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2018年12月 9日 (日)

読み聞かせのジョン・ストット師

 
これは貴重な秘蔵映像だ。The Hooksesーフックシーズ。ウェールズの西端、大西洋に突き出るペンブロークシャー州(Pembrokeshire)にあったジョン・ストット師の別荘だ。祈りと読書三昧と趣味のバードウォッチング。 生前、ストット師はここでの執筆と休暇を何よりの楽しみとした。師の50冊ほどの著作もここで執筆された。一方、少数の親しい人たちを招いての合宿やBBQパーティー等も行った。
 
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フックシーズでのストット師について、イギリスでは昨年、デーヴィッド・クランストンによる本が出版された(画像参照)。今年2月の "Church Times" 書籍紹介欄掲載、トビー・ハワース師(ブラッドフォード主教)による回想記事を参照あれ。
 
 
 
D. クランストンによる執筆と出版にあたっては、一昨年の「日本伝道会議」の主講師、クリストファー・ライト師も協力している。
 
日本で視聴できるか分からないが(国別制限がかかっているかも)、YouTubeにアップされた JOHN STOTT at 'The Hookses' を紹介しておく。プライベートでリラックスするストット師。読み聞かせまで披露している。
 

2018年12月 8日 (土)

ポチが泰然でいられる理由

 
カルロス・ゴーン氏逮捕の件。「日仏の外交問題に発展する」などと煽る向きもあるが、心配することはない。先のG20にて、日仏首脳会談での安倍総理の「泰然ぶり」を見て、「やはりアメリカの後ろ盾を得てるな」との感触を得た。
 
元経済ヤクザの猫組長氏は言う。
 
日産の事件を「社内の内紛」と見るむきがあるが、私はアメリカの外交政策に変化があり、その影響が日産にも波及したのだとみている。報じられた、オフショアを使った資金移転などは、黒い経済界の古典的なやり方で、そうした情報を世界で一番保有しているのがアメリカだ。
アメリカからの情報提供がなければ、ゴーン氏の逮捕になど踏み切れなかったはずだ。すなわち、そこにはアメリカの影響があったとみている。
 
 
そのとおりだと思う。正確にはゴーン氏逮捕の情報提供だけでなく、アメリカからの「ゴー・サイン」もと言うべきかもしれない。アメリカの外交政策の変更とは「新・モンロー主義」のことだ。トランプ大統領は多国間交渉より2国間交渉を指向する。EU の次代の盟主を目指すマクロン仏大統領にとっては受け容れ難い方針だ。だから米仏 FTA を提案したトランプ大統領を袖にした。
 
中国との関税戦争で始まった「米中新冷戦」の観点から、中国とズブズブの関係にある EU (特に独仏)をアメリカは強くけん制している。日産の件は、中国による電気自動車技術等の知的財産権侵害を徹底的に取り締まるアメリカの一連の経済・貿易戦略(e.g. 最近のファーウェイ CFO への逮捕状等)に合致している。中国を斬り、返す刀でアメリカに楯突く者(フランス)も斬る。アメリカは相変わらずえげつない。しかしこれは、ポチの国益とも一致している。
 
 
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ドイツCDUの党首選

 
AKBならぬAKK。今後のドイツ政界のキーワードだ。
 
7日に行われた与党キリスト教民主同盟(CDU)の党首選。同党幹事長でメルケル首相の信頼厚いアンネグレート・クランプ=カレンバウアー(Annegret Kramp-Karrenbauer)氏が党首に選出された(名字を「クランプカレンバウアー」と表記する新聞もあり)。メルケル首相の忠実な後継者と理解されているが、政治的スタンスはむしろ中道保守。党名に恥じぬキリスト教的価値観を前面に打ち出してきた。同性婚や医療機関による中絶広告解禁に強く反対している。難民受け入れの厳格化も彼女の主張だ。リベラルに寄り過ぎたメルケル路線を修正してくれるのではないか。個人的には期待したいと思う。
 
日本では極右政党と理解されている「ドイツのための選択肢(AfD)」。実は、同党支持層の中には相当数の保守派クリスチャン有権者がいるのだ。クランプ=カレンバウアーさんがCDUの路線変更に成功すれば、AfD に流れた保守層が同党に回帰する可能性も出てくる。
 
それにしてもメルケル首相である。今まで散々「首相は党首と同一人物であるべき」と主張していた。それなのに党首を退いた自身は2021年の任期まで続投するという。つくづく「嘘つきは政治家の始まり」と思う。老兵は去るべし!
 
 
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2018年12月 7日 (金)

そもそも何のための離脱なのか

 
メイ首相の離脱合意案はほぼ間違いなく否決されるであろう。以前にも書いたとおり、彼女のシナリオはぶれまくっている。
 
そもそも何のための離脱決定だったのか? 答えは簡潔かつ明瞭である。
 
 
普通の国が持っている<主権>をすべて即時に EU から取り戻すこと
 
 
これ以上でも、これ以下でもないはずだ。であるなら、現政権の離脱合意案は完全にぶれている。離脱賛成派(強硬派・穏健派を問わず)からも、離脱反対派からもそっぽを向かれて当然だ。EU については1つ感心していることがある。それは、離脱交渉において彼らのスタンスはほぼ一貫している(consistent)ことだ。つまり「いいとこ取り(cherry picking)は許さない」という姿勢である。その点、メイ政権はぶれまくっている。
 
国際的にも、トランプ大統領は、メイ首相の離脱案ではアメリカとのFTA(自由貿易協定)締結は困難と難色を示している。他方、日本やオーストラリアは、英国のTPP加盟を「諸手を挙げて歓迎」と言ってくれている。だったら、取るべき選択は決まっているではないか。離脱完了後、短期的には大混乱もあろう。しかし、中長期的には EU を離脱して世界の諸国と自由貿易協定を結ぶ方がずっと英国の国益に叶っていると私は思う。
 
EU(欧州連合) は、いずれ沈み行く「泥舟」だ。この泥舟より、英連邦+アメリカ合衆国の英語圏経済圏の方がずっと大きいではないか。その上、TPPに参加すれば、アジア・豪州の経済圏へのアクセスも開ける。事ここに至っては、(EU との)合意なき離脱もありと私は考える。
 
余談ながら、ドイツと共に EU を牽引する大国フランスの著名な歴史人口学者・家族人類学者エマニュエル・トッド氏 は「問題は英国ではない、EU なのだ」と言っている。ユンケル委員長に聞かせてやりたい。
 
 
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2018年12月 4日 (火)

崖っぷちのメイ政権

 
本日(12/4)の英議会下院は大荒れ模様だった。戦後の英政治史においても、現政権がこれほどの屈辱にまみれたことは無かったのではないか。
 
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12月11日の EU 離脱合意案議会採決を控え、本日から5日間の議会討論が始まった。よりによって初日のきょう、英議会は、メイ政権が EU 離脱に関する法的助言の全容を拒否したことが議会侮辱にあたると認める動議を賛成多数(賛成311票・反対293票)で可決したのだ。
 
議員から動議が出されたのは、コックス法務長官(Attorney General)が議会で離脱案に関してメイ政権が得た法的概要を説明したことをめぐってであった。法的助言の中には、アイルランド共和国と英領北アイルランドの間の物理的国境(厳格な国境管理)を回避するための「バックストップ(安全策)」に関する助言も含まれていた。にもかかわらず、メイ政権は、助言の全文公開を拒否し、一部のみの公表にとどめていた。これが与野党を問わず多くの議員の怒りを買った。動議が可決したことにより、閣僚の職務停止や下院議員資格停止につながる可能性も出てきた。政権にとって絶体絶命のピンチである。
 
 
メイ首相は本日、もう1つの大きな痛手も被った。首相の離脱合意案に対する修正動議も可決されたのだ(賛成321票・反対299票)。この修正動議は、今月1日、下院 EU 離脱特別委員会のヒラリー・ベン委員長(労働党)がまとめたものである。合意案の承認を拒否した上で、合意案が否決された場合は、議会が政府に善後策を指示できる内容になっている。委員会では、与野党の元 EU 残留支持派や、離脱の是非を問う国民投票の再実施要求派らが賛同した。
 
今後の離脱プロセスで、権限の主体が政権から議会に移るというメイ政権が絶対に飲めない修正案が可決されてしまった。英政治ではかつて日本と同様、首相には議会(下院)解散権があったが、現在では法的に封印されてしまっている。12月11日の離脱合意案が議会で否決された場合、メイ首相の退陣が現実味を帯びることになる。
 
では首相が退陣したとして、来年3月29日に迫った離脱完了日を控えて与野党とも一体どうするつもりなのか? のんびり党首選&首相指名採決をやっている余裕はなし(党内選挙及び議会での指名採決で大揉めになるのは間違いない)。まして総選挙を実施する日程などもうないのだ。そもそも今総選挙をやれば労働党が勝つ可能性がある。そうなれば、民営化した企業の再国営化を主張するガチガチ左派のジェレミー・コービン党首が首相になるのだ。保守党議員はいくら仲間割れしても、それだけは絶対阻止したいだろう。
 
英政治の行方は混沌としている。
 

ダニエレ・ガッティ氏、ローマ歌劇場の音楽監督に

 
今年8月、セクハラ疑惑でロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(オランダ・アムステルダム)首席指揮者を解任されたダニエレ・ガッティ氏。このほど、ローマ歌劇場の音楽監督に就任することが報じられた。
 
朝日新聞記事
 
 
 
因みに、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は、来年4月25日(木)及び28日(日)のガッティ指揮の定期公演は予定どおり行うとしている。
 
画像は、ガッティ氏が今年5月24日フィルハーモニア管弦楽団(ロンドン)に客演した折のもの。
 
 
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2018年12月 2日 (日)

英国政治は未踏の領域へ。。?

 
G20(ブエノスアイレス)が閉幕した。
メイ首相は精力的に各国首脳と会談したが、留守中の英国議会を思う時、心中は穏やかでなかっただろう。昨日もまた一人、閣僚が辞任した。首相の EU 離脱合意案には同意できないと。
 
合意案の議会採決は12月11日(火)と決まった。ブレグジット法によれば、下院(庶民院)での採決で決まる。定足数は650名。議長など採決に加わらない議員(4名)や、議員が登院していない政党(7名)を除くと、639名。つまり、過半数は320である。
一昨日あたりからBBCニュースも議会下院での票読みを始めた。内訳は画像を参照にしてほしい。
与党では CON は保守党、DUP は連立を組む北アイルランド地域政党の民主統一党。
野党では、LAB は最大野党の労働党、SNP はスコットランド国民(民族)党、LD は自由民主党、PC はウェールズの地域政党プライド・カムリ、GRN は緑の党、IND は無所属議員である。これらの他、かつてのテロ組織 IRA の合法政治団体シン・フェイン党も7議席を持つが、彼らは議会に登院していない。
 
メイ首相の離脱合意案に賛意を示しているのは与党・保守党で225名、野党・自由民主党で1名の計226名。BBCは与党の反対派を最大に見積もっていること、また与党・野党でそれぞれ多少の造反組があることを想定したとしても、可決にはほど遠いことが分かろう。
 
12月11日。奇跡でも起こらないかぎり、英国政治は未踏の領域へと踏み込むことになる。
 
 
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2018年11月28日 (水)

伝道講座@ウィクリフ・ホール

 
来週月曜日(12/3)から金曜日にかけて、ウィクリフ・ホール(Wycliffe Hall, Oxford)では「伝道講座(School of Evangelism)」が開講される。
 
本ブログで母校に厳しいことも言ったが、久しぶりに出掛けてみようと思う。全参加は無理なので、1日だけ。卒業生割引があるのは有難い。
 
その日の講師はマイケル・グリーン先生(Canon Dr Michael Green)。1930年生まれ。私は神学生時代最後の1年間、伝道学の講義でお世話になった。それ以前は、カナダ・バンクーバーのリージェント・カレッジで教鞭を執られていた(1987-1992)。さらにその前はオックスフォードのセント・オールデイツ教会の司祭(牧師)であられた(1975-1986)。カンタベリー及びヨーク両大主教の伝道相談役を経て(1993-1996)、1996年にウィクリフ・ホールの Senior Research Fellow 及び Head of Evangelism に着任された。当時の学長、アリスター・マクグラス先生が招聘された。現在は協力教師としてご奉仕されているようだ。
 
講義に臨む前に、邦訳されている先生の著作を読み返しておこうと思う。
 
 
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2018年11月27日 (火)

「こいつ」と呼びたくなる人物

 
欧州委員会委員長のジャン=クロード・ユンケル氏だ。
 
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[ブリュッセル、パリ発]英国の欧州連合(EU)離脱協定書と新たな関係についての政治宣言が11月25日の日曜日、ブリュッセルで開かれたEU臨時首脳会議で正式に合意された。45年に及んだ「結婚生活」の破局にEU首脳の多くは「悲しい日」「悲劇だ」と表情を曇らせた。
 
しかし、ジャン=クロード・ユンケル欧州委員長は言葉とは裏腹に両手を広げて歓喜の表情を浮かべた。連邦主義者のユンケル氏は「最善で唯一可能な合意」と欧州の結束を乱し続けてきた英国を突き放した。
 
 
 
