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2016年11月 7日 (月)

さようなら。そしてありがとうございました。

 
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本ブログ管理ページである@homepage のサービス終了に伴い、更新手続きは行わず、本ブログを終了することにいたしました。 開始からおよそ8年という短い歳月でしたが、今までのご訪問に心から感謝申し上げます。
 
私、のらくら者は、来年3月で現在奉職する教会を辞することになっています。次の奉仕先も(感謝なことに)すでに与えられておりますが、無事に赴任できるかどうか、現時点は不確定要素が伴います。無事に赴任が叶った場合、もしかすると新しいブログを立ち上げるかもしれません。反対に、その道が閉ざされた場合、ブログとは当分の間縁遠い関係となるでしょう。いずれであれ、主なる神様の御旨にお委ねしたいと思います。
 
それでは、さようなら。今まで本当にありがとうございました。
 
 
PS. 後藤敏夫先生小嶋 崇先生のそれぞれ温かいお言葉に深く感謝申し上げます。
  ありがとうございました。
 
 

 

@homepageサービス提供終了後のデータバックアップ・ホームページ移行手続きについて


平素は@niftyをご利用いただきまして、誠にありがとうございます。 先般お知らせいたしました通り、@homepageは 2016年 11月 10日(木)15時をもちましてサービス提供を終了させていただきました。
長年にわたりご愛顧いただき、誠にありがとうございました。

なお、@homepageのデータバックアップおよび、後継サービス(無料)への移行手続きは、引き続き【 2016年 12月 12日まで 】お手続きが可能です。

2016年10月 9日 (日)

『聖書の教える金持ち父さん 貧乏父さん50』

 
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この本、今のところ今年度前半の信仰書ベストの一冊です。書名は既存書のパロディーでしょうが、内容では著者の新鮮な聖書の読み方、世の中の事象や自らの経験の思索から得た洞察が秀逸です。何かにつけ「清貧の思想」や「清く正しく(貧しく)美しく」を聖書解釈に読み込みがちな一部のクリスチャンには目からウロコだと思います。いわゆる「繁栄の神学」とは明確に一線を画した内容です。タイトルと装丁から誤解のないように。
 
本の帯の裏面にある抜粋を紹介しておきます。本書のさわりです。
 
自給自足は他人に富を分配しない。人間は他の人が必要とする分まで働いてこそ富の分配は起こり、この分配が自らの富になっていく。自給自足の社会は貧しい社会である。漁師が自分の必要な分だけ漁をしたら、海辺に住んでいない人は一生魚を食べることができない。健全な経済社会の中では、人は必ず「自分に必要な分+他人が必要な分」まで労働している。これを別の言葉で言い換えるなら「自分を愛するように隣人を愛する」となる。(本文第49話「アガペと経済原理」より)
 
私は以前に「頭を下げる価値を上げるために」という文章を書いている人間なので、クリスチャンこそ「金持ち父さん」になってほしいと強く願っています。もちろんその富が社会や世界に分配されるためにです。
 
というわけで、聖書の御言葉を賢く読み取った著者の知恵と洞察に満ちた50の話をご堪能あれ。これで1,000円+税とは安い!
 

2016年9月23日 (金)

当たらずも遠からず(3)

 
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イギリスの高等教育情報誌『タイムズ・ハイアー・エデュケーション』による今年(2016ー2017)の世界大学ランキングが発表されました。それによると世界第1位はオックスフォード大学となりました。上位10校のランキングは以下のとおりです。尚、アジアの大学ではシンガポール国立大学24位でトップ。日本の東京大学39位アジアで4位)と、2015年(2015ー2016)からアジアトップの座を明け渡しただけでなく、今年は4位に後退(昨年は2位)と凋落著しい結果となりました。私見では、能力と意欲に満ちた若者はどんどん外国の大学で学ぶべきです。いつまでも「東大一直線」ではありません。すでにそういう時代なのです。
 
以前にも書きましたが、大学ランキングは非常に多面的な評価で行われます。英語圏の大学に有利な面もありますが(留学生の数や論文の被引用数など)、それだけで上位に入れるほど甘くはありません。上位校の顔ぶれを見ると、不断の向上と改革の成果が最終的なランキングとして評価されているのだと思います。従って「当たらずも遠からず」がランキングに対しての個人的な印象です。
 
PS. 「アジアで7位」を「アジアで4位」に訂正しました。
 
 
 

2016年9月 5日 (月)

<フィルビーの亡霊>から学ぶこと

 
 
 
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ケンブリッジのスパイたち(Cambridge Spies)とは、キム・フィルビーアントニー・ブラントガイ・バージェスドナルド・マクリーン、そして第5のメンバーと言われるジョン・ケアンクロスら、イギリス諜報(スパイ)史上最も悪名高い5人の二重スパイたちのことです。通称「ケンブリッジ・ファイブ」。最悪にして、諜報史上最も成功した男たちです。彼らは1930年代(両大戦間期)から1950年代にかけて、英国外務省、国家情報局(MI 6)、王室、BBC等、国家の重要機密を扱う各部署の中枢で働きつつ、約30年間にもわたってイギリスとその同盟国の外交、軍事、諜報等にかかわる機密情報を旧ソ連のKGB本部へ漏洩し続けたのでした。そして5人の中心だった人物こそ、画像の自叙伝の著者、キム・フィルビーです。
 
彼ら5人に共通した特徴は、
1)上流階級出身
2)名門パブリックスクール
3)ケンブリッジ大学で最も格式を誇るトリニティー・コレッジ
4)排他的社交クラブのメンバー(ブラント、バージェス、ケアンクロス)
5)学生時代に共産主義を信奉
 
1)〜4)の特徴で思い出しませんか? そう、映画『ライオット・クラブ』です。オックスフォードに「ブリンドン・クラブ」があるように、ケンブリッジにもブルームスベリー・グループと関係の深い「ケンブリッジ使徒会(The Cambridge Apostles)」という排他的エリートクラブがあるのです。ブラントやバージェスはこの使徒会のメンバーでした。フィルビーをはじめとするこれらケンブリッジのエリートたちは大学時代に共産主義を信奉するようになり、ソビエトKGBからの勧誘によってスパイとして活動するようになりました。フィルビーは後に MI 6(エムアイシックス、「英国情報局秘密情報部、SIS, Secret Intelligence Service」の通称。外務省管轄の情報機関)の長官候補、つまりナンバー2にまで登りつめた男でした。しかし後にソ連の二重スパイであることが発覚し、1963年にソ連に亡命しています。
 
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ではなぜ30年間も正体がバレなかったのでしょうか? フィルビーは自伝で「それは自分が上流階級の人間だったから」と答えています。支配階級出身であるがゆえに、もし MI 5(エムアイファイブ、「英国情報局保安部、SS, Security Service」の通称。内務省管轄の情報機関。国内での外国スパイの摘発、国家機密の漏洩阻止などの防諜活動、テロ組織の情報収集や取り締まりなど、国内の治安維持活動を専門に行う)による厳しい取り調べの結果スパイでないことが判明すれば、MI 5 の大スキャンダルに発展することを知っていたからとフィルビーは述べ、上流階級出身が隠れ蓑になったことを明かしています。ここで大事なことは、イギリスの階級社会が国家的犯罪の発覚を妨げたこと、そしてそういう事情を熟知したKGBが仕掛けた諜報戦であったということです。これは紛れもない歴史の事実です。
岡部 伸氏は近著 イギリス解体、EU 崩落、ロシア台頭 EU 離脱の深層を読む (PHP新書)で次のように述べます。
 
英国の上流階級は名門パブリック・スクールに学び、オックスフォードやケンブリッジ大を卒業し、排他的クラブで社交を繰り広げる一握りのエリートだ。キャメロン前政権ではイートン校出身のエリートが集まり、キャメロン前首相やジョンソン外相らは、その筆頭格だった。男子だけの寮生活で育まれたすさまじいエリート主義がフィルビーの「史上最大の裏切り」を招いたとすると、フィルビーのイートン校の後輩にあたる英国の最高のエリートが導いた今回の国民投票による EU 離脱も、同じ文脈で捉えることもできる。英国の階級制度の病根は根深いといえるだろう。実際にフィルビーは、「階級に違いがあったため、強い疑惑を抱いても、MI 5 は真相を突き止められなかった」と認めている。 (同書 pp. 160 ー161)
 
現在のテリーザ・メイ首相は6年間という歴代最長の内務大臣を務めた方です。英国内務省は日本の総務省・法務省・警察庁を束ねたような強大な役所であり、上記の MI 5 もその管轄下にあります。メイ首相は内務大臣時代からロシア情報機関による英国内での諜報活動及び亡命した元KGBエージェントの暗殺を捜査してきました。特に2006年にロンドンで毒殺された元KGB職員で反体制活動家のアレクサンドル・リトビネンコ氏の死因を、今年1月に出た独立調査委員会の最終報告は「プーチン大統領が関与したロシア政府の国家犯罪の可能性」を示唆し、当時内務大臣だったメイ氏はロシアに厳しい姿勢を示しました。ロシア側は当然猛反発し、メイ氏との間に激しいやりとりがありました。これ以前からも、即ちチャーチル元首相以来、英国は常にロシア(旧ソ連)に最も厳しい姿勢を取ってきました。旧KGB、そして現在のFSB(ロシア連邦保安局)とのすさまじい諜報戦は続いています。
 
この英国 vs ロシアの諜報戦、つまり<フィルビーの亡霊>から私たち日本は何を学べるか考えてみることは大事です。KGBが英国の階級社会という弱点を突いたように、敵国の弱みにつけ込むのは諜報戦争の定石です。今回の英国国民投票の実施とその結果の背後にもしロシアの影があるとすれば背筋が凍る思いです。EU 離脱の結果を誰よりもほくそ笑んでいるのはプーチン大統領のロシアであろうからです。
同様に、中国共産党政府が日本にエージェントを送り込み、日本の弱点を突いた様々な諜報戦を展開していないという保証がどこにあるでしょうか。では日本の弱点は何か? その一つは間違いなく「戦後リベラル 」という勢力と私は見ています。キリスト教会、特に教職者層にも浸透した勢力ではないでしょうか。それ自体は大した影響と思えません。しかし<フィルビーの亡霊>の如く、外国の情報機関に操られる時、それは大きな脅威となるかもしれません。
 
 

2016年8月23日 (火)

「預言者」気取り

 
香取君を叱ったボス猿
 
 
だいたいなんだ、デモとか声明文とか。
 
 預言者気取りか!」。
 
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「牧師ならこの11歳の少年が語ることを宣べ伝え、教会を教育してこい!」(ボス猿談)

 

 
In Genesis, Jesus Christ is the Breath of Life
In Exodus, He is the Passover Lamb
In Leviticus, He is our High Priest
In Numbers, He is the Pillar of Cloud by day and the Pillar of Fire by night
In Deuteronomy, He is the Prophet like unto Moses
 
In Joshua, He is the Captain of our salvation
In Judges, He is our Judge and Law Giver
In Ruth, He is our Kinsmen-Redeemer
In 1st and 2nd Samuel, He is our trusted Prophet
In Kings and Chronicles, He is our reigning King
 
In Ezra and Nehemiah, He is the Rebuilder of the broken-down walls of human life
In Esther, He is our Mordecai
In Job, He is our ever living Redeemer
 
In Psalms, He is our Shepherd
In Proverbs and Ecclesiastes, He is our Wisdom
And in Song of Solomon, He is our loving Bridegroom
 
In Isaiah, He is the Prince of Peace
In Jeremiah, He is the Righteous Branch
In Lamentations, He is the weeping Prophet
In Ezekiel, He is the wonderful Four-Faced Man
In Daniel, He is the Fourth Man in life's fiery furnace
 
In Hosea, He is the faithful Husband for ever married to the backslider
In Joel, He is the Baptizer of the Holy Ghost and fire
In Amos, He is our Burden-bearer
In Obadiah, He is Mighty to save
In Jonah, He is our great Foreign Missionary
 
In Micah, He is the Messenger of beautiful feet
In Nahum, He is our Strength and Shield
In Habakkuk, He is God's evangelist crying, "Revive thy works in the midst of the years."
In Zephaniah, He is our Saviour
In Haggai, He is the Restorer of God's lost heritage
In Zechariah, He is the Fountain opened up in the house of David for sin and uncleanness
In Malachi, He is the Son of Righteousness rising with healing in His wings
 
 
In Matthew, Jesus Christ is the King of the Jews
In Mark, He is the Servant
In Luke, He is the Son of Man feeling what you feel
In John, He is the Son of God
In Acts, He is the Saviour of the world
 
In Romans, He is the Righteousness of God
In 1st Corinthians, He is the Rock, the Father of Israel
In 2nd Corinthians, He is the Triumphal One giving victory
In Galatians, He is your Liberty. He sets you free
In Ephesians, He is the Head of the Church
In Philippians, He is your Joy
In Colossians, He is your Completeness
In 1st and 2nd Thessalonians, He is your Hope
In 1st Timothy, He is your Faith
In 2nd Timothy, He is your Stability
In Titus, He is Truth
In Philemon, He is your Benefactor
 
In Hebrews, He is your Perfection
In James, He is your Power behind your faith
In 1st Peter, He is your Example
In 2nd Peter, He is your Purity
In 1st John, He is your Life
In 2nd John, He is your Pattern
In 3rd John, He is your Motivation
In Jude, He is the Foundation of your faith
And in the Revelation, He is your coming King!
 
(clapping)
 
He is the first and the last
The beginning and the end
He is the Keeper of creation and the Creator of all
He is the Architect of the universe and the Manager of all times
 
He always was, He always is, and He always will be
Unmoved, unchanged, undefeated and never undone
He was bruised and brought healing
He was pierced in his pain
He was persecuted and brought freedom
He was dead and brought life
He is risen and bring power
He reigns and brings peace
The world can't understand Him
The armies can't defeat Him
The schools can't explain Him and the leaders can't ignore Him
 
Herod couldn't kill Him
The Pharisees can't confuse Him
The people couldn't hold Him
Nero couldn't crush Him
Hitler couldn't silence Him
          can't replace Him
 
He is alive, love, longevity and more
He is goodness, kindness, gentleness and God
He is holy, righteous, mighty, powerful and pure
His ways are right
And His word is eternal
His will is unchanging and His mind is all on me
He is my Redeemer, He is my Saviour, He is my God
He is my Peace, He is my Joy, He is my Comfort, He is my Lord
And He rules my life !
 

2016年8月17日 (水)

悲しいとき〜!

 
(<いつもここから>風に)
 
 
悲しいとき〜!
 
共産党議員のブログで彼らと意気投合した福音派教会の牧師の姿を見たとき〜!
 
 
悲しいとき〜!
 
日本共産党委員長と意気投合する某超教派大学生伝道団体の理事長を見たとき〜!
 
 
悲しいとき〜!
 
先の東京都知事選挙で分裂した与党の候補両者に惨敗する候補に結集した野党が無残なのに、主なる神様のみによりたのまず、その野党にすり寄る牧師たちが痛過ぎるとき〜!
 
