場に居合わせた幸運は心に深く刻まれ、一生の思い出となる。

 

『音楽の友』11月号(November 2019 No. 11)の特集に、ベルリン・フィルの2人のコンサートマスター(樫本大進ノア・ベンディックス=バルグリー)へのインタビュー記事が掲載されている。(太字はのらくら者による)

 

ーーお二人がベルリン・フィルで弾いてきて味わった「もっとも素晴らしい瞬間」は何でしょう?

バルグリー 昨シーズンのオープニング、ペトレンコ指揮のベートーヴェン「交響曲第7番」、あれはすごかった。特にツアー最後のロイヤル・アルバート・ホールでの演奏会。あの巨大なホールが、オーケストラと聴衆が一体となったエネルギーと歓喜で満たされて・・・。僕にとって特別な瞬間であり、コンサートだった。もちろん、いいコンサートはほかにもあるし、常にそうありたいと力を注いでいるけど、あれは忘れられません。

樫本 あの公演後のパーティもよかったよね。オーケストラのメンバーとペトレンコさんだけでパーティをやった。とても親密な時間だったな。

 

私の人生で、2005年9月の「山下和仁ギターリサイタル(しらかわホール@名古屋)」と共に、生涯忘れられない経験である。

 

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2019年11月 1日 (金)

NHKはぶっ壊してもいいけど、ぶっ潰さないでほしい

 

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NHKには恩がある。

カール・ベームウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の来日公演を素晴らしい映像と音質で記録してくれたこと、そしてDVDで一般販売してくれたことに、西行法師ではないが「かたじけなさに涙こぼるる」なのだ。

特に1977年の来日公演(画像左)。ベートーヴェンの第6&第5交響曲の演奏は圧巻であった。当時私は中学2年生。高校受験が迫る中でますます音楽(特にクラシックギター)にのめり込む私を心配した父は、ついにテレビの音楽番組視聴を禁じた。(蛇足ながら、中3の1年間はギターも取り上げられた。) そんな父であったが、「ベーム指揮のウィーン・フィルだけは聴く価値あり」と許可してくれたのだった。今は亡き父とテレビの前に座って視た思い出が懐かしい。

1975年の初来日の際、NHKの「教養特集」に夫人とともに出演したインタビューでベームは次のように語っている。ウィーン・フィルの本質を述べていると思う。(余談だが、この時に帯同した若造指揮者がリッカルド・ムーティだった。今では彼は巨匠と遇されている。)

ウィーン・フィルの大きな特色は、彼らが同じ言葉つまりウィーンなまりで話すというだけでなく、音楽的にも同じ言葉を話すということです。

ウィーン・フィルとベルリン・フィルのどちらかと言われると、やはりウィーン・フィルですね。私はオーストリア人ですから。メンバーには30年以上も前からの知り合いもいます。彼らの長所も弱点もよく知っています。
ベルリン・フィルの方もかなり前から知っています。この二つのオーケストラの相違は例えばこういうことです。ベルリン・フィルは要するにプロシア的なのです。本来非常に規律正しい人たちなのです。ですから中位か、またはもっと悪い指揮者の場合でも、演奏は常にある水準を保ちそれより落ちることはない。しかしウィーン・フィルではあまりよくない指揮者が来ると、みんなまったく敬意を払わないし、みんなが言い始める「あのエロイカ(注 ベートーヴェンの交響曲第3番)の第1楽章のテンポは完全にまちがいだ」「それならわれわれの方がよく知っている」。ウィーン・フィルの場合指揮者がよくないとまったくバラバラになってしまうのです。こんなことはベルリン・フィルでではけっして起こりません。ただウィーン・フィルでは、全員がインスピレーションを与えられたときは、本来の姿よりもはるかに偉大なことをやりとげるのです。およそ考えうるかぎりのすばらしいことを実現します。
以下の動画は1977年来日時のベートーヴェン5番(「運命」)。第3楽章終部からアタッカで第4楽章に入る。現代の古楽スタイルの「ダウンサイジング」と異なり、往年の大人数の弦楽と倍管編成の管楽器群。名コンサートマスターの誉れ高かったゲアハルト・ヘッツェルがベームの女房役だ(その横で弾いているのが若きライナー・キュッヒル)。このベーム&ウィーン・フィルの全盛期をNHKはしっかり記録してくれた。また、アーカイヴを一般開放してくれた。公共放送局としての使命をまっとうしていると思う。ぶっ壊す(改革する)必要はあるが、ぶっ潰さないでほしい。

2019年10月28日 (月)

ネバーエンディング・ブレグジット・ストーリー

 

BBCニュース

欧州連合(EU)は28日、イギリスのEU離脱(ブレグジット)期限を2020年1月31日に延期することで合意したと発表した。これにより、10月31日のEU離脱の可能性はなくなった。英下院の当面の焦点は、解散総選挙の動議が可決されるかどうかに移った。

 

もう、どーでもええわ。ミヒャエル・エンデも草葉の陰で呆れる「ネバーエンディング・ブレグジット・ストーリー(はてしない "ブレグジット" 物語)」。

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2019年10月27日 (日)

映画『マチネの終わりに』

 

Gendai-guitar-11『現代ギター』誌11月号(No.674)の表紙はなんと、福山雅治さん。特集が11月1日から全国ロードショーの映画『マチネの終わりに』だからだ。本作は芥川賞作家・平野啓一郎氏の同名の小説を映画化したもの。東京・パリ・ニューヨークを舞台とする切ないラブストーリーだ。主演は福山雅治さんと石田ゆり子さん。

ストーリー(『現代ギター』より抜粋)

世界的なクラシックギタリストの蒔野聡史は、公演の後、パリの通信社に勤務するジャーナリスト・小峰洋子に出会う。

ともに四十代という、独特で繊細な年齢をむかえていた。出会った瞬間から、強く惹かれ合い、心を通わせた二人。洋子には婚約者がいることを知りながらも、高まる想いを抑えきれない蒔野は、洋子への愛を告げる。

しかし、それぞれをとりまく目まぐるしい現実に向き合う中で、蒔野と洋子の間に思わぬ障害が生じ、二人の想いは決定的にすれ違ってしまう。

互いへの感情を心の底にしまったまま、別々の道を二人が辿り着いた、愛の結末とはーー

 

作者の平野啓一郎氏は小説の構想段階からクラシックギタリストの福田進一氏に相談したそうである。福田氏は原作と映画製作のどちらの過程にもかかわっている。福山さんにクラシックギターの稽古をつけたのも同氏だ。またサウンドトラックではギタリスト荘村清志氏と共に演奏を担当している(CD は10月30日発売)。因みに、往年のフランス映画『禁じられた遊び』(1952年)の映画音楽をギター1本で担当したのが巨匠ナルシソ・イエペス(1927ー1997)。荘村清志氏の師匠である。

クラシックギターを弾くましゃ(福山さんの愛称)を観るのも一興である。福山ファンのみならず、一般の人たちにも本作を通じてクラシックギター音楽の魅力に触れてもらえればと願っている。私も必ず観ます。

 

2019年10月26日 (土)

祝 イングランドの決勝進出!

 

ラグビー・ワールドカップ(W杯)。

日本代表が決勝トーナメントから姿を消した今、ロンドン在住の身として応援するのはやはりイングランド代表チームだ。前回大会(2015年)では、開催国でありながら一次リーグ敗退という屈辱を味わった。

本日の対オールブラックス(ニュージーランド代表チーム)戦、球を奪い取った瞬間に攻めに転じるNZの得意パターンを封じる作戦が奏功した。次々にボールに絡みつくディフェンスが光った。

K10012151731_1910261834_1910262003_01_04 試合前、NZのハカに対してイングランドは「Vの字」の布陣を敷いて闘志をあらわした。明日のウェールズ vs 南アフリカ戦の勝者と決勝戦でぶつかる。

それにしてもエディー・ジョーンズ監督(HCヘッドコーチ)である。

彼曰く。

「もし、いいリーダーになりたくて、周りの人のことを本当に考えるのなら、『嫌われる勇気』を持たなければなりません。その人の成長を考えるのなら、ときに感情を揺さぶるような厳しい会話をしなければならない。リーダーになりたいと思ったら、人に好かれようと考えてはいけません。」

ラグビーのHCに限らず教会の牧師やオーケストラの指揮者も同様であろう。但し、エディーが付け加えるように「敬意を持たれることが重要」。<嫌われる勇気>と<カルト化暴走>は時に紙一重である。そこが怖い。履き違えた牧師を私は何人か知っている。

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2019年10月25日 (金)

ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番

 

管弦楽: ロンドン交響楽団

指 揮: アラン・アルティノグリュ

曲 目:・M. ムソルグスキー  歌劇『ソローチンツィの定期市』から「序曲」

    ・S. ラフマニノフ 『ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 Op.18』

              (ピアノ独奏:シモン・トルプチェスキ)

      <休 憩>

    ・M. ムソルグスキー 組曲『展覧会の絵』(ラヴェル編曲版)

日 時: 2019年10月10日 午後7時30分〜

会 場: バービカン・ホール(ロンドン)

 

Img_2846本ブログではキリギリスの姿であるが、本業の牧師という仕事ではしばしば心労で気持ちがひどく落ち込んだり、鬱状態に近くなることもある。陽が短くどんよりしたイギリスの冬の天候はこの傾向に追い打ちをかける。画像の表をご覧いただければ分かるように、宗教家の過労死予備軍率はダントツに高い。医師のそれもかなり高いが、年収も高い(笑) 

Img_5748そういう気持ちが落ち込む時に私が聴く曲はラフマニノフのピアノ協奏曲第2番である。最近は YouTube 等の動画で視聴することが多いが、ステレオで聴きたい時はやはりCDをかける。数多の名演がひしめく中で、私の昔からのお気に入りは、V. アシュケナージが B. ハイティンク指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のバックで弾いた演奏だ。リヒテル盤と双璧だと思う。

この美しい名曲は、ラフマニノフの極度の不振を経て作曲された曲であることは広く知られている。この曲には感動的な物語があるのだ。1897年初演の『交響曲第1番』が批評家たちに酷評され、ラフマニノフは自信喪失から鬱傾向に陥った。当時、ロンドン・フィルハーモニック協会から作曲を委嘱されていたものの、彼は創作不能の状態になり、強度の精神衰弱に襲われた。友人のすすめで精神科医ニコライ・ダーリ博士の催眠療法と心理療法による治療によってラフマニノフは快復へ向かった。ダーリ博士と家族の支えによって立ち直った彼は後にピアノ協奏曲第2番を作曲し、これをダーリ博士に献呈した。どの時代でも「カムバック」は励まされる物語である。

Img_5731Img_5730幸いなことに、実演を聴く機会に恵まれた。この曲は美しい傑作であるが、自身が名ピアニストだったラフマニノフの作曲ゆえに、高度な演奏技巧が要求される。しかし、難曲であることを感じさせない演奏家の超絶技巧と音楽性が無ければ名演は成立しない。ロンドン交響楽団の定期演奏会に客演したマケドニア出身のピアニスト、シモン・トルプチェスキはその期待に見事に応えてくれた。彼はイギリスや欧州大陸ではですでに名声を得ている。サポートするのは将来の巨匠候補指揮者の一人、アラン・アルティノグリュ(アルメニア系家族のもとパリに生まれたフランス人指揮者)だ。

演奏前、ステージ上でトルプチェスキは「本日が誕生日のアランに私の演奏を献げる(注 アルティノグリュの誕生日は実は前日の9日)」とおどけてアナウンス。サプライズに照れる指揮者。笑う聴衆。くだけた雰囲気で始まったが、ピアノ椅子に座ったトルプチェスキは別人の集中モードに入った。あとは終楽章まで圧倒的な技巧と豊かな歌心でこの協奏曲を見事に弾き切った。鳥肌が立った。聴衆はブラボーの連呼とスタンディング・オベーション。滅多に立って拍手しない私も思わず立ち上がってしまった。彼はアンコールに応え、コンサートマスターのローマン・シモヴィッチ(Vn)と二重奏を披露した。

Img_5737ピアノ協奏曲での大興奮はしかし、指揮者のアルティノグリュには少々気の毒だった。この日のメインディッシュ『展覧会の絵』の演奏も十分に佳演だったが、ピアノ協奏曲のトルプチェスキに食われてしまった感がなくもない。終曲「キエフの大門」の迫力がイマイチだった。トロンボーンが3本であったが、やはり(往年のG. ショルティ&シカゴ交響楽団のように)4本にすべきだったろう。トロンボーンが1本加わることで迫力は見違える。

個人的には、ラフマニノフの協奏曲が目当てだったので、それはそれで満足だった。ロンドンの10月は初冬である。気分が滅入る前に名曲の名演を聴くことができて幸いだった。

 

2019年10月19日 (土)

この期に及んで・・

 

採決延期とは。。

英国議会下院のことである。本日10月19日での議場採決がブレグジットの天王山になるはずであった。ボリス・ジョンソン首相とEU首脳会議が合意に達した協定案に対して、保守党を除籍処分された議員たちと野党が結託して採決先送りの動議を提案。動議が可決されたのだ。

はっきり言って、私は再び呆れ果てた。

国民投票から3年以上にわたる英政治の混迷と国民間の分断は、ひとえに国民投票の結果を飽くまで尊重しようとしない残留派議員の保身と彼らを支援するマスメディア、そしてメディアに誘導された一部国民の頑迷さに起因する。

国民投票の結果は、与野党を含む議会で批准された。そして2017年の総選挙では2大政党の保守党と労働党がどちらも国民投票の結果を尊重すると約束した。「彼らは合計80%以上の票を得たが、自由民主党やスコットランド民族党(SNP)といった強くブレグジット反対を表明する党は前回選挙に比べて大幅に票を減らした。つまりブレグジットは、イギリスの伝統的システムにきちんと従って付託の再確認を得たのだ。」(コリン・ジョイス氏が代弁する離脱派の主張 太字はのらくら者による)

飽くまで国民投票と総選挙の結果を受け入れようとしない「ブレグジット阻止派(議員・権力者や富裕層・マスメディア・国民の一部)」が様々な妨害工作を弄している。本日の採決先送り動議や可決もその一環だ。

ボリス・ジョンソン首相が纏めた離脱協定案は、現在の膠着状況下ではよく練られ考えられた案だと私は思う。だから狡賢いEU側(欧州委員会&首脳会議)も認めざる得なかったのだろう。 

英議会で9月に成立した法律は、協定案が19日までに下院の承認を得られない場合、首相が来年1月末までの離脱期限の延期をEUに要請しなければならないと定めている。しかし延長を要請した場合でも、EU側が3度目となる離脱期限の延期を受け入れるかはわからない。拒否した場合、英国とEUの取り決めがないまま、31日に「合意なき離脱」となる可能性もある。ジョンソン首相は採決先送り動議の可決に対して、10月31日の離脱実現に向けて全く退く気が無いことを議会で再度強調した。

「合意なき離脱」の可能性は再び超現実味を帯びてきた。ここしばらくの間、英議会から目が離せない。

 

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2019年10月17日 (木)

ラビ・ザカリアスという人のこと

 

ラビ・ザカリアス(Ravi Zacharias、英語の発音では「ラヴィ・ザカライアス」のカナ表記が相応しい)ってどうですか?」と意味深な質問を受けることがある。インド出身のキリスト教弁証家だ。カナダとアメリカの市民権を有しているらしい。

聞くところでは、昨年秋に彼のミニストリーチームである「RZIM(Ravi Zacharias International Ministries)」と日本の協力教会がお膳立てして初来日が実現したとのこと。関東地方での集会には多くの参加者があり、好評であったと聞いている。だが詳細は知らない。

正直なところ、この話題には触れたくないのだ。ザカリアス師には「経歴(学歴)詐称」の噂がついてまわる。それを告発する在野からの動画が YouTube にアップロードされていることも知っている。RZIM のスタッフはじめ活動を支援する日本の教会関係者たちも当然そういった動画の存在は知っていることだろう。それでもザカリアス師を支持するということであれば、私はもう何も言うことはない。私とは認識やスタンスが異なるからだ。