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彼("こいつ" と呼びたいが)は、2年前の英国民投票の時点から「(英国と EU の間に)そもそも愛もなかった」と冷淡であった。厄介払いができて、さぞかしせいせいしていることだろう。
 
ユンケル氏は昨日のBBCのインタビューでも傲慢な態度で「すべての責任は英国にある」と言うが、本当に EU に何の問題も無ければ、そもそも英国も離脱など考えなかったはずである。こんな人物が EU の実質的トップなのだ。強硬離脱派の気持ちも分かる。
 
 

2018年11月26日 (月)

ルール・ブリタニア(統べよ、ブリタニア)

 
昨日、日曜日の午前中、ブリュッセルで開かれた EU 臨時首脳会議で英国の離脱案は承認された。直前に、スペインがイベリア半島南端の英領ジブラルタルの扱いをめぐって離脱合意への反対も辞さない姿勢を示したが、最終的に英国や EU と合意に達したとして離脱合意案に賛成する意向を表明した。
 
メイ首相はひとまず第一関門を突破した。しかし合意案の批准には、欧州議会と英国議会それぞれの承認を必要とする。とりわけ鬼門は英国議会である。
 
与党・保守党内の強硬離脱派や離脱案に反対する野党が手ぐすね引いて待っている。メイ首相の八方美人的離脱案がすんなり可決するとは到底思えない。政治的見通し以上に、英国人とりわけイングランド人の本能・DNAがそうさせないように思えてならないのだ。いざとなったらノー・ディール(合意なき離脱)も辞さないかもしれない。
 
毎年、BBCプロムスの千秋楽では必ず『ルール・ブリタニア(統べよ、ブリタニア)』が会場で大合唱となる。今年もそうだった。歌詞を1番だけ紹介しよう。
 
When Britain first at Heav'n's command  この世のはじめ 神の命を受け
Arose from out the azure main; 碧海の中から興る ブリタニア
This was the charter of the land, 「これこそ証  国の証ぞ」と
And guardian angels sang this strain; 守護天使らは斯く 歌い合えり
 
Rule, Britannia !  Britannia, rule the waves:
統べよ、ブリタニア!大海原を統治せよ
Britons never never never shall [will] be slaves.
ブリトンの民は 断じて 断じて 断じて 奴隷とはならじ
 
 
特にサビの箇所である。「ブリトンの民は 断じて 断じて 断じて 奴隷とはならじ」だ。断じて EU(欧州連合)の奴隷とはならじ。それが彼ら(特に強硬離脱派)の矜持なのであろう。もっとも日本人の私にすれば「いつまで大英帝国気分なのかしら」と思わずにおれないが。とはいえ、聖徳太子は「日出る処の天子、書を、日没する処の天子に致す。恙なきや」と随の皇帝・煬帝にしたためたとか。断じて 断じて 断じて中国の奴隷とはならじの気概だったのであろう。この DNA は今日の日本人にも受け継がれているように思う。英国と日本。ユーラシア大陸の東西の端の島国は、どうやら同じメンタリティーを共有しているようだ。
 
2009年のBBCプロムスから。サラ・コノリーのメゾ・ソプラノ、そして会場の大合唱をお聴きあれ。演奏は50秒付近から。
 

2018年11月25日 (日)

読み聞かせの思い出

 
子どもは読み聞かせが大好き。
 
本を読む子どもとは、親から「本を読みなさい!」とガミガミ言われる子ではなく、親から本を読み聞かせてもらった子どもだ。
 
恩師・有賀 寿先生キリスト者学生会初代総主事、後にすぐ書房社主)は、子どものための読み聞かせを啓発したり良書(絵本)を出版・紹介されるだけでなく、読み聞かせを実践される方であった。
 
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もう25年以上前だろうか、名古屋の拙宅にお越しになった折、先生はやおら絵本を取り上げて朗読を始められた。面識もない変なおじさんが来て、遠巻きに眺めていたうちの子どもたちだったが、やがて有賀先生に近づき、息子などはついに先生の膝の上に乗って聴き入ったのだ。私たち夫婦は驚いた。読み聞かせの魔法を見る思いだった。
 
この方法は使える!と教えられ、当時KGKの主事だった私は、卒業生の家に招かれたり泊めてもらったりした時、幼稚園や小学生の子どもがいれば絵本や童話を朗読した。ゲームなんかできなくても、これでいっぺんに仲良くなった。
 
妻もその後、子どもたちが中学生になっても寝床で本を読んであげていた。中学生なら本など自分で読むはずと思われるだろう。ところが意外や意外。中学生になっても喜んで読み聞かせてもらっていた。娘などはその後、例えば『ハリー・ポッター』全巻を原書ですらすら読むようになった。
 
有賀先生には子育てのための良書をたくさん教えていただいた。画像の2冊(ジム・トレリース著『読み聞かせ この素晴らしい世界』と、エリーズ・ボールディング著『子どもが孤独(ひとり)でいる時間(とき)』)は、特に啓蒙かつ啓発された本である。
 
 
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2018年11月23日 (金)

徒花は咲き続ける

 
カルロス・ゴーン容疑者の弁護人は大鶴基成弁護士が就くことになったらいしい。この人、元東京地検特捜部長だ。業界用語の「ヤメ検」弁護士である。
 
大鶴氏は、ホリエモンこと堀江貴文・元ライブドア社長が逮捕されたライブドア事件の際、当時の法務省のウェブサイトで次のように書いていた。
 
額に汗して働いている人々や働こうにもリストラされて職を失っている人たち、法令を遵守して経済活動を行っている企業などが、出し抜かれ、不公正がまかりとおる社会にしてはならないのです。
 
 
かつて検事、いま弁護士で立場が変わったとはいえ、舌の根も乾かぬうちにゴーン氏の弁護人をよく引き受けられたものだ。そういえば当時、ライブドアから村上ファンドまでの一連の捜査は、検察があらかじめ書いたストーリーに沿って捜査が行われる、いわゆる「国策捜査」だった。それを指揮したのが大鶴氏だ。
 
国策捜査の「正義」とは、市場を国家のコントロールの元に置くことだった。しかし、ここイギリスにいるとよく分かるが(特に国際金融の中心地「シティー」のお膝元ロンドンでは)、資本主義の本質とは「鞘取り」である。鞘とは、利鞘の鞘だ。
 
池田信夫氏は、村上ファンドが一線を越えてしまったことを認めつつ、しかし次のように述べる。
 
特に日本では、保有する現預金の残高よりも時価総額が低いといった公然たる鞘のある企業が、数多く存在する。村上氏のようなファンドが、その鞘を取ることによって市場の歪みが是正され、企業の資本効率が高まる。だから投資は、単なる賭博ではないのだ。ただ日本では「持ち合い」などに阻まれ、こうした公開情報だけで鞘を取ることはむずかしいため、村上氏は次第に非公開の情報を利用するようになったのだろう。
 
 
検察の国策捜査が投資を萎縮させた。必要なのは「透明な市場と公正・合理的なルールづくり」である。その意味で、村上氏のような存在も、国策捜査の大鶴氏も、「市場がルールに従って効率化したらいなくなる徒花(あだばな)」であろう。
 
ゴーン容疑者の捜査が進む中でいずれ浮かび上がるであろう存在が「タックスヘイブン」である。タックスヘイブンこそ、透明な市場・公正かつ合理的なルールとはほど遠い存在だ。大鶴氏は、タックスヘイブンを利用した(であろう)ゴーン容疑者を弁護する。皮肉なことに、大鶴氏とは、かつての国策捜査においても、今回のゴーン氏弁護人としても、どうも市場の効率化を妨害する人物であるようだ。徒花は咲き続けている。
 
 
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2018年11月20日 (火)

勢いのある眉毛だったが。。

 

祇園精舎の鐘の声、

諸行無常の響きあり。
 
娑羅双樹の花の色、
 
盛者必衰の理をあらは(わ)す。
 
おごれる人も久しからず、
 
ただ春の夜の夢のごとし。
 
たけき者も遂にはほろびぬ、
 
偏に風の前の塵に同じ。
 
(『平家物語』 冒頭部分)
 
 
"カラヤンが死んだのは1989年7月16日である。その直前、ソニーの社長だった大賀典雄氏とザルツブルクの近郊アニフの自宅で懇談中、突然不快を訴えて床に就き、そのまま帰らぬ人となったと巷間伝えられている。 (中略)  その約十週間前、四月の末日にカラヤンは「終身」であった筈のベルリン・フィル常任指揮者・音楽監督の座を降りていた。
 
独裁政権が長続きし、対抗勢力がなくなったとき、中枢にはほぼ100パーセントの確率で腐敗という現象が発生する。秦の始皇帝の時代から西欧では古代ローマ、近現代ではナチ、ソ連邦、北朝鮮に至るまで、まず例外はない。会社経営もまた同じ。人心は倦み、独裁者にたいする反撥は組織内外に拡がるが、周辺で利権を貪る側近により情報遮断が行われている当該組織内にあっては、頂点に君臨するトップでそれに気づく人はまずいない。組織構成員の全員が幸せであり、自らに信服しているものと思い込む。然して本人は、自らの行為が常に無私で、自分の行動すべては人民・社員・楽団員のために捧げられているとまで確信してしまう。「俺あってのこの組織、だからこれ位のことは」という甘えと自負心から来る公私混同も生じる。
 
だが永遠の不倒を約束されているかのような最高権力者が、或る日、思いがけない蹉跌を経験し、「こんな筈はない」と強権を発動しようとする。事柄は、あとから想い起こせば些事であることが多いが、組織内には反撥のマグマが蓄積されているため、些事と思い込んで権力行使を試みる権力者は意外な抵抗に遭遇して、戸惑う。そしてマグマは爆発し、無敵・神聖であった筈の帝王は突然失脚し、王座を失う。政治の世界であれば、命まで失うという結果まで招きかねない。" (中野 雄 『指揮者の役割 ヨーロッパ三大オーケストラ物語』  新潮選書 2011年 pp. 110ー111
 
 
2年ほど前、三菱自動車・益子会長と日産自動車カルロス・ゴーン社長の "眉毛の角度差" が話題となった。今、平家物語冒頭部分のことばが切なく響く。
 
 
何度も言うが、キリスト教会にとって対岸の火事ではない。「俺あってのこの教会、だからこれ位のことは」と真顔で信じている長期政権の牧師は少なくない。そして、追いつめられて失脚した敗北を他人のせいにする。懲りない人たちである。永遠の不倒は天地創造の主なる神のみと知っているはずなのに。
 
人はみな草のよう。
その栄えはみな野の花のようだ。
主の息吹がその上に吹くと、
草はしおれ、花は散る。
まことに民は草だ。
草はしおれ、花は散る。
しかし、私たちの神のことばは永遠に立つ。
(旧約聖書 イザヤ書 40章6b〜8節 『聖書 新改訳 2017』)
 

 

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2018年11月16日 (金)

「負け」に偶然はない/ ジョン・ウィリアムスのコンサート

 
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イギリスでは連日、Brexit(EU からの離脱)関連のニュースがマスメディアを占めている。交渉の事実上の期限が迫り、英国政府と EU 側の交渉が大詰めを迎えているからである。ノー・ディール(交渉決裂)となった場合、離脱が完了する来年3月29日以降、英国と欧州大陸との間に大混乱が起きることが予測されている。
 
昨日、暫定合意に至ったことがテリーザ・メイ首相から発表された。しかし同時に、離脱交渉担当のドミニク・ラーブ大臣が辞任した。今までの交渉で妥協に妥協を重ねたメイ首相の離脱案は、野党の労働党やスコットランド国民党はもとより、 与党・保守党内の強硬離脱派・残留派の双方そして連立を組む英領北アイルランドの地域政党「民主統一党(DUP)」からも厳しく批判されている。EU との正式な合意には議会の承認が必要だが、暗雲が垂れ込めている。
 
在ロンドンのジャーナリスト木村正人氏は述べる。
 
15日、下院で3時間にわたって強硬離脱派と残留派の集中砲火を浴びたメイ首相は「協定書は最終の合意ではない」と含みを持たせた。
首相の決定に下院で与野党からこれだけ反対意見が述べられるのは、宥和政策でナチス・ドイツの拡張主義を許したネヴィル・チェンバレン首相(在任1937~40年)以来だと英メディアはメイ首相の退陣をほのめかす。  
1939年9月、ナチスのポーランド侵攻で第二次大戦が始まり、チェンバレンは1940年5月、後に「ノルウェー・ディベート」と呼ばれる歴史的な下院討論で与野党から攻撃される。ナチスのノルウェー侵攻を防げず、無様に退却した責任を問われたのだ。
 
 
傍目八目であるが、私が英国首相なら、こういう場合は16世紀の「離脱」を手本とする。そう、国王ヘンリー八世によるカトリック教会からの離脱である。実はこの国、すでに「壮大な離脱」を経験済みなのだ。ヘンリー八世がエキセントリックな王であったように、こういう事態では一種のエキセントリックさが指導者には求められよう。最悪のケース、つまりノー・ディールを選択肢に入れ、国民投票で離脱が決まった2年前から交渉決裂の場合の準備を始めておくのだ。背水の陣は、本気でなければ逆に相手に足元を見られる。メイ首相の問題は「迷首相」となってしまったこと、つまり八方美人の離脱案でまとめてしまったことだ。彼女は常々「下手な合意よりは決裂の方がまし」と繰り返していたにもかかわらず、結局、最大の懸案だった北アイルランドの国境管理問題は、解決方法が見つかるまで英国全体が離脱後も EU の関税同盟(customs union)に事実上残留する打開策で決着させた。決裂の回避を図ったが、「これではEU の奴隷のままではないか」と保守党内の強硬離脱派はカンカン。首相不信任案提出も辞さずの構えである。国民投票の再実施を主張する野党も首相の離脱案には反対。メイ首相には気の毒だが、まさに四面楚歌の状態だ。
 