 
 
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2016年8月 9日 (火)

映画『ライオット・クラブ』

 
ブリンドン・クラブ(The Bullingdon Club)ってご存知でしょうか。公式の大学活動ではありませんが、オックスフォード大学の超トップエリートだけがメンバーになれるエグゼキュティブクラブのことです。盛大な晩餐会や大学近辺のレストランを破壊する行為(vandalising)などでも知られています。元メンバーには英国の著名人も多いです。画像左は1987年に撮影されたもの。因みに、②は前首相のデーヴィッド・キャメロン氏、そして⑧は前ロンドン市長で現在のメイ政権で外務大臣を務めるボリス・ジョンソン氏です。二人ともパブリック・スクールの名門イートン校(Eton College)からオックスフォード大学に進学し、尚且つブリンドン・クラブのメンバーだった英国政界の超エリートなのです。しかし皮肉にも、二人とも先の国民投票で撃沈しました。キャメロン氏は首相を辞し、ジョンソン氏も「敵前逃亡者」として首相の椅子は遠のきました。
 
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さて今夏、オリジナルから2年遅れで日本でも上映される映画『ライオット・クラブ(The Riot Club)』は、架空のクラブながら、まさに上記のブリンドン・クラブそのものの映画です。上流階級・特権階級の俗物さ、汚さ、胸くそ悪さ、そして気高さをとことん描き出した作品となっています。イギリスの社会、とりわけ英政界はこのような人たちが牛耳っているのです。良くも悪くも。。 
 
現首相のテリーザ・メイ さんもオックスフォード卒ですが、ブリンドン・クラブのような特権階級とは無縁の人です。こういう人が国のトップになってくれて良かったと思っています。
 
 

2016年8月 1日 (月)

"すべて" のクリスチャンではないので

 
このような趣旨の集会に "すべて" のクリスチャンが賛同しているかのように思っている方々がいらっしゃるかもしれません。私自身はそうではありませんし、同じようなクリスチャンを大勢知っています。私はこれらの集会の主催者や講演者の方々のご主張を尊重してはいますが、同意したりまして協賛しているわけでは決してありません。クリスチャンの中にも異なった見解を持つ人たちもいる、ということだけとりあえずお伝えしておきます。
 
「私は戦わない」という主張を尊重しますが、「戦わないのがクリスチャンだ」との主張には同意しかねます。国防や集団的自衛権をめぐっては、クリスチャンを含めて様々な見解があって然るべきと考えるからです。
「憲法九条が国を守る」という主張を尊重しますが、「国を守る憲法とは何か」という議論があってもよいと考えます。
 
ただ、「この国」という言い方は悲しいですね。なぜ「我が国」とか「私たちの国」と言えないのでしょうか。「あちら側(国家・権力・敵)」と「こちら側(教会・クリスチャン・受難者)」という発想が聖書にあるのでしょうか? あちら側と思えば必然的に「この国」と呼べるのでしょうね。
 
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最後に、福音派も様変わりしました。福音派がリベラルの教派や教会に招かれたり、何とかに反対する牧師の会を結成して代表者だか世話人だかが日本共産党の委員長と懇談したりと(キリスト教会も取り込んで「元気ハツラツ! オロナミン志位」)、往年のピンクレディーの歌(<UFO>)ではありませんが ♪信じられないことでしょうけれど 嘘じゃないの 嘘じゃないの ほんとのことよ〜♪ なんですよね。さすがに ♪それでもいいわ〜♪ とは応答できませんが。。。 
 
 
 
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2016年7月16日 (土)

明るいなあ、英議会は。

 
キャメロン首相の最後のクエスチョン・タイム。実に明るいですなあ、英国の議会は。これから EU と茨の道の交渉に臨む国とは思えないほどに。まことに結構なことです。これぞイギリスのユーモア
 
 

2016年7月12日 (火)

26年ぶりの女性首相誕生

 
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英保守党の党首選は女性議員2人に絞られていましたが、2位のアンドレア・レッドサムさんが撤退を表明したので、テリーザ・メイ(Theresa May)現内務大臣が無投票で当選しました。この結果を承けてキャメロン首相は、13日にもメイ氏が首相に就任すると発表しました。故マーガレット・サッチャー元首相以来、26年ぶりの女性首相の誕生となります。エリザベス I 世・ビクトリア女王・サッチャー元首相など、英国では女性が国難時の舵取りを担った伝統があります。メイさん自身は EU 残留派でしたが、先の国民投票の結果を尊重し "Brexit means Brexit." と述べて国民投票のやり直しや総選挙の前倒し(次回の総選挙は2020年)を否定していました。私もそれでよいと思います。故サッチャー氏を手本と仰ぐメイさんなら党内融和の役割を担いつつ、タフ・ネゴシエイターとして EU との離脱交渉も行ってゆけるでしょう。兎に角、英国の政治が早く安定を取り戻すことは重要です。メイ新首相のリーダーシップに期待したいと思います。
 
 
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ところでメイさんはイギリス国教会司祭(牧師)の娘です(但し「同性婚」の法案には賛成した)。アンゲラ・メルケル独首相もルター派教会の牧師の娘です。牧師娘2人が今後の離脱交渉で火花を散らすのですね。また11月の米大統領選でもしヒラリー・クリントン氏が大統領に選出されたなら、来年のG7(サミット)はメイ・メルケル・クリントンら女性リーダーたちが一堂に会す壮観な光景となるでしょう。
 
 
 

2016年7月 4日 (月)

『神の大いなる物語』

 
著者のヴォーン・ロバーツ牧師(Rev. Vaughan Roberts)はオックスフォードにあるセント・エブズ教会(St Ebbe's Church, Oxford)の主任司祭(Rector)です。ウィクリフ・ホールの卒業生('91年卒)で、私(1994ー1997年在籍)の先輩にあたる方でもあります(学部はケンブリッジ大卒)。地元や英国内での働きの他、2010年に南アフリカで開催されたローザンヌ会議で聖書講解の奉仕もされていました。尚、本書の翻訳者は山崎ランサム和彦先生です。
 
聖書宣教会(聖書神学舎)の卒業生、リチャード・ブラッシュ(Richard Brash)先生ご夫妻は現在オックスフォードでこの教会をベースに日本人及び外国人留学生の伝道に従事されています。画像は昨年6月のブラッシュ先生宅の求道者向け聖書研究会にて。リチャード先生の流暢な日本語と深い聖書知識、そして木綿子(ゆうこ)夫人の絶妙のフォローによる実に活発で有意義な聖書の学びでした。
 
 
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2016年6月28日 (火)

今こそ「現実主義」の精神を

 
この度のイギリス国民投票。個人的には、EUへの不満・不信に基づく「不実のアルビオン」ぶりが発揮された結果だなあと映りました。
 
 
 
事前の世論調査でも離脱の賛否は拮抗していたので、どちらの結果が出ても不思議ではありませんでした。従って、「離脱」の投票結果自体には驚いておりません。ただ個人的に「離脱派に同情する残留支持」だったので、残念ではありました。
 
日本のマスメディアではもう「英でEU離脱派の後悔相次ぐ」などの報道がなされていますが、例によって偏向的・誘導的報道です。ご存知のように、先月の後半2週間ほどイギリスに行っていましたが、英国民はそれはそれは熱心に賛否を議論していました。日本でのサミット(G7)の話題など吹き飛んでしまうほどに。そのプロセスはとても貴重であったと私は考えます。結論が離脱であれ残留であれ、草の根レベルで議論を尽くしたプロセスを経て出された結果に文句を言う人は(良識ある人であれば)ほとんどいないと思います。投票直前には女性国会議員の射殺事件もあり、一時ではありましたが、冷静に立ち止まって考える機会もありました。
 
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昨晩9時のNHKニュースでイギリス駐日大使へのインタビューが放送されていました。私はこの方のことばにこそ今のイギリスに必要なメッセージが込められていると思います。現在のイギリスに必要なのは結果を後悔することではなく、結果に対処するお家芸たる「現実主義」です。こうあるべきだという観念論・理想論はむしろ邪魔です。確かに政治家(この場合キャメロン首相)が自身の政治基盤を強化するために国民投票という博打に打って出たことは愚かだったでしょう。政治家の愚かな火遊びです。(離脱派の)ガス抜きが目的だったのでしょうが、ガスに引火して大爆発し、首相の座まで吹き飛ばしてしまいました。しかし結果を悔いても仕方ありません。今必要なのは状況に対処する「現実主義」です。そして現実主義とは詰まるところダンケルク精神、つまり "make-the-best-of-it"(何とかやる)主義ではないでしょうか。降参するのではなく、一時的に撤退するのです。
 
若い世代でないイギリス人(イングランド人)にとってEUとは即ちドイツのこと。ナチスが第三帝国だったのなら、EUとは第四帝国。今回の離脱劇とは、突き詰めれば「ドイツの奴隷にはなりたくない」という反発だったのでは? 属国になれば奴隷の平和が保てますが、独立すれば厳しい現実に直面しなければなりません。しかし「長期的に見れば、いずれ来るEU崩壊のときに盤石な主権国家として屹立していることになる」(小林よしのり氏談)のです。今のイギリスは耐える時、ダンケルク精神の「撤退して時機を待つ時」です。
 
 
 
 

2016年6月 1日 (水)

帰国しました。

 
本日、無事に帰国いたしました。お祈りくださった方々には厚く感謝申し上げます。それにしてもあっという間の2週間でした。
 
日程は前後しましたが、今年もデイヴィッド・ウェナム先生ご夫妻とお会いできました。妻とともにオックスフォードのご自宅にお招きいただきました。
 
 
 
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2016年5月28日 (土)

フィリップ・ジョンストン先生との再会

 
 
 
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昨日はケンブリッジに行きました。ウィクリフ・ホールで2年間にわたり旧約聖書とヘブル語を、そしてプライベートでは広くイギリスの文化と社会全般について薫陶をいただいたフィリップ・ジョンストン先生(Dr Philip Johnston)のご自宅にお招きいただいたからです。今年は妻と一緒に行くことができました。妻は、ジョンストン先生の奥様・パトリシア夫人とはウィクリフ・ホール時代に大変親しくさせていただきました。お互い19年振りの再会でしたが、あっという間に打ち解けて19年前に逆戻りでした。
 
ジョンストン先生は現在、ケンブリッジ大学ヒューズ・ホール(Hughes Hall, Cambridge)の学監(Senior Tutor)の要職にあられます。
 
 
 
 
 
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2016年5月26日 (木)

グレアム・トムリン先生との再会

 
この度の訪英で、ウィクリフ・ホール時代の恩師グレアム・トムリン先生(詳しくは過日投稿の関連記事『来月の訪英を前に』、『グレアム・トムリン先生、主教に任命される!』や『楽しみは次回に』等を参照のこと)と奥様のジャネット夫人にお会いすることができました。私たちも夫婦で先生ご夫妻と再会できたことを神様に感謝しております。昨年9月にカンタベリー大聖堂で執り行われた主教就任式にはデイヴィッド・ウェナム先生アリスター・マクグラス先生らが列席されたそうです。
 
19年振りの再会でしたが、この場の雰囲気がどれほど打ち解けたものだったかは、ぜひ以下の写真を見てご想像ください。
 
 
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2016年5月22日 (日)

ロンドンのCLC

 
先週の木曜日からロンドンに来ています。今回は妻と一緒の旅行です。昨日(土曜日)はウェストミンスター(ビッグベンの国会議事堂やウェストミンスター大聖堂などがあるところ)からテムズ河畔を歩いてシェークスピアのグローブ座、そしてミレニアム・ブリッジを渡ってセント・ポール大聖堂まで行きました。きょう(日曜日)の午後、グレアム・トムリン先生はここで礼拝説教されます。
 
ロンドンのCLC(クリスチャン文書伝道団)はセント・ポール大聖堂の近くにあります。妻は小物を、私はアリスター・マクグラス先生と N. T. (トム)ライト教授の新刊書をそれぞれ購入しました。
 
 
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2016年5月18日 (水)

再掲 「頭を下げる価値を上げるために」

2012年5月18日 投稿記事の再掲

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KGK40周年記念誌『主が建てるのでなければ』に、山口昇師の記念講演(「これからのKGKに期待するもの」)が収められています。以下は抜粋です。

 

・・・大学に進学する者の数がふえ日本が繁栄するのに、ヴィジョンも小形化してしまったような気がしてならない。地道に社会で貢献している卒業生はたくさんいる。地の塩としての彼らの貢献を私は心から尊敬している。しかしそれと同時に、神を知らない腐敗した為政者や、財界人、官僚、学者、芸術家の多い日本を思う時、りっぱな信仰を持ち、神を恐れる各界の指導者が輩出されることを私たちは祈らないで良いのだろうか。そのような大それた(?)ヴィジョンを持った人材が出現しなくて良いのだろうか。クラーク博士は「青年よ大志を抱け」と言ったが、KGKは「青年よヴィジョンを抱け」と言わないで良いのだろうか。プチブル的な小さなヴィジョンではなく、神のための大きなヴィジョンである。

大学4年の就活時、地元のトヨタグループの会社が第一志望でした。後に妻となる女性が「日本電装(現デンソー)」で勤務していたので、私は日本電装かアイシン精機に的を絞っていました。ところが、敬愛するS先生(当時は大学の先生で、後に献身されて私の所属教会の牧師となられた)から、「ゆるされるなら、神様がゆるして下さるなら、少しでも上を目指しなさい」と私を諭され、トヨタ自動車(株)に志望変更するよう熱心に勧めて下さったのです。最初は躊躇しましたが、結局、助言に従ってトヨタの面接を受け、内定をいただきました。そして卒業後、入社しました。4年間勤めましたが、S先生の助言に心から感謝した次第です。

S先生がアドバイスして下さった「ゆるされるなら少しでも上を目指す」とは、単に大企業を目指す、寄らば大樹の陰、ということではありません。冒頭で引用した山口昇先生のチャレンジを、クリスチャンとして受け止めるということです。S先生は広い視野で私にそのことを励まして下さいました。その後(ソニーでの勤務を経て)KGKの主事になった私に、S先生は再び、私の神学教育の場としてイギリス留学を励まして下さいました。

50歳を目前にした年齢となって、今度は私が若い世代のクリスチャンたちに「ゆるされるなら少しでも上を目指して」と激励したいのです。私自身が社会の指導層になる役目には召されませんでした。ですが、最高の環境と社会の指導層の一端を垣間見させていただいた経験をもとに、将来各界の指導者となって行く若いクリスチャンを励まし、チャレンジしたいのです。

精神科医であり受験指導でも著名な和田秀樹氏が、とてもストレート表現ながら、「青年よ(キリストにあって)大志を抱け」の真意を説き明かすようなことを述べておられます。

私は日本の政治家に欠けている態度は、選挙のときや、献金の相手には頭を下げるかもしれないが、そうでないときに、地元民のために頭を下げるということだと思う。偉くなるほど頭を下げる価値があがる。私だって、この松井(大阪府知事)という人の知的レベルについては馬鹿にしているし、野田さんだって、石原さんだって、橋下さんだって、好きではないが、向こうから頭を下げて、たとえば自殺予防とか、学力増進のために助けてくれと言われたら、ホイホイとOKするだろう。偉くなるほど頭を下げる価値が上がる。だから、私は頭を下げる価値を上げるために偉くなりたい。

若い世代のクリスチャンから、各界の指導者が輩出されることを願っています。そして社会のため、世界のため、そして何より主イエス・キリストの栄光のため、頭を下げる価値を上げるために偉くなってほしいと思います。

   「私はすべてのことを、福音のためにしています。

    それは、私も福音の恵みをともに受ける者となるためです。」

        コリント人への手紙 第一 9章23節(新改訳)

 

 

2016年5月 5日 (木)