最初の質問に戻るが、ザカリアス師をどう思うかと訊かれたら私は「胡散臭い」と答えるだろう。アカデミックな経歴は、たとえそれが百歩譲って意図的な悪意がなかったとしても、詐称自体はもとより疑われる言動をしてしまっても「アウト」であるというのが私の認識だ。サッカーのレッドカードに相当する。「アウト」をくらった者は退場するしかない。ザカリアス師の場合、講演や著書で "My days at Cambridge ..." を言い過ぎてしまった。吹聴していたとすら受け取られても仕方がない。"Professor of Oxford" も同様だ。すでに本人も認めているように事実に反していたのだから、彼の過ちは簡単に赦免されてよいものとは思えない。こういう詐称または詐称スレスレのことを平気で言動する人物は、パーソナリティーに何らかの障害があると思われる。適切な治療を受けないうちのカムバックは私には考えられない。従って、(繰り返すが)支持者の方々とは認識やスタンスが異なる。私に言えることはそれだけだ。

ザカリアス師に関しては別の疑惑もあるが、これについては私は正確な情報を持たないのでコメントできない。飽くまで "疑惑" としか言えない。本投稿ではザカリアス師本人及び RZIM が認めたものについてのみ言及した。

 

 

2019年10月 9日 (水)

ティーレマン&ウィーン・フィル公開練習&定期演奏会(1)

 

管弦楽: ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

指 揮: クリスティアン・ティーレマン

曲 目:・A. ブルックナー 『交響曲第8番 ハ短調』(ハース版)

日 時: <公開練習> 

     2019年10月4日 午後3時30分〜

     <定期演奏会>

     2019年10月5日 午後3時30分〜

会 場: ウィーン・ムジークフェライン(ウィーン楽友協会大ホール)

 

Img_5694 信仰のことーー信仰は目に見えないものを確信させるもの(ヘブル書11章1節、II コリント書4章18節)なのでーーは別として、何であれ私が信じるものは第一に自分の目と耳、第二に信頼できる仲間の評判である。クリスティアン・ティーレマンという指揮者の評価について、私はずっと沈黙を守ってきた。CDやDVD、動画等でその演奏には折々に接してきたが、残念ながら今まで生演奏というものを聴く機会に恵まれなかった。演奏だから、自分の耳で生演奏に接し、判断するまで評価はしないと決めていた。今回、ついにその機会に恵まれた。それもウィーン・フィルハーモニー管弦楽団という、ティーレマンと相性の良いしかし独自の伝統の音を堅持するオーケストラとの演奏でであった。

ティーレマンの評価とは、音楽評論家の江藤光紀氏が述べておられることに最大公約数的魅力が集約されているだろう。

同世代指揮者たちはコンクール争いの中でしのぎを削ったが、ティーレマン自身はむしろ19世紀的とも言えるドイツの劇場文化に抱かれつつキャリアを積んできた。両親は大の音楽ディレッタント。本人はヴィオラも学んだが、早くからコレペティトゥーアとして現場で音楽を体に叩き込むと同時に、カラヤンのアシスタントとして指揮も学び始める。

(中略)

その人気の秘密は、温故知新、古いものにあえてこだわるというドイツ的マイスター精神にあるのではなかろうか。伝統の偉大さを肌身で体得した経験は、オーケストラ芸術のトレンドがピリオド奏法の成果を取り込みながら、軽く透明感があり、精密でアップテンポな方向に動いていく中で際立ってきた。

ティーレマンが絶大な人気を得ているのは、昔ながらの重心が低く厚手のサウンドや、磨きこまれた艶やかな旋律美に加え、壮大な音楽をうねらせてオーケストラを、そして聴き手を痺れさせるような陶酔へと誘うからだろう。そのマジカルな力は、例えばフルトヴェングラーもさもありなん、と思わせる伝説の演奏を想起させる。ティーレマンの魅力にはまた、ナショナルなものの放つ妖しさが潜んでいるようにも感じられる。

音楽もグローバル化していく時代に、これぞ保守本流というアピールは、一つのブランドとしても絶大な価値を持つ。古くはシュッツに始まり、ウェーバー、ワーグナーやR.シュトラウスといった偉大な作曲家が活躍してきたドイツ最古のオーケストラ(注 シュターツカペレ・ドレスデン=ドレスデン国立歌劇場管弦楽団のこと)の音楽監督に、ティーレマンほどの適任者はいまい。何といっても彼は、フレーズの一つ一つ、言葉の一言一句に至るまでドイツ音楽を知り尽くしたカペルマイスターなのだ。 (『モーストリー・クラシック』 2019年4月号 Vol. 263、p. 46

 

Img_5727 Img_5726 他方で、ティーレマンの音楽への手厳しい評価や批評が常に付きまとって来たこともまた事実である。それらは音楽雑誌での評論家の批評や愛好家の個人ブログなど枚挙に暇がない。ティーレマンの音楽をどう評価するかは従って、自分の目と耳で確かめるしかない。そう思って私はウィーンに足を運んだ。画像左側は公開練習のチケットとプログラム、右側が定期演奏会のチケットとプログラムである。(続く)

 

 

2019年10月 8日 (火)

ティーレマン&ウィーン・フィルなら、ぼったくり演奏会でも聴く価値あり!

 

先日「ぼったくり演奏会」と題した投稿をした。

前言を一部撤回しなければならない。

その理由は数日内に改めて書く予定。

 

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2019年10月 2日 (水)

ウィクリフ・ホールの同窓会

 

71890597_2441732495879794_69233231317969 去る9月19日にウィクリフ・ホールで同窓会(reunion)が開かれた。オックスフォードでは普通、マトリキュレーション(matriculation)と呼ばれる入学式の年が重視されるが(従って卒業しなかった者や退学者もコレッジの同窓会に招かれる)、ウィクリフ・ホールでは卒業年で同窓会を開いている。今回は1990ー1994年に卒業した人たちが対象の同窓会であった。画像は1991年の秋に撮影されたコレッジ・フォト。この年に入学した者で3年コースを履修したなら卒業は1994年ということになる。最前列の中央は故R.T.フランス先生。著名な新約学者にして当時の学長である。フランス先生から右に4番目の人物がアリスター・マクグラス先生。同じく最前列左端はデイヴィッド・ウェナム先生の奥様であるクレア夫人。その隣がD.ウェナム先生だ。その他、この写真の中には今日では著名な牧師や主教(bishop)、または神学者になっている学生たちも写っている。因みに私は1994年入学、1997年卒業である。

71304080_2441732629213114_91155130900860 71831630_2441732602546450_91931469904881ウィクリフ・ホール内の食堂で食事。昔話に花が咲く。

 

Img_5675デイヴィッド・ウェナム先生もクレア夫人と共に出席された。画像中央の人物がウェナム先生。

 

71094308_2441732069213170_83219042416103現学長のマイケル・ロイド先生(左側)。

 

71908291_2441732349213142_13742735190634真ん中の女性はレイチェル・トレウィーク主教。イングランドのグロスター大聖堂の主教(bishop)である。現ロンドン首座主教のサラ・ムラリー主教と共に、イギリス国教会史上初の女性主教になった。女性初の主教は2015年に誕生した。トレウィーク師は1994年卒業。この年に入学した私と入れ違いだった。因みに '94年卒業生の中には、ロンドン・オールソウルズ教会(故ジョン・ストット師がかつて牧会した教会)で活躍する著名な伝道者牧師、リコ・タイス師(Revd Rico Tice)もいる。

 

2019年10月 1日 (火)

懐かしいトヨタ・スターレットのCM

 

Sportscar_01_img_l懐かしいスターレット・ターボ。EP71 型のスターレットだ。1, 300cc ネット105馬力のターボ車は1986年1月に発売。同じ年の4月に社会人となり、研修期間中に新車を購入(トヨタ・コルサ)。しかしコルサはわずか3ヶ月で手放し、下取りに入れて「韋駄天(いだてん)ターボ」ことスターレット・ターボSを購入した。翌1987年5月に結婚したが、新婚旅行はこのクルマで東北地方に行った(本当は北海道を目指したが途中で挫折)。計画も何も無いハチャメチャの新婚旅行だった。よく離婚されなかったと思う(汗)

 

1988年の大魔神が登場するCMは大好きだった。軽快なメロディーと男声&少年合唱団による歌。いったい誰が作曲したのだろう。ご存知の方がいらしたら教えてほしい。

 

2019年9月21日 (土)

日本から英国を眺めてみる

 

一時帰国中である。日本のテレビ番組、特に報道番組は3日も視ているとそのレベルの低さに呆れてしまったので、自然と英国BBCニュースを衛星放送で視ることになる。それでもBBCワールドニュースには不満で、本当は英国内放送を視たいのだが。。

英国のブレグジット(Brexit)。日本でも報道されているとおり、混乱の極みで私などは今年4月11日の投稿(「英国がドイツの軍門に降った日」)以降、基本的にこの件に関して書く気が失せた。

ボリス・ジョンソン首相も八方塞がりで目下打つ手なし。痛かったのは、英国では2011年の「議会任期固定法」以来、首相の「解散権」が封じられてしまっていることだ。同法によって、内閣不信任決議に対する解散権行使か、下院の3分の2以上の賛成による自主解散によってしか、議会が解散されないことが定められた。ジョンソン首相はこの手枷足枷で解散を打つタイミングを完全に逸してしまった。「合意なき離脱」をさせないことを首相に課すことに成功した野党は安心して解散に同意するようになった(上記の「下院の3分の2以上の賛成による自主解散」)。

翻って日本では、憲法41条で国会が国権の最高機関であることが定められ、67条で行政権を担う内閣総理大臣(首相)は国会の議決で選出されることが定められている。国会が国権の最高機関であり、首相が国会の議決で決められる制度を採りながらも、「三権分立」が担保されるには、首相の「解散権」があればこそである。三権分立のチェック・アンド・バランス(抑制と均衡)は、GHQが意図的にアメリカ流ではなく英国政治を模した制度設計を行ったためであった。

その本家である英国議会が首相から「解散権」を実質的に取り上げてしまった。議会主導とは聞こえはいいが、結局は「船頭多くして船山に上る」であり、何も決められない負のスパイラルに陥ってしまっている。これがブレグジットの現状である。してみると、「決められない政治」の症状は日本だけでないことが分かる。英国もなのだ。しかしその原因は異なる。日本の「決められない政治」の原因はポピュリズム(→「三段論法の功罪」参照)である。

総理大臣から「解散権」を奪うとどれほど国政が混乱するか、英国の現状から日本は学ばなければならない。

Imagehtml「内閣総理大臣の権力とは、とことん突き詰めて言えば、まずは第一に衆院議員全員のクビを一瞬にして切ることができる衆院の解散権である。同時に閣僚や党首脳の人事権は解散権の行使を円滑にするため、表裏一体のものとして欠かせない。結局のところ、この二つをどう有効に行使するかに集約される。一年生議員・小泉は「三木おろし」政局の渦中でこんな冷徹な政治の現実を脳裏に深く刻み込んだのだ。」(清水真人著 『官邸主導 小泉純一郎の革命』 日本経済新聞社 2005年 p. 320)

2019年9月14日 (土)

ロンドンでの『ロンドン』

 

フランツ・ヨゼフ・ハイドン作曲の『交響曲第104番 ニ長調 <ロンドン>』。私の大好きな交響曲の1つだ。中学校入学時、LL(語学学習)機能付きのラジカセを親に買ってもらったとき、付属のデモテープにこの曲が入っていた。第1楽章の親しみやすいメロディーの虜になり、何回も何回も繰り返し聴いた。青春時代の思い出の曲だ。

ハイドンは、ウィーンとロンドンのどちらにもゆかりの深い作曲家だった。その意味で、独断と偏見で私がベストと思う演奏は、2012年のBBCプロムスでのウィーン・フィルのそれだ。指揮者はつい最近引退したベルナルト・ハイティンクさん。コンサートマスターはライナー・キュッヒルさんだ。まさにウィーン・フィルの面目躍如たる演奏! とりわけ輝かしく躍動的ながらそれでいてふくよかな弦楽の響きはこのオーケストラならではの音だ。まさに<歌うウィーン・フィル>、素敵な「ロンドンでの『ロンドン』」の演奏。

第1楽章冒頭の序奏につづき、動画では2分15秒付近から主題が始まる。ぜひ最後まで聴いてほしい。

 

 

 

 

同じ曲を日本のオーケストラの雄、NHK交響楽団が演奏した動画もある。巨匠ヘルベルト・ブロムシュテットさんが指揮する、これも良く出来た演奏だ。悪くない。がしかし、ウィーン・フィルの演奏と聴き比べると響きが何かしらデジタルだ。弦の艶やかさとふくよかさに欠ける。それに視覚的にどうだろう、奏者が体全体で音楽している演奏はどちらだろうか。ぜひ聴き比べ、見比べていただきたい。

 

2019年9月13日 (金)

「当たらずも遠からず」2020年版

 

高校生新聞 ONLINE から抜粋

「英国の教育専門誌タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)は2019年9月12日、世界の大学を研究の影響力や国際性などで順位付けした「世界大学ランキング」の最新版(2020年版)を発表した。世界1位は4年連続で英国のオックスフォード大。日本からは前年より7校多い110校(国立57校、公立11校、私立42校)がランクインした。国内大学の最高順位は東京大の36位だった。日本は200位以内に入ったのは京都大を含む2校にとどまった。

世界のベスト10は米国と英国の大学で占められた。1位はオックスフォード大(英国)、2位はカリフォルニア工科大(米国)、3位はケンブリッジ大(英国)、4位はスタンフォード大(米国)、5位はマサチューセッツ工科大だった。

アジアの国・地域別に上位校をみると、中国の清華大(23位)が最高順位で、中国の北京大(24位)、シンガポールのシンガポール国立大(25位)、香港の香港大(35位)が続いた。中国は81校が、台湾は36校が、韓国は31校がランクインしている。THEによると200位以内に入ったのは中国は7校、韓国は64位のソウル大をはじめ6校、香港は5校で、いずれも日本を上回る。」

 

D552b_1675_e4a8f7fc53ad2554b11afa8cf128dライブドアニュースから抜粋

ぼったくり演奏会

 

今年の11月、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が相次いで来日公演を行う。

 

191107wienerphilharmoniker 東海地方ではウィーン・フィルが11月7日に愛知県名古屋市で、9日に三重県津市で演奏会を行う。名古屋での指揮者は定期演奏会の常連クリスティアン・ティーレマン(今年元旦のニューイヤーコンサートの指揮者)、津市での指揮者は南米コロンビア出身の成長株アンドレス・オロスコ=エストラーダ。因みに、私は先週9月4日のBBCプロムス(ロンドン)でオロスコ=エストラーダ指揮のウィーン・フィル公演(コンマスはフォルクハルト・シュトイデだった。彼は<トヨタ・マスター・プレイヤーズ、ウィーン>で日本の聴衆にもお馴染み)を聴いた。なかなか良い指揮者だったが、外廻り公演はともかく、ムジークフェライン(楽友協会ホール)での定期演奏会の常連となるにはまだまだ修行が必要かと思われた。

 

9aaa31acd18620f060950afeea119ad5 一方、ベルリン・フィルは巨匠ズービン・メータに率いられての来日公演。残念ながら、今シーズンから首席指揮者&芸術監督に就任したキリル・ペトレンコ指揮による来日公演は来年以降となってしまった。名古屋では11月13日の演奏会。

 

これらの二大オーケストラの来日公演でいつも思うこと。超高額なチケット代だ。ウィーン・フィル名古屋公演でのS席は39,000円。ベルリン・フィル名古屋公演S席は43,000円。2つとも聴いたら計82,000円だ。

因みに、ウィーン・フィルのBBCプロムスでの最も高い席は64ポンド(約8,600円)だった。今年2月のロンドン公演(バービカン・ホール)でも80ポンド(約10,700円)だった。ロンドンの相場ではオーケストラ演奏会で80ポンドはかなり高額という感覚。来年6月のニューヨーク公演(カーネギー・ホール)では一番高い席でも255ドル(約28,000円)だ。

正直なところ、日本の聴衆は彼らにとって「いい鴨(かも)」だと思う。日本でぼったくられるより、格安航空券でヨーロッパまで出かけて数公演まとめて聴いた方が安上がりだと思うのだ。ウィーン・フィルはともかく、ベルリン・フィルは定期演奏会の数も多い。チケットもオンラインで手軽に予約できる。おまけに日本まで郵送してくれる。それも勿体なく感じる人は、「デジタル・コンサート・ホール」のネット配信でリアル・タイムでコンサートを鑑賞すればいい。高画質&高音質だ。1年(12ヶ月)契約でも149ユーロ(約18,000円)。契約期間中は全コンサートのライブ・ストリーミングに加え、アーカイヴも視聴し放題だ。

2019年9月11日 (水)

映画『ダウントン・アビー』

 

Downtonabbeymovieposter1558426682 大ヒットドラマ『ダウントン・アビー』の映画版が間もなく英国内で上映される。今週9日にロンドンのレスター・スクエアでプレミア上映が行われた。13日から一般公開される。日本での公開日は未定。