 
私自身も人生の中で「離脱交渉」を経験している。三重県在住時代、前任牧師に起因する教会の積年の問題に終止符を打つべく、教会が当時属していた教派からの離脱を提案。教会総会での圧倒的支持を承けて(反対論も苛烈であった)教派側と交渉に入ったが、これが本当に過酷で大変な作業であった。教派側から、また教会内の反対派から、様々な妨害工作と嫌がらせ(e.g. 中傷文書等)に見舞われた。教派側からの妨害工作に対しては、弁護士を立てざるを得ないほどであった。しかし幸い敗北することなく、結果的には教派の総会では賛成多数で離脱が承認された。そして、離脱交渉と同じくらい大変な作業であった別の教派への加盟も後に果たせた。
 
上記のすべては主なる神様に栄光を帰すべきであるが、離脱交渉の過程でいろいろ大事なことも学んだ。「勝利」には時に偶然が味方するが、「敗北」に偶然はない。負けるときは必ず理由や原因がある。相手側の妨害や嫌がらせを見ながら逆に学んだ。彼らが墓穴を掘ったのは、①「情報不足」②「慢心」③「思い込み」である。これは「今でしょ!」の林 修氏(東進ハイスクール講師・タレント)の言うとおりである。①〜③にもう1つ加えるなら、想像力不足、つまり目の前に広がる時間と空間を見通す感覚の不足であろう。そしてもっとも大事なことは、敗北を絶対に他人(ひと)のせいにしないことである。敗北がさらなる敗北を生んでしまう。すべて自分が悪いと潔く認め、自己分析に努めることだ。
 
私の見るところ、メイ首相の弱点は「思い込み」であると思う。彼女は以前、解散総選挙を仕掛けて失敗している(これで党内基盤が弱くなってしまった)。「このタイミングなら絶対労働党に大差をつけることができる」と思い込んでしまった。そして事実上の敗北を喫した。この経験を彼女は冷静に検証したのだろうか? その結果は間もなく明らかになると思う。
 
 
閑話休題
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一昨日、ロンドンから西方に急行列車で30分ほどの町レディング(Reading)に行った。クラシックギター界の巨匠&レジェンド、ジョン・ウィリアムスと仲間たちのコンサートに出かけるためであった。ジョンは2013年をもってソロ・リサイタルを引退した。最後のツアーに日本を選んでくれたのはうれしかった。当時、名古屋・横浜・東京で行われたリサイタルに足を運んだ。
 
その後、ジョンは主にイギリス国内で、それも年に数回ほどしかコンサートをしなくなった。私の場合、3年前にテムズ川に架かるミレニアム・ブリッジのそば、シェークスピア・グローブ座内にある小ホールでのジョイント・コンサートでジョンの演奏を聴いたのが最後であった。
 
イギリスにいることの恵みのひとつは、ジョンの生演奏をそれでもなんとか聴けることである。1941年生まれの彼は、今年77歳で現役だ。1958年にロンドンのウィグモア・ホールでデビュー演奏会をしているので、今年は演奏生活60周年でもある。
 
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この日は、ジャズ&フュージョンギターの名手ジョン・エサリッジ(John Etheridge)と、もう1人のクラシックギタリスト・ガリー・ライアン(Gary Ryan)とのジョイント・コンサートであった(画像左側)。ジョン・ウィリアムスとジョン・エサリッジの「2人のジョン」は、ライブ・デュオのCDをCBSソニーから出している(画像右側の上)。また2010年から、ジョン・ウィリアムスは独自レーベルでCDを発表するようになった(画像右側の下 )。独自レーベルになって興味深いのは、ジョンが自作の曲を弾いて発表するようになったことである。ギター作曲家ジョン・ウィリアムスもなかなかなのだ。
 
コンサートの前半は、3人がソロ演奏を披露した。後半はそれぞれの組み合わせで二重奏、三重奏であった。私の関心はもっぱらジョン・ウィリアムスのソロ演奏。この日彼は、3曲弾いた。最初の曲はジョンの昔からの愛奏曲、16世紀ドイツの作曲家ミヒャエル・プレトリウス作「<テレプシコーレ>から3つの舞曲」。2曲目はCD「オン・ザ・ウィング」に収められた自作の「ラファエルへのオマージュ」。ラファエルとは、南米コロンビア出身の名チェンバロ奏者・故ラファエル・プヤーナのこと。ジョンは若い日に、プヤーナと共演したレコードを出した。その際、彼からバロック音楽の解釈・奏法について多くを学んだとのこと。この曲は、2013年に他界したプヤーナへのオマージュ(芸術や文学において尊敬する作家や作品に影響を受けて、似た作風の作品を創作すること)である。16世紀スペインのビウエラ奏者ルイス・デ・ミラン作の「トーダ・ミ・ビーダ(Toda mi vida、「一生かけてそなたを愛した」)にインスピレーションを得た曲に仕上がっている。私見では、ジョンの作品のベストとも言える名曲だ。特に、曲の終わりに登場する「トーダ・ミ・ビーダ」のメロディーがこの上なく美しい。最後3曲目がこれもジョンの自作「ハロー・フランシス」。CD「フロム・ア・バード」に収められた、カメルーンの音楽家故フランシス・ベベイに捧げるオマージュだ。ギタリストでなければ書けない曲で、演奏効果が高い。ジョンのウェブサイトから楽譜が無料でダウンロード可なので(但し有料の演奏会での印税は生じる)、試奏したい方はぜひどうぞ。
 
ジョンの独奏による3曲を聴く時間は至福の時であった。とても77歳とは思えない、しっかりしたタッチと相変わらずの美音。まさに巨匠ジョン・ウィリアムスの芸術だ。共演した中堅の名手(ギター界でメキメキ頭角を現している)ガリー・ライアンも素晴らしいテクニックと音楽性のギタリストだが、やはりジョンが舞台で放つオーラはずば抜けている。格の違いか。もう1人の巨匠ジュリアン・ブリームがすでに引退した現在、ジョンが唯一の現存する巨匠であるが、今やほとんどコンサートを行わないジョン。ゆえに "レジェンド" と呼んでよいのかもしれない。あと何年、生演奏を聴けるのだろうか。
 
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2018年11月 7日 (水)

欧州教職者研修会

今週月曜日から、ドイツ南西部シュトゥットガルト郊外のリーベンゼラの施設で行われている。一昨年に続き二度目の参加。今回は、第二テモテ書3章10〜17節の聖書講解を担当した。画像は昼食後の写真撮影。やはり同労者たちとの交わりと研鑽は格別だ。

「見よ。なんという幸せ  なんという楽しさだろう。兄弟たちが一つになって  ともに生きるとは。」 (詩篇  133篇1節        聖書  新改訳 2017)

 

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2018年10月31日 (水)

「地獄への道は善意で舗装されている」

 
日本でもすでに報道で知られているとおり、ドイツのアンゲラ・メルケル首相が与党CDU党首の辞任を表明した。英国ではブレグジット(EU からの離脱)交渉に大きな影響を与える事件だけにメディアでは一斉に速報された。
 
在ロンドンのジャーナリスト木村正人氏は「ニューズウィーク日本版」に投稿して次のように書いた。
 
予想された通り、アンゲラ・メルケル独首相の「終わり」が確実に近づいてきた。ドイツ産業の集積地・バイエルン州議会選に続き、金融の中心・ヘッセン州議会選でも与党3党は大幅に後退、メルケル首相はキリスト教民主同盟(CDU)の党首辞任を表明した。2021年まで首相の座に留まる意向を示したが、次の難関は12月の党首選だ。
 
 
2021年まで首相に留まるとメルケルさんは言う。しかし、こんな形態は議会制民主主義の基本を外している。今後も首相に留まれるかどうかは未知数だ。では、党首辞任の原因は何であったのか? これはもう木村氏の解説を待つまでもない。皆が指摘しているところだが、一応、木村氏の解説を再度引用しておこう。
 
世界を揺るがしたギリシャ危機と単一通貨ユーロ危機でも対症療法的な安全運転に徹し、欧州統合のビジョンを示したことがないメルケル首相は常に「天才的戦術家」と揶揄されてきた。しかし15年の欧州難民危機ではパレスチナ難民の少女の訴えに心を動かされ、100万人を超える難民を受け入れた。皮肉にもそれが「人間メルケル」の命取りになった。
 
 
木村氏が「人間メルケル」と表現しているところが肝心だ。まさに「地獄への道は善意で舗装されている」の格言どおりとなった。2015年9月からおよそ3年だ。あの当時、多くのドイツ国民はメルケルさんの人道的判断に熱狂していた。ここイギリスから眺めるならそれはまるで「カルト」のようであった。3年という年月はほぼ妥当だと思う。 
 
今は会員制ブログに移したが、私は今年2月に「正しすぎてはならない・・・」と題した投稿をした。以下にその一部を引用しておく。
 
日本から眺めていたドイツと、イギリスから眺めるドイツの印象はかなり異なる。日本から眺めていたとき、ドイツは「崇敬の国」であった。しかし現在、イギリスから眺めていると「危なっかしい国」と映る。
 
昨年9月の総選挙からこのブログを書いている2月24日現在、ドイツでは未だ新政権が正式には発足していない。与党CDU/CSU(キリスト教民主同盟/キリスト教社会同盟)と野党SPD(社会民主党)はすったもんだの末、去る2月7日に(再度の)大連立政権樹立の合意に達した。が、SPD内の党員選挙の結果次第ではご破算になる可能性がある(開票結果は3月4日に発表)。両者が恐れるのは再選挙。昨年の総選挙までは泡沫政党扱いであった極右政党「AfD(ドイツのための選択)」が、総選挙後は第三党に躍進。再選挙になればAfDが更に票を伸ばす可能性がある。票を失うのは連立与党である。
 
それにしても総選挙前まではドイツの女帝&EU(欧州連合)の盟主として君臨し、4選後も盤石の政権運営が予測されていたメルケル首相の凋落ぶりは目を覆うばかりである。なぜ彼女は墜ちたのか? 一言でいうなら「難民問題」である。詳細は端折るが、2015年、ドイツ政府は超法規的措置で百万人規模の難民の入国を許可した。政治難民と経済難民を区別することなくであった。ドイツ国民も政府の決断に概ね好意的であった。しかし民族も言語も宗教も習慣も違う人々を一気に百万人単位で受け入れたら国がどうなるかはちょっと理性と常識を働かせれば分かるのではないか?とイギリス人は思ったものである。当時のキャメロン首相は「イギリス人にも(政治難民を受け入れる)ハート(心)はある。しかし理性を働かせなければならないときもある」と(ドイツを横目に)コメントした。その後ドイツ人はようやく現実に目覚めた。それがメルケルさんの凋落、極右政党の躍進という総選挙の結果であった。大衆という振り子は極端から極端に振れるものだ。
 
イギリスから眺めているとドイツ人の危うさがよく見える。ではドイツ人の危うさとは何か? シュトゥットガルト在住の作家・川口マーン惠美さんは次のように述べている。
 
ドイツ人というのは、私が見る限り、正しい人間でありたいという願望のとても強い人たちです。倫理的でありたい、正しい行動を取りたい。つまり、周囲から尊敬される人になりたいのです。
そして、正しいと思う行動を取れるとき、彼らは大変幸せで、心洗われた気分になり、自己陶酔に陥る。そういう場合のドイツ人の自画自賛たるや、相当なものです。
さらに奇妙なところは、ときどき皆がこぞって、突然、理性をかなぐり捨ててしまうことです。そして、倫理観だけを前面にかざし、自己礼賛とともに、非合理の極みに向かって猪突猛進していく。こういう状態になった時のドイツ人は、大変情緒的で、絶対に他の意見を受け付けません。 (『週刊現代』 2015年10月17日号より)
 
 
つまりドイツの難民問題への対処も、善意にもとづいた正しさ(倫理観)からだったのであろう。しかし「地獄への道は善意で舗装されている」と巷でも言うではないか。聖書にもこう書いてある。「人の目にはまっすぐに見えるが、その終わりが死となる道がある。」(箴言 14章12節;16章25節 「聖書 新改訳 2017」) "正しさ" とは往々にして「善意」にもとづいていないであろうか。善意だけに異論を唱え辛い問題がある。そしてそれは「まっすぐに見える」のだ。その正しさは「絶対に他の意見を受け付け」ない頑なさがある。
 
現代のキリスト教会のカルト化の問題も案外リーダー(牧師)や指導層(役員会)の「善意」が発端かもしれない。上記の川口マーン惠美氏が指摘する「皆がこぞって、突然、理性をかなぐり捨ててしまう」状態はカルト化した教会に見られる現象である。こういう教会ではまともな人(集団ヒステリーの中で理性を働かせる人)が狂って見える。 
 