結婚記念日

 
ジョン・ウィリアムスの『エコーズ・オブ・ロンドン("ロンドンの想い出")』。大学生時代の友人 I 君が私の結婚祝いにプレゼントしてくれたCDです。29年前の本日、私は結婚しました。新婚当初、CD第1曲の「ロンドンの街々(Streets of London) 」(R. マックテル作曲)が毎朝の目覚ましの曲でした。私たち夫婦にとって特別に思い出深いCDです。
 
来年は結婚30周年記念。主なる神様の不思議な導きを覚えます。
 
「見よ。わたしは新しい事をする。
 今、もうそれが起ころうとしている。」
    イザヤ書 43章19節 a(新改訳聖書第3版)
 
 

Echoes_of_london_1 Echoes_of_london_2 Streets_of_london

2016年4月27日 (水)

GodPod

 
GodPod とは、ロンドンの St Paul's Theological Centre(前回のブログ参照)が提供しているポッドキャストです。常連メンバーはグレアム・トムリン先生(Rt. Revd Dr Graham Tomlin、ケンジントン主教)、ジェーン・ウィリアムス師(Revd Dr Jane Williams、ローワン・ウィリアムス前カンタベリー大主教夫人であり、セント・メライタス・カレッジの神学教師)、そしてマイケル・ロイド学長(Revd Dr Michael Lloyd、ウィクリフ・ホール)です。先月、通算100回目の放送を迎えました。記念すべき100回目の放送のゲストはリチャード・チャーターズ主教(Rt Revd & Rt Hon Richard Chartres、ロンドン首座主教)でした。チャーターズ主教は、ウィリアム王子キャサリン妃の結婚式で聖書の奨励(説教)をした方です。日本でもテレビ中継や動画サイト等で見覚えのある方がいらっしゃるかもしれません。
 
過去のバックナンバーを含めたサイトはこちらです。実に幅広い分野を聖書的神学的に考察しながら、毎回、縦横無尽に語り合っているという感じです。100回目の放送の冒頭でジェーン・ウィリアムス師によるナレーションが入りますが、まさにイギリス英語!という感じのきれいな発音ですね。ポッドキャストではなく、イギリス英語ではポッドカーストなのですねー。
 
 
 
Godpod 
   画像は向かって左から、マイケル・ロイド学長、ジェーン・ウィリアムス師、リチャード・チャーターズ主教、そしてグレアム・トムリン先生です。ロイド学長のマフラー、チャーターズ主教の靴下の色が粋ですね。

2016年4月17日 (日)

来月の訪英を前に

 
Provocative_prodigal 
私は最近、グレアム・トムリン先生著の2冊の本を読み始めました。正確に言うと、1冊はすでに2002年の初版をざっと読みしています。もう1冊は昨年入手しましたが、私より先に妻が読み始めています。私が読み始めた方とは、画像の上側にある本、 The Provocative Church  です。2002年の時点で初版本を持っていましたが、画像は2014年に刊行された第4版です。出版社はSPCK社(The Society for Promoting Christian Knowledge「キリスト教知識普及協会」=アングリカンの出版社)です。妻が読んでいるのが下の本、The Prodigal Spirit: The Trinity, the Church, and the Future of the World(St Paul's Theological Centre、2011)です。
 
昨年6月の訪英ではトムリン先生とお会いできませんでしたが、うれしいことに来月(5月)にロンドンでお会いできることになりました。当ブログでお伝えしたように、先生は昨年ケンジントン主教になられ、更に多忙となられた中でお時間を取ってくださるというのです。有り難いことです。来月の訪英は妻を同伴してですので、トムリン先生もジャネット夫人とご一緒にお越しくださるとのこと。うちの娘と先生のお嬢様がかつて小学校の同級生でもあったので、ウィクリフ・ホール時代の昔話に花が咲くことでしょう。
 
 
Bishopgrahamatallhallows2015
 
ここで少しトムリン先生のプロフィールを紹介しておきましょう。グレアム(グラハム)・トムリン師(The Rt Revd Dr Graham Tomlin)は1958年生まれの58歳。お父様はバプテスト教会の牧師でした。クリスチャンホームで育ったものの、思春期は無神論者になったそうです。その後オックスフォード大学リンカン・コレッジ(Lincoln College, Oxford)に入学。英文学を専攻しました。この学寮(college)はかつてジョン・ウェスレーが1726年から教官(fellow)を務めていたことで有名です。(もう1つ余談ですが、日本のエリートは東大法学部を目指しますが、イギリスのエリートはオックスブリッジ(オックスフォード&ケンブリッジ)の英文学部を目指します。最も格式の高い学部は英文学部なのです。そういえば、故ジョン・ストット牧師もケンブリッジ大学のトリニティー・コレッジ(ケンブリッジで最も格の高い学寮)で英文学を専攻していました。) 大学生時代にはキリスト教信仰に戻っていて、大学内のキリスト者学生会(OICCU)で活動しました。かつてKGKの主事もされた OMF の宣教師デイヴィッド・ミラー先生は学生時代のトムリン先生の友人です。トムリン師は1980年に学部を卒業した後、1983年にウィクリフ・ホールに入学。1985年に卒業してもう1つの学士号(神学)を取得しています。先生がいつアングリカン(イギリス国教徒)になられたかは不明ですが、1987年に叙任され、エクセターにある教会の助祭(curate)になっています。そこで2年勤めた後、1989年からオックスフォード大学ジーザス・コレッジ(Jesus College, Oxford)のチャプレンになると同時にウィクリフ・ホールの教師と迎えられました。1994年にジーザス・コレッジのチャプレンを辞してからはウィクリフ・ホールのフルタイムの教師となりました(大学の神学部の講師も兼任)。因みに、同年の秋に私は入学しています。ウィクリフ・ホールで主に歴史神学(教会史)と伝道学を担当されましたが、以前のブログでも書いたとおり、先生は何でも担当できるオールラウンダーでした。その後、アリスター・マクグラス学長のもとで副学長も務めた後、2005年にウィクリフ・ホールを辞してロンドンに移りました。ホーリー・トリニティー・ブロンムプトン教会(以後 HTB。ロンドン・ブロムプトン地区の聖三一教会)が運営する St Paul's Theological Centre の学長として迎えられ、更にその後、2007年にロンドン主教区(HTB協賛)と別の主教区によって設立された新しい神学校、セント・メライタス・カレッジ(St Mellitus College)の学長に就任しました。トムリン師のリーダーシップのもと、設立からわずか8年でこの神学校は生徒数600名余、その内司祭候補生(ordinand)は173名を数えるイギリス最大の神学校に成長しました。2013年にはイングランド北西部の都市リバプール(言わずと知れたビートルズ発祥の地)でのエクステンション校が開校。そして卒業生たちは(司祭&信徒献身者)各地の伝道の現場に散っています。この貢献が認められてのことでしょう、昨年7月にケンジントン主教(Bishop of Kensington)に推挙され、9月にカンタベリー大聖堂において就任式(consecration)がジャスティン・ウェルビー大主教の司式で執り行われました。現在はケンジントン主教としてロンドン西部の諸教区(parish)を監督するとともに、セント・メライタス・カレッジの総長(president)として引き続き神学教育にも携わっています。
 
さて、トムリン先生の以上の経歴を知れば画像の本、The Provocative Church に関心が湧いてきませんか? 因みに、トムリン先生の同労者、HTB主任司祭のニッキー・ガンベル師は現在、ブロンムプトン地区(ロンドンの中心部サウス・ケンジントン)で4千人の教会員を牧する牧師であります。ウィクリフ・ホールの現学長マイケル・ロイド師(Revd Dr Michael Lloyd)はHTB関係者でもあり、以前は上記の St Paul's Theological Centre の教師でもありました。また、上記のジャスティン・ウェルビーカンタベリー大主教は信徒時代、HTBの教会員であり、先代司祭のサンディー・ミラー師(Revd Sandy Miller)のとりなしで神学校(Crammer Hall, Durham)に進学した人です。つまり、現在のイギリス国教会においてHTBとは台風の目のような存在であり、その影響は多方面に及んでいます。英語で言うなら inevitable、つまり "避けられない"、"無視できない" 存在であります。
 
HTBが国教会の中にあっていわゆるペンテコステ・カリスマ運動の影響を受けていると教会と言われます。確かに先代のミラー師の時代はそのような面があったことは否定できませんが( しかし Wikipedia ではミラー師のこの面について "Miller is the Charismatic Evangelical tradition of the Church of England, but has usually concentrated on local missions and not on participation in contoroversies in the wider Anglican Communion." と記している)、現在のガンベル師及びトムリン先生はウィクリフ・ホールの卒業生、 ウェルビー大主教もダラムのクランマー・ホール出身であることから、いわゆる「ペンテコステ・カリスマ派の教会」にカテゴライズできないと見受けられます。そのような教理的・現象的強調よりは、ポストモダンと呼ばれる極度に世俗化し多元化した社会でいかに主イエス・キリストの福音を宣べ伝えるか、そして人々をキリストの弟子に導き、神の国を生きるクリスチャンに成熟させるかという福音宣教の王道を歩んでいる姿の方がむしろ顕著です。HTB発祥の「アルファ・コース(Alpha Course)」もその一環ですが、HTBをめぐる残念な「風評被害」で、日本の福音派においてこのコースが警戒され浸透しにくくなっているのが現状のようです。
 
百歩譲ってHTBがペンテコステ・カリスマ運動の影響を受けた教会であったとしても、すでに日本においてですらその陣営(あまりこういう語は使いたくないですが)に属する教派教会、もしくはその影響下にある単立または教派教会出身の神学者(神学校教師)または牧師たちと、いわゆる福音派の神学者や牧師たちとの意義ある「対話」が主に若い世代の中で始まっています。例えば、本ブログで紹介させていただいた山崎ランサム和彦先生ですが、先生は現在「日本福音主義神学会」の中部部会理事長という立場にあられます。率直に聞きたいですが、山崎ランサム先生の所属教会の背景を鑑みて、今から20年前にこのようなことが起こると考えられましたか? 考えられなかったと思います。しかし実際に起こっているのです。これはつまり、教派背景や神学的エートスの偏見抜きに、しかし厳密な聖書的かつ学問的な議論に基づいて対話ができる土壌が若い世代の学者や牧師たち、ひいては信徒の「学徒」たちの中で根付き始めていることの証左であります。つまり日本ですらそのような兆しが見られるのであれば、イギリスにおいては尚更であります。いや、むしろ対話は遥かに進み、神学的・教会的交流は遥かに盛んであると言えましょう。グレアム・トムリン先生らは、その潮流のまさに最先端にいてムーブメントを牽引している人たちです。
 
 
Provocative_church_2 
The Provocative Church は2002年に初版(First edition)が刊行されて以来、初版が2度の「重版出来(じゅうはんしゅったい)」(そんなタイトルのテレビドラマが放映中ですね)。2004年に第2版(Second edition)が刊行し、以後3回の重版。2008年に第3版(Third edition)の刊行で、以後4回の重版。そして2014年に第4版(Fourth edition)が刊行され現在に至っています。2012年にはドイツ語版も刊行されています。もうお分かりのように、本書は間違いなく英キリスト教界のロングセラーです。上記のとおり、私は初版にはざっと目を通してましたが、当時は書いてある内容にそれほど関心が湧いてこなかったのが正直なところです。当時の私はKGKの主事であり牧師ではなかったので、牧会の実際が分からなく、ゆえに実感も湧いて来なかったのでしょう。しかし2006年春に教会の牧師となって以来、今年で11年目を迎える中で、私の視点と関心は大きく変わりました。今、第4版を手にして読み始めていますが、内容がむしろポンポン目の中に入ってくるようですらあります。特に第3章の "The king and the kingdom" と第4章の "The kingdom, the Church and evangelism" では、トムリン先生がもともと専門とするM. ルターの十字架の神学や、日本ではまだ始まったばかりの N. T. ライトの神学(特に新約神学叢書の第2巻、Jesus and the Victory of God)をはじめとする「史的イエスの第三の探求」学派(?)による「神の国」の思想が咀嚼され上で手際よく纏められ、教会の使命である伝道に神学的骨格を与えています。しかし本書がターゲットとする読者層は牧師や教職者というよりも、むしろ一般信徒ではないかと思われます。勉強し過ぎの牧師たち(日本では顕著)の知的欲求を満たすことより、一般信徒に伝道の神学のエッセンスを提供することに重きが置かれているように思えてなりません。巻末に Study guide(読書会の手引き) が付されているので、牧師と信徒がディスカッションしながら学べるよう配慮されています。
 
 
Prodigal_spirit 
他方で教会の伝道、そしてこの世で神の国を証しする教会において働かれる聖霊のご人格とみわざについて、深い洞察に基づきながら一般信徒に説き明かす本がまだまだ少ないように思われます。私は本書を昨年6月の訪英で入手しましたが、恥ずかしいことにずっと「積ん読」状態でした。今、妻が読み始めていますが、後で私も読むつもりです。来月トムリン先生とお会いするまでにはひととおり目を通しておかねばと思っています。まだ読んでいないので、本書について感想や印象は書けません。いつか改めてご紹介できればと思います。英語の書名から、ティモシー・ケラー著『「放蕩」する神The Prodigal God)』(いのちのことば社)を彷彿させます。まさかパクったのではないと思いますが(笑)
 
最後に、私は上記の2冊を読んだ上で、来月トムリン先生とお会いした際に1つだけどうしても聞きたいことがあります。それは上記の教会の伝道と聖霊の働きに関連してです。その質問とは、「聖霊による福音宣教の方向」です。私は今年度、つまり現在奉職する教会での最後の年度の礼拝説教の聖書箇所として「使徒の働き」を導かれました。現在、第1章の釈義に取り組んでいます。1章8節のイエス様のお言葉「・・・そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」(新改訳聖書第3版)は、その後の福音宣教の方向をすでに暗示している共に、著者ルカはその方向に従ってこの書を構成していることは明白です。7章まではエルサレムでの出来事、8章及び9章はユダヤとサマリヤ全土、そして10章のヨッパでの出来事に始まり以降の章は「地の果て」とされるローマへの宣教となります。弟子たちを「地方(辺境)から中央へ」の宣教に導かれた聖霊は、他方で使徒パウロの宣教においては(使徒行伝の記述とパウロ書簡を総合すると)逆に大都市圏に核教会を形成し、その核教会が衛星教会を周辺地域に興すという働きに導かれているように思われます。つまり聖霊の導きは「地方から中央へ」という方向と共に、「大都市圏から周辺地域へ」という方向も見出される中で、今日の福音宣教においてそれぞれの方向性をどう位置づけるか、またトムリン先生ご自身の働きと伝道の戦略においてどう位置づけておられるのか、その辺をぜひ伺ってみたいと思うのです。これをご覧の牧師先生方には「アホな質問だなー」と笑われそうですが、「聞くは一時の恥」と言いますから、遠慮無く質問してみようと思います。実はこの質問には個人的な理由・動機も含まれているのですが、それが何であるかはまた別の機会にでもお分かちすることにいたしましょう。
 
 

2016年3月28日 (月)

John Williams at the BBC - 2016

 
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最近の英BBCの番組から。貴重映像満載。特に1970年代のジョンの映像が多いのがうれしい。1972年製イグナシオ・フレタ・エ・イホスによる演奏の数々。
 
 

2016年3月 1日 (火)