 

 

2019年9月 8日 (日)

ニムロッド

 

先月、娘に第一子の女の子が生まれた。昨年1月に息子夫婦に生まれた女の子に続き、私たち夫婦にとって二人目の孫である。母子共に守られていることを神様に感謝している。妻は従って、娘の産後の手伝いのために日本に行っている。

 

Img_5644ロンドンでの一人暮らし。教会から帰って自分で夕食を作る。食事が終わってテレビをつけるとBBC4チャンネルでプロムス(BBC Proms)の録画が放送されていた。8月13日に行われたBBCスコティッシュ交響楽団の演奏会。

プログラムの終曲はエドワード・エルガー作曲の『エニグマ変奏曲Enigma Variations 正式名は Variations on an Original Theme for orchestra)』だった。『愛の挨拶』、行進曲『威風堂々』、チェロ協奏曲ホ短調らと並ぶエルガーの代表作だ。

主題(テーマ)と全部で14の変奏曲から成るのだが、第9変奏曲の「ニムロッド(Nimrod)」を聴きながら、ハラハラと涙が流れてしまった。

英語の Nimrod とは、旧約聖書・創世記10章8〜9節の人物「ニムロデ」のことである。聖書によると「彼(ニムロデ)はの前に力ある狩人であった」(9節 聖書 新改訳 2017)とある。第9変奏曲のニムロッドとは、エルガーが親しくしていた楽譜出版社員のドイツ人アウグスト・イェーガーに因む。「イェーガー(Jäger)」とはドイツ語で「ハンター」「狩人」「狙撃手」を意味するからだ。

第9変奏曲の「ニムロッド」はこの曲の最も名高い箇所である。単独で演奏されることも多い。本当に気高く美しい曲であり、私も大好きだ。ニムロッドを聴きながら、日本にいる妻と娘そして誕生した孫娘に思いを馳せた。

来週から、私も少し遅い夏休みをいただいて一時帰国する。

 

「ニムロッド」。サー・サイモン・ラトル指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏でどうぞ。

 

ワシル・ロマチェンコ

 

去る8月31日(日本時間9月1日)、ロンドンO2 アリーナワシル・ロマチェンコ vs ルーク・キャンベルの世界タイトルマッチ戦が行われた。

 

ワシル・ロマチェンコウクライナ語: Василь Анатолійович Ломаченко, ラテン文字転写: Vasyl Anatoliyovich Lomachenko、男性、1988年2月17日 - )は、ウクライナプロボクサーオデッサ州ビルホルド・ドニストロフスキー出身。元WBO世界フェザー級王者。元WBO世界スーパーフェザー級王者。現WBAスーパーWBC・WBO世界ライト級統一王者[注釈 1]世界最速の3階級制覇王者。パウンド・フォー・パウンド最強のボクサーとして評価されている。アマチュアでも輝かしい成績を誇り、北京オリンピックフェザー級ロンドンオリンピックライト級で制し、オリンピック2連覇を果たした。アマチュア時代はたった1回しか負けたことがない。プレッシャーをかけ手数を多く出して多彩なテクニックを武器に試合を組み立てる。特にコンビネーションを交えたボディ攻撃が巧い。ボブ・アラムトップランク所属。(ウィキペディアより 太字はのらくら者による)

 

服部聖志の「はてしなきロマチェンコ道」(前編)

 

服部聖志の「はてしなきロマチェンコ道」(中編)

 

服部聖志の「はてしなきロマチェンコ道」(完結編)

 

 

 

 

 

 

ロマチェンコの愛車は三菱自動車製「ランサー・エボリューション(通称 " ランエボ ")」(動画18分15秒付近から)。チューンアップして400馬力にしたとのこと。そういえば婿殿の愛車も" ランエボ " だ。

 

2019年9月 3日 (火)

アディアフォラ(どちらでもいいこと)

 

前回の投稿(N. T. ライト博士、ウィクリフ・ホールの教師陣に)に関して、twitter 上でライト師の肩書き(Senior Research Fellow)に関して「研究員」か「教師」かの議論(?)があると知人からの連絡で知った。拙ブログで「上席主任研究教師」と訳したかららしい。私は twitter は元々やっていないし、Facebook も現在は休止している。外界の情報には疎い。

フェロー(fellow)が研究員か教師か、結論から言えば、オックスフォードの文脈ではアディアフォラ、つまりどちらでもよいと思う。私が「教師」と訳したのは主に3つの理由があった。

①オックスフォード大学の学寮(college も permanent private hall も)で fellow とは通常「教官」とか「教師」を意味する。学内の俗語では「ドン(don)」とも呼ばれる。これはケンブリッジ大学も同じだ。かつてのオックスブリッジでは、コレッジ内に住んで学生たちとまさに寝食を共にする教師であった。これがオックスブリッジにおける fellow の伝統である。

②ライト師の前任の Senior Research Fellow は故マイケル・グリーン師だった。 記憶違いでなければ、師はウィクリフ・ホールのウェブサイトで教師陣の一員(full-time ではなく associate)として紹介されていた。

③上記の①と関連するが、かつての学長(principal、これを「学長」と訳すか「学寮長」と訳すか「校長」と訳すかで揉めるのは愚かだ)アリスター・マクグラス先生は、神学校の教師は単なる情報の伝達者ではなく学生にとっての mentor であるべきことを常々強調されていた。その伝統に立つウィクリフ・ホールが単なる研究職の研究員を置くはずがなく、研究者ではあっても mentor としての教師の役割が期待されていると考える。実際、故 M. グリーン師はそのような係わりをされていたと聞いている。現学長のマイケル・ロイド師も「ライト師の就任が、次世代の教会指導者の育成に大きく貢献することを期待している」(太字はのらくら者による)と述べている。

 

他方、「研究員」と訳し分ける根拠も理解できる。

ウィクリフ・ホールでは通常、教師には tutor という語を用いている。research fellow はそれに対してより自由な環境で研究に従事する者ということなのだろう。これはこれで理解できる。従って、「研究員」と訳すことにも特に異論はない。

 

結論としては、アディアフォラだ。

 

それより、日本のキリスト教界でジェームズ・フーストン師を「オックスフォード大学教授」と紹介していたことの方がより問題であろう。英国の大学での「教授(professor)」職の重みと意味が理解されていない。少なくとも私が留学していた頃までは、オックスブリッジにおける教授職とは「ノーベル賞級」であることが条件であった。フーストン師は fellow ではあったと思う。どこの college(学寮)かは知らないが。

 

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2019年8月22日 (木)

N. T. ライト博士、ウィクリフ・ホールの教師陣に

 

Scholar and theologian NT Wright has been appointed as senior research fellow at Wycliffe Hall in the University of Oxford.

今秋10月1日付で、N. T. ライト博士がウィクリフ・ホール(Wycliffe Hall, Oxford)の上席主任研究教師(Senior Research Fellow)に就任することが発表された。これにより、A. マクグラス& N. T. ライトら現代神学界の両巨頭がオックスフォードに集結する。







 


Wycliffe Hall today announces that the Wycliffe Hall Council intends to appoint NT Wright (The Rt Revd Prof Nicholas Thomas Wright) as Senior Research Fellow at Wycliffe Hall, as of 1 October 2019. NT Wright is currently Research Professor of New Testament and Early Christianity at St Mary's College, St Andrews in Scotland.



Revd Dr Michael Lloyd, Principal of Wycliffe Hall, said:

We are delighted that Tom will be joining us. Wycliffe aspires to be a centre for the intellectual renewal of the Church, and, through the Church, of society. I can think of no one who is better able to help us to make that aspiration a reality. Tom has reshaped the field of New Testament studies, he has defended the historicity of Jesus’ resurrection with a thoroughness and sophistication never before attempted, and his impact reaches far beyond the boundaries of the church by his engagement with the traditional and new forms of media. He will help foster an intellectual fearlessness and a disciplined spirituality in the next generation of church leaders. We look forward to welcoming him and Maggie back to Oxford. 

NT Wright (b.1948), who prepared for ordained ministry at Wycliffe Hall, is one of the world’s leading New Testament scholars, and a world authority on the apostle Paul. Wright is the author of over 80 academic and lay-level books such as Surprised by Hope, The Day The Revolution Began and Paul: A Biography (writing under the name Tom Wright for a general audience). Wright is ordained in the Church of England and, among other roles, served as Bishop of Durham between 2003 - 2010. Since 2010, NT Wright has been Professor of New Testament and Early Christianity at the University of St Andrews. He is much in demand as a lecturer around the world and author of the bestselling For Everyone commentary series and the New Testament For Everyone Bible translation.  In 2018, Wright delivered the prestigious Gifford Lectures, soon to be published as History and Eschatology: Jesus and the Promise of Natural Theology, entitled Discerning the Dawn: History, Eschatology and New Creation.

2019年8月10日 (土)

マエストロ今村との出会い

 

Img_3762Img_3743 「ヨーロッパ キリスト者の集い」(以下「集い」)では欧州各国にある日本語教会の牧師・宣教師の方々そして主にある兄弟姉妹たちとの再会を喜び、豊かな交わりをいただいた。昨年の「集い」はスコットランドのエディンバラで開催された。今年の会場はルーマニア北西部の都市クルージュ・ナポカである。開催準備と期間中の運営をしてくださった川井宣教師&クルージュのルーマニア人現地教会の方々、そして独フランクフルト日本語福音キリスト教会の矢吹牧師と教会員の皆様には深く感謝している。私も微力ながら講演(説教)の1コマを担当させていただいたが、時間の都合で尻切れトンボの結びとなってしまった。申し訳なく思っている。

 

Img_5523「集い」では再会の祝福とともに、出会いの恵みがある。画像の私の隣りに写っているお方を、リュート及びクラシックギター関係者&愛好家の皆さんで知らない人はいないと思う。世界的リュート奏者の今村泰典氏である。今年の「集い」で初めてお会いした。氏は、私のようなド素人ギター愛好家にとってはまさに「雲上人」だ。心からの敬愛を込めて氏をマエストロと呼びたい。ギター界ではおよそ出会う可能性の無かったマエストロに、主イエス・キリストにある兄弟として出会うことが許された。キリスト者としての恵みを噛みしめる思いである。マエストロは古楽界の第一線で演奏及び教授活動に活躍される身でありながら、「スイス日本語福音キリスト教会」の役員を務める忠実な教会員であり、マルチン・マイヤー牧師を支えて教会員のゼールゾルゲ(Seelsorge、魂のケア)に奉仕されている。このブログは未信者の一般ブロガーもアクセスしてくださっているが、もしあなたがリュート/ギター関係者なら、マエストロに会った時、楽器の話だけでなくキリスト教信仰と音楽との関係を話題とされることをお勧めする。あなたのJ. S. バッハ理解の地平が確実に広がるであろう。

 

Img_5527 Img_5528マエストロは私にご自身の最新録音CDをプレゼントしてくださった。聞けば、畏れ多くも、マエストロも以前から私に会うのを楽しみにしておられたとのこと。(そういえば昨年エディンバラでの「集い」では、中高生集会で奥様の葉子夫人と一緒に仕事をさせていただいた。ご主人のマエストロを信仰に導いた、とっても素敵なクリスチャンである。) 

画像をご覧いただければお分かりのように、J. S. バッハによる全リュート曲を収めたCDだ。ヨハネ受難曲やマタイ受難曲でリュートが活躍する場面の曲もカップリングされている。ロンドンに帰宅後の週明けにさっそく聴かせていただいた。バッハのリュート曲は難曲ぞろいであるが、まずテクニックの点でマエストロの演奏は全く危なさを感じさせない。音階やアルペジオの音の粒の揃いをはじめ、左手押弦の正確なポジション移動・右親指による拡張弦の確実な消音・和声の色彩感を醸し出す弾弦法・時代様式を踏まえた装飾音・明確なフレージングのスラー等、音楽を表現するテクニックが申し分ない。拝聴しながら、現代のリュート奏法がここまで向上したのかと感嘆し、今までの経験に基づく自分の先入観(リュート奏者のテクニックはギタリストのそれに比べ劣る)による不勉強を恥じ入った次第。

オリジナルの調性への拘りとそのための工夫(調弦法)にも脱帽だ。各曲の調性を考慮した調弦法と13コース及び14コースの楽器の使い分けも絶妙である。CDに添付されたマエストロ自身による解説に調弦法が紹介されているのは大変有難い。私にとっての圧巻は「組曲ト短調(BWV 995)」だった。これは一般には「無伴奏チェロ組曲第5番 ハ短調 BWV 1011」、ギター界では「リュート組曲第3番」として知られる曲で、バッハ自身がリュート用に編曲している。これにはバッハはト短調(G minor)という調を選んだ。マエストロの演奏はもちろんこの調性で再現されている。楽器と調性の相性の良さに加え、14コースバロックリュートの威力が遺憾なく発揮された演奏である。特にプレリュードとガヴォットは、マエストロの演奏によってバッハの真髄に触れた思いだった。


Img_5547CDの解説で言及されているが、マエストロはヨーロッパ各国の図書館や博物館に所蔵されている原典譜のファクシミリを取り寄せ、綿密な校訂によるオリジナル譜の再現に努めた上でバロックリュート用の「タブラチュア譜」(楽器固有の奏法を文字や数字で表示した楽譜。一般には TAB 譜という名称で知られている)を作成された。CDに収められた全曲がドイツの Tree Edition 社から出版されている(→http://www.tree-edition.com)。私もさっそく注文した(数日後には届く予定)。入れ替わるタイミングで、なんと、マエストロはメールで PDF 版を添付して送ってくださった。ご厚意に深く感謝しつつその一部を画像で紹介させていただく。上記「組曲ト短調(BWV 995)」プレリュード(前奏曲)の冒頭部分である。フランス式タブラチュア譜(押弦ポジションを数字ではなくアルファベットで表記)と2段の五線譜が並記されている。五線譜は上段がハ音記号譜、下段がヘ音記号譜だ。ヴィオラを弾く人には馴染みあるハ音記号譜だが、私のようなド素人にはちょっと読みづらい。マエストロは実音表記の方法を採られているからだ。ギターで弾く場合、必ずしも実音表記には拘らないので(ギターの普通の譜面はそもそも実音と楽譜表記ではオクターブ異なる)、上段部は個人的に(ギター演奏用 後述)ト音記号譜に置き換える予定。

 

Img_2688_20190810092801 来春、日本に帰国したら愛器の13弦ギターでマエストロ編曲のバッハ・リュート曲集に挑戦したい。久々に生活のモチベーションが上がってきた。余談だが、精神科医の和田秀樹氏によると、男性は中年期から男性ホルモンが減少して意欲減退、人付き合いを敬遠するようになるらしい。逆に女性は中年期から男性ホルモンが増えて意欲的、活発になるとか(→https://toyokeizai.net/articles/-/292399
)。つまり私のような50代の男性は物事に消極的になる傾向がある。いただいた信仰をイエス様に感謝しつつ、バッハのように音楽でも神をほめ頌えたい。そのようなモチベーションを高めてくださったマエストロ今村の編曲と名演奏、そして何よりマエストロとの出会いを与えてくださった主なる神様に感謝したい。

 

 

テオルボ(大型のリュート族の撥弦楽器)でバッハの「無伴奏チェロ組曲第3番 BWV 1009」からプレリュードを弾くマエストロ。野武士のような佇まいの演奏がカッコイイ! 拡張弦(番外弦)を弾く右親指の動きはいちいち見ていては弾けない。「心眼」で弾くのだ。

2019年8月 7日 (水)

BBC Proms バイエルン放送交響楽団

 

管弦楽: バイエルン放送交響楽団

指 揮: ヤニック・ネゼ=セガン

曲 目: ・L. ベートーヴェン 『交響曲第2番 ニ長調 Op. 36』

       <休 憩>  

    ・D. ショスタコーヴィチ 『交響曲第5番 ニ短調 Op. 47』

日 時: 2019年7月30日 午後7時〜

会 場: ロイヤル・アルバート・ホール(ロンドン)

 

Img_5530 Img_5531_20190809100301 今年初のBBCプロムス(以下プロムス)のコンサート。昨年9月の千秋楽(Last Night Concert)以来のロイヤル・アルバート・ホール(RAH)で懐かしい。プロムスとはBBC(英国放送協会)が主催する夏のロンドンの音楽祭で、7月中旬から9月中旬までのおよそ2ヶ月間、ほぼ毎日クラシック音楽を中心にコンサートが催される。約6千人を収容する RAH は独特で華やかな雰囲気に包まれている。