 

ドイツでの出来事、キリスト教会も他山の石としたい。 

 
 
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2018年10月28日 (日)

もしかすると、グスターボ・ドゥダメルの今後の伸びしろは少ないかもしれない。。(前半)

 
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これは、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールの廊下に掲げられている写真だ。2007年8月19日、ベネズエラの若き指揮者グスターボ・ドゥダメル(Gustavo Dudamel)が、シモン・ボリバル国立ユース・オーケストラを率いて「BBCプロムス」に来演した折のショットである。特別な写真で記念されているくらいだから、よほどセンセーショナルな出来事であったのだろう。
 
「百年に一人の天才」とまで言われるドゥダメルを輩出した「エル・システマ」という音楽教育システム。南米ベネズエラの子どもたちに音楽教育を施すことで犯罪から守ることや、犯罪を犯した子どもたちを更正させる目的で1975年に始められた。経済学者で音楽家のホセ・アントニオ・アブレウ博士によって設立された。この画期的な音楽教育システムから生まれた青少年オーケストラの数は、ベネズエラ国内に200以上も存在するという。
 
ドゥダメルは、その中の選抜メンバーによって構成される「シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ」の指揮者として、10代の頃から頭角を現した。その後の快進撃はめざましく、ウィーン・フィルやベルリン・フィルを始め、欧米のトップ・オーケストラに次々に客演し、2009年には弱冠20代でアメリカのメジャーオケ、ロサンゼルス・フィルハーモニックの音楽監督に就任した。現在、37歳である。
 
 
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10月25日のベルリン・フィル定期公演。ドゥダメルが客演した。チケットは完売。人気の程が窺われる。私も期待していた。この晩のプログラムは、レナード・バーンスタイン作曲『管弦楽のためのディヴェルティメント』と、グスタフ・マーラーの『交響曲第5番 嬰ハ短調』。
 
ディヴェルティメントは、ボストン交響楽団(BSO)がその創立100周年を記念する曲をバーンスタインに委嘱し、そのときに書かれた作品。短い8つの楽章から成る、20分ほどの曲である。1980年9月に、当時の音楽監督であった小澤征爾の指揮によって、シーズンの開幕として初演された。終楽章は「BSOよ、永遠なれ」と題されたマーチ。金管楽器のハチャメチャで閉じられる、全体として楽しい曲であった。ミュージカル「ウェストサイド・ストーリー」の作曲家らしい、ジャズの要素も入り混じっている。今年はバーンスタイン生誕百年の年なのと、ドゥダメルも広義の<アメリカ>出身者ゆえの選曲だったのではと思われる。
 
ベルリン・フィルは相変わらずのアンサンブル上手。縦の線も横の線もしっかり合っている。暗譜だったが、ドゥダメルはまったく危なげなく指揮。非凡さはすでに十分に伝わって来た。しかし、むむむ、しかし、何か違うという思いも私の中ですでに頭をもたげ始めていた。 (後半に続く)
 
 
 

2018年10月26日 (金)

人生を変えているんだ!(後編 10/27 動画を追加)

 
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前編で書いたように、フィルハーモニーは1963年に完成・オープンしたが、建設にあたっては1955年からベルリン・フィルのシェフ(首席指揮者)となったヘルベルト・フォン・カラヤン(Herbert von Karajan)の果たした役割が大きかった。左側の画像でお分かりのように、ホール外観はまるでサーカス小屋のテントを彷彿させる形状である。この外観と、カラヤンの基本コンセプトが大きく反映されたホールであったがゆえに、フィルハーモニーはしばしば「カラヤン・サーカス(Zyklus Karajani, ツィクルス・カラヤーニ、<カラヤンのサーカス小屋>)」と揶揄された。しかし、カラヤン・サーカスとは言い得て妙である。ベルリン・フィルは、楽団員全員がソリスト級のヴィルトゥオーゾ(名手)集団であるから、指揮者にとっては一筋縄では行かないまさに<猛獣>だ。猛獣を手なずけて観客に芸を披露する場所こそサーカスである。<猛獣>を調教して、世界最高峰のオーケストラに育て上げたカラヤンはまさに猛獣使いだ。フィルハーモニーの前の道は、カラヤンの功績を称えて「カラヤン通り(Herbert v. Karajan Strasse)」と名付けられている。
 
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ホール内の空間は、従来のシューボックス型と呼ばれる長方形ではなく、五角形である。その真ん中の底に舞台を設置して、ブロックに分割された客席がそれを囲むという「ヴィンヤード型(ヴィンヤードとはぶどう畑の意。転じて山の斜面の段々畑のような形を指す)」が採用された。これだと舞台の上下左右のみならず、後方からでも舞台を見渡すことができる。演奏会の視覚的効果も重視したカラヤンの要求に応えた結果である。もちろん音響も当時の音響学の粋を尽くして設計されたことと、ホール建設に必ず伴う「運」も味方して、極上の響きを得ることとなった。フィルハーモニーは、聴覚・視覚・感覚美に訴える、まさに官能的なホールである。日本が誇る名ホールの1つ、サントリーホールは、カラヤンの助言を採用してヴィンヤード型のコンサートホールとして建設された。オーケストラにとって本拠となるホールの質は命運を左右する。ロンドンのオーケストラのレベルが極めて高水準ながら最高峰の域に達していないのは、コンサートホールに恵まれていない実状が大きく関係していると思う。ロンドン交響楽団の音楽監督に就任したサイモン・ラトル氏は、ロンドンでのオーケストラ専用ホールの建設を悲願としていると聞く。すでに多方面に働きかけているとのこと。ぜひ実現してほしい。
 
 
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さて、本投稿の題は「人生を変えているんだ!」である。前編から今まで、読者の皆さんはタイトルと内容の不一致に困惑されたことと思う。そろそろ本題に戻ろう。
 
先週10月18日のベルリン・フィル定期公演。芸術監督(首席指揮者)不在の今シーズン、この週の客演指揮者はエストニア出身のパーヴォ・ヤルヴィ(Paavo Järvi)さんだった。1962年生まれというから、私と同世代だ。曲目は、ポーランドの作曲家ヴィトルト・ルトスワフスキWitold Lutosławski, 1913-1994)の『管弦楽のための協奏曲』と、ブラームスの『交響曲第2番 ニ長調』。ルトスワフスキの曲は、ポーランドの民俗音楽を素材として、民謡の原曲とは異なる和声法と無調の対位法を施し、新バロック形式の曲として仕上げた作品。3管編成の大規模オーケストラが、20世紀の前衛的作品ながら親しみやすい曲調を奏でる。全3楽章、30分ほどの曲である。ベルリンの聴衆はこういう曲が大好きのようだ。さすが創造と破壊の街。ヤルヴィ氏の解釈に大きな拍手を送っていた。ブラームスの2番は、古楽のスタイル(小編成)と奏法の成果を採り入れた、現代の潮流に沿った解釈。個人的にはあまり好みではないが(ミーハーだから、一昔前の倍管編成のボリュームが好み)、しかし、最終楽章のコーダはしっかり盛り上げてくれた。ベルリン・フィル弦楽セクションの重厚サウンドには毎度降参である。脱帽。素晴らしい。手堅い指揮ながら、曲に生命を吹き込む盛り上げ方を心得ているパーヴォさん。ベルリン・フィルメンバーからの信頼も厚いようだ。(余談だが、ベルリン・フィルが創立を記念して毎年5月1日にヨーロッパ各地で行っている「ヨーロッパ・コンサート」。彼らはこの日をとても大事にしていて、彼らが信頼する指揮者しか招かない。今年5月の「ヨーロッパ・コンサート」 指揮者はパーヴォ・ヤルヴィさんだった。)
 
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実は、今回の演奏会、当初行くかどうか迷っていた。というのも、もともとは今週のグスターボ・ドゥダメル(Gutavo Dudamel)指揮のマーラー5番の公演に行くことにしてあったからだ。パーヴォさん指揮の公演は時間的にも費用的にもタイトであった。迷ったが、結局、無理してでも行くことにした。理由は2つある。1つは、パーヴォさんは紛れもない現在 "旬" の指揮者であること。2006年にフランクフルトのhr 交響楽団、2010年にパリ管弦楽団の音楽監督に就任した後、2015年9月にはNHK交響楽団の首席指揮者に就任している。欧米そして日本の名門オケへの客演も多い。尚、hr 交響楽団は2013年、パリ管弦楽団は2016年にそれぞれ退任している。つまり彼は、現在兼任しているドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団(ブレーメン)での仕事を別にすれば、NHK交響楽団との仕事を最優先にしているのだ。A. ネルソンスや G. ドゥダメルらと並んで世界で最も忙しい指揮者が日本のオケに腰を据えて仕事してくれている。日本人としてはうれしいではないか。どうしても彼の演奏を聴いてみたかった。
 
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もう1つの理由、それは彼がNHK Eテレの番組『ららら♪クラシック 』で明かした若き日のエピソードに感動したからだ。
 
2018年はアメリカの指揮者・作曲家故レナード・バーンスタイン(1918-1990)の生誕100年の年である。この偉大な音楽家を記念して、世界各地で作品の演奏会が行われている。ロンドンでも、今年のBBCプロムスのテーマは「バーンスタイン生誕100年」であった。当然、『ららら♪クラシック』も特集を組んだ。在りし日のバーンスタイン氏を偲びつつ、氏のお嬢さんや氏の薫陶を受けた指揮者たちが番組で思い出を語った。その中の一人が、N響首席指揮者のパーヴォ・ヤルヴィだったのだ。パーヴォさんは若き日のエピソードを紹介された。番組の字幕からそのエピソードを再現してみる。
 
21歳のとき、ロサンゼルスで行われたサマースクールでゲストで来ていたバーンスタインに指揮のレッスンを受けた。短時間しかいられない予定だったが、バーンスタインはパーヴォを教えることに熱中している。
次の予定があったので、取り巻きが時間を気にしていた。
「レニー(レナードの愛称)、そろそろ時間だ。もう行かないと」
レナードは「分かってる」と答える。
しかしその後もレッスンは延々と続き、予定の時間が過ぎてしまった。
ついに誰かがしびれを切らして言った。
「レニー、時間だ。教えるのは終わりだ」
レナードはその声に振り向き言った。
教えてるんじゃない! 人生を変えているだ!
 
パーヴォさんは続けた。
「彼は僕が当時すべてを理解できなくても、後で理解することを知っていた。きょうのことが僕の人生で重要な意味を持つことを知っていたのです。彼は人生を変えていることを自覚していた」
 
 
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「教えているんじゃない、人生を変えているんだ!」 なんと素敵な言葉であろう。若き日に、巨匠からそのような薫陶を受けた指揮者の音楽をぜひ聴いてみたかった。これが、今回ベルリンに行った2つ目の理由である。
 
ブラームスの2番の演奏後、聴衆はブラボーと共に盛大な拍手を送った。繰り返されるカーテンコール。ここまでは普通の演奏会でもよくある光景だ。しかしこの晩はその後が違った。オーケストラの楽団員がすべて舞台から退出した後も拍手は続いた。私を含む1階席の大勢が舞台に近寄る。鳴り止まぬ拍手に応えて、ヤルヴィさん自身が舞台に姿を現した。オーケストラの外国公演などでは、聴衆の熱狂に応えて指揮者が舞台に再登場することはある。しかし、地元の演奏会でそのような光景は珍しい。9月にベルリンでダニエル・ハーディングさん指揮の公演にも行ったが、そのようなことは起こらなかった。人生を変えられた指揮者の音楽に触れたことは幸いな経験だった。迷ったが、やはりベルリンに行ってよかった。我ながらチャンスをチャンスと分かって満足だった。
 
 
「教えてるんじゃない、人生を変えているだ!("I am not teaching. I am changing lives ! ")」。主イエスも弟子たちにそうおっしゃっていたのだろう。今は分からなくても、後で理解することを信じて。実際、主の御言葉は弟子たちの、そして私自身の人生を変えた。牧師の端くれとして、毎週の礼拝説教で私は「教えている」のか、それとも「聖書の御言葉は人生を変える」と信じて会衆に語っているのか、深く問われた。
 
 
10/27 追記
ベルリン・フィルのデジタル・コンサートホールが YouTube に動画をアップした。私が行った2日後の公演の模様である。曲はブラームスの交響曲第2番、第4楽章の冒頭。
 

2018年10月24日 (水)

人生を変えているんだ!(前編)

 
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ロンドンは例年の10月とは思えないほど天候の良い日が続いている。少し気味が悪いほどだ。 普通、10月のロンドンは冬の始まりである。どんよりとした日が続き、気温もぐっと低くなる。来週29日の未明でサマータイムも終了し、通常時間に戻る(日本との時差は9時間になる)。日照時間もぐっと短くなる。
 
先週のベルリンもロンドン同様に穏やかな日であった。もっとも、画像左側のように、風に乗った落葉がハラハラと降り注ぎ、地面は落ち葉の絨毯(じゅうたん)の如くだ。秋の深まりを感じる。
 