女王付き牧師への任命

 
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ケンブリッジ市のあるイーリー主教区(Diocese of Ely)からの発表によると、ルパート・チャーカム先輩(The Revd Rupert Charkham、本当にウィクリフ・ホールの先輩)がこの度、エリザベス女王付きの宮廷牧師(Chaplain to Her Majesty The Queen)の一人(全員で36名)に任命されました。この職務はかつて、故ジョン・ストット師が務めた要職です。
 
チャーカム師はエクセター大学での学生時代1980年にクリスチャンになり、卒業と同時にロンドンのシティ(金融街)で保険業に携わりました。その後に献身。1989年にウィクリフ・ホールを卒業して司祭(牧師)に叙任されています。牧会の現場に出てからはセント・オールデイツ教会(St Aldate's Church, Oxford オックスフォード)、セント・バーナバス教会(St Barnaba's Church, West Kensington ロンドンのウェスト・ケンジントン)、セント・ポール教会(St Paul's Church, Salisbury ソールズベリー)での牧会を歴任後、2003年からケンブリッジ市内の由緒あるホーリー・トリニティー教会 (Holy Trinity Church, Cambridge)の主任司祭を務めておられます。
 
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ホーリー・トリニティー教会はかのチャールズ・シメオン(Charles Simeon, 1759ー1836)が19世紀に司祭として奉職した教会です。当時、リベラル一色であったケンブリッジで、教会員や大学関係者の想像を絶する嫌がらせを受けながら福音主義の聖書講解を息長く続け、ついには多くのケンブリッジ大学生の回心を導いたのがシメオンでした。このムーブメントはやがて1877年の CICCU(キッキュー、Cambridge Inter-Collegiate Christian Union ケンブリッジ大学キリスト者学生会)結成に大きな影響を与えることになりました。シメオンはまた、宣教師ヘンリー・マーティンのメンターでもありました。因みにこの画像は、私が昨年6月にケンブリッジに行った折に撮影したものです。
 
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ケンブリッジとホーリー・トリニティー教会の伝統の中で、ストット師に続き、この度のチャーカム師の女王付き牧師の任命が福音主義者に託されたことの意義は小さくないと私は考えます。蛇足ながら、本書の中で著者のオリヴァー・バークレーは次のように述べています。"When Simeon died in 1836、he left no student organization behind him. Indeed, such a thing was probably unthinkable in his day. But Holy Trinity Church continued the evangelical tradition and the converts of the new evangelical parishes all over the country came in increasing numbers to Cambridge and attended that church.  (Oliver R. Barclay、 "From Cambridge to the World"、p. 17)
 

2016年2月27日 (土)

イギリス議会は最高のエンタテイメント!

 
信夫梨花 『イギリスの首相に学ぶ! 反論の伝え方』
主婦の友インフォス情報社 2016年 1,300円+税
 
 
 
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著者による<読者の皆さんへ>から
 
 何年か前、ロンドン在住のフランス人の友人と、イギリスの好きなところについて話し合っていた時、イギリス議会、なかでも首相のクエスチョン・タイム(Prime Minister's Questions = PMQ)は最高だよね、ということで意気投合しました。
 その友人はロンドンで映画配給会社を運営しており、数え切れないほど面白い映画を観ている人。その彼が、「イギリス議会は最高のエンタテイメントだ!」と太鼓判を押しているのです。
 毎週水曜に行われるPMQは、アメリカでもテレビ放映され、政治ジャンルのなかで、最も人気の高い番組になっているそうで、「アメリカも2大政党制なのに何故これができないのか?」と羨ましがっているとか。
 イギリス人が「劇場(theatre)」とさえ呼ぶPMQには、確かに政治がテーマの劇場を見ているような、スリルとドラマがあります。しかし、それは難しくて深刻なだけでなく、ウィットに富んだ話術や、ユーモアのセンスと笑いに満ち溢れた時間でもあるのです。
 ほんの30分間ですが、毎週、PMQを見ていれば、イギリス全国津々浦々で何が起こっているのか、今、何がイギリスにとって最も大きな問題であるのかを知ることができます。また、どんな質問や批判が来ても、イギリスの首相が、顔色も、表情も変えずに切り返す様を見ていると、胸のすくような快感も味わえます。首相がどのように危機を切り抜けるのかを、つぶさに観察することができて、大いに勉強になるのです。
 この本では、PMQのテレビ中継が始まった、サッチャー政権終盤の1989年以降の歴代イギリス首相の答弁を中心に、彼らの反論の決め台詞に注目し、ご紹介しています。イギリスでも歴史に残るとされる討論や、各首相の代表的なやりとりを主に取り上げました。
 和を大切にする日本人から見ると、過激に映る表現もあるかもしれません。ただのレトリックではないか、と思われる言い回しもあることでしょう。
 しかし、そうした言葉を巧みに使いながら、イギリスの政治家は話し合いを深めていくのです。日本人が思いもよらない反論や発想は、私たちが日常生活でピンチに立たされた時に応用できるだけでなく、より良い議論につなげるステップとして、知っておいてもよいのではないでしょうか。
 イギリスの首相たちの絶妙な切り返しを、どうぞお楽しみください。
 
 
この動画は最近(2月24日)のPMQです。
 

2016年2月23日 (火)

祝・再刷!

 
昨年12月の記事
 
 
 
今年2月に事実上の改訂2版となる「再刷」が刊行されました。拙ブログを含む読者諸氏からの指摘があったのでしょう。初版に散見された数多の誤記・ミスプリ・奇妙なカナ表記等々はほぼ全面的に修正されました(p. 213 の「ウェンハム」は依然気になるが・・同じ出版社のティンデル聖書注解シリーズ『民数記』の著者は「(ゴードン・)ウェナム」と正しく表記されているので)。修正のために迅速かつ誠実に対応してくださった著者と出版社には大いなる敬意を表します。何より、今こそ本書を心からお薦めできることを喜びたいと思います。多くの読者を得て、これから「再刷」版がもっともっと再刷りされてほしいと願う次第です。もう少し欲を言えば、今後は更にぜひ文献表・Name Index・Subject Index を付した保存版にまで質を上げていただければと願うものです。そうすれば本書は後世から記念碑的著作との評価を受けることでしょう。
 
まだ本書を購入されていない方は、ぜひ「2016年2月1日再刷」と記された版を選んでください。初版が未だ一部の書店では在庫として残っているようです。注文時は「再刷」版をと、はっきり言いましょう。そしてチェックしましょう。(結局、私は初版も「再刷」も購入しましたが。)
 
PS. 先ほど気付いたのですが、p. 230 の「・・ロイドジョンズは、パッカーとともにケンブリッジの学生のころからピューリタンルネサンスを説いていた人物である。」とは、「パッカーは、ロイドジョンズとともに、オックスフォードの学生のころからピューリタンルネサンスを説いていた人物である。」ではないでしょうか? パッカーは生粋のオクソニアン(オックスフォード卒業生)ですし、ロイドジョンズがケンブリッジの学生だったとは寡聞にして知りません。いずれにしても、主語と述語と事実関係が不明瞭な一文です。
 
 
 
Fujimoto

2016年2月 2日 (火)

天路歴程としての<ノクターナル Op. 70>

 
「今、私たちは鏡にぼんやり映るものを見てますが、その時には顔と顔とを合わせて見ることになります。今、私は一部分しか知りませんが、その時には、私が完全に知られているのと同じように、私も完全に知ることになります。」  
コリント人への手紙 第一 13章12節 (新改訳聖書第3版)
 
 
2013年という年は、2人のイギリス人作曲家にとってのメモリアルイヤーでした。その2人とは、ジョン・ダウランドJohn Dowland、1563ー1626)とベンジャミン・ブリテンBenjamin Britten、1913ー1976)です。前者にとって生誕450年後者にとって生誕100年の記念の年でした。クラシックギター界ではこの年を境に、ある曲がギタリストたちの演奏会で取り上げられる頻度が以前に増して上がっている気がします。その曲とは、20世紀後半のギター音楽最高傑作の一つとして誉れが高い、ベンジャミン・ブリテン作の『ノクターナル  Op. 70』(Benjamin Britten、Nocturnal after John Dowland、Op. 70)です。
 
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この曲はイギリスの名ギタリスト、ジュリアン・ブリームJulian Bream、1933ー )の委嘱によって作曲され、1964年6月にオールドバラ(Aldeburgh)で行われた音楽祭でブリームの独奏によって初演されました。(出版譜には前年の「1963年11月11日オールドバラにて」と記されています。ダウランド生誕400年を記念する意味が込められていると考えられます。)
 
この作品は、7つの変奏[I. Musingly(瞑想して)、II. Very agitated(非常に激しく)、III. Restless(休みなく)、IV. Uneasy(不安げに)、V. March-like(行進風に)、VI. Dreaming(夢見ながら)、VII. Gently rocking(やさしく揺れながら)]、長めのパッサカリア(Passacaglia)、そして最後に主題(〜Slow and quiet ゆっくり静かに〜)が来るという構成の変奏曲です。ブリテンによって<ノクターナル>の主題として採用されたのはダウランドの『歌曲集第1巻』(1597年)の中の第20曲<来たれ、深き眠りよCome, Heavy Sleep)>です。歌詞では、悲嘆にくれる「私」が眠りに逃れたいと切望します。非常にネガティブな印象を受けるかもしれませんが、ギタリストの北口 功氏は「ただ、悲嘆に訴えたいというよりも、この状況におかれてみると、数々の言葉が、率直な意味で腑に落ち、力強いつながりで光を増すという点が、詩作の主眼であったと見るべきでしょう。唐詩や室町時代以前の和歌(百人一首など)と同じです。」と解説しています(『現代ギター』2013年7月号 No. 593、p. 22)。
 
Come, heavy sleep, the image of true Death;
(来たれ、死の陰宿した、深き眠りよ)
And close up these my weary weeping eyes:
(泣き疲れた我が悲しみの眼を閉ざしたまえ)
Whose spring of tears doth stop my vital breath,
(あふれる涙が我が息を止め)
And tears my heart with Sorrow's sigh-swoll'n cries:
(心は嘆きの溜息で膨らみ張り裂ける)
Come and possess my tired thought-worn soul,
(いざ来たりて奪いたまえ、疲れ果てた魂を)
That living dies, till thou on me be stole.
(私は生ける屍がごとし お前が来るまでは)
 
北口 功訳
 
ここから<ノクターナル Op. 70>の初演者であり最良の解釈者であるジュリアン・ブリームによる円熟の演奏をお聴きいただきましょう。まずは出だしの I. 「Musingly(瞑想して)」です。
 
 
 
この後、変奏を重ねてパッサカリアに入ります。この音楽形式らしく、ここでは低音のドーシラソーファーミーの下降モチーフが執拗に繰り返され(30回以上)、バロック音楽の技法を駆使しつつモチーフの合間を縫ってモダンな音楽がエネルギッシュに展開されます。このパッサカリアから主題(Slow and quiet 〜ゆっくり静かに〜)に至る箇所を上記の北口 功氏に解説していただきましょう。尚、引用部の太字はのらくら者によります。
 
このパッサカリアの終結では、そこまで執拗に繰り返されてきた低音の下降のモチーフが上へ下へと入り乱れますが、そこに挟まっているのは、まるで悲鳴のようにも聴こえる和音の掻きならしです。この和音は実はEのコードなのですが、2回3回と鳴らされるうち、このEコードが音たちをホ長調の秩序へと吸い込みながら、音楽を鎮静させ、乱暴に登場したはずの掻きならしも、いつの間にか、えも言われぬ典雅な響きに印象を変えています。
 
この導入に続いて極めて幻想的にダウランドの歌が到来し<ノクターナル>は終わります。ここに至って織りなされる純然たる調の秩序は、まるで、宇宙のはるかな長旅から帰還して来てようやく見えた地球の姿のようです(私は、人工衛星はやぶさの最後の電送写真を思い起こします)。何という帰宅感、これほどまでのロマンを実現するギター作品がほかにあるでしょうか。(北口 功 『現代ギター』2013年7月号 No. 593、p. 25)
 
では上記の解説を心に刻んでブリームの名演奏をお聴きください。
 
 
 
いかがでしたか? では、本作品の独創性と深遠さはどこにあるのでしょう。これについては南米ウルグアイ出身のヴィルトゥオーゾ&学者ギタリストであるエドゥアルド・フェルナンデスEduardo Fernandez、1952ー )が素晴らしい解説をしてくれています。以下がその引用です。太字赤字はのらくら者によります。 
 
ブリテンは、変奏と主題の順番を逆にするという形而上学的なトリックを作り出しています。作品を聴いていると、その全ての変奏の背景に、何か共通するエレメントを感じます。しかし、それは直感的な認識であり、共通する主題を示す変奏と変奏の間の関係のようなものです。秩序に対する潜在意識であって、隠喩的に言えば、秩序の香り、秩序への漠然とした感じです。しかし、それが何であるかを正確に知ることはできません。最後にジョン・ダウランドの曲が現れると、それが何であるかが解るのです。これは聖パウロが「わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。だがそのときには顔と顔とを合わせて見ることになる」(コリントの信徒への手紙13章)と書いた啓示のようなものです。おそらくブリテンも同じことを思っていたのでしょう。最後にダウランドの主題と共に真実が現れ、突然すべてのことが意味を持つようになるまで、我々は1つの驚きから次の驚きに、1つの夢から次の夢に、進まなくてはならないのです。
(中略)
ブリテンは以前からダウランドと波長が合っていたようです。しかし、主題と変奏の順序を変えるというのは、私はとても良いアイデアだと思います。各楽章は、文字通り主題に基づいていますから、絶え間なく変奏の中に形を変えて存在します。主題を知ると、主題と離れた音が一音たりとも存在しないことがよくわかります。しかし、初めてこの作品を聴く人は、ダウランドのメロディーが、変奏の中で何かを起こしているように感じるはずです。あなたを引き付ける何かを感じ、そして、最後にそれを知るというのは素晴らしい瞬間です。エドゥアルド・フェルナンデス談 『現代ギター』 2013年8月号 No. 594 p. 56)
 
 
北口氏がそして E. フェルナンデスが<ノクターナル Op. 70>の意義を鮮やかに解き明かしてくれたとおり、この曲がたたえる独創性と深遠さとは、実はキリスト教終末論そのものではないでしょうか。変奏と主題の順番が逆になっていること、変奏(現世での信仰生活)の中に主題(キリストの再臨による完成)がすでに形を変えて埋め込まれていることは、まさに私たちキリスト者の天路歴程の道程でありましょう。そして最後の主題に導かれる「帰宅感」と「秩序への回帰」の安堵とは「キリスト教固有のメッセージである<希望>」(ユルゲン・モルトマン談)ではないでしょうか。フェルナンデスは「おそらくブリテンも同じこと(I コリント13章12節)を思っていたのでしょう」と推察します。これがそのとおりだとすれば、この曲が持つ奥深さとは、キリスト教終末論(consumation)に由来する深遠さと言っても過言ではないでしょう。
 
<ノクターナル Op. 70>、素晴らしい作品です。ブリテンがこのような傑作をギターのために書いてくれたことに感謝したいです。またそうなるよう働きかけてくれたジュリアン・ブリームの貢献を改めて特筆したいと思います。演奏には高度なテクニックと音楽性が要求されます。現在の私には歯が立つ作品ではありませんが、いつの日かものにすべく練習に励みたいと思います。しかしそれ以上に、信仰生活によってこの曲を奏でてみたいと願うのです。
 