 

Img_5541バイエルン放送交響楽団はドイツのミュンヘンを本拠地とする南ドイツの雄たる名門オーケストラ。現在の首席指揮者はマリス・ヤンソンス。このコンビは実に相性が良いようだ。しかしヤンソンスの夏季療養のため、今宵はピンチヒッターとしてヤニック・ネゼ=セガンが指揮台に立った。

プログラムはベートーヴェンとショスタコーヴィチの交響曲。ベートーヴェンは18世紀後半から19世紀前半に活躍した作曲家、ショスタコーヴィチは20世紀の旧ソ連の作曲家である。一見、脈絡が無いように思われる両者だが、「交響曲」と「弦楽四重奏曲」の分野で比類無き作品群を残した点で両者は共通している。ショスタコーヴィチは、ベートーヴェン以後、ブルックナーと並んで最も偉大な交響曲作曲家であることは衆目の一致するところであろう。

 

Img_5538 Img_5542ベートーヴェンの2番もショスタコーヴィチの5番もどちらも快演であった。ほぼ満席のロイヤル・アルバート・ホールは聴衆の熱い拍手とブラボー、そして彼らが床を踏み鳴らす地響きのような称賛で溢れた。

RAH は音響の改善を行ったのであろうか。気のせいか、昨年よりオケの音がダイレクトに客席に届くようになったと感じられた。ということで、事前予約した4公演に加え、新たに2公演のチケットを購入した。演奏者や演目は以下のとおりである。

8月10日
エサ=ペッカ・サロネン指揮  フィルハーモニア管弦楽団
  曲目
  ・J. ブラームス 『ハイドンの主題による変奏曲 Op. 56a』 
  ・R. シュトラウス 『4つの最後の歌 Op. 27』(ソプラノ独唱:Lise Davidson)
    <休 憩>
  ・A. ブルックナー 『交響曲第4番 変ホ長調 <ロマンティック>(ノヴァーク版)』
 
9月10日
セミヨン・ビシュコフ指揮  チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
  曲目
  ・B. スメタナ 歌劇『売られた花嫁』から序曲と3つの舞曲
  ・P. I. チャイコフスキー 歌劇『エフゲニー・オネーギン』から「手紙の場」(ソプラノ独唱:Elena Stikhina)
    <休 憩>
  ・D. ショスタコーヴィチ 『交響曲第8番 ハ短調 Op. 65』

 

 

 

 

2019年8月 4日 (日)

ブダペストは美しかった

 

「ヨーロッパ キリスト者の集い」が7月28日に終わって早1週間が経過した。

期間前の2泊、期間後の1泊の合わせて3泊をハンガリーの首都ブダペストで過ごした。1984年2月と翌年の同月、学生時代の私は当時まだ共産圏だったハンガリーを訪れている。34年ぶりのブダペストだったが、「ドナウの真珠」は相変わらず健在であった。神聖ローマ帝国そしてハプスブルク帝国の面影を今に伝える美しい街だ。

ブダペストに泊まるなら、少し奮発してもドナウ河畔のペスト地区に建つ「インターコンチネンタル・ホテル」に宿泊したい。リバーサイドビューの部屋であれば、窓からドナウ川と対岸のブダ地区の壮麗な景観を堪能できる。そして夏季であれば、夜はぜひドナウ川のナイトクルーズを楽しみたい。Booking.com が奨めてくれたのは1時間のクルーズ、ソフトドリンク付で一人17ユーロ。これで十分だ。因みに、お金を出せば豪華ディナー付クルーズもある。

ハンガリーは EU 加盟国だが、ユーロ通貨圏ではない。以前からの通貨「フォリント」が使われている。従って、物価が安い。ユーロ通貨圏になった国々ではことごとく物価が上がった。以前は物価が低かったイタリア・スペイン・ポルトガルなど南欧諸国もユーロになってから軒並み物価が上がった。その点、ハンガリーとかルーマニアは昔のままだ。特に食材や外食の値段が抑えられているのがうれしい。ハンガリーの料理は本当に美味しいが、ロンドンに比べたら半額という感覚だ。

残ったフォリントは敢えて再両替しなかった。いつかの再訪を期待しているので。

 

Img_5515 Img_5492昼間のブダ王宮(ホテルの窓から)と夜にライトアップされたブダ王宮(ナイトクルーズで撮影)。

 

Img_5516ドナウ川と対岸のブダ地区。くさり橋やマーチャーシュ教会、漁夫の砦などが一望できる。

 

Img_55111ハンガリーの国会議事堂。壮麗な建築だ。ロンドンのウェストミンスター(国会議事堂)を手本としたらしい。確かに似ている。

 

2019年7月20日 (土)

夏休みの読書

 

来週25日(木)から28日(日)まで、3泊4日の日程で在ヨーロッパ日本語諸教会のリトリート「ヨーロッパ キリスト者の集い」がルーマニア北西部の都市クルージュ/ナポカで行われる。妻そして教会員とともに参加する。私たち夫婦は初日の2日前にロンドンからハンガリーの首都ブダペストに飛び、2泊した後、陸路(長距離バス)でクルージュ/ナポカに向かう(約8時間!)。ブダペストは学生時代、まだ共産圏だった東欧諸国を旅した際、各国への拠点として滞在したことがある思い出の地だ。34年ぶりの再訪。

28日に長距離バスで移動後再びブダペスト泊し、翌29日にロンドンに戻る。30日(火)の晩は「BBCプロムス 2019」のバイエルン放送交響楽団のコンサート。指揮者はマリス・ヤンソンスの予定だったが、健康を慮っての休養のため彼は今夏の予定はすべてキャンセルした。代わってヤニック・ネゼ=セガン(Yannick Nézet-Séguin)が指揮することになった。メインのショスタコーヴィチの交響曲も第10番から第5番に変更された。ネゼ=セガンはフィラデルフィア管弦楽団音楽監督とニューヨークのメトロポリタン歌劇場音楽監督を兼務するとともに、ベルリン・フィル客演の常連であり、欧米の一流オケで活躍する乗りに乗っているカナダ人指揮者だ。現在44歳。ヤンソンスの降板は残念だったが、代役がヤニック・ネゼ=セガンなら何の不満もない。

31日は、今年度から始まったロンドン北部の家庭集会。数名の求道者の参加もあり、教会員参加者も合わせて10名前後で聖書研究会を楽しく行っている。8月は主日礼拝以外は基本的に(有志の祈祷会を除いて)教会活動はお休みとなる。牧師にとってはしばし充電の期間となる。

今夏の読書に選んだのは、4月に邦訳が刊行されたジェームズ・D. G. ダンの大著『使徒パウロの神学』(浅野淳博訳 教文館)。邦訳では本文や脚注の他、事項索引・文献索引も含め全974頁のボリュームとなった。本を持つだけで重たい。P. シュトゥールマッハーの聖書神学の本も読み続けているので、夏季だけで読み切るのは無理だろう。原著は1998年の出版だ。邦訳のタイミングだけを見るなら「今さら?」という感じだが、しかし、この大著を翻訳してくださった浅野教授(関西学院大学)の労には心からの感謝と敬意を表したい。

 

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2019年7月19日 (金)

大嶋さんの新著

 

Oshimasan読みたいと思っていた本がようやく手元に届いた。さっそく吸い込まれるように目を通した。聖書の中に「後の者が先になり、先の者が後になる」という主イエスのことばがあるが、著者の大嶋さんと私の関係はまさにそのとおりである。私は彼より年長で、KGK主事会でも先輩ではあったが、今では説教者として彼が遙か先を走っている。本書を一読してその感をさらに強くした。大嶋さんの著書はほとんど読んで来たと思うが、個人的には本書が一番好きだ。

正しく問うことは大事だ。問いの中に答えがすでに含まれているからだ。その意味で、冒頭から大嶋さんは正しく問うている。つまり説教において「届く」とは何か?である。大嶋さんの答えは明快だ。エマオの途上の二人の弟子の体験(ルカの福音書24章)になぞらえ、

・・・、つまり聖書の説教が「届く」とは「イエスだと分かる」ということです。説教の目的は、イエス・キリストご自身と出会うことです。そして説教が「届く」とは、キリストにお会いし、「イエスだと分かった」体験だと言うことができるのだと思います。(pp. 10-11)

と述べる。これ以上に明快な回答があるだろうか。心からアーメン!である。

本書の各論では随所で著者とは真逆の見解ではあるが、だからこそ、大いに勉強になったし、啓発された。その説教観は全体的にオランダ改革派の匂いがするし、カール・バルト→ルドルフ・ボーレン→加藤常昭ラインのヨーロッパ大陸神学のテイストを感じる。しかしそのような神学的テイストを超えて、大嶋さんの20年に及ぶ大学生伝道の現場で鍛えられた洞察は説得力に満ちている。

他方、多少批判がましい感想を正直に打ち明けるなら、中野 雄氏が『指揮者の役割 ヨーロッパ三大オーケストラ物語』(新潮選書)で記した次の箇所を思い出してしまった。

最近は意識的に問いかけをやめているが、以前はよくウィーン・フィル現役や OB の友人・知人に「小澤征爾という指揮者をどう思うか?」という質問を私は発した。最も印象的な回答は、温厚で実力派の首席奏者の口から発せられた、「小澤は優秀な指揮者だ。しかも大変な勉強家だ。しかし、その勉強の成果を俺達に披露してくれなくてもいい」という一言だった。悪意のいささかも感じられない語調であったが、微笑む眼の奥に宿る鋭利な光を私は見逃さなかった。(同書 p. 56)

中野氏は、ウィーン・フィル首席奏者のこの一言が、晩年の小澤征爾が指揮棒を持たなくなったこと、そして 2002年のウィーン・フィル ニューイヤー・コンサートで小澤が鮮烈デビューを果たし、CD の売り上げも空前の興行的成功をおさめたにもかかわらず、何故か「二度目を」との声がかからなかった理由を察するヒントになったことを示唆している。

私には、本書の大嶋さんが「指揮棒を持つ小澤征爾」に見えてしまう。本書に関して、唯一の消極的感想である。大嶋さんはもっともっとビッグになれるはずだ。

 

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2019年7月17日 (水)

性格描写か行動規範か

 

ヤンキー牧師こと敬愛するM先生がブログを更新しておられた頃、ある記事にコメントさせていただいたことがあった。今から11年近く前のことだ。私は以下のようなことを書いたらしい。太字はM先生による。

「牧師の仕事は24時間」とは、牧師職の《性格描写》であるが、《行動規範》ではない。

これが私自身の理解です。
ロイドジョンズ師の名著(と言うより説教集)、『山上の説教』上下からのインスピレーションです。(マタイの福音書5章38節~の講解と記憶しています。)

私も牧師として、緊急時(とりわけ訃報や危篤)に24時間態勢で備えております。先月の夏休み中にも葬儀がありました。しかし、それはむしろこの職務の光栄であり、主のもとに召された方の最後の証しをお手伝いさせていただく意味で、大きな喜びであります。24時間態勢の職務を光栄と喜びとする点で、牧師職の性格描写なのです。訃報だけでなく、緊急の相談等もこれに類します。

他方、「月曜日は牧師の休日」と散々アナウンスされているのに、緊急でもないことで平気で電話をかけてこられる方や、アポなし訪問をされる方(残念なことに常習性があります)は、牧師は24時間態勢で働いて当然と思っておられるようです。つまり、行動規範と見なしているのです。「牧師の仕事は24時間」が行動規範として要求され続けると、牧師はいつか燃え尽き、行き詰まるでしょう。

同じ言葉を使っていても、それを性格描写と理解するか、それとも行動規範と理解するかで、意味がまったく違ってきます。

 

私見だが、団塊世代及びそれより上の世代の信徒たち、特に牧師たちの中に、《性格描写》と《行動規範》を履き違えておられる方が多いように見受けられる。いろいろな教派や教会から、牧師の世代交代がうまく行っていない悲鳴が聞かれる。M先生は拙コメントに応答して次のようにまとめておられる。傾聴すべき助言ではないか。

一部の牧師(と牧師夫人)は、牧師の24時間態勢は行動規範として捕らえ、際限なく教会員の要求に応答し、疲弊し、さらに本来の働きのための時間を奪われています。そして、そうした要求に応えることが献身的であると信じています。逆にそうでなければ、献身者失格とさえ考える方々も。

「牧師の仕事は24時間」とは、
牧師職の《性格描写》であるが、《行動規範》ではない。


 私はこれは、牧会の極意聖書的な献身観、さらにはイエス・キリストが模範として生きられた時間管理の原則ではないかと思います。読者の皆さんがご自身の立場で、受け止めてくだされば感謝です。

2019年7月10日 (水)

後ろ髪を引かれる思い

 

今年度いっぱいで職を辞する旨、先週土曜日の教会年次総会で正式に表明させていただいた。

ある使命を請け負っての赴任であったが、神様のあわれみにより、この3年間でほぼ責任を果たせる見通しとなった。教会員もそれを認めてくださったことは感謝に堪えない。おかげで辞職願は穏便に受理され、役員会からの提案どおり「牧師招聘委員会」が設置される運びとなった。

来春に帰国する。私の基本的な立場は以前の投稿で書いたとおりだ。

どんな境遇にあっても

嫌いなものが2つある。しがみつくこと、群れること。教会員との関係も良好なロンドンでの働きから去ることは「後ろ髪を引かれる思い」である。しかし、しがみつく気は毛頭ない。教会の新しい歩みに現任者がまとわりつくは見苦しき限りだ。

また、日本に帰っても群れる気はない。「和を以て貴しとなす」は大いに尊重するが、「付和雷同」はごめんだ。前者の「和」とは即ち「協調」であり、それは「安易に調子を合わせるのではなく、お互いに納得いくまでしっかり議論するべき」という意味もある。後者は単なる迎合だ。かつての超音速旅客機コンコルドの名称はフランス語の「協調」である。しかし開発にあたって、英仏の技術者たちは侃々諤々の議論を重ねたという。翻って、日本のキリスト教会(教界)の同調圧力に不安がないと言えば嘘になる。

それはともかく、帰国後しばらくは休養と充電の期間が許されればと願っている。ここ十数年は日本でもイギリスでも「戦時の牧師」「乱世の牧師」であった。ブログではキリギリスのように振る舞ってきたが、実際の働きは忍従のアリであった。

ブログでアリの姿を語っても読者にはおもしろくないので、今後もキリギリスのように振る舞おうと思う。しかし断っておくが、それは飽くまで私の仮の姿である。今までの人生、企業時代であれキリスト教会であれ、すべて「円満退社」してきたことが唯一の誇りだ。働きを評価していただいた結果と思って感謝している。とはいえ、それらもすべて主のあわれみによる。謙って今後の導きを祈り求めたい。

 

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2019年6月30日 (日)

映ってます(笑)

 

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動画の中で。1分20秒頃からちょっとだけ。

客席にいます。

ダニエル・ハーディング指揮のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団。

G. マーラーの『交響曲第1番 <巨人>』第1楽章のコーダ部。

指揮者・オケ共に気合いの入ったいい演奏でした。今年3月のことです。

 

2019年6月29日 (土)

ジェレミー・ハント英国外務大臣

 

英国保守党の党首選は、保守党下院議員による投票の結果、10名の候補者が2名まで絞られた。ボリス・ジョンソン氏(55歳。前ロンドン市長、前外務大臣)とジェレミー・ハント氏(52歳。現外務大臣)である。これから全国約16万人の保守党一般党員によって決戦投票が行われる。新しい党首イコール新首相である。この党首選は即ち「めざせダウニング街10番地」なのだ。

最大の政治的懸案である「ブレグジット(EU からの離脱)」をめぐっては、ジョンソン氏は以前から「合意なき離脱」も辞さない強硬派である。一方、ハント氏は離脱延期も視野に入れる穏健派と目されていたが、最近は離脱期限の10月31日までに EU と合意に至らなければ「合意なき離脱」もやむを得ないと立場を変えてきている。保守党下院議員による最終投票ではジョンソン氏が160票、ハント氏が77票と、ジョンソン氏が圧倒的優位に立っている。下馬評では、一般党員による投票でも結果は変わらないだろうと見られている。しかし最近になって、ジョンソン氏にタブロイド紙ネタ(日本で言うワイドショーネタ)のスキャンダルが報道されたりして若干風向きが変わってきた。

 