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ベルリン・ テーゲル国際空港からバスでベルリン中央駅(Berlin Hauptbahhof)に移動。今回はSバーン(近郊列車)ではなく、徒歩でポツダム広場駅(Bahnhof Potsdamer Platz)に向かった。途中、連邦首相府や連邦議会議事堂、そしてブランデンブルク門を経由。左図のとおり、冷戦時代はこの門が東西ベルリンの境界だった。ところで「ベルリンの壁」とは東ドイツと西ドイツの境界上にあったのではなく、ベルリン市内で西ベルリンを囲んでいた壁のことである。ベルリン自体は当時の東ドイツの領内にあった。壁を越えること(特に東から西への脱走)はまさに命懸けであった。ベルリンの壁はドイツ分断の象徴であり、東西冷戦の象徴であった。今はブランデンブルク門の東西を観光客が自由に往来する。時代は変わったものだ。
 
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「時代は変わった」で思い出したことがある。上記のとおり往路は徒歩で向かったが、翌日の帰路はSバーンを利用した。ボツダム広場駅から「フリードリヒ・シュトラッセ駅」で乗り換えるのだが、駅構内のアーチが33年前と全く変わっていないことに気づいた。
 
1985年2月、当時、大学生だった私は東欧旅行に出かけた。東欧とは旧共産圏の「ワルシャワ条約機構諸国」のことである。バックパックを背負っての一人旅であった。当然、東西冷戦真っ最中の時代であり、冷戦の象徴「ベルリンの壁」は未だ崩れていなかった。大韓航空の飛行機(南回り!)でスイス・チューリッヒに着き、そこから国際列車でポーランドの首都ワルシャワを目指した。途中、どうしても列車は東ドイツ及び東ベルリンを経由しなければならない。
 
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今でもはっきり覚えているが、日の出直後の早朝に、列車はまず西ベルリンの駅に着いた。その後、列車は「壁」沿いにゆっくり走り、やがて東ベルリンの「フリードリヒ・シュトラッセ駅」に着いた。ここで再度の国境検査(入国審査)である。事前に東ドイツの通過ビザを取得してあったので、審査自体は問題なかった。車掌が、発車までしばらく停車する旨を伝えてくれた。通過ビザだが、駅ホームまでの進入は問題ないとのこと。明け方とあって、外の空気を吸いたくなった。車両の外に出て朝日が差し込む駅構内のアーチを見た。まさに画像の光景(但しホームに人はいなかった)である。鮮やかに記憶がよみがえる。しかし一つだけ違っていた。アーチのホームを跨ぐ橋の部分に、自動小銃を持った兵士がずらりと並んでいたのである。何人かは銃口をこちらに向けていた。眠気など一瞬で吹き飛んだ。少しでも怪しい動きをしようものなら、即座に射殺されかねない雰囲気であった。東西冷戦の緊張を肌身で感じた瞬間であった。同じ駅が、今日は通勤客でごった返す。つくづく思う。時代は変わった。しかし、昨今の米欧とロシアの関係悪化を見ると、時代は戻りつつあることも実感する。
 
 
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話を戻す。やがてポツダム広場駅に到着。恵まれた天候の中、約2kmの散策を楽しんだ。
 
ベルリン・フィルハーモニー楽堂(Berliner Philharmonie 以下、フィルハーモニー)は、ポツダム広場駅から徒歩5分ほどのところにある。言うまでもなく、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が本拠とするコンサートホールである。冷戦時代、「ベルリンの壁」はすぐそばにあった。西側の繁栄を象徴し誇示するかのような存在だったのであろう。ドイツ統一後、旧・東ベルリン地区を含めたこの地域の開発が急速に進んだ。1963年にこけら落としが行われ、その斬新かつ奇抜なデザインから「カラヤン・サーカス」と巷で呼ばれたフィルハーモニーも、ようやく周囲の景色に溶け込んだように思える。この一帯はティーアガルテン(Tiergarten)と呼ばれる。日本大使館も付近にある。
 
開発の進むティーアガルテン地区にあって、以前と変わらぬ佇まいで建っている教会がフィルハーモニーのそばにある。「聖マテウス(マタイ)教会 St.-Matthäus-Kirche Berlin-Tiergarten)」である。1931年11月15日、ディートリヒ・ボンヘッファー (Dietrich Bonhoeffer)がこの教会の牧師(Pfaffer)に任職されている。教会堂の正面にボンヘッファーのレリーフがある(画像参照)。彼は1930ー31年の1年間、アメリカ合衆国に留学し、ニューヨークのユニオン神学校のラインホルド・ニーバーの下で学んでいる。このアメリカ留学が、その後の彼の生き方に大きな影響を与えた。ベルリンは、ボンヘッファーにとって人生の再出発となった地である。このようにベルリンは、ボンヘッファーと縁が深い。この辺の話はまた別の機会に譲りたい。 
 
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尚、ボンヘッファーについては日本でもいくつかの伝記が出ているが、2011年に刊行されたエリック・メタクサス(Eric Metaxas)著の600頁を超える大作 "Bonhoeffer : Pastor, Martyr, Prophet, Spy. A Righteous Gentile vs. The Third Reich"  ボンヘッファー:牧師・殉教者・預言者・スパイ -義の異邦人と第三帝国の対決-)" は、Amazon.com の読者評でも圧倒的な高評価を得た決定版と言える。邦訳が待たれるが、英語にアレルギーの無い方は、原書での読書を是非お勧めする。因みに、fakespot.com(https://www.fakespot.com)で読者評の信頼性をチェック済み。「信頼に足る」との結果を得た。(後編に続く)
 
 

2018年10月17日 (水)

「戦後日本の国体」:脱神話化のために

 
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リチャード・ボウカム著の『聖書と政治 社会で福音をどう読むか』(いのちのことば社 2,000円+税)は、「政治における聖書の使用(Use of the Bible in politics)」、つまり政治の解釈学として優れた本である。今までキリスト教社会倫理の本といえば「聖書における倫理(Ethics in the Bible)」という視点からしか提供されて来なかったからだ。つまりそこには聖書と現実問題との解釈学的螺旋(hermeneutical spiral)という、対話的要素が欠落していたのだ。それゆえに、特に難解な政治の分野における解釈学を手ほどきするボウカムの著書の邦訳は、日本の教会にとって画期的な出来事と評価できるだろう。

とはいえ、入門書たるこういう本では解釈学的アウトラインは描けても肉付けまでには至らない。要するに「かゆいところに手が届かない」のだ。肉付けはいわゆるキリスト教書ではなく、一般書籍の良質な研究から補完される必要がある。「かゆいところ」とは、重要な疑問でありながら、キリスト教神学者では十分に答え切れない問題点のことである。例えば本書 p. 76 に次のような言及がある。

・・・新約の教会は、特に政治的ではない国際的な共同体として、旧約のイスラエルと連続であり、また非連続でもある。イスラエルのように教会は、その生活のあらゆる面において神に献身した聖なる民であるように召されている。それゆるレビ記の標語(レビ19:2)は、ペテロの手紙第一の1章15ー16節において教会にも適用される。教会はその普遍的な開放性と、その根源的な聖さへの献身において、より終末的理想に近づくことを目指している。しかしそれができるのは、教会が政治的存在ではないからである。それゆえ教会は常に政治的存在になる誘惑に抵抗しなければならない。(※太字はのらくら者による)
 
 
ボウカムの賢明な勧告にもかかわらず、今日、プロテスタント主流派・福音派を問わず、少くない数の牧師・伝道者が「政治的存在」となり、そしてその指導により教会が「政治的存在」となっている現状があるのではないか。ボウカムの言う「政治的」とは、正確には「政治党派的=政党色」という意味であろう。私見では、本書の翻訳者の言説(終末論講解の改訂版等)にもその傾向が垣間見られる。有り体に言うならば、牧師や教会の「左傾化」である。近年では、ヨーロッパ的な左翼思想や左派勢力と区別し、日本に独特な「戦後リベラル 」としての左翼という意味で「サヨク」とカタ仮名で綴るようである。牧師や教会の「サヨク化」と言った方が分かり易いかもしれない。
 
牧師のサヨク化。私にとって長年の謎だった。神学を究め、素晴らしい聖書注解や神学書・神学論文をものする知性鋭敏な彼らが、どうしてそのように傾くのかが理解できなかった。
 
そんな中、私はある時期から(5、6年前だろうか)、経済学者・池田信夫氏のブログを通じて丸山眞男の思想と著作を知るようになった。冒頭画像の『丸山眞男と戦後日本の国体』(白水社 2018年 1,400円+税)は、池田氏が丹念に丸山の著作や論文を読み・思索し・対話した労作である。冒頭<はじめに>で、池田氏は本書の趣旨を次のように述べる。(原書の漢数字はここではアラビア数字に置き換えた)
 
戦後の日本には、リベラルの輝いた時代があった。それを代表するのが丸山眞男(1914-96)である。彼は1950年代まで日本の論壇をリードし、1960年の日米安全保障条約改正のときは反対運動の中心になった。彼の本業は東京大学法学部の教授として政治思想史を教える研究者だったが、世間的に注目されたのは論壇のスターとしてだった。彼は60年代以降、政治運動から身を引き、研究に専念するが、60年代後半の東大紛争では学生に批判される側になり、「戦後民主主義」とか「近代主義者」というレッテルが貼られた。 (中略) 今も丸山を慕う人々は、戦後民主主義の黄金時代を懐かしみ、その「原点」を継承して憲法改正を阻止しようと考えているのかもしれない。 
 
だが憲法第9条の平和主義は、丸山の原点ではなかった。戦後政治の最大の分岐点は、憲法ではなく講和条約だった。丸山は1950年に米ソと同時に平和条約を結ぶ「全面講和」を主張した。1960年の安保改正のときは強行採決を批判し、「民主主義を守れ」と主張した。こうした運動は失敗に終わり、60年代には丸山はアカデミズムに退却した。
(中略)
丸山の敗北を検証することは、彼個人を超えた意味がある。彼に代表されるリベラルな気分は、今も多くの人に受け継がれているからだ。空文化した憲法の平和主義は、篠田英朗の指摘するように「戦後日本の国体」として人々を呪縛している。ここで国体を護持するのは野党であり、自民党政権がそれを否定して「自主憲法」をつくろうとする逆転が生じている。 
(中略) 
本書は論壇のスターだった丸山と、日本人の「古層」について考えた丸山を統一的にとらえようとする試みである。
丸山の論文は戦後の知識人の共有する神話として、大きな影響を政治にも日本人の思考にも与えた。彼の物語を読み解いて「脱神話化」し、戦後の知識人がどこで間違えたのかを検証することは現代的な意味をもつと思う。 (※太字はのらくら者による)
 
 
戦後の知識人(ーここに神学の専門教育を受けたインテリとしての牧師・神学者も含まれるだろうー)がどこで間違えたか? 上記<はじめに>でも引用されている篠田英朗氏 (東京外国語大学 大学院総合国際学研究院教授)は、丸山眞男に3つの挫折を見るー現実の国際政治に裏切られた丸山、「国民」に裏切られた丸山、日本思想史に裏切られた丸山ーである。ノン・ポリ(アカデミズムへの退避)に留まり、マルクス主義を嫌悪する丸山にとって、残された政治的立場は非同盟主義(全面講和主義)と非武装中立論しかなかった。アマゾンの某レビューアー氏は「こうした政治的立場が左翼思想に与するものと見なされ、社会党の理論的支柱として利用されることになった」と語る。本書の帯にある(画像参照)「われわれは、いつ、どこで、間違えたか・・・・」の問いに対し、篠田氏は本書趣旨に応答する。「最初から、その構図の本質において、間違いが内包されていた」、と。
 
丸山の「永久革命」は、半ば自作自演のヒロイズムを象徴する概念だ。永久に続く革命などあるはずがないこと、永久革命家とは達成されない目標をわざと掲げて万年革命家を自認することを趣味としている者でしかないこと、などについて、醒めた視線を送る者は、多い。私もそうだ。政治学は、結果に関するアートだから、永久革命が永久革命であるがゆえに正当化されるということは、政治学者の間では、通常はあまりない。
 
 
「永久革命家とは達成されない目標をわざと掲げて万年革命家を自認することを趣味としている者でしかない」。しかるに、"その普遍的な開放性と、その根源的な聖さへの献身において、より終末的理想に近づくことを目指している教会"(リチャード・ボウカム) の牧師が「永久革命家(聖書の文脈では旧約の預言者の姿であろうか)」を気取るのであれば、あまりに悲しいではないか。「戦後日本の国体」の呪縛はきつい。丸山眞男の物語を「脱神話化(=脱サヨク化)」する作業は、キリスト教会(界)の課題でもあろう。池田氏の労作、一読をおすすめする。
 
 
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2018年10月16日 (火)

ゲヴァントハウス管弦楽団演奏会@RFH

 

ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(Gewandhausorchester Leipzig)のロンドン公演。演奏会場はテムズ河畔のロイヤル・フェスティバル・ホール(Royal Festival Hall)。この楽団は市民階級による自主運営オーケストラとしては世界最古の歴史を誇り、今年で創設275年周年(!)を迎えた。他の楽団で音楽監督(首席指揮者)に相当するポジションも、この楽団では古式ゆかしき<カペルマイスター Kapellmeistar、楽長>の名称を用いる。あのメンデルスゾーンもかつて楽長だった。