 

 
 

2016年2月 1日 (月)

ジョン・ウィリアムス 〜驚異のテクニック

 
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『現代ギター』 2015年2月号(No. 614)から。
 
手塚健旨氏の証言(同号 p. 66)
 
 こうして私は東京へ出ることになったが、「♪は〜るばる来たぜ函館へー♪」とサブちゃんが歌うように、その頃の東京は遠かった。しかも登別から函館へ出るのさえ4時間も掛る。不安を抱えながらも、青函連絡船を乗り継ぎ上野駅に到着、やっとのことでコンサートホールに辿り着いた。
 すると私の席は何と1番前のど真ん中だった。
 (中略)
 ・・そんな事件があったこともあり、1968年のジョン・ウィリアムスのコンサートは今でも鮮明に覚えている。
 とにかく凄かった。右手などまったくブレず、左手の指運びの見事さには唖然とさせられた。愛器エルナンデス・イ・アグアドから紡ぎ出す音は例えようもなく美しかった。まるで精密機械のようで、勿論ミスなどはなく、ギターが難しい楽器と言われているのは嘘だと思った。
 これは私ばかりでなく、周りの席に座った人たちの驚きの表情を見て、彼らも同じ感想を抱いていることが伺われた。なぜなら、毎日が平凡に過ぎ去る登別では、そんな興奮した顔を見たことがなかったから。
 ジョンはギターを楽々と操る天才である。ジョンの印象は今も変わっていないが、その時に聴いたのが、彼の最高の演奏だったと思う。
 
上記の手塚氏の感想に加えて個人的な印象は、 右手親指が低音弦を弾弦する際に伝わる「ドスン」という響きの迫力。堅固な低音弦の上に組み立てられる華麗な中高音部というジョンの音楽も現在に至るまで変わっていないと思います。彼の右親指は長くて強靱です。
 

2016年1月20日 (水)

トランスポジション(転位)

 

2011年10月10日の記事から一部を抜粋。英語圏、特にイギリスの大学が新入生に「ギャップ・イヤー(gap year)」を勧める理由にも関係するかなとも思い。

 

   3)受肉における適応と連帯

   
  

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本当は4番目の文章も途中まで書いたのですが、わけあってアップするのはやめました。少しさわりだけ紹介しておくと、これは C. S. ルイスによるオックスフォード大学マンスフィールド・コレッジでのペンテコステ説教となった『転位(トランスポジション)』という論考から着想を得た文章でした。『転位』の邦訳は、例えば、新教出版社刊の「C. S. ルイス宗教著作集」の中の『栄光の重み』に収録されています。ただ、西村徹氏による翻訳は概して直訳調で、熟れた翻訳とは言い難いと思います。

 

本題から脱線しますが、一例を挙げましょう。ルイスが『転位』の中で、同一の感覚的経験が、時と場合に応じて異なる解釈を生み出すことの論証を試みる箇所で、その経験の主観的解釈を「感情=エモーション」と名付けた上で、この感情と「感動(=センセーション)」との対応関係が一対一の関係でないことを指摘し、次のように述べる部分です。

 

西村訳ではこうなっています。

   「また一方の系統が他方の系統よりも真に豊かである場合、その種の対応は
    ありえないはずです。もし、とにかくも、貧しい系統の中に、豊かな系統
    に相応すべきものがあるためには、貧しい系統の中の各要素に一つならぬ
    意味を付与するしか方法はありません。豊かなものの貧しいものの中への
    転位は、いわば、算術的ではなく、代数的でなければなりません。」
    
                       『栄光の重み』 p. 137

これに対し、有賀寿師は次のように訳しています。

   「じじつ、一つの体系が他のものより実際に内容のあるものである場合には
    、そういった種類(一対一という)の対応関係は決して存在しえないので
    ある。かりにより内容のある体系をより内容のない体系として表現する
    はめに立つとするならば、それは、より内容のない体系の一個一個の要素
    に一つ以上の意味を付与することによっておこなわれよう。すると、内容
    のあるものからないものへのトランスポジション(転換)は、いわば算術
    的なものとなるよりは、代数的なものとならざるをえまい。」
    
          『信仰と科学』 第1号(1972年) すぐ書房  p. 14 

 

ルイスの原文がそもそも難解な内容ですが、有賀訳の方がルイスを意図をより明確に訳出していると思います。とくに、ルイスが「転位」を芸術表現(絵画や音楽)と関連させて説明しているので、西村訳のように「(貧しい系統の中に、豊かな系統に)相応すべきものがあるためには」と直訳的に訳すより、有賀訳のように「(より内容のある体系をより内容のない体系として)表現するはめに立つとするならば」と訳した方がずっと分かり易くなりましょう。

 

 

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本題に戻ります。この『転位(トランスポジション)』を通じてルイスが言わんとすることは、「低次の世界のできごとは、高次の世界についての理解を待たずしては、本当は不可能だ」ということです。例えるなら、山下和仁さんがドヴォルザークの交響曲第9番『新世界より』の全楽章をギター1本の編曲にし演奏したことは、もとのオーケストラ総譜(スコア)とのその演奏(サウンド)を知っている人には深い意味を持つ編曲と響くでしょうが、そうでない人には普通のギターが与えるだけの感動しか与えない、ということです。感情(エモーション)と感動(センセーション)の関係が必ずしも一対一ではない理由がここにあります。

同様に、信仰生活においても、感情と感動の対応関係は一対一ではありません。同じ事象を「より豊かに感動する」人と、「ただ感じる」人とがいるのです。牧師が、信徒の日常生活の眺めて「ただ感じる」だけならば、信徒がその説教に失望するのも当然でしょう。より高次の理解を求める時、それが時により多くの経験を積む要請が生じる場合があります。「社会経験」とは、そのために寄与する大切な経験なのだと私は信じます。

ルイスは、『転位』の中で、「転位」と「受肉(の神学)」との関係にも言及しています。ここまで書けば、私が上記「受肉における適応と連帯」に続いて、『転位』から着想を得た第4番目の文章を書こうとした意図を想像していただけると思います。

 

 

2016年1月13日 (水)

ケジメなさい!

 
批判を覚悟で言うが、ずっと以前から気になっていること。
神学生が雑誌で連載執筆したり、集会や大会の主講師や分科会講師を務めること等々。
私などは思わず「お前ら、修行中の身やろ!」と心の中で叫んでしまう。
節操、ケジメがないんだよね。
本人はもとより、招く側も招く側なら、指導しない神学校も神学校だと思う。
あー、こういうこと言う私は時代の遺物?
新年早々のボヤキにて失礼。
 
 
 

2016年1月 1日 (金)

謹賀新年

 
明けましておめでとうございます。
 
今年もよろしくお願いいたします。
 
 

2015年12月18日 (金)

ピーター・ウォーカー先生の本

 
ウィクリフ・ホールで新約神学、聖書解釈学そして説教演習の薫陶をいただいた恩師、ピーター・ウォーカー先生(Rev Dr Peter W. L. Walker)の本が邦訳出版されています。過日のブログ『もう時効でしょうから』の写真で N. T. ライト教授の隣りに座っているのがウォーカー先生です。今回、いのちのことば社から出版された本及び著者紹介は下の画像をご覧ください。大版のハードカバー、豊富なカラー写真とウォーカー先生の信仰と博識が詰まった文章の邦訳本が、何とたったの2,200円+税。これは買うしかないでしょう!
 
日本人からするとイスラエルは(地理的に)遠い国ですが、イギリス人にとって「アフリカは宣教地、インドは我が経済圏、そしてパレスチナ地域は<裏庭>」といった感覚です。ウィクリフ・ホールの卒業生で『きかんしゃトーマス(原作「汽車のえほん」)』の著者ウィルバート・オードリー牧師(Rev Wilbert V. Awdry)も、卒業後にエルサレムの学校で教師として働いています(→『異色の卒業生』参照)。ピーター・ウォーカー先生も今まで数え切れないほど聖地を訪ねています。彼らにとって聖地旅行は裏庭感覚なのです。これには表と裏の意味があります。表とはもちろん地理的・距離的な近さ、裏とはかつての(委任統治という名目の)植民地・支配地としてパレスチナ地域への近さ(因縁)という意味です(本書 P. 154 以降で言及あり)。イギリス人が持つこの感覚は、表の意味であれ裏の意味であれ、日本人には理解し辛いでしょうね。
 
 
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その他のウォーカー先生の著書(未邦訳)です。

 

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2015年12月15日 (火)

藤本 満著『聖書信仰 ー その歴史と可能性』を読んだ

 
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今、話題のこの本、私も拝読いたしました。主な内容については、ネット上では例えば山崎ランサム先生による紹介(→ここ)や、同ブログ上でゲスト投稿してくださっている著者の藤本先生ご自身の解題(→これそれ)等々がすでにアップされているのでご参照ください。第1章から第12章にかけて、聖書論の歴史的変遷については私自身もとても良い勉強をさせていただきました。他方、第13章以降の議論は、当ブログの読者(特に当ブログで紹介した本を自分で取り寄せて律儀に読んでくださっている読者 ← 信徒の方でもいらっしゃるんですよ。時々感想や質問を寄せてくださいます。)にとってはそれほど目新しい議論ではなかったのでは?と思います。それはそうと、あちこちに誤字・誤植・ミススペリング(綴り間違い)・??なカナ表記・事実誤認?(p. 196 等 1966年にロイドジョンズとストットは決別しているのですが・・。1967年にキールで開催されたのは First National Evangelical Anglican Congress = NEAC I であって、アングリカンでないロイドジョンズが参加しているはずがない。『去った者の証し』、読んで!)が散見され、ちょっと気になりますね。
 
 
 
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『聖書信仰 ー その歴史と可能性』を読んで、特に13章以降を読みながら私はしきりに画像の2冊を思い起こしていました。左側の青い本は、R. T. FranceAlister McGrath の編集による論文集 Evangelical Anglicans: Their Role and Influence in the Church Today (SPCK、1993)です。編集者と表紙に記された寄稿者の名前をご覧になってもうお分かりのように、ウィクリフ・ホールの当時の教師たち及び教師 OB の学者たち(Oliver O'Donovan や Nigel Biggar など)、また国教会信徒で他分野の学者(Donald Hayー経済学者)による論文集となっています。私は翌年の1994年からウィクリフ・ホールで学び始めたので、これら寄稿者のほとんどは私の恩師たちでもあります。これら寄稿者たちの共通項は「オープン・エヴァンジェリカル(Open Evangelical)」です。オープン・エヴァンジェリカルについては、以前アップした『Fulcrum(フルクラム)』という記事をご参照ください。藤本先生の本に「信仰的批評学」としてのイギリスの福音主義に言及されていますが、イギリスの福音主義とて決して一枚岩ではないのです。とりわけ1966年10月に起こったロイドジョンズとジョン・ストットの歴史的対決以来、福音主義陣営内の二極分化は顕著となっています。藤本先生の本で言及されている「イギリスの福音主義」とは、要するに「オープン・エヴァンジェリカル」のことではないでしょうか。そして本書自体が、オープン・エヴァンジェリカルの立場と思われます。従ってこの度の藤本師の著書は、画像左側の青色の本に相当する本がようやく日本でも公に刊行されたことになるのでは。日本におけるオープン・エヴァンジェリカルの「決起の狼煙」とも見立てることができましょう。このインパクトは小さくないはずです。とはいえ、2015マイナス1993イコール22。粗っぽい纏めに語弊はあるでしょうが、日本の福音主義はイギリスの22年遅れでオープン・エヴァンジェリカルが体裁を整えて公になったと言えるでしょう(実は実際にはもっと遅れているのですが)。 
 
一方、画像右側の本は英米のアングリカン教会内福音主義保守派の人たちによる、画像左側の本即ちフランス&マクグラス編論文集への応答というか実質的な反論としての Melvin Tinker 編集による論文集 The Anglican Evangelical Crisis: A Radical Agenda for a Bible based Church(Christian Focus Publications、1995)です。フランス&マクグラス編論文集の2年後に刊行されました。ティンカー編の寄稿者を見ると、オス・ギネス(Os Guinness) やジェラルド・ブレイ(Gerald Bray) といった有名な論客の他、 J. I. パッカーも名を連ねています。ムーア神学校(シドニー)の現学長マーク・トンプソン(Mark Thompson)の名もありますね。しかし何よりも強力な助っ人は、トリニティー神学校の ドナルド・カーソン(Donald A. Carson)でしょう。彼は最後の章で "Observation of a Friend" と題した総括を寄稿していますが、これがオープン・エヴァンジェリカルズへのなんとも強力な strike back となっています。カーソンの奥様はイギリス人ですし、彼はケンブリッジ大学で博士号を取得したので、イギリス&国教会内の福音主義にも精通しています。カーソンは本当にケンカに強く、敵に回すと非常に厄介な人です。フランス先生もマクグラス先生もバッサバッサと斬られております。しかし同時にカーソンは保守派の人たちの弱点(論理が弱い部分)も指摘しています。全体的には公平を期していると言えましょう。それはともかく、日本でもティンカー編論文集に相当する、藤本師著書への反論本が出ることで初めて欧米(この場合はイギリス)の議論に追い着くことになるのでは? 誰がそれをするのでしょうか? 日本の福音派にも保守の論客はいるはずです。今立ち上がらないと、そういう人たちが牙城とする神学校には今後入学者が来なくなるでしょう。
 
 

2015年12月 8日 (火)

Ignacio Fleta e hijos, 1972

 
私がクラシックギターを習い始めたのは11歳の時でした。以来、41年が経ちました。一応、40年を超えるキャリアですが、肝心の腕前は???です。 
 
ジョン・ウィリアムスかつて愛用した楽器、特に1972年製の楽器のシリアル No. は609番でした。我が愛器のシリアルは607番。2番前の楽器です。ジョンはこの609番の楽器で数々の名盤を残しました。名手に弾かれてさぞ幸せだったことでしょう。現在、シリアル609番の楽器はオーストラリアのギタリスト Jason Waldron 氏が所有しています("In 1988 I was offered the wonderful '72 Fleta which had formerly belonged to John Williams. I knew this guitar quite well not only from recordings, but I had played it several times at John Williams' home during the '70's, so I jumped at the chance to acquire it." )。 翻って我が愛器は・・・。泣いているかもしれません(汗)   
 
 
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2015年11月 8日 (日)

用舎行蔵(改)

 
本日の午後、私たちの教会は臨時総会を開催いたしました。
今年 1/21 の記事『用舎行蔵(用行舎蔵)』で決議されたことを更に1年前倒しする議案が議論され、原案どおり議決されました。それは以下のとおりです。
 
①私・のらくら者は、2017年3月をもって辞任いたします。
 
②後継者であるT副牧師を来年4月から「牧師」とする。
 
③T師の国外研修(留学)時期も1年前倒す。2016年2月〜4月のある時点から
  1年間とする。
 
④将来のT師を補佐する副牧師(または伝道師)の招聘に備える。
 
 
後任者の育成と引き継ぎが順調に進んでいることを鑑み、身を引く時期を一段と前倒しすることが御心として示された次第です。今年1月に決めたことをもう変更するのは「朝令暮改」の印象を持たれるでしょうが、「過ちては改むるに憚ること勿れ」でもあります。1月の時点では私の思慮と見通しが十分ではなかった訳で、ここは体裁や対面にとらわれずに、すみやかに改めた方が後々のためであります。主が教会員の一致と平安のうちに採決へと導いてくださったことに心からの感謝を献げたいと思います。引き続きT師への確実なバトンタッチ、そして私自身の次の奉仕先への導きについてお祈りいただければ幸いです。
 