ジョンソン氏は名門イートン校からオックスフォード大学に進んだ超エリートコースの経歴ながら、エリートらしからぬボサボサ頭と軽妙な話術、型破りな人柄で庶民の間でもカリスマ的人気を得ている。英国で「ボリス」というファーストネームで呼ばれる唯一の政治家と言ってよい。時に型破りが過ぎて「英国のトランプ(米大統領)」とも揶揄される。ジョンソン氏が保守党党首に、つまり首相になるという見通しが高まったことは、英国のエリート層にとって悪夢に近い。英国の公人で「あれほど嫌われている人間」は見当たらないと、彼の友人すら認めるらしい。

 

D4lzys_wkae2jqs D4lzytawsaavhc8 対立候補のジェレミー・ハント氏もオックスフォード大学卒(C. S. ルイスが教官をしていたモードリン・コレッジ出身)で、学生時代から保守党員として活躍している。前のキャメロン政権でも現在のメイ政権でも閣僚を務めている。この人のキャリアで興味深いのが、1990年から2年間、日本で英語教師を務めた経歴があることだ。堪能な日本語を話す。今年4月に外務大臣として来日した際は、日比谷高校で学生たちを前に日本語で授業をした。奥様は西安出身の中国人だ。中国の首脳陣との会談で誤って「私の妻は日本人です」と言ってしまった失敗談は英国ではマスメディアから「外相としてみっともない」と辛辣な批判を受けた。

次の英国首相は未来のための候補ではなく、ブレグジットによる国民分断という現状で「現在の特異な状況を収拾する候補」(マット・ハンコック保健・社会福祉相・談)が求められると言われる。私見では、この点でボリス・ジョンソン氏よりジェレミー・ハント氏の方がまだマシと思うだけでなく、やはり将来の国際関係を展望し、とりわけブレグジット後の日英関係の深化を見据えるなら、ハント氏には善戦してほしいと思う。選挙には「番狂わせ」がつきものだ。ハント氏自身も、番狂わせを期待して選挙運動に励んでいるに違いない。

 

 

2019年6月28日 (金)

日韓首脳会談

 

 

きょうからG20サミットが大阪で始まる。

日韓首脳会談。

お・も・て・な・しの日本政府の立場は、

 

お・こ・と・わ・り

 

お断りー。

 

尚、画像と本文は関係ないことをおことわりしておく。

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2019年6月22日 (土)

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会

 

管弦楽: ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

指 揮: アンドリス・ネルソンス

曲 目: ・A. スクリャービン 『ピアノ協奏曲 ヘ短調 Op. 20』

                (Pf:ダニール・トリフォノフ

       <休 憩>  

    ・D. ショスタコーヴィチ 『交響曲第11番 ト短調 <1905年>』

日 時: 2019年6月21日 午後8時〜

会 場: フィルハーモニー・ホール(ベルリン)

 

ピアニストのダニール・トリフォノフ。ステージ・マナーは現代っ子だが、腕前は超一流であった。スクリャービンのピアノ協奏曲がこんなにいい曲だったとは。。かのリムスキー=コルサコフがオーケストレーションにケチつけたとのことだが、オーケストラは十分綺麗に鳴っていたぞ。

 

ショスタコーヴィチの11番。第2楽章は「セルゲイ・エイゼンシュテインが監督したサイレント映画『戦艦ポチョムキン』の一シーンであり、映画史上屈指の名シーンとして知られる『オデッサの階段』において伴奏音楽として使用された著名な楽章」(以上ウィキペディア)。最終楽章でベルリン・フィルのパワーが炸裂。やっぱ、このオーケストラ凄いわ。昨年のBBCプロムスでボストン交響楽団を振ったネルソンスのショスタコ2番を聴いているが、相変わらずネルソンスのショスタコはいい。

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2019年6月20日 (木)

ベルナルト・ハイティンクの引退

 

Img_4177 我が「BBCプロムス 2019」のハイライトは、9月3日のウィーン・フィル公演。クラシック音楽ファンには周知のニュースだが、オランダの巨匠ベルナルト・ハイティンクが、9月6日のスイス・ルツェルンでの演奏会をもって引退することが正式に発表されている。2019ー2020年シーズンのどのオーケストラにも客演する予定が入ってなかったので「もしや」と予想したファンも少なくなかったのではと思われる。画像は昨年6月7日のロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団演奏会(アムステルダム)で撮ったもの。この翌日、彼は舞台で転倒した。

Img_54459月3日のプロムス(ロンドン)がイギリスでの最後の公演になる。今年のプロムスの最大の話題となるであろう。チケットはもちろん即完売であった。見るにはやや遠いが、Stalls 席が入手できただけでも有難い。当日のプログラムは以下のとおり。

・ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番 ト長調

・ブルックナー:交響曲第7番 ホ長調

 ピアノ:マレイ・ペライア
 管弦楽:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 指揮:ベルナルト・ハイティンク

 

マエストロ・ハイティンクとしての最後をしっかり見届けたいと思う。それにしても長い間、本当にご苦労様でした。

 

尚、9月6日のルツェルン公演は、曲目・演奏者ともすべてプロムスと同じである。

 

2019年6月17日 (月)

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会

 

管弦楽: ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

指 揮: ズービン・メータ

曲 目:・W. A. モーツァルト 『交響曲第29番 イ長調 K. 201』

    ・W. A. モーツァルト レチタティーヴォ「幸せの影よ」
               ロンド風アリア「私はおまえを残して行く」
               (以上 K. 255)
                --------------
               歌劇『ポントの王ミトリダーテ』(K. 87)から
               レチタティーヴォとアリア「行かねばなるまい-- しかし、どこへ--すでに私の眼に曇りはない」(ファルナーチェ)
                --------------
                        劇場セレナータ 『アルバのアスカニオ』(K. 111)から
               アスカニオのアリア「いとしい人よ、遠くにいても、あなたの徳はわが恋に火をつける」
               
                    (カウンターテナー:ベジュン・メータ)
       <休 憩>
   
    ・I. ストラヴィンスキー バレエ音楽『春の祭典』

日 時: 2019年6月17日 午後7時30分〜

会 場: ウィーン・ムジークフェライン(ウィーン楽友協会大ホール)

 

Img_5429 オーストリアのウィーンに妻と一緒に来ている。

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(以下ウィーン・フィル) 2018ー2019年シーズンの最後の定期演奏会。指揮者にズービン・メータ、またメータの親戚筋にあたる今をときめくカウンターテナーのベジュン・メータを客演に迎えてのモーツァルト作品の前半、そして後半は対照的なストラヴィンスキーのバレエ音楽『春の祭典』を据えてのプログラム。

ウィーン・フィルのメンバーは、全員が「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」の団員である。公務員としてシーズン中はほぼ毎日のように歌劇場のオーケストラ・ピットでオペラやバレエの音楽を演奏する彼らが、自主的に好きな音楽を奏でる同好会(フィルハーモニー)として結成したのがウィーン・フィルの起源である。国立歌劇場管弦楽団の選抜メンバーがウィーン・フィルとして、本業と掛け持ちで演奏会を行うのだ。1842年の結成以来、この伝統がずっと守られている。歌劇場での仕事が多忙なため、ウィーン・フィルの定期演奏会は年に10回ほど。彼らは首席指揮者や常任指揮者を置かないので、ウィーン・フィルを振る指揮者はすべて客演である。一人の指揮者につき通常、土日のマチネ(昼公演)と月曜日のソワレ(夜公演)の3回の演奏会が行われる。指揮者にとってウィーン・フィルの定期演奏会に招かれることは超一流の証しであり、世界中の指揮者の憧れの的である。何しろ年に10回程度の公演なのだ。

ウィーン・フィルの本拠地は国立歌劇場から徒歩で5、6分のところにある「ムジークフェライン(楽友協会)」。その大ホール(Grosser Saal)は、アムステルダムのコンセルトヘボウ、米ボストンのボストン・シンフォニー・ホールと並んで「世界3大コンサートホール」と賞賛される良質の音響を誇る。ウィーン・フィルの定期演奏会は楽友協会ホールで開催される。同じウィーン市内にある「コンツェルト・ハウス大ホール」が主催する演奏会も年に何回かあるが、これは定期演奏会ではない。

 

Img_5432-2 楽友協会ホールでは他のオーケストラや演奏者の演奏会も行われる。これらのチケットは一般に売り出され、入手可能である。また、コンツェルト・ハウス主催で行われるウィーン・フィルの公演も同じく一般に売り出され、(競争率は高いものの)入手可能だ。しかし、楽友協会ホールで行われる定期演奏会のチケットは非売品である。どういうことかというと、定期演奏会のチケットに限っては「会員制」となっていて、一般に向けて販売されることはないのだ。会員となるためには、ウィーン・フィル宛に入会希望の手紙を書き、少なくとも10年以上は待たないと会員権を取得できないと言われる。定期演奏会はこれら会員にしかチケットは行き渡らない。そして会員制はほぼ世襲である。しかし画像に写っているのは紛れもない定期演奏会のチケット(ソワレ公演)と当日のプログラムであり、会員でない私たち夫婦はこの演奏会に行ったのだ。どういうことか? 実は、会員権を持つ人でも年10回ほど行われる定期演奏会のすべてに出席できるとは限らず、その場合の空席分がキャンセル・チケットとなって市場に出回るのだ。この「おこぼれ」が出たとき初めて、非会員の一般愛好家がチケットを入手するチャンスが訪れるのである。長年の人脈と経験で、これら「おこぼれ」を相当の確率で入手できるチケット代理店がある。そういう代理店に予約を入れ、辛抱強く待ってようやく定期演奏会のチケットが手に入るのだ。しかしこの経緯でお分かりのように、座席をピンポイントで指定はできない(ある程度の座席ブロックの希望は伝えられるが)。良い席に当たるか、あまり良くない席にあたるかは、まさにそのときの「運」である。

 

Img_5411 Img_5397-2「おこぼれ」といえば、マタイの福音書15章に登場するツロ・シドンでのカナン人の女性のことば「「主よ。そのとおりです。ただ、小犬でも主人の食卓から落ちるパンくずはいただきます。」(同15章27節)を思い起こす。今回、手にすることができたチケットはパンくずどころか、Parterre(パルテレ、平戸間席)左方(Links)の2列目という願ってもない良席であった。実は同じ平戸間でも最前方に Cercle というブロックがある。ステージから前3列目までの席だ。日本では特等のS席のような場所だが、楽友協会ホールに限らず、ヨーロッパでは前列席は音響的にやや劣るという認識があり、従って料金も少し安い。Parterre は、Cercle の後方、つまり4列目からである。即ち Parterre の2列目とは、実際には舞台から5列目ということになる。私にとっては視覚的にも聴覚的にも願ってもないほどに有難い席だった。観るによし、聴くによしである。この続きはロンドンに戻ってから書くことにする。

 

PS. 続きを別スレで書くつもりだったが、本業が多忙となった。仕方ないので、残りの画像を以下に貼り付けておく。一言だけ。ウィーンという街にある楽友協会ホールでウィーン・フィルが奏でるモーツァルトはやはり絶品だ。ウィーンと我が故郷・名古屋は「偉大なる田舎」という点で似ている。ウィーン・フィルには、いつまでも偉大なる田舎のオーケストラであってほしい。(NHK交響楽団の篠崎史紀コンマスは、ウィーン・フィルの他に「シカゴ交響楽団」と「サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団」を<世界三大田舎オーケストラ>と呼ぶらしい。)

 

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2019年6月16日 (日)

M. パラウのギター協奏曲

 

愛読させていただいているブログ(「ベレザールの日記」)にうれしい投稿があった。

コンチェルト・レヴァンティーノ

 

ブログ主のU氏と個人的な面識はないが、私は一方的に存じている。中学生の頃(今から40年以上前!)、名古屋のギター&マンドリン専門店「ムジークゾリステン」の店内コンサートでのU氏ともう一人のギタリストT氏との二重奏を今でも鮮明に覚えている。荒井貿易の荒井社長(当時)の解説付きで素晴らしい演奏会であった。また、名古屋のギタリスト高岡 誠さんは、どうやらU氏と私の共通の知人のようである。

それはともかく、まずは上記のブログを読んでいただきたい。そして埋め込まれている動画から、まずはナルシソ・イエペス演奏の方を聴いてほしい。

コンチェルト・レヴァンティーノ、スペイン語発音ではコンシエルト・レバンティーノ。邦訳としては「東方の協奏曲」だろうか。レバンティーノ(levantino)とは名詞 "levante" を形容詞化したものである。スペイン語の動詞 "levantar" は「起こす、上げる」、再帰動詞 "levantarse" は「起きる、上がる」の意味であるがゆえ、太陽が上るつまり "日出ずる方角" から levante とは「東方」を意味する。曲調からオリエントの香り、東洋的な趣向を感じるが、「東方」とは中近東というより、中世に長らくイスラム教徒の支配を受けたスペインにその影響と色彩が色濃く残っていることから、スペイン東部地方を意味すると思われる。

 

Img_5379 この曲についてU氏は「中学生の時に聴いたアランフェス協奏曲に比べ、当初はなんとも地味な曲だなあという印象を受けたが、その後じわじわとこの曲の魅力に気付かされ、今でもギター協奏曲の中ではアランフェスを凌ぐ名曲だと思っている」と書いておられるが、私も全く同感である。私の独断と偏見であるが、ギター協奏曲の真の傑作は、メキシコの作曲家マヌエル・ポンセの『南の協奏曲(Concierto del Sur)』とスペインの作曲家マヌエル・パラウの『東方の協奏曲(Concierto Levantino)』だと思っている。前者については中学生の頃、ジョン・ウィリアムス独奏&アンドレ・プレヴィン指揮ロンドン交響楽団によるLPをそれこそレコード盤が針で擦り切れるほど聴きまくった。後者(つまりパラウの協奏曲)については同じく中学生の頃に関心を持ったが、生憎この時はナルシソ・イエペスがソリストをつとめた国内盤LPが絶版であった(U氏は 1965年頃に国内盤LPを入手されたとのこと)。仕方なく私は当時名古屋の新栄の近くにあった輸入レコード店「小池レコード店」を訪ね、知る人ぞ知るあの頑固オヤジ小池氏の説教をそれこそ3時間以上聞かされてようやくアメリカ盤LPを仕入れてもらった経緯がある。『南の協奏曲』のLPレコード同様、この曲もレコード盤が擦り切れるほど繰り返し何度も聴いた。幸いどちらも後にCDが出た。画像はイエペスによるCD盤である。 

『南の協奏曲』も『コンシエルト・レバンティーノ(東方の協奏曲)』も曲名に方角が関係していること、作曲家のファースト・ネームが「マヌエル」であることなど共通しているが、もっと大事な共通点は、曲の成立にあたってギタリストが深く関わっていることであろう。普通の作曲家はクラシックギターについて殆ど知識がない。従って、ギタリストに助言が求められる。というより、ギタリストの側が作曲家にギター曲の作曲を依頼するので、自ずとその過程で作曲家からの質問に答えたり、技巧上や音楽上の助言をすることになる。『南の協奏曲』の作曲にあたっては、巨匠アンドレス・セゴビアがポンセに入念なアドバイスをしたし、パラウの『東方の協奏曲』ではナルシソ・イエペスが(一説には名匠レヒーノ・サインス・デ・ラ・マーサも)深く関わったと思われる。楽器の名手の助言や意見が採り入れられることで、作品が楽器の特性や長所が活かされたものに仕上がる。『南の協奏曲』も『東方の協奏曲』もその良い例だと思う。

一方、ダントツの知名度を誇るロドリーゴの『アランフェス協奏曲』は、音楽的な深みや一般受けする親しみ易さではもちろん一流作品であるが、ギターの特性や長所が活かされている作品かと問われれば私は「うーん・・」としか答えようがない。セゴビアも指摘するように、高音域を多用するギター・パートは耳にキンキン響き(特に第1楽章)、ギターが悲鳴を上げているようだ。だからジョン・ウィリアムスなどはそういう箇所をわざとオクターブ下げて弾いている。『アランフェス協奏曲』はロドリーゴ自身の純粋作品というより、ギター・パートをレヒーノ・サインス・デ・ラ・マーサが腕試し的な技巧を駆使して作り、それにロドリーゴがオーケストレーションを施したのではないかとすら思われる。

 