 
ゲヴァントハウス管は、現カペルマイスター(楽長)のアンドリス・ネルソンス (Andris Nelsons, 1978ー ラトビアのリガ出身)の指揮によって実力を遺憾なく発揮。2日間にわたって、名門の名に恥じない見事なマーラーを聴かせてくれた。ネルソンスは米ボストン交響楽団の音楽監督も兼任する。彼は先月、BBCプロムスにボストン交響楽団を率いて客演した。私は、従って、今年2度目のネルソンスの演奏会であった。ネルソンスは米欧のトップオケの音楽監督のみならず、ベルリン・フィルやウィーン・フィルの客演も常連の、現代指揮界の寵児である。1日目の演奏会後にはトークショーが行われた。彼の素敵な人柄が伝わってきた。
 
尚、2日目の公演の独唱者クリスティーネ・オポライスはネルソンスの元夫人(正確には前夫人と言うべきか・・)。彼らは今年3月に離婚したとのこと。(よく一緒に共演するなあ・・。うーむ、この辺の感覚は私の理解を超えている。。) 二人の間には7歳の娘がいる。「子は鎹(かすがい)」とはちょっと悲しい。。
 
 
アンドリス・ネルソンス(楽長・首席指揮者 Gewandhauskapellmeister)
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(Gewandhausorchester Leipzig)
 
10月8日(月)
ベルント・アロイス・ツィンマーマン(Bernt Alois Zimmermann 1918ー1970)
 <Nobody knows de trouble I see>(トランペット協奏曲)
 ※ホーカン・ハーデンベルガー(Håkan Hardenberger、トランペット独奏
 
グスタフ・マーラー(Gustav Mahler  1860ー1911)
 <交響曲第5番 嬰ハ短調>
 
 
10月9日(火)
アンドリス・ドゼニティス(Andris Dzenitis  1978ー )
 <管弦楽のためのマーラ(Mara for Orchestra)>(英国初演)
 
P. I. チャイコフスキー(P. I. Tchaikovsky  1840ー1893)
 リーザのアリオッソ(歌劇『スペードの女王』から)
 ポロネーズ&タチアーナの「手紙の場」(歌劇『エフゲニー・オネーギン』から)
 ※クリスティーネ・オポライス(Kristine Opolais、独唱
 
グスタフ・マーラー(Gustav Mahler  1860ー1911)
 <交響曲第1番 ニ長調>
 
 
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2018年10月12日 (金)

この証し、多くの人に読んでほしい

 
ニューズウィーク日本版から。
 
元・中国人、現・日本人の李小牧(り・こまき)の証し。
 
 
 
 
 
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2018年10月 9日 (火)

2019年版(2018-2019) THE 世界大学ランキング

 
英タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(Times Higher Education、THE)は2018年9月26日(イギリス現地時間)、THE世界大学ランキング2019(THE World University Rankings 2018-2019)を発表した。
 
「THE世界大学ランキング」は、2004年から公開されている世界的な大学ランキング。 教育力研究力研究の影響力(論文の引用数)国際性産業界からの収入の5領域、13項目についてデータを収集し、総合力を評価、分析したうえで世界の大学をランキング化している。
 
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ランキングの結果、3年連続で1位はイギリスのオックスフォード大学、2位は同ケンブリッジ大学と続いた。3位はアメリカのスタンフォード大学、4位にマサチューセッツ工科大学(MIT)がランクイン。ハーバード大学は昨年と同じ6位、8位にはイェール大学が新たにランクインとなった。 
 
日本はトップ200に入ったのは東京大学と京都大学の2大学のみで、東京大学は過去最低だった昨年の46位から4位上がって42位、京都大学は65位だった。国内3位には総合251-300位の大阪大学と東北大学が続いた。
 
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個人的に注目しているのが今回9位のインペリアル・カレッジ・ロンドン。うちの教会員M兄の学部出身校である。以前はロンドン大学を構成する1つのカレッジであったが、現在は独立し、独自の学位を授与している。理系分野ではオックスブリッジに比肩する名門であり、ここ何年かで THE 世界大学ランキング・ベスト10ランクインの常連大学になっている。キャンパスはロンドンのケンジントン地区にあり、近くに「BBCプロムス」が開催されるロイヤル・アルバート・ホール(RAH)や王立音楽大学(Royal College of Music)もある。理工系及び医学の学位取得を目指してロンドン留学を考えている方は入学目標の大学にするとよいと思う。
 
 

2018年10月 7日 (日)

どんな境遇にあっても

 
乏しいからこう言うのではありません。私は、どんな境遇にあっても満足することを学びました。私は、貧しくあることも知っており、富むことも知っています。満ち足りることにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、ありとあらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。』 (ピリピ人への手紙 4章11ー12節  「聖書 新改訳 2017」)
 
 
現在、三重県鈴鹿市でF1日本グランプリが開催されている。テレビで予選を視ていたが、鈴鹿サーキットや鈴鹿山脈、伊勢湾の景色など、懐かしい光景が画面に映っていた。明日(日本ではすでに「本日」)はいよいよ本戦だ。
 
私はロンドンに来る前、三重県津市で11年間過ごした。本ブログ読者はご存知のように、こちらに来てからの私の趣味は音楽鑑賞、特にオーケストラ鑑賞(だけ)になった。日本に比べて料金がずっと安いのが主な理由だ。とはいえ、オーケストラやクラシックギターの演奏会に行くのは日本にいた頃からの趣味ではあった。自分の(小遣いで)お金を払っての、最初の外来オーケストラ演奏会は14歳の時であった。(因みに、それは小澤征爾指揮のボストン交響楽団だった。)  つまり、オーケストラ鑑賞はこちらに来て始めた趣味ではない。機会とお金があれば、日本にいた時でも行きたかったのだ。三重県の前は名古屋にいたが、大学生伝道の仕事だったこともあり、オーケストラを含めそれなりにコンサートゴーアーズ・ライフは楽しんだ。 
 
しかし三重県にいた11年間は、オーケストラの演奏会には一度しか行ったことがない。ギタリストの山下和仁さんがアランフェス協奏曲を弾くというので、スペインのグラン・カナリア・フィルハーモニー管弦楽団の来日公演を福島県まで聴きに行ったのだ。それだけである。三重県での11年間で行った主なコンサートはクラシックギターの演奏会である。
 
理由は簡単。行く時間的余裕がなかったからだ。牧会していた教会の教勢は最大時で約150名、開拓株分けやその他の事情で減少した後でも120名前後の教勢であり、その半数以上が60代から上の世代であった。ぶっちゃけた話、いつ教会員や家族の訃報が飛び込むか分からない現場だったのだ。葬儀は休暇日もへったくれもない。有無を言わさず入ってくる。せっかく買ったチケットもパーになる可能性もある。従って、チケット代の高いオーケストラの演奏会は敬遠せざるを得なかった。比較的チケット代の安い(数千円前後)ギターのコンサートを選んだのである。これなら急に葬儀の仕事が入っても諦めがつく。
 
人は、神に召された本業に専念しなければならない。地方の教会、高齢者の多い教会に導かれたのだから、葬儀(前夜式と告別式)や記念会の仕事は宿命だ。だから、オーケストラ鑑賞の趣味とは決別を心がけた。上記のとおり、11年間でたった一度だけである。欲求不満やフラストレーションが全く無かったと言えばウソになる。一度、津市でズービン・メータ指揮のイスラエル・フィルハーモニー管弦楽団の来日公演があった。こんな田舎に(津市民の皆さんゴメンナサイ)にメータとイスラエル・フィルが来るなんて!と興奮し、さっそくチケットを購入しようかと思ったが、生憎、日曜日(牧師の勤務日)午後の公演であり、加えてその日の午後には教会の役員会があったのだった。ガッカリ・・・。そんなこともあったが、オーケストラ鑑賞の趣味を断った11年間に後悔はまったくない。召された境遇で満ち足りるを学ぶがキリストの弟子道である。
 
 
さて、現在のロンドン生活。三重県時代とはまた状況が変わった。教勢は少ないし、高齢者もずっと少ない。従って、葬儀も少ない(赴任してから葬儀の司式はまだ一度もない)。以前書いたように、こちらではオオクワガタ飼育もクルマの運転もギターの趣味もないので、コンサートに行くくらいしか私の趣味はない。だからオーケストラの演奏会に足を運んでいる。この境遇は境遇で満ち足りることを学んでいる
 
とはいえ、神様が私に、再び日本に戻って、それも大都市圏ではなく地方での牧会伝道に戻れと仰せられたとしても、私はいつでもコンサート三昧(?)の生活を捨てて戻る心備えはできている。私の尻は軽いのだ。現在の生活にしがみつく気は毛頭ない。もちろん、召されている間は、足に根が生えた如くその場にしっかり腰を据えるべきである。他方、召し(召命)が変われば、ひょいと尻軽く示された場所に行くのみである。
 
私にとって、ロンドンに残るのであれ、日本に戻って大都市圏に召されるのであれ、はたまた地方に召されるのであれ、私はパウロのようにどんな境遇にも対処する用意はできていると言える。何も自慢できるものはないが、それだけははっきり言える。日本であれ外国であれ、大都市圏であれ地方であれ、召された時に召された場所へ遣わされるだけである。
 
以上が私の心意気だ。ここロンドンにいる間は、ここでの趣味を楽しもう。でもそれを神様が終わらせるなら、それはそれで結構。いつでも移される心備えはできている。
 

2018年10月 4日 (木)

Wycliffe Hall Is a Dangerous Place to Go to Theological College.

 
是々非々が信条なので、たとえ自分の出身神学校、愛する母校でも、悪い傾向には物申す。
 
下段の写真は、ウィクリフ・ホールが誇らしげに自身のFB(フェイスブック)に投稿した画像である。英語で言うなら "ポッシュ(posh)" で "コーズィー(cosy)"な学生寮の写真である。高級ホテルかと見紛う豪華さだ。もちろん私は、神学校が財政戦略として学生の休暇中に寮を開放し、臨時の宿泊施設として「外貨」を稼ぐ実状を知らない訳ではない。し・か・し、神学校がこんなものを自慢するようではお先真っ暗だ。
 
ウィクリフ・ホール関係者はジョン・パイパー師の警告に耳を傾けるべきだ。この動画は、パイパー師が1999年9月に、アメリカの南部バプテスト神学校(Southern Baptist Theological Seminary, SBTS)が開講した Mullins Lecture の講師として招かれた折、神学校の教師・学生・関係者を前にして実際に語ったことばである(度胸あるなあ。まさに預言者だ)。動画中の一部の画像は、YouTube 投稿者が内容に合わせて適宜編集したものとのこと。
 
 
 
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2018年10月 2日 (火)

ガッティ解任後のコンセルトヘボウ管、その他の話題

 
首席指揮者ダニエレ・ガッティを電撃的に解任したオランダの名門ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団。首席指揮者だけにその公演回数も多く、その穴埋めは大変だったと思われる。有名指揮者になるほど数年先までスケジュールは決まっているし、かといってコンセルトヘボウ管ほどのオーケストラであれば代打が誰でもよいという訳にはいかない。
 
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本日、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団から電子メールが届き、今後の指揮者の予定がほぼ決まったようである。次の指揮者が来年前半の代打となるとのこと。いずれも押しも押されぬ実力派指揮者ばかりだ。
 
ベルナルト・ハイティンク (Bernard Haitink
 
フランソワ=グザヴィエ・ロト (François-Xavier Roth
 
ダニエル・ハーディング (Daniel Harding
 
ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン (Jaap van Zweden
 
ハイティンクは1月下旬のコンサートでモーツァルトの40番やブラームスの4番などを振る。ロトも同じく1月下旬のコンサートでR. シュトラウスの『英雄の生涯』やピエール=ローラン・エマール(Pierre-Laurent Aimard)を独奏者に迎えてベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番などを振る。ダニエル・ハーディングはコンセルトヘボウ管が2月に行うアメリカ・ツアーに同行する。ハーディング君は今シーズンをもって現在のパリ管弦楽団音楽監督を降りる意向とのことだし、以前から同世代の指揮者に比べてポストに恵まれている訳でもなかったので、比較的時間はあるのだろう。ヴァン(オランダ語発音だと「ファン」)・ズヴェーデンは3月上旬のマーラー7番を指揮する。
 
私は来年3月のマーラー7番のチケットを予約済みだった。ガッティの降板でがっかりしていたが、ズヴェーデンなら予定どおり行くことにしよう。ズヴェーデンは1979〜1995年の16年間にわたりにコンセルトヘボウ管のコンサートマスターを務めた人で、その後指揮者に転向した。ダラス交響楽団の音楽監督を経て、2018年のシーズンからアメリカ五大オーケストラ(「ビッグ・ファイブ」)の1つ、名門ニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督に就任している。今回のピンチヒッター要請、古巣の危機なのだから、ズヴェーデンはひと肌もふた肌も脱ぐことだろう。
 
 
ところで、ヨーロッパのオーケストラは、指揮者交代くらいでは払い戻しなど応じてくれない。もっとも公演そのものが中止になれば話は別だが。そういえば、以前投稿した「アムステルダムでのマーラー9番」の続きを書いてなかったことを思い出した。この際である、払い戻しのこととからめて後日談を記しておこう。
 