 

2015年10月 2日 (金)

サマースクールのご案内

 
ブログの更新はまだしばらくの間お休みですが、来年のウィクリフ・ホールのサマースクールを短くご案内いたします。
 
主講師は N. T. ライト教授マイケル・ホートン教授(ウェストミンスター神学校)です。ライト師(国教会教職課程)もホートン師(博士課程)もウィクリフ・ホールの卒業生です。主講師の他、ウィクリフ・ホールの教師も講師を務めます。日程は画像をご覧ください。間もなくウェブサイトに申し込みの詳細がアップされるはずです。(または、 If you would like to receive this information as soon as it is available, please e-mail development@wycliffe.ox.ac.uk)
 
 
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2015年9月10日 (木)

『歴史家ライトフット』

 
ホセ・ラミレス(ギター)の記事の途中で大変申し訳ないのですが、待ちに待っていた本がようやく届きました。しばらく読書に集中したいので(全464頁の大著)、ブログの更新を1ヶ月ほどお休みいたします。いつも拙ブログにアクセスくださり感謝申し上げます。
 
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Geoffrey R. Treloar(1951ー )
 
Lightfoot the Historian : The Nature and Role of History in the Life and Thought of J. B. Lightfoot(1828ー1889)as Churchman and Scholar Wissenschaftliche Untersuchungen zum Neuen Testament 2. Reihe 103 (Tübingen : J. C. B. Mohr Siebeck、1998)
 
真に優れた研究書または論文とは、仮説を立ててその立証を試みる類のものです。特に前者(仮説を立てる作業)は大事で、欧米の学界では仮説を立てる学者がより尊敬を受けます。本書にも仮説があります。それは J. B. ライトフットを彼の時代の歴史的コンテクストに位置づけ、ライトフットとテュービンゲン学派との関係に見直しを迫っていることです。過日のブログ『テメェ、五寸釘ぶちこむぞ!』で私はライトフットをテュービンゲン学派に引導を渡した者("the slayer of Tübingen")として描きました。つまり精緻な釈義でテュービンゲンのシステム(体系)を切り崩した人物としてです。しかし著者のジェフリー・トレロアは広く行き渡ったこの見解に修正を迫ります。
本書はドイツ・テュービンゲンの Mohr Siebeck という本格的な神学研究書を刊行する出版社から出ていることもあり、膨大な文献と資料を網羅し、ダラム大聖堂図書館の協力も得て多くの貴重な未公開の資料も駆使されています。集中して読書したいと思います。しばらくブログの更新をお休みすることにご理解をお願いいたします。
 
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2015年8月30日 (日)

北東イングランド

 
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一般的にスコットランドはイングランドを嫌っていると言われるが、スコットランド人が反感を持つのは主にロンドンを中心とした裕福な南イングランドに対してであって、経済的に貧しい北部イングランドの人々にはむしろ共感とか連帯意識を持っているというのが私の見立てである。スコットランドに接する北東イングランドも、歴史的文化的には豊穣な地域であるが、日産自動車の進出(サンダーランド)までは経済的に苦しい地方であった。ノーサンバーランド州をはじめニューカッスルやダラム等の都市に代表される北東イングランドは数多の偉人を輩出し、また他の北部出身者を受け容れてきた。教会関係でも、ケンブリッジでの教授職を辞してまでダラム主教職を引き受けた J. B. ライトフットも、そうした人生の選択をした理由に故郷リヴァプール(北西イングランド)や彼の母親の出身地ニューカッスルへの郷愁があったと言われる。地図には N. T. ライトの故郷 Morpeth (ノーサンバーランド)も見える。ライトがダラム主教職に就いたのも(2003ー2010)、その後にスコットランドのセント・アンドルーズ大学での教授職を選んだのも、北東イングランド〜スコットランドへの郷愁の念が働いたのかもしれない。そういえば本書(1986年刊)の編者ジェームズ・ダン博士はスコットランド人である。
 
 

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2015年8月22日 (土)

Fulcrum(フルクラム)

 
英語で "fulcrum" (フルクラム)とは、「(てこなどの)支点」、または「(影響力があるものなどの)中心力・支柱」などを意味します。同義として "pivot pointピヴォット・ポイント)"(中心点) とも言います。支点とか中心点とは、つまり「左右のバランス」とも言えます。
 
イギリス国教会内の「オープン・エヴァンジェリカル(Open Evangelical)」の動きを代表する運動体(シンク・タンク)として、「フルクラム(Fulcrum)」が21世紀に入って発足しました。
彼らのウェブサイトはこちらです。
 
指導層の面々を見ると、会長にエレイン・ストーキー博士(Dr Elain Storkey)、機関誌のエディターとしてアンドルー・ゴダード師(Rev Canon Dr Andrew Goddard)らを確認できます。http://www.fulcrum-anglican.org.uk/about/leadership/
二人ともかつてはウィクリフ・ホールの教師でした。しかし例のリチャード・ターンブル前学長が就任した後、この保守派学長によって二人とも(正確にはゴダード師の奥様のリズ・ゴダード師を含めた三人)がウィクリフから追放されました。
 
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「フルクラム」の創立メンバーの中には、日本でも『子どもが神に出会うときー子どもへの信仰継承を考える(原題:Children Finding Faith)』(いのちのことば社CS成長センター)の著者として知られるフランシス・ブリッジャー師の他、設立時(2002年)の会長に N. T. ライト師が就任しています。この2002年という年は、同性愛の聖職者や同性婚を容認する立場のローワン・ウィリアムズ前カンタベリー大主教が就任した年でした。国教会福音派の保守派は激怒、過激な言動に出る教職者・信徒もいました。そうした保守派を牽制しつつ、よりオープンかつ包括的な神学的・倫理的立場を取る福音主義者たちが結成したシンク・タンクが「フルクラム」だったのです。リベラル派と福音主義保守派の支点(バランス)を取る勢力という意図でした。
 
ここではいったん国教会内カリスマ・ペンテコステ派(多くは福音派)の存在を脇に置くと、イギリス国教会内福音主義者の二極分化は既成事実と化した感があります。女性司祭の誕生(1994年)・女性主教の容認(2014年)・同性愛教職者の容認等で散々煮え湯を飲まされてきた保守派の忍耐が限界に達している現状を鑑みると、この二極分化はまず元には戻らないでしょう。
 
興味深いことに、文脈や土壌はイギリスと趣を異にしますが、日本の福音派でもその神学において二極分化が始まっていることを実感します。この現象をよく「境界線指向(bounded-set)」(保守派)と「中心点指向(centered-set)」(オープン or 包括派)の対比で論じられます。アメリカ的な分析で興味深いですが、まだ理論の域を出ていない印象です。国教会内福音主義者たちの「仁義なき戦い」に比べれば、所詮「コップの中の嵐」ですよ。女性教職者の問題も、日本の(福音派)教会では一部の教派を除いて結局「どこ吹く風」でした。理由は簡単です。「外圧」が無かったからです。日本人というのは、世間も教会も「外圧」がないと真に変われないのが伝統のようです。しかし「同性婚」や「同性愛教職者」の問題では、教会は否応なく世間(と場合によっては国家から)の「外圧」に晒されるされることになるでしょう。外圧は同時に「踏み絵」として作用します。日本のオープン・エヴァンジェリカルズは神学議論を見る限り呑気な雰囲気ですが(『福音主義神学』45号 2014.12)、いざという時、リベラル派と福音主義保守派の狭間で「日本版フルクラム」を形成できるのか? 神学的主張の試金石となるでしょう。
 
 
 

2015年8月20日 (木)

J. ジョン師のトークショー

 

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UCB- TVUnited Christian Broadcasters )によるトークショー(インタビュー番組)が話題になっています。オネエの雰囲気漂う J. ジョン師による "Facing the Canon with ・・・"(・・・に人名が入る)という番組です(番組サイトはこちら)。キャノン(Canon)とは大聖堂の参事会員のことです。国教会では高位の職制にあたります。J. ジョン師の父親はキプロスから移民した人で、ジョン師の風貌から窺われます。

ここでは次の5人とのトーク動画を紹介しましょう:N. T. ライト教授アリスター・マクグラス教授ニッキー・ガンベル牧師、そしてアメリカ人としてフィリップ・ヤンシー氏 R. T. ケンドール牧師(ウェストミンスター・チャペルでのD. M. ロイドジョンズ牧師の後継者)です。それぞれだいたい1時間ほどのインタビューですが、本人の肉声によって生い立ちや青春時代まで遡り、その人となりに迫っているので、他では視られないユニークな番組となっています。個人的には、ニッキー・ガンベル牧師の回を大変興味深く拝見しました。 
 
 
N. T. ライト教授Facing the Canon with Tom Wright
 
 
アリスター・マクグラス教授Facing th Canon with Alister McGrath
 
 
ニッキー・ガンベル牧師Facing the Canon with Nicky Gumbel
 
 
フィリップ・ヤンシー氏Facing the Canon with Philip Yancey
 
 
R. T. ケンドール牧師Facing the Canon with R. T. Kendall

2015年8月17日 (月)

神学ドイツ語

 

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私の神学ドイツ語はまったくの独学です。今から20年以上前のイギリス留学中に、ある必要に迫られて神学校での勉強の合間に独学していました。日本から画像の2冊を送ってもらい、とりあえず始めました。画像の左側、当時NHKの『テレビ・ドイツ語』の講師をされていた上田浩二氏の本はとにかく必要最低限の文法をコンパクトにまとめてあり、非常に重宝しました。私はすでに英語の他、スペイン語を学んでいましたので(アメリカでの高校生活2年間の内の1年、そして大学時代はスペイン語が専攻でした)、ドイツ語の文法はそれほど難しくはありませんでした。英語には無い名詞及び形容詞の性数変化や動詞の接続法活用形(間接話法&仮定法)などはスペイン語で経験済みでしたので、あとはドイツ語特有の格変化(冠詞や代名詞等)や複合動詞(分離動詞・非分離動詞)、統語的な語順のバラエティーなどを押さえれば、文法の基本はとりあえず完了です。(その他、動詞の過去形が多用される英語に対してドイツ語では現在完了形を代用する、未来形を現在形ですますドイツ語、英語やスペイン語には現在進行形があるがドイツ語にはない等々の特徴。)
 
 
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むしろ問題は語彙をどう増やすか、つまり単語力イディオム(慣用句)の増強です。神学ドイツ語において大事なのはその名のとおり「神学書を読めるようになること」なので、日常卑近な単語や表現は思い切ってカットすることです。(ですから私は今でもドイツ語で書かれた子どもの本を読むことができません。) ドイツ語の神学書を読むことに特化した学びですので、それに合う教材を用いなければ効率的ではありません。幸い、英語圏では「神学ドイツ語辞典」なる大変便利な教材が刊行されています(画像参照)。これには使用頻度の高い基本的な語句に加え、神学や哲学の分野でしかまず使われないであろう専門用語がほぼ網羅されております。ぶっちゃけ、基本文法と専門用語を押さえれば、神学書であれば書かれてあるおよその意味はそこそこ把握できるのです。先日も必要があってペーター・シュトゥールマッハーPeter Stuhlmacher)という新約学者の本(邦訳も英訳もない)の一部に目を通しましたが、そこそこ意味は取れました。こういうことは、(専門書を読む必要に迫られるが語学が専門ではない)理学や工学を専攻されている方々は経験済みかと思います。
 
 
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しかし本当の問題はここから始まります。画像は上記の神学ドイツ語辞典の中身ですが、例えば画像左下に 「ゲミュートリヒgemütlich)」(形容詞)または「ゲミュートリヒカイトGemütlichkeit)」(名詞)という語を確認できるかと思います。ドイツ語を専攻されていたり、ドイツの文化に詳しい方はご存知のように、この語は日本語や英語にない独特のニュアンスを含んだ言葉です。伝統的なドイツの家庭の「温かさ」「もてなし」、またはオクトーバーフェストでビールを乾杯するときの陽気な気分(そういう歌がある「心地よい気分で乾杯! ♪Ein Prosit der Gemütlichkeit ♪」)などを日常文化的に理解していなければそのニュアンスは分からないでしょう。つまり、1対1の対応で訳し切れない言葉なのです(敢えて日本語に意訳するなら、温泉につかって「♪いい湯だな♪」の気分でしょうか)。例えば、日本語の「生き甲斐」や「やり甲斐」などの「甲斐(性)」という言葉に1対1的に対応する英語やドイツ語の単語がないのと同様です。神学ドイツ語は純粋に学問だけでなく、信仰(=信仰者の礼拝と生活)に基づいた語や表現が付随するので、その辺りを押さえないと誤訳(誤読)することになります。
 
 
German_3 
同じくこの画像左下に「フェアゼーヌングVersöhnung)」という語を確認できると思います。アリスター・マクグラス著『歴史のイエスと信仰のキリスト 近・現代ドイツにおけるキリスト論の形成』(キリスト新聞社)で、「『贖い(atonement)』とも『和解(reconciliation)』とも訳すことができるゆえに、いくぶん翻訳に困難を伴う言葉である。この言葉はヘーゲルの体系において特に重要であるが、ヘーゲルにおいては、受肉という観念の文脈において、神と人間との和解を示すものとなっている」(上掲書の「ドイツのキリスト論用語集」viiiーix)と説明されています。これは神学用語でありながら、特定の哲学概念と結びついているところが、ドイツ語圏神学の一筋縄では行かない特徴を示す一例です。言葉の背後にある思想を掴まなければなりません。ここに神学ドイツ語の本当の難しさがあります。そしてこの難解さゆえに、同じヨーロッパのプロテスタント神学でありながら、英語圏での翻訳においてですら多くの誤訳意味不明瞭の迷訳(ステレオタイプな訳語を充てることによる)が存在することを上記のマクグラスは指摘します。(例によって下線(_)や太字はのらくら者による。)
 
A permanent obstacle, however, remains in the form of the German language itself.  Many seminal works of German theology in general, and Christology in particular, have never been translated into English.  Furthermore, there are serious difficulties associated with the very translation process itself.  Well-established English translation (such as 'projection' for Vergegenständigung, or 'abolition' for Aufhebung)often serve only to conceal, rather than illuminate, the meaning of the German original.  Furthermore, certain terms have come to have a technical significance (such as the Hegelian term Vorstellung), which is frequently overlooked or obscured by translators.  All too many English-language studies of leading German theologians betray a purely superficial engagement with their ideas precisely because they are totally dependent upon mediocre translations which have not been checked against the original(this does not, of course, imply that the translations are necessarily inaccurate, although this is, in fact, occasionally the case : rather, we wish to emphasize the need to know precisely what technical German term or phrase is being translated, what allusions are being made, and so on).  It must be emphasized that a knowledge of the German language is as essential to the study of German theology as a knowledge of Greek is to that of the New Testament.  Alister E. McGrath、The Making of Modern German Christology : From the Enlightenment to Pannenberg、Blackwell、1986、pp. 5ー6.  (上記の『歴史のイエスと信仰のキリスト 近・現代ドイツにおけるキリスト論の形成』は、1994年改訂版の翻訳であり、1986年初版にあったこの箇所はカットされている。)
 