Img_5382 話を『コンシエルト・レバンティーノ(東方の協奏曲)』に戻すが、U氏が「何故か日本ではあまり知られずにいる」と述べる理由の1つとして、スコア(楽譜)が貸出(レンタル)専用で販売されていない事情があると思われる。著作権上の事情、または出版社として採算が合わない作品は出版&販売せず、レンタル専用とすることがある。上記の『南の協奏曲』も、ギター・パート譜やオーケストラ譜をピアノ用に編曲したギター&ピアノ伴奏譜はアメリカの出版社から販売されているが、オーケストラ用スコアは依然としてレンタルである。パラウの『東方の協奏曲』は販売用譜面は一切なく、版権を持つスペインのエディシオネス・ムシカーレス・マドリッド社(Ediciones Musicales Madrid)が演奏者にレンタルしている。レンタル専用の楽譜は普通、演奏を企画するオーケストラ団体などが出版社にレンタルを申請するが、他にもレンタルの方法がある。「研究用」と称して日本の楽譜出版社を仲介としてレンタルを申請する方法である。私も以前にヤマハや全音楽譜出版社等を通じてレオナルド・バラーダのギター協奏曲やレオ・ブローウェルの第1ギター協奏曲のスコアをレンタルさせていただいたことがある。『東方の協奏曲』は、日本では確か全音楽譜出版社が仲介してくれるはずだ。レンタル料と送料及び返却用の送料はもちろん自己負担だ。レンタル譜が興味深いのは、多くの場合が作曲家の自筆譜の複写であったりファクシミリであったりすることだ。現代のようにパソコン・ソフトで譜面を書いてないので、肉筆の楽譜から作曲家の息吹きを感じる。その他、現代のネット環境では、出版社と契約を結んだ仲介者が有料で「閲覧」(事実上のダウンロード)を提供するサイトもある。中には違法な無料ダウンロードを提供するサービスもあるので、アップル・ストアなど信用できるサイトからのアプリの利用をおすすめする。

Img_5381 『東方の協奏曲』は故ナルシソ・イエペスがギター譜の運指を施している。彼が好んだ1つの指で複数音を急速に弾くアルペジオが多用されたり(特に第1楽章のカデンツァ 画像参照)、第2楽章冒頭のメロディーはP指(親指)で(恐らく琵琶の撥のように腕を動かして)弾くことを指定しているなど、イエペスらしくて興味深い。余談だが、第2楽章は日本人には何かしら懐かしいメロディーである。ギターのカデンツァに続く主題再現部の盛り上がりとオーケストラによる呼応には思わずグッときてしまう。ところでギター協奏曲の第2楽章には名曲が多い。『アランフェス協奏曲』も第2楽章が最も有名だが、他にも例えば、サルバドール・バカリッセ(Salvador Bacarisse)による『ギター小協奏曲』の第2楽章(「ロマンサ(Romanza)」という副題あり)は、かつて女子フィギュアスケートの1996年世界選手権大会(ミシェル・クワンの演技)でBGMとして用いられた(途中からは違う曲)。この音源はナルシソ・イエペスがドイツ・グラモフォンで録音したものである。下の動画は、ナルシソ・イエペスがオドン・アロンソ指揮スペイン放送管弦楽団とバカリッセの協奏曲を弾いた貴重な記録である。1970年代の録画と思われる。第2楽章は8分45秒付近から始まる。第1楽章もよい曲なので、できれば最初からの一聴をおすすめする。翻って、いつか日本人スケーターがパラウの『東方の協奏曲』第2楽章の東洋的なメロディー(特にコーダ部)をBGMに採用してくれないだろうか。

 

 

 

2019年6月11日 (火)

真のプロを目指す留学

 

日本から海外留学を目指す若者が激減しているという。

もしあなたが「その分野の真のプロを目指す」意思と覚悟があるなら、イギリス留学をお薦めする。

 

Nanny01 ニューズウィーク日本版」より。

"ジャネット・ローズ校長にとって、時代に即したカリキュラムは自慢の種だ。ローズに言わせれば、ノーランド出身のナニーはメリー・ポピンズであり、ジェームズ・ボンドでもある。"

"1年生のニアブ・フィッシャーがノーランドを選んだ理由はシンプルだ。「最高(のナニー) になりたかった」"

 

英王室のお墨付き 「ポピンズでボンド」な教育のプロを輩出するノーランド・カレッジで教えられること

 

この記事の原題は The "James Bond" Nanny。痛快ではないか。

イギリスでは「真のプロ」を育成する専門教育機関があらゆる分野にある。

神学校(神学教育)も例外ではないのだ。

 

 

2019年6月 8日 (土)

いつかきた道

 

日本人にとっての「いつかきた道」がドイツの政界で起こりそうらしい。

 

ドイツ在住の作家川口マーン惠美さんブログから引用する。なお、太字と赤字はのらくら者による。

 

現在、ドイツでそれに変わって驀進しているのが、前述の通り緑の党だ。彼らの主張が成功を収め過ぎたらしく、選挙前の調査では、ドイツ国民の一番の関心事は、経済でもなければ、難民でも、治安でも、エネルギーでもなく、気候温暖化問題だった。

どうすれば、我々の「惑星」を救うことができるか!? しかも、今すぐに行動に移さなければ、取り返しのつかないことになるのだと、多くの人が信じている。

もちろん、それに与しない人もいるのだが、そういう声は、緑の党の応援団と化している主要メディアには無視される。

たとえば、シュピーゲル紙の元編集長で、現在はDie Welt紙(主要保守系紙)の発行責任者であるシュテファン・アウスト氏は、「気候温暖化をめぐる大騒ぎはまったくもって過剰」といいつつ、しかし、現在は、このヒステリーが去るのを待つしかないと、かなり諦め気味だ。

しかも、彼の予想では、ドイツ人は他国の人たちに道徳のお手本を示すことが自分たちの役目だと思い込んでいるので、気候温暖化防止に飽いたら、次の獲物を見つけて、同じことを繰り返すだろうと皮肉った。

 

<中略>

 

さて、こうなってくると興味深いのは、SPDが大連立を解消するかどうかだ。

解消だとすると、CDUは、緑の党とFDP(自民党)と連立を組み直すか、あるいは、総選挙のどちらかになる。しかし、総選挙はCDUに取って命取り。その場合、おそらく緑の党が第1党になり、第2党のCDUと連立し、緑の党の首相が誕生する。

緑の党が政権をとれば、国民の喜びは絶頂に達するだろうが、ドイツの産業は急降下するだろう。なんとなく、2009年の日本の民主党政権成立と、その後の悪夢を思い出す。

ドイツに「政治の危機」と言われることはこれまでにも何度かあったが、ここまで救いようのない状態になったのは、少なくとも1990年に東西ドイツが統一してから初めてではないか。

ただ、読者は信じないかもしれないが、メルケル首相は緑の党の隠れシンパだ。緑の党の主張は、難民受け入れも、脱原発も、同性婚も、メルケル氏によってことごとく実現された。ドイツでは、政治と産業界はスクラムを組んでいるのが、これまでの伝統だったが、今や産業界は悲鳴を上げ始めた。CDUがここまで左傾すると、その変貌にもう付いてはいけないと。

6月4日、ドイツ産業連盟の総会に招かれたメルケル首相は、これまでにない強い批判を受けた。同連盟の会長がスピーチで、「率直に言わせてもらうが、ドイツ政府の行ってきた政治は、産業界(の利益)を損なった」。

それに対してメルケル首相も大いに反論していたが、ドイツの女帝メルケルに対して、産業界の代表がここまではっきり物を言ったということだけで、前代未聞の出来事だ。

しかし、メルケル首相はなんと言われてもへっちゃら。偉大な首相としての任期はもう残りわずか。母国ドイツに、瓦礫の山と強大になった緑の党を残して、有終の美を飾るだろう。

 

日本ではキリスト教出版社からメルケル首相の回想録が邦訳出版されて、牧師や信徒がもて囃しているそうな。キリスト教界の左傾化も救いようがない。Die Welt 紙のシュテファン・アウスト氏ではないが、私も「このヒステリーが去るのを待つしかないと、かなり諦め気味」だ

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2019年6月 6日 (木)

D-デイ(D-Day)

 

Worldleadersdday75 Dday_2018_updated 本日6月6日は、ノルマンディー上陸作戦の75周年記念日である。D-デイと呼ばれるこの日は、1944年6月6日、第二次世界大戦中にナチス・ドイツ占領下のヨーロッパに連合国軍が侵攻を開始した「オーヴァーロード作戦の開始日である。75周年を記念する前日の5日には、イギリス南部のポーツマスで式典が行われ、エリザベス英女王はじめトランプ米大統領やメイ英首相及び各国首脳(ドイツのメルケル首相も)、そして第二次世界大戦を戦った退役軍人たちが集まった。

 

 

Img_5375 アリスター・マクグラス先生は著書『キリストの死と復活の意味』(いのちのことば社 1995年刊)で、キリストの復活をめぐる新約聖書と第二次世界大戦(特にD-デイ)との間にある並行関係について述べている。以下に同書から引用する。

 

イギリスの C. S. ルイスやスウェーデンのアンダース・ニーグレンらの傑出した著者たちが、この問題を理解する上での良い助けを示してくれています。新約聖書と第二次大戦との間にある重大な並行関係に気づいたのです。キリストの死によって得られた罪に対する勝利は、ナチスの支配下にあった国を解放することに似ています。想像力を働かせて、支配を加えてくる力がどれほど邪悪で恐ろしいものかを感じる必要があります。この異質なものの影におびえながら、毎日を生きなければなりません。この骨身にこたえるような状況に、希望は全くありません。策はないのです。誰にも打ち破る力はないからです。

そのとき、衝撃が走るようなニュースが届きます。はるかかなたで戦闘がありました。戦争の流れは、ともかくも変わったのです。新たな局面が始まり、支配権力は混乱状態です。主力が破られました。時の経つのにしたがって、ナチス軍はヨーロッパ全土から追い出されるでしょう。しかし、まだナチス軍は、侵略した国に残っています。

ある意味で状況は変わっていません。しかし、より重要な意味では、状況は完全に変わってしまいました。勝利と解放の気配が漂っています。心の状態は全く変わってしまうのです。ある人と会ったことを思い出しますが、その人は、シンガポールにあった日本軍の捕虜収容所に捕虜として捕らえられていました。その人が私に話してくれたことです。捕虜の一人が(その人は短波ラジオを持っていました)1945年の半ばに日本軍の戦争をする意志がついえたことを知ったとき、収容所の雰囲気が驚くほど変わってしまった、というのです。収容所にいる人はみな、まだ捕虜のままでしたが、敵が打ち破られたことを知りました。解放は時間の問題でした。捕虜たちは、すでに解放されたかのように泣いたり笑ったりし始めたということです。

第二次大戦の終結は、1944年ノルマンディーに上陸拠点を設けてから1年後です。しかし、客観的な変化は、戦場においてはすでに始まっていたのです。それに伴い、捕虜となった人々の心や思いの中には主観的な変化が起こりました。今の私たちも同様です。ある意味においては、勝利はまだです。しかし、別の意味では勝利しているのです。死や罪など、すべての悪や圧迫するもろもろの力に対して神は完全に勝利してくださったと、復活は、前もって宣言しているのです。敵の主力は打ち破られ、私たちは、今からこの勝利に照らされながら生きることができるのです。敵の圧迫という長いやみには終わりが来ることを覚えつつ。 (アリスター・マグラス(マクグラス)著 笹岡 靖訳 『キリストの死と復活の意味』 pp. 57-59

 

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2019年6月 4日 (火)

BBCプロムス 2019

 

先週、日本を国賓として訪問したトランプ米大統領。今週はイギリスを訪問中である。国賓待遇だ。昨日はエリザベス女王との会見と歓迎晩餐会、本日はメイ首相との会談だ。(日本にそしてイギリスに出没するトランプ氏。それぞれで公式行事までこなして、タフだなー。) 野党・労働党党首のコービン氏は晩餐会をボイコット欠席したし、ロンドン市長のカーン氏はツイートで悪態をついた。ロンドン市内でもトランプ氏来英の抗議デモが派手に行われている。トランプ氏をめぐる日英の対応の違いが興味深い。官民挙げての歓迎ムードで飽くまで「ポチ」の日本と、特別な関係の同盟国ではあっても腹に一物あれば物申すイギリスの政治家や民間人。しかしこれは国民性の違い云々ではなく、突き詰めれば先の大戦の敗戦国と戦勝国の違いであろう。イギリスは旧連合国としてそして国連安全保障理事会の常任理事国として(少なくとも表向きは)アメリカとは対等の立場であるが、日本はそうではない。国際社会の中ではこの「身分制度」をヒシヒシと感じる。

 

さて例によって「そんなことよりパンツミー」。そんなことより「BBCプロムス 2019」だ。(BBCプロムスについてはバックナンバーの「BBCプロムス 2018」 を参照のこと) 

 

Img_5339 Img_5342 昨年は奮発して6公演+ラストナイト(千秋楽)に行ったが、今年は4公演のみとし、ラストナイトの抽選にも応募しなかった。去る5月11日の午前9時(英国時間)からオンライン申し込みが開始されたが、時間きっかりにアクセスしたにもかかわらず、すでに 2, 189人待ちであった(画像左側参照)。画像右側の「あと4人」の表示まで、45分も待たされた。昨年も同様だった。人気の高い公演の良い席(座席をピンポイントで指定できないので、正確には「良い座席エリア」)はまさに争奪戦である。(因みにチケットを確保した後、午前10時過ぎに再アクセスした時は 15, 000人待ちの表示であった!) 

 

会場のロイヤル・アルバート・ホールは6千人を収容する巨大ホールであり、コンサート専用施設ではないので、音響に恵まれているとは言い難い。特に2階席以上になると音が散ってしまい、よほど力量のあるオーケストラでないと満足の行く音楽を楽しめない。にもかかわらず、このプロムスで数々の歴史的名演が生まれてきたことも事実なのだ。例えば、古くは 1990年8月10日の小澤征爾指揮サイトウ・キネン・オーケストラによるブラームスの1番など。これはDVDで視聴することができる。サイトウ・キネンの分厚い音はプロムスの聴衆を圧倒した。昨年の K. ペトレンコ指揮ベルリン・フィルによるベートーヴェンの7番などは、私のコンサート歴の中でも屈指の感動の体験であった。ペトレンコが、あのカルロス・クライバーの再来のように思われた。心底感動する歴史的名演は稀有だ。20回いや30回のうち1回あればよい方だ。でも、その心震える1回を求めてコンサートに足を運ぶのである。歴史的名演の場に居合わせた幸運は心に深く刻まれ、一生の思い出となる。

 

今年行く公演は以下のとおり。

マリス・ヤンソンス指揮  バイエルン放送交響楽団
  曲目
  ・L. ベートーヴェン 『交響曲第2番 ニ長調』
    <休 憩>
  ・D. ショスタコーヴィチ 『交響曲第10番 ホ短調』
 
アンドリス・ネルソンス指揮  ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
  曲目
  ・J.S. バッハ 『幻想曲 ト短調 BWV 542』
  ・J.S. バッハ 『カンタータ 147番より2曲 BWV 147』
  ・J.S. バッハ 『前奏曲 変ホ長調 BWV 552』
  ・J.S. バッハ 『コラール集から第1曲「目覚めよと呼びわたる物見の声」 BWV 645』
  ・J.S. バッハ 『フーガ 変ホ長調 BWV 552』
    <休 憩>
  ・A. ブルックナー 『交響曲第8番 ハ短調(1890年版)』
 
ベルナルト・ハイティンク指揮  ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
  曲目
  ・L. ベートーヴェン 『ピアノ協奏曲第4番 ト長調』 独奏者:マレイ・ペライア
    <休 憩>
  ・A. ブルックナー 『交響曲第7番 ホ長調(ノヴァーク版)』
 
アンドレス・オロスコ=エストラーダ指揮  ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
  曲目
  ・A. ドヴォルザーク 交響詩『真昼の魔女』
  ・E. コルンゴルト 『ヴァイオリン協奏曲』 独奏者:レオニダス・カヴァコス
    <休 憩>
  ・A. ドヴォルザーク 『交響曲第9番 ホ短調 <新世界より>』
 
以下の画像は昨年の「ラスト・ナイト(千秋楽)」での模様。アンドルー・デイヴィス指揮のBBC交響楽団。
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2019年5月24日 (金)

メーデー、メーデー

 

Theresa-may-stepping-down 本日(5/24)、テリーザ・メイ(Theresa May)首相は6月7日に保守党党首を辞任することを発表した。党首辞任とは事実上の首相職辞任である。午前中、首相官邸前で辞意を告げるスピーチをした折、最後の言葉は嗚咽(おえつ)となった。公約したブレグジットは実現せず、英国では10年くらいは普通に勤める首相職をたった3年ほどで辞めなければならないほどに追い込まれた我が身の不遇を思う時、さぞ悔しかったであろう。しかし冷酷ではあるが、政治家とは結果がすべてである。どんなに頑張った努力したと叫んでも、結果を出せなければ失格の烙印を押されるのが政治家の宿命である。日本と違い欧米の政界、とりわけプラグマティズム(実用主義・現実主義)の傾向が強い英国にあっては、「使えなければ取り替える」が大方の民意だ。政治家もそれはよく分かっている。