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今年6月7日(木)のコンセルトヘボウ管の定期演奏会だった。指揮者はかつてこの楽団で長く首席指揮者を務めたベルナルト・ハイティンク。登壇した時からアムステルダムの聴衆は興奮して拍手していた。それゆえ、私は悪い予感がした。だいたい過度な期待とは裏切られるものだ。それにハイティンクは、今年5月のボストン交響楽団でのブラームス2番で、なんとも個性の感じられない指揮ぶりだったのだ。悪い予感は的中。期待したマーラー9番の演奏から、円熟の巨匠らしい音楽はついぞ聴けなかった。コンセルトヘボウ管は相変わらず上手だったが。それでもアムステルダムの聴衆は熱狂していた。熱狂の中でシラけていた私だったが、御年89歳の現役指揮者の音楽を聴けたことはそれはそれで収穫はあった。
 
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ところが事故は翌日(6月8日)の晩のコンサートで起こった。なんと、ハイティンクが舞台上で転倒、負傷したのだ。89歳である。本人はなんとかがんばって3日目(6月9日)の務めを果たそうと願ったものの結局断念。急遽、代役指揮者が立てられて演奏会は強行されたのだった。この時も楽団は払い戻しには応じなかったそうである。代役を指名されたのは、このオケの副指揮者を務める弱冠26歳のイギリス人指揮者ケレム・ハサン(Kerem Hasan)だった。(画像を見て「え、イギリス人?」と思った人もいるだろう。テニスの大坂なおみ選手を「え、日本人?」と思ったのと同様に。でも認識を変えよう。世界は刻々と変化し、人々の意識も変わっているのだ。ハサンの風貌のイギリス人などわんさかいる。) ハイティンクの助手を務め、指揮者コンクールで優勝の経験もある将来有望な若手指揮者との触れ込みだったが、なにせ巨匠ハイティンクの代打。ハイティンクの登場を期待していた聴衆には役不足と映ったようで、演奏開始直後に席を立って退場した人たちもいたとか。しかし、なんと、なんと、蓋を開けてみれば演奏会は大成功。聴衆はこの若い指揮者のデビューを心から祝福した。彼はハイティンクの代役として立派にマーラー9番を振ってのけたのだった。
 
このニュースを後日耳にして、私はふと思った。果たして私はラッキーだったのだろうか?と。予定どおり、ハイティンクの登場と演奏には触れることはできた。それはそれでラッキーだったであろう。しかし、2018年6月9日という日は、もしかすると後に「巨匠誕生の瞬間」と歴史に刻まれる日となるかもしれない。そのような日を逸してしまった点において私は不運だったのかもしれない。思い起こすと、今日、名指揮者と呼ばれている人たちの中には、巨匠や大先輩の代役としてデビューした人がけっこういるのである。人生のチャンスとは、案外そういう時にめぐってくるのかもしれない。大事なのは、チャンスがチャンスだと気づくことである。その意味で、6月9日のケレム・ハサンはチャンスを見事ものにした。また、演奏会場を退場しなかった聴衆も同様である。
 
 
主イエス・キリストは、公生涯を「時が満ち、神の国が近づいた。悔い改めて福音を信じなさい。」(マルコの福音書 1章15節 新改訳聖書 2017)との宣言で開始された。「時が満ち」の「」とは、ギリシャ語で時の流れ・経過としてのクロノスではなく、出来事としての時つまり「カイロス」である。この語はギリシャ神話のカイロス神に由来するという。この神の風貌の特徴は、「前髪は長いが後頭部は禿げている」である。大阪・通天閣のビリケンさんに似ている。カイロスは前髪しかない。つまりカイロスとは、すぐに前方から捉えなければ後から捉えることはできないチャンス(好機) のことである。キリストは、ご自身の福音(良き知らせ)を「カイロス=好機」と宣言された。かつて私の職場の上司はこう喝破した。「人間は二種類しかいない。チャンスをチャンスと気づく人と、気づかない人である。」  主イエスの「悔い改めて福音を信じなさい」との招きは、チャンスである。あなたはこの好機に気づいているであろうか?
 
 

2018年9月30日 (日)

市民の義務

 
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先週の木曜日(9/27)は、フィルハーモニア管弦楽団のシーズン(2018ー2019)・オープニングの演奏会だった。フィルハーモニア管のみならず、ヨーロッパ中のオーケストラの新シーズンが今月から始まる。
 
この日の指揮者はエサ=ペッカ・サロネン。メインの曲目は A. ブルックナーの交響曲第6番だった。演奏はいつもながら素晴らしかったのだが、肝心の聴衆の集中力がイマイチ。シーズンの始まりだというのに、指揮者登場時の拍手からして気が抜けていた。なんというか、期待感に溢れてないのだ。理由は分かっていた。この日、BBCのニュースチャンネルは昼間から夜までずっとブレット・キャバノー(カバノー)米最高裁判事候補の上院司法委公聴会を実況していたのだ。うちの妻も、イギリス人も1日中テレビに釘付けだった。公聴会の中継が終了したのがイギリス時間の夜11時過ぎだったから、皆さん、渋々テレビを離れて演奏会に来た感じ。そりゃ集中力を欠きますわ。演奏終了後も、残って拍手したりブラボーを叫ぶ人もあったが、そそくさと席を立つ人が本当に多かった。気の毒な指揮者とオケ・メンバー・・・。
 
さて、件の「キャバノー騒動」である。日本でどの程度報道されているか知らないが、アメリカはじめ英語圏では極めて関心が高い。キャバノー判事に対して現時点で3人の女性が性的暴行を受けたと主張している。その1人、クリスティーン・フォード教授は公聴会で宣誓証言し、キャバノー判事も同様に行った。フォード教授は、キャバノー氏の暴行意図は「100%」確信していると主張。これに対しキャバノー判事は全面否定した。上院の要請を承けて大統領はFBI(連邦捜査局)に捜査を指示。上院での採決は1週間後となった。
 
今回の争点は36年前の出来事である。もっとも、フォード教授の訴えが事実であれば「36年も前のこと」などと片付けることはできない。現在の最高裁判事はすでに保守派5人、リベラル4人で、保守派が優勢な構成になっている。最高裁判事の任期は終身なだけに、最高裁判事たちの政治的傾向が圧倒的に保守寄りになった場合、その判決はトランプ大統領の任期満了後も長く米社会に影響を及ぼすことになる。米国の最高裁は市民生活に重要な影響力を持つ。人工中絶、死刑制度、投票権、移民政策、政治資金、人種偏向のある警察の行動など、激しい賛否両論のある法律について最終判断を示すほか、連邦政府と州政府の争いごとや、死刑執行停止の請求などについても最終判断を示す。 従って、判事任命の調査は慎重かつ徹底的になされるべきだ。
 
しかしそれにしてもこの騒動、11月の中間選挙を控え、共和党と民主党の代理戦争に利用されている感が強い。それでもこのタイミングで訴えたその動機・理由をフォード教授は「市民の義務」と表現した。
 
 
話は全く変わるが(本当に変わる!)、「市民の義務」で思い出したことがある。英BBCテレビはつい最近まで「カウンシル・ハウス・クラックダウン(Council House Crackdown)」 という朝の番組を放送していた。カウンシル・ハウスとは、主に低所得者のためにイギリスの自治体が格安で提供する賃貸住宅のことである。クラックダウンとは「取り締まり」や「摘発」を意味する。つまりこの番組は、所得や財産を偽って低所得者用住居に居住したり、もっと悪質なケースとして、その住居を他人に「又貸し(subletting)」して家賃を懐に入れる不届き者らを当局が摘発する様子を追うドキュメンタリー番組である。今回はシリーズ4であった。シリーズ1が全5回、以後シリーズ2と3、そして今回の4がそれぞれ全10回の番組構成であった。即ち、今までのシリーズ1〜4で、計35回にものぼる回数が放送されたことになる。これは何を意味するか? それは、カウンシル・ハウスをめぐる不正は看過できない深刻な社会問題ということだ。特にロンドンの住宅不足と不動産の高騰は著しい。カウンシル・ハウスに入居する資格のあるイギリス人の低所得者が入居できない深刻な現実問題がある。一方、不正申告者や不法滞在外国人による申請や「又貸し」に起因する深刻な事態も起きている。昨年起こったグレンフェル・タワー火災事故 では、当初、消防及び警察当局は正確な犠牲者数を発表できなかった。それは、この高層カウンシル・ハウスに実際に住んでいた住人の家族構成や人数が把握できなかったからである。残念ながら、ここでも住人の不法入国や「又貸し」の不正があったと言われている(なぜか英マスメディアはこの部分を語ろうとしない)。
 
このような不正を実際に目撃したり、知ったのであれば、「市民の義務」として当局に通報する義務があるだろう。この通報は決して「たれ込み」や「チクリ」ではなく、「公益通報」である。
 
私には今、1つの悩みがある。それは、カウンシル・ハウス・クラックダウンの対象になるのではないかと思われる、在ロンドン日本人社会の身近なケースを知ってしまったからである。傍目には限りなくブラックと思われるグレーゾーンであり、またあまりにも身近ゆえに、正当な就労ビザを許可された「市民の義務」として公益通報を行うかべきかどうかを悩んでいる。しばらく祈って考えたい。
 
 

2018年9月22日 (土)

ダニエル・ハーディング&ベルリン・フィル

 
前首席指揮者兼芸術監督のサイモン・ラトルは、2017-2018年のシーズンをもって退任した(現在はロンドン交響楽団の音楽監督)。次期芸術監督のキリル・ペトレンコは2019年9月のシーズンから着任する。従って、2018-2019年のシーズンはベルリン・フィルにとって芸術監督(首席指揮者)不在の期間なのだ。それゆえ、今秋からのシーズンは主に客演指揮者たちとの共演の年となる。私はイギリスの指揮者ダニエル・ハーディングの公演に行ってきた。
 
演目はアントン・ブルックナーの『交響曲第5番 変ロ長調』。曲の構築性とフィナーレの力強さにおいて、交響曲第8番と並び立つ傑作との評価もあるらしい。しかし私はどうもまだブルックナーの交響曲の偉大さが分からない。この日のハーディング&ベルリン・フィルによる演奏(解釈)からも最後までこの曲の傑作性は私には伝わって来なかった。恐らく彼にとってブルックナーの交響曲は未だ自家薬籠中のレパートリーとはなっていないのだろう。  
 
ベルリン・フィルにしてはなにか、燃焼しきれない演奏会であった。BBCプロムスでの完全燃焼が記憶に鮮明過ぎるのかもしれないが・・。まあいい。新シーズンは始まったばかりだ。芸術監督不在のこの1年。折々に彼らの演奏を見守って行きたい。
 
 
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2018年9月15日 (土)

音楽<を>学ぶから、音楽<で>学ぶへ

 
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菅野 恵理子著
 
ハーバード大学は「音楽」で人を育てる 21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育
 
アルテスパブリッシング 2,000円+税
 
一読して、よく取材している、よく調査している、そしてよく思索している書との印象。本のテーマを見定める着眼点が良い。文体も熟れていて好感をもって読める本である。副題にあるように、本書はまずアイビー・リーグをはじめとしたアメリカの大学におけるリベラル・アーツ(基礎教養課程)で、「音楽」がどのような目的・内容・方法でカリキュラムに組み入れられ、実践されているかを豊富な取材で紹介している。主なところでは、
 
ハーバード大学 ー 音楽で「多様な価値観を理解する力」を育む
ニューヨーク大学 ー 音楽で「歴史をとらえる力」を学ぶ
マサチューセッツ工科大学 ー 音楽で「創造的な思考力」を高める
スタンフォード大学 ー 音楽で「真理に迫る質問力」を高める
カリフォルニア大学バークレー校 ー 地域文化研究の一環として
コロンビア大学とジュリアード音楽院 ー 単位互換から共同学位へ
 
という具合である。
 
例えば日本で「東京大学」と言っても即座に「音楽」とは結びつかない。しかし本書第4章が解題するように、アメリカのトップレベルの諸大学に限らず、アメリカの大学がお手本とした英国のオックスフォード・ケンブリッジ両大学でも、大学教育と音楽の深い関係はカリキュラムの歴史の中で自明である。ヨーロッパ大陸の伝統的な諸大学においてもだ。
 
各章の見出しを紹介しておこう。
 
第1章 音楽<も>学ぶ ー教養としての音楽教育
 
第2章 音楽<を>学ぶ ー大学でも専門家が育つ
 
第3章 音楽を<広げる> ー社会の中での大学院の新しい使命
 
第4章 音楽はいつから<知>の対象になったのか ー音楽の教養教育の歴史
 
第5章 音楽<で>学ぶ ー21世紀、音楽の知をもっと生かそう
 
 
本投稿のタイトルは、本書の第2章と第5章から取った。音楽の<知>は、「知の蓄積」から「知の活用」へと展開されることにより、リベラル・アーツ課程での音楽教育の目的にある「起業精神」と「リーダーシップ」を身につけた人材育成を推進する。最終目的は「音楽<で>学ぶ」である。ビル・ゲイツ(Microsoft)、故スティーブ・ジョブズ(Apple Computer)、ジェフ・ベゾス(Amazon.com)、ラリー・ペイジ&セルゲイ・ブリン(Google)、マーク・ザッカーバーグ(Facebook)、イーロン・マスク(Tesla、スタンフォード大学大学院を2日で退学!) etc. etc. が、アメリカの大学のリベラル・アーツの土壌から輩出されるのも合点が行く。
 