 
Stuhlmacher
 
上記のマクグラスの言葉で太字になった最後の部分こそ、私が冒頭で「ある必要に迫られて」の理由です。ドイツ語の親戚言語である英訳にさえそれほどの誤訳・迷訳が存在するのであれば、日本語になっているドイツ語圏の神学書も一度チェックしてみる必要があるかもしれませんね。もっともこのような消極的な理由ではなく、もっと積極的な意味で、そして私のようにたどたどしてくても、神学ドイツ語を学んでみる価値はあるのではないでしょうか。尚、画像の本が上記の P. シュトゥールマッハーの本(新約神学の本)です。私の情報不足で本書の英訳や邦訳が出ているのか知りません。ご存知の方がいらっしゃれば教えてください。
 
 

2015年8月 6日 (木)

テメェ、五寸釘ぶちこむぞ!(8/11 更新)

 
Emiri
 
とは、現在放映中のテレビドラマ『エイジハラスメント 』(テレビ朝日系)の吉井英美里役・武井 咲さんの決めゼリフ。半沢直樹の「倍返しだ!」を思い出しますね。武井さんは私と同じ名古屋出身なので密かに(?)応援してますが、「五寸釘ぶちこむぞ」には苦笑しました。ドラマでは実はお父さんのつぶやき言葉なんですよね。
 
 
Lightfoot 
話は変わって、画像の本によると、本当に(五寸)釘をぶちこんでしまった人が19世紀のイギリスにいらっしゃいました。その名はジョゼフ・バーバー・ライトフットJoseph Barber Lightfoot、1828ー1889)。普通は名前をイニシャルで略し「J. B. ライトフット」として知られています。ライトフットはケンブリッジ大学のトリニティー・コレッジで神学を学びました。1861年に母校の神学教授(Hulsean Professor of Divinity)に、1875年に同じく母校の神学教授(Lady Margaret's Professor of Divinity)に選任され、計18年間にわたって学者としての道を歩みました。同僚の B. F. ウェストコットBrooke Foss Westcott、1825ー1901)や F. J. A. ホートFenton John Anthony Hort、1828ー1892)らと共に「ケンブリッジ学派」と呼ばれる、ドイツの「テュービンゲン学派」に対峙する新約聖書学及び初期キリスト教会史の学派を形成した人物です。1879年にダーラムダラム、Durham)の主教に就任し、亡くなる1889年までその職に留まりました。上記の盟友 B. F. ウェストコットが 翌1890年にダーラム主教職を引き継いでいます。余談ですが、ダーラムの主教職にはライトフット及びウェストコット、そしてウェストコットの後任者 H. C. C. モールHandley Carr Glyn Moule、1841ー1920)らの任職に見られるように「学者主教」の伝統があります。N. T. ライトが2003年にダーラム主教に就任したのは、この伝統の系譜に連なる者として認められてのことでした。
 
前回の投稿、『神学史におけるイングランド vs ドイツ』に関連して、山田耕太教授は1986年の時点で次のように解説しておられます。
 
この "イングランドとドイツ" という問題意識は、歴史学の成立とともにドイツ・プロテスタント神学で起こりつつあった、歴史学の批評方法を聖書釈義や原始キリスト教史の再構成に導入する新しい傾向に対して、(中略) テュービンゲン学派の方法論を積極的に摂取した十九世紀後半のケンブリッジ学派(ライトフット、ウェストコット、ホートの三人柱に代表される。〜中略〜)に、さらに明瞭に現れている。後者は、"J. B. ライトフットと F. C. バウル" という問題に集約される。すなわち、ケンブリッジ学派は、テュービンゲン学派の公理とも呼ばれる聖書釈義に歴史批評の原理を導入することを受け入れるが、原始キリスト教史ならびに教父学の百科全書的な知識によって、ヘーゲルの弁証法的歴史観(正・反・合)にもとづいたテュービンゲン学派の原始キリスト教史ならびに古代教会史(パウロ主義とペテロ主義の相剋を止揚してカトリシズムに至るという歴史観)を徹底的に批判したのである。一言で要約すれば、バウルが正しく問うたことを、ライトフットは正しい歴史的視野に置いたのである。ドイツ神学と対峙してそれを修正するというイギリス神学のこのような伝統は、今日に至るまで継承されている。 (山田耕太 「イギリスの視点から ー解説」 ジェイムズ・D・G・ダン著 『新約学の新しい視点』 すぐ書房  1986年、pp. 105ー106)  太字と下線(_)はのらくら者による。)
 
私が『神学史におけるイングランド vs ドイツ 』で「神学史というピッチでのバトル(戦い)」と言い、山田教授が「(ケンブリッジ学派はテュービンゲン学派を)徹底的に批判した」と書かれたのは決して誇張でもハッタリでもありません。ようやく冒頭の「五寸釘ぶちこむぞ!」に戻りますが、ライトフットは「テメェ、五寸釘ぶちこむぞ!」の気概でテュービンゲン学派にトドメを刺したのです。上記画像の本("Lightfoot of Durham")で、ある寄稿者はこう証言します。
 
It was in these great volumes on the Apostolic Fathers that Lightfoot found free course as a historian. He hadif I may adopt a phrase which he himself employed in another contextknocked the last "nail in the coffin of the Tübingen theory". ("Lightfoot of Durham"、p. 133)
 
 
Vs 
つまりライトフット自身の言葉遣いを流用するなら、「テュービンゲン学派の棺桶に最期の(トドメの)釘を打ち込んだ」というわけです。テュービンゲン学派を神学的に葬り去るという執念を感じます。この執念こそが「動的拮抗」なのです。もっとも、当時のドイツ語圏神学は一般的にイギリス神学を無視(等閑視)していました。ある意味イギリス側の一方的な執念であったわけですが、その執念はやがて(特に第二次世界大戦後に)結実します。21世紀に入った現在、ドイツ・プロテスタント神学の学問的支配権は凋落の一途を辿り、覇権は英語圏に移行しました。もちろんそうなったのには種々の複雑な要素が絡んでいますが、学問の崇高な理念や洗練された方法論の進歩とともに、もっと泥臭い「テメェ、五寸釘ぶちこむぞ!」如き強烈なライバル意識がアングロ・サクソン側にあったのではと推察するわけです。翻ってここ日本でも、批判に伴う独特な陰湿さは抜きにして、しかし福音主義神学界も「五寸釘ぶちこむぞ!」的なライバル意識むき出しで学問しなければ互いに真の向上はないでしょうね。馴れ合いは学問に禁物です。
 
Machen 
もちろん、テュービンゲン学派に対峙するライトフットのライバル意識は純粋に学問上のことだけではなかったでしょう。いやそれ以上に、深い信仰に突き動かされた動機があったはずです。テュービンゲン学派はおよそ「聖書批評学」と呼ばれるものの源流ともいえる伝統です。それはやがて「自由主義神学」として欧米の学界と教会を席巻することになります。それとの戦いについて、ライトフットの時代より少し遅れてアメリカにおいてジョン・グレッサム・メイチェンJohn Gresham Machen、1881ー1937))が警鐘を鳴らしたことを私たち日本の教会も画像の本によって知っております。ライトフットはそれを見越していたのだと思います。余談ながら、このメイチェンの警鐘に立ち返るとき、最近の福音派は「軒先貸して母屋取られる」危うさにあるように感じます。物わかりのいい人が増えましたから・・。歴史はやはり振り子のように、極端から極端に振れるものなのですね。今はその揺り返しの途中でしょうか。
 
 
Lightfoot_2 
最後に蛇足ですが、上掲の本("Lightfoot of Durham")には「J. W. Wenham」のサインがあります。この本、1932年にケンブリッジ大学出版局から刊行された初版本です。前回に続いての蔵書自慢で恐縮ですが、実はデイヴィッド・ウェナム先生のお父様ジョン・ウェナム先生 の蔵書だった本なのです。ジョン先生のご葬儀後、遺品整理の際に D. ウェナム先生からいただいた思い出の品であります。
 
蛇足ついでに、現在 Inter-Varsity Press(IVP)によって大変意義あるプロジェクトが進行しています。高名な新約学者ベン・ウィザリントン教授(Professor Ben Witherington III) が2013年にダーラム大聖堂の図書館で発見したライトフットの未発表の手稿による新約各書の注解を、ウィザリントン教授らが編纂して刊行するプロジェクトです。第1回配本として、『使徒行伝注解』が昨年11月に出版されました。次回配本は『ヨハネの福音書』 が今年12月に予定されています。編纂・刊行についての詳しい経緯はIVP 制作の動画↓↓をご覧ください。
 

2015年7月31日 (金)

神学史におけるイングランド vs ドイツ

 
I have been impressed by the seriousness of the German theological tradition. It is much more systematic than our English tradition, which is more sporadic; which lacks a well-defined system or school of thought; and which lacks any acknowledged masters.  From the German-speaking tradition, Karl Barth has been most helpful to me.
Alister E. McGrath(Michael Bauman [ed.], Roundtable: Conversations with European Theologians(Baker, 1990) p. 122)
 
 
England and Germany: Studies in Theological Diplomacy(Studien Zur Interkulturellen Geschichte Des Christentums  25), S. W. Sykes [ed.](Verlag Peter D. Lang, Frankfurt, 1982)
 
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私に自分の蔵書をひけらかす悪趣味はありませんが、この本だけはちょっと特別です。画像の本を蔵書に持つ方は、特に福音派ではほとんどいらっしゃらないのではと思います。洋書の古本でもほとんど出回っていません。現在では入手は極めて困難かと思われます。(最近、イギリスの amazon.com に古本で1冊出品されているのを見かけました。とても高価ですが・・。) 書名からお察しのとおり、大変ユニークかつマニアックな分野の論文集ですが、プロテスタント神学における英語圏(イギリス)とドイツ語圏(ドイツ・スイス)の「神学的風土のあいだには、伝統的に根深い対立がある」(山田耕太談 J. D. G. ダン 『新約学の新しい視点』 p. 104)と言われる神学史的分野に関心のある人にとっては、本書は有益な示唆が得られる貴重な神学論文集と言えましょう。
 
 
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編著者はイギリス国教会の主教及び神学者として高名な故スティーブン・W. サイクス(Stephen W. Sykes、1939ー2014)です。聖職者として主教の重責を担った(1990ー1999)他、学者としてはケンブリッジ及びダーラム両大学でそれぞれ神学教授職を歴任されました。主教引退後はダーラムに戻り、現地にある国教会の神学校セント・ジョンズ・カレッジの学長を1999年から2006年まで務められました。そして昨年の9月に、75年の生涯を終えられました。本書は、サイクスを含む6名の神学者(イギリス人4名、ドイツ人2名)が寄稿していますが、ドイツの出版社から刊行されたにもかかわらず、全ての論文が英語で書かれています。以下に寄稿者名、論文タイトル及び各章見出しを転記しましょう。本書で議論されている課題が見えてくると思います。
 
序文
① I. U. DALFERTH
      The Visible and the Invisible: Luther's Legacy of a theological Theology
        0. Introduction
        1. The difference between philosophy and theology
        2. "Philosophia habet visibilia, theologia vero invisibilia."
        3. The subject-matter of theology
 
② A. O. DYSON
    Theological Legacies of the Enlightenment: England and Germany
 
③ J. W. ROGERSON
    Philosophy and the Rise of Biblical Criticism: England and Germany
 
④ ROBERT MORGAN
    Historical Criticism and Christology: England and Germany
 
⑤ S. W. SYKES
    Anglicanism and Protestantism
 
⑥ D. RITSCHL
     How I See German Theology
        1. Different concepts of theology
        2. Tendencies in German theology since 1945
        3. Is there anything new in today's German theology?
        4. What are the typically 'German' features in German theology?
        5. An attempt at at comparing German and British theology
 
⑦ S. W. Sykes
      Germany and England: An Attempt at theological Diplomacy
 
 
両伝統の根深い対立意識を理解するには、やはりサッカーでのライバル意識が一番分かり易いでしょう。↓↓の動画は2006年にイギリスの「チャンネル5(Channel 5)」(民放)で放送された番組("Pitch Battles: England vs Germany")から。本書の副題に "Theological Diplomacy(神学的外交)"とありますが、実際は「外交」などという生易しいものではなく、サッカー同様、神学史というピッチでのバトル(戦い)なのです。両伝統のライバル関係における動的拮抗がほぼ消滅してしまった現在(→神学的覇権は英語圏に移った)、英語圏とりわけ北アメリカの(福音主義)神学は薄っぺらいものになってしまっています。北米(そしてかなり遅れて日本)での N. T. ライトブームの背後にはこのような事情もあるかと思われます。

2015年7月28日 (火)

そう遠くない将来に

 
佐藤 優著  『神学の思考 キリスト教とは何か』    (平凡社 2015年 2,300円+税)  
 
神学においては、同じ事柄が、何度も形を変えて出てきます。クロッサンをはじめとする現下のアメリカでのイエス研究は、19世紀に袋小路に陥った史的イエス研究の縮小再生産に他なりません。このような事柄に取り組んでも、時間を無駄にするだけと思います。その意味では、本書の読者には、最新のアメリカ神学の研究を追うのではなく、20世紀の神学、特にドイツ、スイスの神学を勉強することをお勧めします。そう遠くない将来に、プロテスタント神学も再びヨーロッパ大陸の伝統に回帰すると私は見ています。その意味で、本書で何度も引用しているアリスター・E・マクグラス 『キリスト教神学入門』は、英語圏の神学部における標準的教科書ですが、ドイツやスイスをはじめとするヨーロッパ大陸の神学に相当部分を割いているので、適切な入門書です。 (佐藤 優著 『神学の思考』  p. 291  下線(_)及び太字はのらくら者による。)
 
 
Sato

2015年7月24日 (金)

先見の明(2)

 

デービッド・アトキンソン著 『銀行 不良債権からの脱却』 (日本経済新聞社 1994年 1500円+税)  

 
Atkinson_1994_2 
画像の本は、1994年10月に刊行されたデービッド・アトキンソン氏 の著書である。当時のアトキンソン氏はゴールドマン・サックス証券東京支店調査部金融調査室長のポジションにあった。各種アナリストランキングで1位を独占していた辣腕アナリストだった。池田信夫氏は昨年11月29日のご自身のブログで『徳政令のすすめ』と題して以下のように述べ、1990年代バブル崩壊後の邦銀の不良債権処理において、アトキンソン氏の洞察と主張に先見の明があったことを告白し認める。本文での太字以外の太字や下線(_)はのらくら者による。
 
 
90年代前半、すでに日本の建設・不動産業界はほぼ半分が倒産状態で、資本金の数百倍の債務を抱える業者も珍しくなかったが、不動産取引は手形ではないので形式的には存続していた。これを銀行が「破綻懸念先」といった形でごまかして延命していた。  
 
1995年にNHKの番組に出てもらったとき、アトキンソンは「建設・不動産業界の債務を一括して免除しろ」という徳政令を主張した。これに対して銀行業界は猛反発し、そのとき出演していた大蔵省の長野証券局長も「特定の債務者だけ債務免除することはできない」と否定した。  
 
当時は(私を含めて)マスコミも「バブルで儲けた銀行を救済するのはおかしい。ましてバブルを作り出した不動産業者を救済するなんてとんでもない」ということで一致していた。経済学者にも、決済機能には外部性があるので預金者を救済することは仕方ないが、銀行は破綻処理すべきだという筋論が多かった。  
 