本日の報道はこのニュースで持ちきりであった。その意味でまさに「メーデー(May Day)」だったが、別に5月1日(メーデー)だった訳ではない。Mayday(メーデー)とは、無線電話で遭難信号を発信するときに国際的に使われる緊急用符号用語である。「フランス語の「ヴネ・メデ(venez m'aider)、即ち「助けに来てくれ」に由来する。一般に人命が危険にさらされているような緊急事態を知らせるのに使われ、警察、航空機の操縦士、消防士、各種交通機関などが使う」(以上、Wikipedia より)。

 

世界的に有名な語学学校ベルリッツ(Berlitz)のCMをご存知だろうか(YouTube の動画参照)。場面はドイツの沿岸警備隊の基地。上司と勤務交代する不安げな新米警備員。上司が去った後、英語の緊急無線が入る。「メーデー、メーデー、我が船舶は沈没中(sinking)! 救助を要請!」。狼狽する新米警備員はたどたどしい英語で応答する。"What are you sinking (thinking) about ? " sink(沈む) と think(思う・考える) の区別がつかない警備員(爆) 英語ができないとね、とのベルリッツからの勧誘CMである。

このCMと本日のメイ首相の姿が重なってしまった。「メーデー、メーデー、私は沈没中・・」 あとはご想像にお任せする。

 

2019年5月23日 (木)

英国政府から日本人旅行者への福音

 

 

Heathrowbordercontrol ロンドンの国際空港、とりわけヒースロー国際空港の入国審査は世界的に悪名が高かった。EU 諸国及び若干の他のヨーロッパ諸国の国民以外、原則すべての外国人旅客は審査官による入国審査を受けなければならない。世界トップクラスの発着便数に加え(2013年まで国際線利用者数は世界一の空港だった)、旅行者には世界一厳しい入国審査。日本からの直行便はすべてこの空港が発着のため、画像のような長蛇の列に遭遇した経験を持つ方もおありだろう。審査官との対面まで1時間待ちはざらで、時には最高2時間半待ちの憂き目も。毎度、約12時間のフライトを終えてからの長蛇の列には心底うんざりしたものだ。エコノミークラスの疲れ、時差ボケ、空港内の長距離の歩行、入国審査前の長蛇の列、そして審査官による尋問のような入国審査。まさに拷問であった。

他方で、永住権保持者や就労ビザ取得者等、一定条件を満たした外国人には(出身国は限定されている)、「登録旅行者制度(Registered Traveller)」という特別措置がある。この制度の利用者は、審査官による対面審査が免除され(入国カードの記入も不要)、EU 諸国民と同様に「自動化ゲート(e-Passport)」を利用できるサービスである。オンラインによる申請&許可から1年間有効で、初回は70ポンド、翌年の更新から50ポンドを支払う。私たち夫婦も「背に腹はかえられぬ」で、この登録旅行者制度を申請し、利用してきた。おかげでこの2年間、同じ日本人でありながら長蛇の列に並ぶ同胞を横目に、スイスイと自動化ゲートで入国審査を済ませてきた。変な優越感に浸ったものだ。

ところがここにきて、日本の一般旅行者にとって大いなる<福音(良き知らせ)>が英政府からもたらされた。同時に、登録旅行者制度の恩恵に浴していた者たちはその恩恵を失うことになった。思えば、これもブレグジットの恩恵である。英国政府は、EU 諸国+α 優遇から、日本やアメリカをはじめとする「これからの貿易推進諸国」優遇へと舵を切ったのだ。

以下、在英国日本国大使館領事班から受信したメールを原文のまま引用し紹介する(画像は別)。

 

Airportpassportcontrolmachine1068x623 5月20日より,日本のIC旅券保持者で,航空機や鉄道を利用して英国に入国する12歳以上の方は,自動化ゲートの利用が可能となりましたので,お知らせいたします。ただし,一部例外となる場合もありますので,ご注意ください。

1.5月20日,英国政府は,オーストラリア,カナダ,日本,ニュージーランド,シンガポール,韓国及び米国の7カ国のIC旅券保持者で,航空機や鉄道を利用して英国に入国する18歳以上の方を対象として,入国時における自動化ゲートの利用を可能にするとともに,入国カードの提出を廃止しました。
 また,12歳から17歳の方についても,自動化ゲートの利用対象となる大人に同伴される場合には,同様に自動化ゲートの利用が可能とのことです。

2.ただし,自動化ゲートを利用した場合,英国の入国印は押印されません。英国の入国印がないことにより,行政手続き等で何らかの不便が生じる可能性も否定できませんので,入国印を必要とされる方は,有人の入国審査カウンターにて入国審査官に相談するようにしてください。

3.更に,次の方々については,引き続き入国審査官による入国印の押印を受ける必要があると案内していますので,ご注意ください。
(1)滞在予定が6ヶ月未満の短期留学生の方
(2)滞在予定が3ヶ月未満のTier 5(Creative and Sporting)の滞在資格の方
(3)滞在予定が1ヶ月未満の専門的職業(Permitted Paid Engagement)での滞在資格の方(https://www.gov.uk/permitted-paid-engagement-visa
(4)EEA(European Economic Area,欧州経済領域)国籍者の家族で,永住目的で入国する方

4.詳しくは,英国政府発表の次のウェブサイトをご覧の上,ご質問やご不明な点がある場合は,英国内務省入国管理局へお問い合わせください。
https://www.gov.uk/government/news/government-expands-use-of-epassport-gates-to-7-more-countries

 このメールは,在留届にて届けられたメールアドレス,「たびレジ」本登録及び「たびレジ」簡易登録をされた方のメールアドレスに配信しています。既に英国にお住まいではなく,在留届が出されたままになっている方は,本メールに返信の形で結構ですのでお知らせください。また,「たびレジ」簡易登録をされた方で,メールの配信を停止したい方は,以下のURLから停止手続きをお願いします。
【たびレジ】https://www.ezairyu.mofa.go.jp/tabireg/simple/delete

在英国日本国大使館領事班
電話:020-7465-6565(代表)

2019年5月22日 (水)

独り言

 

スペインの作曲家フェデリコ・モレノ=トローバ。彼がギターのための作曲した組曲『スペインの城』の中の1曲「トリーハ(Torija)」。美しい曲だ。副題に「哀歌(Elegia、エレヒア)」とある。

曲の冒頭、メロディーが「この道」(作詞:北原白秋、作曲:山田耕筰)に似ている。

♪ この道は いつかきた道 ああ そうだよ ♪

 

私が知っているT教会。 ♪ この道は いつかきた道 ああ そうだよ ♪ 

学ばない教会だ。。哀歌。

 

 

2019年5月20日 (月)

めざせダウニング街10番地

 

英政府・与党保守党と最大野党・労働党による欧州連合(EU)離脱の行き詰まり打開に向けた協議が17日、決裂した。メイ首相は6月初旬に離脱案の4度目の議会採決を予定していたが、野党の協力は得られず、ほぼ否決される見通しとなった。これに先立つ5月16日、「1922年委員会」との会合を持ったメイ首相は、6月上旬までに辞任日を明確にする約束をしていた。5月上旬の地方選挙で、保守党は 1,300 議席以上を失う大敗を喫していたからだ。一昨年の下院選挙でも保守党は議席を減らしているので、「メイ首相では次の総選挙は勝てない」と与党議員たちは公然と「メイ降ろし」を主張するようになった。英議会は完全に「政局」に入ったと言える。ブレグジット(EU 離脱)に関しては、上記のとおり離脱案が否決された場合、英国に残された選択は「ノー・ディール(合意無き離脱)」か「再度の国民投票」に絞られると思う。(個人的には、ノー・ディールでも、英国は EU から離脱した方がよいと考えている。そもそも、それが3年前の国民投票での結果であり、民意であった。)

 

折しも、今週23〜26日にかけてEU 各国では欧州議会選挙が行われる。英国では23日が投票日だ。これは EU(欧州連合)に加盟している国が欧州議会に派遣する議員を選出する選挙だが、本来予定どおり3月29日に(または4月12日に)英国が EU から離脱していれば参加する必要のなかった選挙であった。ご存知のように、現時点での離脱予定日は10月31日となったので、わずか半年ばかりの任期の議員の選挙を英国は行う羽目になってしまったのだ。この選挙での有権者によるトップの支持政党は、あのナイジェル・ファラージ氏(元「英国独立党(UKIP)」党首)が結成したその名も「ブレグジット党」である。5月9日の時点で、世論調査会社「ユーガブ」が実施した調査では、既存の2大政党(保守党・労働党)の支持率を足してもブレグジット党の支持率に届いていない。躍進ぶりがお分かりいただけるであろう。こんな議員たちが英国から欧州議会に送り込まれては、これからの EU のビジョンや政策が妨害されはしないかと EU 首脳部や官僚たちは戦々恐々に違いない。いずれにしても、欧州議会選挙ではファラージ氏は「台風の目」の存在だ。

 

Img_5359 政局の関心はもちろん「次の首相は誰か?」である。依然、保守党が多数党なので、保守党党首イコール首相となる。ただ昨年末、与党から提出された党首不信任案は否決されたので、1年間はメイ氏が党首に残る権利は実は担保されている。そうであるはずなのだが、与党内でメイ降ろしが叫ばれるとは、党規を変更してでも党首の首をすげ替える機運が党内には満ちているということだ。完全な政局である。

「次期首相は誰か?」ということは、ジェフリー・アーチャーのベストセラー小説『めざせダウニング街10番地』の世界になってきたということである。ダウニング街10番地とは、首相官邸のことである。この小説は、自身も下院議員の経験を持つアーチャーが、首相の椅子を目指す政治家たちの出世レースをリアルにそして生き生きと描いた作品であった。日本語版は、外国人には不可解な英国政界の制度や習慣を描いた箇所に著者が手を加え「単純化」したアメリカ版に拠っている。原作は四つ巴の出世競争であるが、アメリカ版及び日本語版では三つ巴の政争として描かれている。原題は "First Among Equals" 。元々はラテン語の primus inter pares で、「同輩中の首位の者」という意味である。イギリス国教会のカンタベリー大主教も First among equals という位置づけになっている。政治の世界ではずばり「首相」を意味している。2019年版のリアルな「めざせダウニング街10番地」では、果たしてどんなドラマが繰り広げられるのだろうか。

 

 

2019年5月15日 (水)

アブダクション(仮説推量・仮説生成)

 

The-territories-of-human-reason 昨日、レディングでの家庭集会の後、例によってオックスフォードに行った。ブラックウェル書店でアリスター・マクグラス先生の最新刊を購入した。

Alister E. McGrath, The Territories of Human Reason: Science and Theology in an Age of Multiple Rationalities, (Oxford University Press, 2019) 

今年1月に、オックスフォード大学出版局(OUP)から刊行されたハードカバーの本格的な学術書だ。マクグラス先生は生涯の magnum opus となる『科学的教義学』の執筆に向かっているが(そう信じたい)、本書はその過程でのマイルストーンの1冊と言えるだろう。自然神学や「自然科学とキリスト教神学」の関係についての著作では今までは主に「啓示」の面を論じて来られたが、今回の著作はタイトル(The Territories of Human Reason)が示すとおり、科学と宗教そして自然神学における人間理性の問題、特に現代のポストモダン状況下での<複数合理性(multiple rationalities)>の問題に焦点を当てている。

まだざっと目を通しただけだが、第6章で取り上げられている「アブダクション(abduction)」への言及について関心を惹かれた。第6章の見出しは次のとおりである。

From Observation to Theory: Deduction, Induction, and Abduction

The Entanglement of Theory and Observation

Logic of Discovery and Justification

Deduction in the Natural Sciences

Deduction in Christian Theology

Induction in the Natural Sciences

Induction in Christian Theology

Abduction in the Natural Sciences

Abduction in Christian Theology

 

アブダクション(またはリトロダクション、仮説推量・仮説生成)は、演繹法(deduction)・帰納法(induction)に対する第三の思考法として知られている。(尚、アブダクションには「拉致すること・誘拐」という意味もあるが、ここでは関係ない。) 以前の投稿、「三段論法の功罪」で演繹法の推論が正しくても仮定(前提)が誤っていれば結論は偽であることを書いた。正確には、誤った仮定からは任意の命題が導けるので、結論には意味がないということだ。アブダクションとは、仮定を発見(または点検)する方法論である。経験から「帰納法」によって理論を作ることができないのを証明したのが D. ヒュームであった。事実から仮説を帰納するアルゴリズムは存在しないというのが「ヒュームの問題(ヒュームの懐疑論)」だ。帰納法に代えてアブダクションを提唱したのがアメリカの哲学者・論理学者チャールズ・パース(Charles Sanders Peirce, 1839ー1914)である。プラグマティズムの創始者として知られている。マクグラス著の本書でも重要人物として言及されている。パースはアブダクションの発想を中世の神学者・哲学者ドゥンス・スコトゥスから得たという。

世界史でウィリアム・オッカムとの「普遍論争」を教科書で学んだ記憶のある方もおられよう。スコトゥスの実念論(実在論、realism=「猫」という本質がまずあって、それが「ミケ」や「ブチ」という個体に具現される)とオッカムの唯名論(nominalism=存在するのはミケという個体だけであり、猫という普遍はその集合の名称にすぎない)の論争であった。キリスト教神学という「実在論」の立場からするならば、ミケやブチの集合が猫というのは論理的にはおかしい。ミケを猫という集合の要素として分類するためには、猫という集合の定義が分かっていなければならないからだ。しかし他方で、唯名論は、その定義を決めるにはミケは猫だがポチは猫ではないなどと分類しなければならない。それにはまずミケが猫だと分かっていなければならないと反論する。いずれにしても、こういう(堂々巡りのような)議論が続いた後、結果としては唯名論(ノミナリズム)が近代哲学への道標になった。個体だけを実在とみなし、普遍的な絶対者(神)を否定する唯名論は、啓蒙思想(実証主義や功利主義)の元祖である。実は「普遍論争」は今も続いている。本書の副題にある「複数合理性の時代( in an Age of Multiple Rationalities )」とはそのような現代の知的状況を表したものであろう。デカルト以降の近代哲学は現代のポストモダンに至り、普遍論争は唯名論が勝利したと思われたが、しかしそれでも例えば、宗教であれ自然科学であれ、人々が特定の宗教(あるいは理論)を信じるのはなぜなのだろうか。それは単なる慣習ではなく、何かの必然性があるのではないか。パースは「アブダクション」と名づけた発見の論理の元祖をスコトゥスに求めたのであった。

演繹とは、前提 a と一般的法則「a ならば b である」から結論 b を導く方法、つまり前提と一般的法則をもとに結論を導く思考法である。例えば3匹のうさぎがいて、前提は「3匹はうさぎ」、一般的法則は「うさぎは耳は長い」、結論は「3匹の耳は長い」。妥当な演繹は、仮定が真であれば結論も真であることを保証する。

帰納とは、仮定 a が結論 b を伴ういくらかの事例を観察した結果として一般法則「a ならば b である」を蓋然的に推論する。つまり前提と事例から普遍的法則を推測する思考法である。例えば「3匹はうさぎ」(前提)、「3匹の耳は長い」(事例)、結論「うさぎは耳が長い」。しかし帰納は、推論した法則が真であることを保証しない。

アブダクション(仮説推量・仮説生成)は、結論 b に一般法則「a ならば b である」を当てはめて前提 a を推論する。「3匹は耳が長い」(演繹)・「うさぎは耳が長い」(帰納)、ゆえに「3匹の耳が長い理由は、3匹がうさぎだから」と推量・推理する思考法である。帰納が前提と結論から法則を推論するのに対し、 アブダクションとはつまり、結論と法則から原因を探る思考法である。「関連する証拠を――真である場合に――最もよく説明する仮説を選択する推論法」である。アブダクションが要請されるのは、たとえ観察事実がたったひとつしか存在しなかったとしても、 その観察事実が疑念を生じさせるに十分なものであるならば、その生み出された疑念をなんとか解決しようとする積極的な思考の働きが確かに存在するような推論だからだ。

イノベーションとは科学的発見に似ている。それは確立されたパラダイム内での素朴な実証主義(実験データから帰納して理論ができ、それを演繹して実験で検証するというサイクル、帰納→理論→演繹) ではなく、科学者の発見した仮説を検証(または反証)するのだが、その仮説はどうやって発見されるのか、そこに論理はあるのか、これは難問だ。アブダクションはそれに対する解答の試みである。現代の科学哲学では<創発(emergence)>はキーワードであるが、アブダクションとは差し詰め「仮説の創発」と理解できるであろう。そういえば、マクグラスの『科学的神学 全3巻(A Scientific Theology, Vols.1-3)』において、<創発>は重要な概念であった。同様に自然科学におけるアブダクションの試行は、キリスト教神学の方法論にも適用できるとマクグラスは考える。

 マクグラスは、C. S. ルイスが『キリスト教の精髄(Mere Christiannity)』(『天路逆程(The Pilgrim's Regress) 』でも)で展開した、神の存在をめぐる「願望(憧憬)からの論証argument from desire)」にキリスト教神学におけるアブダクションの例を見る(本書 p. 180)。演繹でも帰納でもない(アブダクションを「広義の帰納」と捉える学者もあるが)、<第三の合理性>が注目されている。

 

 

2019年5月11日 (土)

フィルハーモニア管弦楽団演奏会 with V. ムローヴァ

 

管弦楽: フィルハーモニア管弦楽団

指揮: パーヴォ・ヤルヴィ

曲目: ・L. ベートーヴェン 『エグモント序曲』

    ・ヤン・シベリウス 『ヴァイオリン協奏曲 ニ短調』 
              (Vn:ヴィクトリア・ムローヴァ)
   
    ・P. I. チャイコフスキー 『交響曲第6番 ロ短調 <悲愴>』

日時: 2019年5月11日 午後7時30分〜

会場: ロイヤル・フェスティバル・ホール(ロンドン)

 

Img_5345 指揮者に NHK 交響楽団首席指揮者のパーヴォ・ヤルヴィ、ヴァイオリン独奏にヴィクトリア・ムローヴァを迎えてのフィルハーモニア管弦楽団の定期演奏会。ムローヴァは、1959年旧ソ連出身のヴァイオリニスト。1980年にシベリウス国際ヴァイオリン・コンクール(ヘルシンキ)で優勝、1982年にチャイコフスキー・コンクール(モスクワ)で優勝した超逸材。共産主義の体制下で将来を約束された身分であったが、1983年に恋人のピアノ伴奏者と亡命。西側移住後はリサイタルの他、世界の主要オーケストラと共演している。日本でも、例えば1992年にクラウディオ・アバド率いるベルリン・フィル日本公演のソリストを務めた(→https://www.youtube.com/watch?v=5dzpVSVqBdU  39分35秒付近からブラームスの協奏曲の第3楽章などお聴きあれ)。(ワイドショーネタで恐縮だが、ムローヴァはかつてアバドと不倫関係にあり、二人の間には息子が生まれている。アバドは子を認知した。名はミーシャ・ムローヴ=アバドで、主にジャズ音楽の分野で活躍している。母親のヴィクトリアはジャズの世界にも参加し、しばしば息子と共演している。) 彼女は現在、ロンドンに住んでいる。

同じヴァイオリニストでも、P. コパチンスカヤの奔放さ・エキセントリックさとは対極の、ムローヴァは正統派そのものの折り目正しい演奏だ。もちろん世代間の違いもあるだろう。私は今宵のムローヴァの演奏を聴いて、(他の奏者による生演奏には何度も接しているが)初めてシベリウスの協奏曲のエッセンスを知らされた気がする。かつてシベリウス・コンクールで優勝した彼女にとって思い入れのある曲に違いない。指揮者ヤルヴィの、独奏者にぴったり寄り添うエスコートも素晴らしかった。終演後、賛辞を惜しまない聴衆に応え、アンコールとしてエストニア(ヤルヴィの出身国)の作曲家による『パッサカリア』という曲が彼女とオーケストラによって演奏された。

ムローヴァは来月6月6日にレディング(Reading)で無伴奏演奏によるリサイタルを行う。昨年10月の来日公演でも披露したプログラム。休憩を入れず、約90分間連続で弾かれる演奏会だ。息詰まる緊張を楽しみたい。パーヴォ・ヤルヴィも来年2月に NHK 交響楽団を率いてロンドン公演を行う。今から楽しみにしている。

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パーク・ストリート教会

 

 

Img_5267 Img_5262 Img_5263   ボストン滞在中、地下鉄「パーク・ストリート」駅の地上出口脇にある会衆派(congregational)の教会「パーク・ストリート教会(Park Street Church, Boston, MA)」を訪ねた。ボストン・コモンという大きな公園の向かいにある。生憎ウィークデーだったので、礼拝出席はできなかった。ボストンは、歴史の浅いアメリカ合衆国にあって古都とされる長い歴史を持つ。この教会は1809年に設立された会衆派の中の保守的立場の教会である。有名なハーバード大学(Harvard University)も元々は聖職者養成のために設立された大学だったが、神学部(現在の神学大学院)は後にリベラル化したように、アメリカ東海岸には概してリベラル派の教会が多い。その中にあってこの教会は設立以来、保守的な立場を貫いてきた。

右端の画像をご覧いただければお分かりのように(タブレット端末やスマホでご覧の方は画像をピンチアウトすることをお勧めする)、教会の沿革には福音主義のクリスチャンにとって興味深い記述が見られる。例えば、ハロルド・オケンガ(Dr. Harold J. Ockenga)が1936年から1969年の33年間にわたり同教会の主任牧師であったことそして1942年の「全米福音同盟または「全米福音主義連盟」National Association of Evangelicals, NAE)の創立メンバーだったこと、また1949年のビリー・グラハムによる大陸横断伝道集会はこの教会から始められたこと等々である。この沿革には記されていないが、ハロルド・オケンガ牧師はビリー・グラハム師と共に、東海岸の福音主義教職者養成のための超教派神学校「ゴードン・コンウェル神学校(Gordon-Conwell Theological Seminary)」を2つの神学校(ゴードン・カレッジとコンウェル神学校)の合併という形で1969年に設立している。オケンガはその初代学長に就任したが、実は彼はそれに先立つ1947年の「フラー神学校(Fuller Theological Seminary)」創立にも尽力し、やはり初代学長に就任している。オケンガ師はその他にも、ビリー・グラハムやカール・F. H. ヘンリーらが企画した福音派の専門雑誌「クリスチャニティー・トゥデー(Christianity Today)」誌の創刊にも協力した。いずれにしても、アメリカの福音主義を語る上で欠くことのできない人物である。

ボストン旅行の折、福音派教会での礼拝を願っている方は、まずこの教会に行かれることをお勧めする。種々の公開講座の会場としても用いられ、アリスター・マクグラス先生(→https://www.youtube.com/watch?v=mIEKVDjlfJA )やジョン・レノックス博士(→https://www.youtube.com/watch?v=zGM6HumXqm8 )などもこの教会で講演している。

 

Img_5264 01_signatures_themostvaluablesignatureon Johnhancocksignature 教会に隣接する墓地で、ジョン・ハンコック(John Hancock, 1736ー1793)を記念するモニュメントを見かけた。 ハンコックは18世紀のアメリカの政治家で、第二次大陸会議および連合会議の議長を務めた。マサチューセッツ州初代の知事であり、アメリカ独立宣言に最初に署名した人物である。「アメリカ独立宣言書(The Declaration of Independence)に署名されたサインの中で、ハンコックのものが一番大きかった。転じて、ジョン・ハンコックとはアメリカ英語で「自筆の署名(a person's own signature)」を意味するようになった。例えば "Put your John Hancock on that line.(その線の上に署名してください)" などの用法があると妻が教えてくれた。覚えておくとアメリカでは役に立つ表現である。

 

 

2019年5月 6日 (月)

アルダースゲート通り

 

Img_5304 5月2日のボストン。この日はマチネ(昼公演)でボストン交響楽団の定期演奏会があった。指揮は音楽監督のアンドリス・ネルソンス。曲目はリヒャルト・シュトラウスの交響詩『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』、ヴァイオリン独奏にバイバ・スクリデを迎えてのセバスチャン・キュリアー(アメリカの作曲家)の新作協奏曲の世界初演、そしてメインはストラヴィンスキーのバレエ音楽『ペトルーシュカ』(1947年改訂版)だった。感想は、うーん、昨年(ベルナルト・ハイティンク指揮)も今年も、ボストン交響楽団から納得の行く音楽を聴かせてもらっていない。特に今回は、前から2列目聴衆側席に陣取っていた初老の男性チェロ奏者のプロ意識がまったく欠如した弾きぶりに幻滅した。いったいあいつは誰だったのだろう?! 楽団員一覧を見ても顔が一致しない。エキストラだったのか(前から2列目に座るわけないか)、ゲヴァントハウス管弦楽団との楽団員交換プログラムの一員だったのか、とにかく判然としない。こんな奏者が2番席に座っているようではダメだ。そういえばボストンの聴衆はほとんど老人ばかりだった。拍手も元気がない。とにかく、消化不良の演奏会であった。

5月5日は私たち夫婦の結婚記念日だ。前日の晩にアメリカから帰英して、翌日の午後は時差ボケを引きずりながらの礼拝説教であった。強行軍であることは重々承知していたが、結婚記念日を意識して、夜7時からの演奏会に夫婦で向かった。

 

管弦楽:ロンドン交響楽団

指揮: サー・サイモン・ラトル

曲目: ・ジョン・アダムス 『ハルモニーレーレ(和声学)』

    ・エクトル・ベルリオーズ 『幻想交響曲』

日時: 2019年5月5日 午後7時〜

会場: バービカン・ホール(ロンドン)

 

ボストンでのモヤモヤを吹き飛ばす名演であった。特に『幻想交響曲』ではラトルの気合いが入った棒にオケが全力で応答。コンマスのローマン・シモヴィッチも明るい表情でメンバーを引っ張っていた。指揮者・オケ共に最後まで集中力を維持して聴衆を感動に導いた。バービカンの聴衆がこれほど興奮する様子は初めて見た。ラトル&ロンドン響のコンビ、とってもよい。ラトルもベルリン・フィル時代よりリラックスしている。この演奏会はネット配信され、すでに YouTube にアップされている。『幻想交響曲』は1時間46分頃から。終演後の聴衆の熱狂をご覧あれ。

https://www.youtube.com/watch?v=38QZY8DFvhw

 

Img_5309 Img_5307 Img_5320  

ロンドン交響楽団(LSO)にはもう1つ明るいニュースがある。それは悲願の新コンサートホールの建設が決まったことだ。サイモン・ラトルは以前から「ロンドンには世界に誇れるコンサートホールが必要」と力説してきた。彼がベルリンでのポジションを辞してロンドンにやって来たのは、母国のオーケストラを一流から超一流に変貌させるためである。ロンドンのオーケストラに必要なのは優れた音響の専用ホールである。

現在の LSO が本拠地とするのは「シティ」にあるバービカン・ホールだが、新ホールの場所はバービカンから目と鼻の先にある「ロンドン博物館(The Museum of London)」の跡地になる予定(同博物館は2023年まで開場を続ける)。この博物館、実はあの「アルダースゲート通り(Aldersgate Street)」にある(住所はロンドン・ウォール)」。私はバービカン・ホールに行くとき、最寄りの地下鉄駅「ウェスト・アクトン」からセントラル線で「セント・ポール」駅に向かう。その名のとおりセント・ポール大聖堂の最寄り駅である。地下鉄出口から北に向かう通りの途中に「ロンドン博物館」はある。そこから更に北上し地下鉄メトロポリタン線の「バービカン駅」までがアルダースゲート通りだ。1738年5月24日、この通りにあるモラヴィア派の集会に出席したジョン・ウェスレーは後に彼の日記でこう綴った。

"In the evening I went very unwillingly to a society in Aldersgate Street, where one was reading Luther's Preface to the Epistle to the Romans. About a quarter before nine, while he was describing the change which God works in the heart through faith in Christ, I felt my heart strangely warmed. I felt I did trust in Christ, Christ alone for salvation, and an assurance was given me that he had taken away my sins, even mine, and saved me from the law of sin and death."

アメリカ伝道旅行での挫折を経験した後、ウェスレーはここでいわゆる「第二の回心」と呼ばれる経験をした。その後のメソディスト運動の広がりについては周知のとおりである。

5月5日の夕方、妻と私は通りの脇にあるベンチに腰を下ろして夕食のサンドイッチを食べた。コンサートホールもいいが、由緒あるこの通りに再びキリスト教会が建てられないものかと思いに耽った。

 

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2019年4月23日 (火)

ボストンに到着

 

大西洋線のアメリカは近い。ロンドンから東海岸ボストンまで約6時間。

チェックインしたホテルの食堂で夕食。アメリカらしく炭火焼きハンバーガー、ボストンらしくクラムチャウダー(食べかけでの画像で悪しからず)とロブスターを添えて。ボストンのクラムチャウダーは本当に美味しい。ハズレの店はまずない。

シカゴ交響楽団のストは続いている。4月30日までの公演はすべてキャンセルとなった。今週中に5月第1週の公演予定が判るであろう。しかしそれにしても客商売の楽団がこうも長くストを続けるのはいかがなものか。シカゴ響ほどの楽団ともなれば、諸外国からコンサート目当てでわざわざやって来るお客さんもいることだろう。キャンセルとなれば、チケット代を払い戻してくれるだけは済まないはずだ。飛行機代はどうしてくれるとなるだろう。かといって航空会社が払い戻しに応じるはずがない。楽団側を支持していた聴衆も、そろそろ堪忍袋の緒が切れるのではないか。

 

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2019年4月19日 (金)

高学歴芸人、それが何か?

 

Photo_6 高学歴芸人。日本の芸能界で話題になっていると聞く。クイズ番組では活躍してるらしい。悪いけど、本業のお笑いはちっともおもしろくないなあ。それに比べてイギリスのモンティ・パイソン。画像のとおり高学歴連中だけど、本業のお笑いもおもしろい。

彼らのお笑いは時に高尚だ。この "Philosophy football(哲学者チームによるサッカー)" の動画などご覧あれ。ドイツ哲学者チーム vs ギリシャ哲学者チーム。あなたは各チームのスターティング・メンバーの何人をご存知だろうか? 因みに主審は孔子、線審の2人はアウグスティヌスとトマス・アクィナスだ。ゲーム開始早々、思索を始める両チームのメンバー(笑)。ドイツチームの監督はマルティン・ルター、控え選手はカール・マルクスだ。突如「ユーレカ!(発見した!)」と叫ぶアルキメデスからソクラテスへパス。そして最後彼がへディングシュートでゴールを決めた直後、動画の3分2秒付近からドイツ哲学者チームの抗議を実況するアナウンサー。

"Hegel is arguing that the reality is merely an a priori adjunct of non-naturalistic ethics, Kant via the categorical imperative is holding that ontologically it exists only in the imagination, and Marx is claiming it was offside."

これを笑えたらあなたも大したものだ。パロディーもこれくらい思い切って高尚に振らないとおもしろくない。

 

 

 

2019年4月17日 (水)

シカゴ交響楽団のストライキ

 

現在、イギリスはイースター休暇シーズンの最中。学校も休みなので、この時期は家族で旅行に出かける人も多い。公式の休日は、21日のイースターをはさむ 19日〜22日の4連休。ブレグジットの再延長でトゥスク EU大統領から「時間を無駄にしないように」と釘を刺されたにもかかわらず、英議会は11日間の休会期間に入ってしまった。国民は呆れている。この数年間でもっとも権威を落としたイギリスでの職業は「政治家」で間違いない。

私たち夫婦もイースター明けの22日からお休みをいただく。妻の実家があるアメリカに行く。楽しみの1つがシカゴ交響楽団の演奏会。音楽監督のリッカルド・ムーティが『ローマの松』を振るのだ。お国物(イタリア)だし、シカゴ響のパワフルなブラス・セクションに期待も高まる。ところが 3月10日に始まったストライキが未だ収束していない。これまでの演奏会はすべてキャンセルされているし、シンフォニーホールで開催予定だった他の楽団や演奏家のコンサートもすべてキャンセルとなっている。楽団員がホール前でピケを張っているためだ。今月 5日に経営側が最終提案を出したが、楽員組合側はこれを拒否。現時点で再交渉の目途は立っていない。指揮者のムーティは楽員組合側を応援しているらしい。

演奏会チケットの払い戻しはあると思うが、ボストンーシカゴ間の飛行機は格安チケットだからキャンセルしても払い戻しは期待できない。妻も初めて行くシカゴだから楽しみにしていたが、このままでは予定変更を余儀なくされるかもしれない。

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