もちろん資本主義の原則からすると、リスクを取った企業が失敗の責任も取るのが当然だが、それを実行すると、金融危機のときは債権者の銀行まで破綻し、取り付けによって社会全体にパニックが拡大する。銀行はそれを恐れて債務者を生かさず殺さずの状態に置くので、不良債権の全容がわからないまま地価が下落し、損失がふくらむ。
 
今ふりかえってみると、あのとき徳政令を出しておけば、銀行の損害はネットで20兆円ぐらいですんでいた。それを2000年代まで引っ張ったため、損害は100兆円にふくらんだ。不動産業者は結局、破綻処理で債務が免除され、銀行の損害46兆円を公的資金で埋めた。結果的には銀行融資が返ってこないのは同じで、損失が5倍になり、納税者がその半分を埋めたのだ。  
 
破綻処理というのは約束を破るメカニズムなので、何らかの形の徳政令(債務免除)は不可欠だ。そのとき大事なのは責任追及ではなく、損害の総額を減らすことだ。そのために損害を早く確定して負担の配分を決めることが破綻処理のポイントで、かつてのメインバンクは、そういう residual claimant の機能を果たしていた。それが債務が大きすぎて機能しなくなったことが、不良債権問題の根本原因である。
 
 
アトキンソン氏が当時算出した不良債権の総額「20兆円」は、大蔵省(現・金融庁)や銀行の試算を大きく上回るものだった。しかしそれは「事実」に基づいた試算であった。日本人は、官民ともに「事実」に目を背けたのだ。20兆円ほどであるなら、徳政令を発動すれば損害は小規模で抑えられたはずであった。しかし結果として100兆円まで膨らみ、その約半分に公的資金(=税金)が投入された。アトキンソン氏がその後の著作で再三指摘しているように、日本には依然、「Fact(事実)」をベースにして議論するという発想がない。この体質はキリスト教会(教界)も同じであろう。
 
 

2015年7月22日 (水)

先見の明

 
以下の記事は、2013年4月8日に『サッチャーさん、逝く』と題してアップした記事です。現在のギリシャ危機の根源は、やはりEU(ヨーロッパ連合)の構造的問題でしょう。統一通貨に加わらなかったイギリス(サッチャーさん)の智恵に今いちど耳を傾ける時ではと思われます。そういえば、日本には聖徳太子という偉人がいましたね。わが国も、大陸(某半島も含む)とは、政治的・経済的に「付かず離れず」が適度ではないでしょうか。前政権の宇宙人元総理が唱えた「東アジア共同体」などは悪い冗談でしょう。
 
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[朝日新聞 インターネット版より]
英国のマーガレット・サッチャー元首相が8日、脳卒中のため死去した。87歳だった。1979年に英国で初の女性首相に就任。以来、11年余にわたり保守党政権を率いた。市場原理を重んじて「小さな政府」を志向し、国民に「自助」の精神を求めた。その経済政策は「サッチャリズム」と呼ばれ、英国経済を回復させたが、反発も招いた。妥協を許さぬ姿勢から「鉄の女」と称された。首相就任後、電話、ガス、航空会社などの国有企業の民営化や、金融部門で規制緩和をはかる「金融ビッグバン」政策などの大胆な構造改革を断行。米国の「レーガノミクス」や日本の中曽根行革の手本となった。97年からブレア、ブラウン両労働党政権が進めた「ニューレーバー(新しい労働党)」路線にも大きな影響を与えた。
 
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EUの失敗を20年前に見通していたリーダー
サッチャーは1990年の保守党党首選において1回目の投票で勝利を確定できなかったために引退を決めた。選挙に敗れたのではない。彼女は自らの信念が貫けなくなる政治状況を理解し、それであれば首相の座にしがみついても意味はないと考えたのだ。自分の主義主張はいくら曲げてもいいから権力の座に居座りたい、と考える政治家たちとは天と地ほどの違いがある。
 
さらに言えば、当時の彼女が何を主張していたかを今になって振り返ってみると非常に興味深い。サッチャーは「欧州統合(EU構想)」に強く反対していたのだ。
 
ヨーロッパが共同の経済圏を構築し、同じ通貨を使い、助け合って発展していこうという構想に対し、彼女は真っ向から異議を唱えた。「欧州各国が競争によって互いを高め合っていくのはいい。しかし、助け合いではうまくいかない」と主張し続けた。国営企業を次々に民営化し、自由競争による発展を目指した信念と同じ着想である。
 
与党保守党の政治家や財界はサッチャーを猛烈に批判した。これが首相退任へとつながっていくわけだが、サッチャーはダウニング街10番地(首相官邸)を去るその日まで信念を曲げなかった。目先の人気にこだわる政治家であれば、信念を曲げて首相の椅子にこだわることもできただろう。実際、党首選の2回目投票に臨んでいれば勝利できた可能性は高い。だが、彼女はそれを辞退した。
 
この信念に対し、歴史は一つの答えを出した。
 
EUを危機が襲っている。ギリシャのような劣等生を加盟国にした結果、働かない国を助けるために勤勉な労働を続ける国が足を引っ張られている。今も各国はEUを守る戦いを続けているが、「みんなで発展」という幻想が甘かったことは明らかだ。特に金融危機に対してこれほどまでに無防備だったことは、当時の推進派がいかに統合のリスクを過小評価していたかを示しているし、一方でサッチャーの主張に確かな先見性があったことが20年以上の時を経て証明されたのである。現首相のキャメロンは 2015年より後にはEUに残るかどうかの国民投票をすると言ったが、それまで彼が首相でいられるかは疑問だ。
 
落合信彦著 『ケンカ国家論』 (小学館 2013年) pp. 174-176
 

2015年7月17日 (金)

ダンケルク精神

 
マークス寿子著 『総崩れのイギリス それでも踏ん張るイギリス人』
(草思社 2009年 1600円+税) pp. 225-226.
 
 
不況になって、人々がこれで正気に還れると言った時、もう一つの言葉が私の頭に染みついていた。それは「イギリス人にはダンケルク精神がある」という言葉だった。その言葉を「困難に出遭った時、必死で頑張る、みんなで助け合う不屈の精神」と私は解釈していた。その解釈は決して間違ってはいなかったが、"ダンケルク精神" の本当の意味は少し異なるということを最近になって発見した。
 
ダンケルク精神とは、1940年5月にイギリスのラムゼイ海軍大将が行った「撤退作戦」についていわれたものであった。ドイツ軍に占領された北部フランスのダンケルク港から漁船やタグボートや、あらゆる非軍事的船舶まで動員して、何の現代的装備も持たないまま九日間にわたって続いたこの作戦で、三万人以上の英仏軍兵士(重傷者も含む)が無事ドーバーに撤退したのであった。
 
つまり、ダンケルク精神とは、「勝つ精神」ではなく、「負ける(引く)精神」(勇気といってもいい)なのであった。その精神が今もイギリスには残っていると人々は言うのである。大した装備もなしに、工夫と巧妙さと献身とで行われた作戦(玉砕ではない作戦)であった。
 
イギリス人は、アメリカ人のように100パーセントの完全さは求めない。ただし、make-the-best-of-it (何とかやる)主義である。文句も言い、不満な顔もするけれども、何とか不備な条件の下で生きていく精神、"うまくいく訳ないよ" と言いながらも、何とかやってしまう精神だという。
 
イギリス人は、輝くカナリー・ウォーフ、世界ナンバーワン(ツーか?)の金融センターから撤退するだろう。それも、一挙に派手にではなく、廃墟にならないように活かせるものは活かすように工夫しながら。ダンケルクで "降参" したのではなく、"撤退" して時機を待った、その時と同じように。
 
 
Photo

2015年7月16日 (木)

名言・迷言

 
「来た、見た、勝った」 
(ガイウス・ユリウス・カエサル)
 
 
「(ライトが)勝ったのを見て、来た」 

(N. T. ライト・ブーム)

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2015年7月12日 (日)

もう時効でしょうから

 
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画像は、私の留学時代にウィクリフ・ホールを訪れた N. T. ライト教授です。講義後の昼食で、ライト師を囲んでホールの先生方に混じってご相伴にあずかった時のスナップです。左からフィリップ・ジョンストン先生、N. T. ライト教授、ピーター・ウォーカー先生、そしてグレアム・トムリン先生です。手前に写っているお皿が私の席です。今思うと実に贅沢なテーブルでした。
 
この時のライト師はまさに「立て板に水」。次から次へと話題をサーフィンしてしゃべりまくっておられました。このテーブルは結局私たちだけでしたから、ライト師も安心してか、オフレコ的話題にも言及。今でもはっきり覚えていることが2つあります。もう時効でしょうからバラしてもよいでしょう。1つは "The Bible Speaks Today" シリーズ中のジョン・ストット師著「ローマ書講解」を手厳しく批評されていたことです。 
 
もう1つは、イギリス人が集まれば始まるのがアメリカの悪口です。この時ライト師は「聖書が "無誤" とか "不可謬" とか、こんなしょーもない話題で延々互いを批判して膨大なインクを消費しているアメリカ人はやっぱりアホだ」と、それはもうクソミソに言っておられました。(現在のライト師は私には「好々爺」に見えます。この頃のライト師は目がギラギラしていて、公開討論会などでは相手を完膚無きまでに論破していました。) この度邦訳された『クリスチャンであるとは』ではずいぶんお行儀良くこの話題に言及されています。でも私は、あの時のライト師のオフレコ発言が本音と見ています。著作からは伺い知ることができない人の真実とは、良くも悪くも<交わり>の中で知ることができるのだということを学んだテーブルでの出来事でした。
 
 

2015年7月 9日 (木)

グレアム・トムリン先生、主教に任命される!

 
Number 10 announced this morning that the Queen has approved the appointment of the Revd Dr Graham Tomlin as Bishop of Kensington.
 
首相官邸(ダウニング街10番地)の発表によると、エリザベス女王グレアム・トムリン司祭をロンドン主教区のケンジントン主教に任命をすることを承認された。
 
 
首相官邸からの発表はこちら。
 
 
ロンドン主教座からの発表はこちら。
 
 
トムリン先生の母校、ウィクリフ・ホールからの発表はこちら。
 
 
 
今後、ロンドン主教区の suffragan bishop(大都市圏主教区内の首座主教補佐)としてロンドン西部の諸教区を監督されることになります。もちろん引き続き、セント・メライタス・カレッジでの神学校教育は継続されるでしょう。先生のお働きのために祈りたいと思います。
 
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2015年7月 5日 (日)

独り言(なかなか書けなくて・・)

 
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研修休暇中、ケンブリッジフィリップ・ジョンストン先生を訪ねたときの文章がなかなか書けません。最後にお会いしてからこの18年の間に先生自身とご家族のそれぞれに起こった悲しい出来事を思うとき、それを安易に書くこともまた避けて通るこもできないジレンマにいるのです。先生ご自身に降りかかった悲劇は、D. ウェナム先生の経験と共通します。つまりウィクリフ・ホールでの出来事です。しかしその後遺症とダメージは、長く踏みとどまったジョンストン先生の方により深刻に現れているように見えます。今、ウィクリフ・ホール時代のジョンストン先生による著書や編著に目を通しています。どれも優れた本で、先生の信仰と優秀さが伝わってくるものばかりです。ケンブリッジ訪問記はいつか日を改めてアップする予定です。
 
 
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2015年7月 3日 (金)

水を差すようですが

 
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このたびの N. T. ライト著『クリスチャンであるとは』(原題:Simply Christian)の邦訳出版を心からお慶び申し上げたい。研修休暇の出発と入れ替わるように邦訳書が拙宅にも送られて来た。現地(オックスフォード)の書店で原書を購入し、旅の間の読書とした。帰国後、さっそく邦訳書を吸い込まれるように読んだが、<訳者あとがき>にあるように、翻訳者はじめ出版社社主や協力者の方の尽力もあり、大変熟れた訳文に仕上がっていることは本当に感謝である。一読者として「ご苦労様でした!」という思いである。本書がぜひ広範な読者を得て版を重ねてほしいと願う。私もさっそく教会員や友人知人に購入を薦めている。内容への賛否はともかく、一度は熟読されるべき本と確信するからである。ある人にとっては座右の書となるかもしれない。本ブログ読者はご存知のように、著者のライト師はウィクリフ・ホールの卒業生であり、僭越ながら先輩にあたる方である。神学校の先輩の本が翻訳されて日本の読者に紹介されることを喜ばない後輩がいるだろうか。
 
さてこのたびの邦訳出版に関しては何の異議申し立てもない。しかし、本書の第13章「神の霊感による書」を読んだとき、翻訳者に対する個人的な思いから少々複雑な気持ちになったことは一読者として正直に告白しておこう。著者のライトはある箇所で次のように述べる。
 
そのため私は、聖書に関して「無謬(むびゅう)」(聖書は私たちを誤らせない)、また「無誤」(より強固な意見で、聖書に誤りはないとする)という用語を用いることについて不満はないが、個人的にはそれを使わないようにしている。私の経験では、これらの用語についての議論は多くの場合、皮肉にも聖書そのものから人を引き離し、聖書を全体として扱うこと、すなわち聖書にある偉大な物語の持つもっと大きな目的、その力強いクライマックス、未完成の長編小説に組み込まれるような感覚によって、私たちをその最終章の登場人物のひとりのような思いにすることから離させ、あらゆる種類の理論の世界に引き込んでしまう。(『クリスチャンであるとは』 p. 259)
 
 
Uenuma 
翻訳者に対する以前からの印象を率直に述べておこう。まず「そのときどきの流行に敏い方」である。『クリスチャンであるとは』の<訳者あとがき>に真摯な訳出理由が述べられているが、本書が翻訳者の手で訳出されると聞いたとき、正直「また一番名乗りか」と思ったものである(理由は後述)。また「欧米、特に北アメリカの神学的潮流をいち早く紹介することについて、時に戦闘的なほどに情熱を燃やす方」でもある。手っ取り早く言えば「アメリカのコピー」。とりわけ日本の福音派においては1980年代のいわゆる「聖書の無誤性論争」の動きについて、誰よりも早く熱心に北米の動向を紹介し、また<無誤性>という神学用語が福音派において定着するよう働きかけた人物が『クリスチャンであるとは』の翻訳者であったとの記憶が拭えない。少なくとも私の目には、言動が時に戦闘的とすら映った。しかしもっとも気になったのは、「煽るだけ煽っておいて、あとは黙(だんま)り」の事後態度であった。私の知る範囲でも、一部の教職者や信徒(画像左側は『びぶりか』という信徒も読者だった雑誌)は「上った梯子を外された思い」だったと言っていた。『びぶりか』は突然休刊となり、いわゆる無誤性論争について事後のフォローも無く、その後の北米での論争の展開の変容で、日本でのこの問題は結局野ざらし雨ざらしとなった。
 
その後、伝え聞く動向や著書等から察するに、ご本人は様々な信仰的・神学的・霊的ジャーニーを経たようである。それはそれで素晴らしいことだと思う。しかし上記の「野ざらし雨ざらし」をそのまま放っておいてご自分だけ悦に入ってもらっても困ったものだと思う。無誤性論争の幕引きとして、ライトの見解を紹介された翻訳者として、ライトの聖書観に賛同なのか反対なのか態度保留なのか、できれば<訳者あとがき>にその理由とともに記していただきたかったと一読者として思った。邦訳出版の祝賀ムードに水を差すようであるが、一言述べておく。
 
 

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