個人的には、音楽をめぐる古代から中世ヨーロッパ、そして新大陸へと継承される学術史を紐解いた第4章「音楽はいつから<知>の対象となったのか」を関心をもって読んだ。余談ながら、欧米のオーケストラ楽団とは「生きた化石」と思わされた次第。伝統を継承し社会の中で生きている。しかし絶滅危惧種でもある。伝統は付加価値ではあっても本質ではない。音楽関係者も「音楽<で>学ぶ」者とならなければならない。
 
 
 

2018年9月12日 (水)

カレッジ・フォト

 
ウィクリフ・ホール 1985〜1989年卒業生の同窓会が間もなくある。画像の最後列左から2人目に伊藤明生先生(東京基督教大学教授)のお姿がある。前から2列目の一番左の人物が、伊藤先生の論文指導教官であり私の恩師でもあるデイヴィッド・ウェナム先生(Rev. Dr. David Wenham)。
 
因みに、アリスター・マクグラス先生(Rev. Dr. Alister McGrath)は最前列左から6人目である。また、北アメリカで活躍するリフォームドの神学者マイケル・ホートン博士(Dr Michael Horton)は3列目右から5番目におられる。当時、マクグラス先生の指導で博士論文を書いていた。 同じ3列目の右端には私の新約神学の恩師だったピーター・ウォーカー先生(いのちのことば社から『聖地の物語 目で見る聖書の歴史』が邦訳出版されている)のお姿もある。当時は神学生だった。
 
その他、日本では知られていないが、英国では著名な牧師・神学者がこの写真の中には何人もいる。いや、最も大事なことは、(すでに召された人たちを含め)全員が神の国の福音のために働いておられる方々である。
 
最後に、3枚目の画像は1995年のカレッジ・フォト。当時2年生だったが、さて、私・のらくら者はどこにいるでしょう?
 
 
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2018年9月 6日 (木)

キリル・ペトレンコの魅力

 
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前回の投稿でベルリン・フィル次期首席指揮者兼芸術監督キリル・ペトレンコの大ファンになったことを書いた。私が評価する例えばエサ=ペッカ・サロネンも、ペトレンコも、全身全霊で指揮する姿は共通する。しかし身振り手振りだけなら指揮台上の独善ダンスだ。そうならない秘訣が彼らにはある。今回、ペトレンコにそれを感じた。
 
音楽評論家の舩木篤也(ふなき・あつや)氏は、クラシック音楽界の「コンクラーベ(ローマ教皇選出選挙)と呼ばれるベルリン・フィルの次期芸術監督(首席指揮者)選出過程において、「ヴェテランを別とすればキリル・ペトレンコが最善と考える」と早くから<予言>されていた方である。その根拠を今からちょうど3年前(2015年8月)に氏は次のように語っている。
 
昨年、バイロイト音楽祭で聴いた彼の《ニーベルングの指環》には、舌を巻いたものだ。
 
ベルリン・フィルとの演奏会は、2012年の模様が「デジタル・コンサートホール」にアップされているが、そこで見られるとおり、彼はいかにも全身全霊で指揮する。しかしそれが、単なる独り善がりのダンスでないことは明白だ。どの音も、指揮者の強烈な関心に射抜かれ、燃え立つようでありながら、くっきりとした輪郭を示しているではないか。バイロイトでも、まさにこうだった。
 
Petrenko_score秘密は、スコアの精緻な読みにあるだろう。
 
《指環》では、耳慣れない強弱法や緩急法がとても新鮮だったのだが、後でスコアを開いてみれば、これがまったく書いてある通り。ワーグナーが明示していない措置であっても、複数の版を突き合わせてみれば、それらが作曲者の「口頭による指示」に倣ったものであることが判明する。当時の助手たちによる注記を、可能なかぎり参照しているのだ。ペトレンコはワーグナーの手稿譜も研究したというから、その成果も盛り込まれていることだろう。
 
急激に売れっ子になり、忙殺され、ろくに準備もせず R. シュトラウスあたりを振り散らかすーーそういった手合いとは、一線を画す。ベルリン・フィルは、実質を求めるなら、このような人と仕事をしたほうがいい。  
(『モーストリー・クラシック』 2015年8月号 p. 21 太字赤字はのらくら者による)
 
 
そして、ベルリン・フィルは、実際にそのような指揮者を選出した。実はペトレンコは以前、ベルリン・フィルに客演した際にドタキャンした前科がある。それでも選出された。 さすがである。BBCプロムス・デビューを果たしたペトレンコ。2日間にわたる演奏で、ロンドンの聴衆に自身の矜持(きょうじ)をしっかり示したと言えよう。
 
上記の「スコア」という語を「聖書」に置き換えれば、説教者もペトレンコの姿勢に学べるだろう。思うに今日の説教者の問題は、聖書の精緻な読みも中途半端、聖書の言葉が説教者の関心によって射抜かれ、燃え立つようでありながらくっきりとした輪郭を描く、講壇での「全身全霊」さも中途半端なことだろう厳しく自戒の念を込めつつ、分野は違っても、ペトレンコの指揮ぶりから学んで行きたい。
 
"What is preaching ? Logic on fire ! Eloquent reason ! Are these contradictions ?  Of course they are not.  Reason concerning this Truth ought to be mightily eloquent, as you see it in the case of the Apostle Paul and others.  It is theology on fire.  And a theology which does not take fire, I maintain, is a defective theology; or at least the man's understanding of it is defective.  Preaching is theology coming through a man who is on fire.  A true understanding and experience of the Truth must lead to this.  I say again that a man who can speak about these things dispassionately has no right whatsoever to be in a pulpit; and should never be allowed to enter one."  
D. Martyn Lloyd-Jones, "Preaching and Preachers", p. 97)
 
では説教とは何か。それは燃え立つ論理、雄弁な理性です! これは矛盾しているでしょうか。むろんそうではありません。使徒パウロやほかの人々に見られるように、みことばの真理に対して理性は大いに雄弁になります。それは燃え立つ神学です。私は燃えない神学は欠陥のある神学だと主張します。少なくともそのような人の神学理解には欠陥があります。説教は燃えている人を通してもたらされる神学です。みことばの真理を真に理解し、経験するならそこに通じます。こうした事柄を冷淡に語るような人は講壇に立つ権利はなく、決して許されるべきではありません。」 
D. マーティン・ロイドジョンズ 小杉克己訳 『説教と説教者』  いのちのことば社 pp. 141-142)
 
音楽でも説教でも、「光のない熱」も「熱のない光」も不完全である。光(神学)と熱(雄弁さ)が必要なのだ。今日の悲劇は、そのお手本(role model)をキリスト教会にではなく音楽界に求めなければならないことだ。キリル・ペトレンコやエサ=ペッカ・サロネンは当分の間、私のお手本となろう。
 
 

2018年9月 5日 (水)

ベルリン・フィル公演@BBCプロムス(2)

 
BBCプロムスでのベルリン・フィル公演の2日目。念のため曲目は次のとおり。
 
9月2日(日) 午後8時〜
キリル・ペトレンコ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
  曲目
  ・R. シュトラウス 交響詩『ドン・ファン』
  ・R. シュトラウス 交響詩『死と変容』
    <休 憩>
  ・L. ベートーヴェン 『交響曲第7番 イ長調』
 
 
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最初に言っておこう。2日間の公演を通じて、私はベルリン・フィルの次期芸術監督キリル・ペトレンコの大ファンになってしまった。2005年〜2016年にかけての私の追っかけ対象はギタリストの山下和仁氏だった。今後つまり2019年シーズンからはペトレンコ、特にペトレンコ&ベルリン・フィルのコンビとなろう。
 
教会の礼拝は午後2時半からで、5時過ぎには交わりも終えて解散である。教会から会場のロイヤル・アルバート・ホールまで歩いて10分ほどだ。妻と一緒にハイストリート・ケンジントン(要するにケンジントン地区の大通り)にあるテイクアウトの中華の店で数品調達し、ウィリアム王子ご一家が住むケンジントン宮殿近くの公園ベンチに座って夕食を済ませた。公園内を歩きながら会場に向かう。
 
さて、この夕べの圧巻は何と言ってもベートーヴェンの7番。大編成オケで演奏された R. シュトラウスの交響詩2曲の演奏ももちろん素晴らしかった。しかしベルリン・フィルの真価を示したのはむしろ古典派で小編成のベートーヴェンの交響曲だった。とりわけ弦楽セクションの重量級サウンドはさすがの貫禄であった。コンマスが日本人の樫本大進さんだったのもうれしかった。彼はもうすっかり楽団員の信頼を得ているようで、例によって大きな身振りであるが空回りしない。楽団員は彼に付いてくる。ロイヤル・アルバート・ホールのようなだだっ広い会場ではピリオド奏法も意味なしであろう。弦に弓を深く当てて野太い音、重量感のある音を追求する方が正解だ。シュトラウスの交響詩では舞台側に5プルト(つまり計8プルト)だった第一ヴァイオリンがベートーヴェンでは4プルトになった。しかしベートーヴェンでの方が音はずっと大きく聞こえた。
 
もうこれ以上私の底の浅い感想を書くのは止めておこう。せっかくの感動が台無しになってしまう。代わりに、 ベルリン・フィルのデジタル・コンサートホールから、同じベートーヴェン7番の第4楽章の動画を以下に紹介しておく。今年8月24日フィルハーモニー(ベルリン・フィルの本拠地ホール)からの中継だから、BBCプロムスのほんの1週間ほど前の演奏である。
 
 

2018年9月 3日 (月)

ベルリン・フィル公演@BBCプロムス(1)

 
 
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9月1日(土)と2日(日)のBBCプロムスはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団。指揮者は2019年のシーズン(秋)から首席指揮者兼芸術監督に就任することが決まっているキリル・ペトレンコサイモン・ラトルの後任である。ベルリン・フィルはカラヤン(墺)アバド(伊)ラトル(英)らに続く次のシェフにロシア人指揮者を選んだ。今晩はまたペトレンコにとってBBCプロムスのデビューでもあった。
 
曲目は次のとおり。
 
1日(土) 午後7時30分〜
キリル・ペトレンコ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
  曲目
  ・P. デュカス 『「ペリ」へのファンファーレ』
  ・S. プロコフィエフ 『ピアノ協奏曲第3番 ハ長調』 独奏者:ユジャ・ワン
  ・F. シュミット 『交響曲第4番 ハ長調』
 
2日(日) 午後8時〜
キリル・ペトレンコ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
  曲目
  ・R. シュトラウス 交響詩『ドン・ファン』
  ・R. シュトラウス 交響詩『死と変容』
  ・L. ベートーヴェン 『交響曲第7番 イ長調』
 
 
今回は初日(9/1)の印象を少々。
ドゥカスの「ペリへのファンファーレ」は曲名のとおり、金管群によるファンファーレで始まる。ベルリン・フィルブラス・セクションの輝かしい名人芸が冒頭から聴衆の心を鷲づかみにする。このオケのずば抜けたアンサンブルと幅広い音量のダイナミック・レンジは終始聴衆を圧倒。公演の冒頭からまことにこのオーケストラが別格の存在であることを改めて我々に印象づけた。
 
前半のプログラムのメインはセルゲイ・プロコフィエフの「ピアノ協奏曲第3番」。ピアニストは今をときめく中国出身のユジャ・ワン。ワンの超絶技巧と豊かな音楽性そして圧倒的なオーラ(ステージ衣装も)に、さしものベルリン・フィルも霞んでしまうほどであった。終演後は、聴衆の熱狂に応えてアンコールを2曲も弾いてくれた。
 
YouTube動画はベルリン・フィルのデジタル・コンサートホールから。このコンビによる同曲の第1楽章の抜粋。
 
 
 
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プログラム後半のメインはフランツ・シュミット(1874ー1939)という日本人には聞き慣れないオーストリアの作曲家の『交響曲第4番 ハ長調』。次期芸術監督のキリル・ペトレンコは、ラトルやアバドましてカラヤンといったベルリン・フィルの前任者たちと比べれば決して「華」のある指揮者ではない。しかし今晩の演奏からはっきりと分かったが、非常に緻密に指揮をする人であり、同時にスケールの大きな音楽を構築する人である。ラトルの後任人事にはいろいろな下馬評があったし、結果としてベルリン・フィルの意外な人選に驚いたものだが、ペトレンコのような人を選び出す彼らの眼力に改めて感服し深く納得した次第である。初めて聴くシュミットの交響曲だったが、「こんなにいい曲だったか!」と感動した。今晩の話題はユジャ・ワンに拐われるかなと思ったが、ペトレンコ&ベルリン・フィルはさすがの底力を見せつけた。脱帽だ。
 
それにしても、こんな贅沢な演奏会がロンドンではたった(それでも英国の相場からすれば高価な部類だが)52ポンド(≒7,800円)で聴けるのだ。日本だったら4万円以上だ。有難いことである。
 
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2018年8月30日 (木)

現在の読書

 
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画像の左側の本、"Where Is Boasting? : Early Jewish Soteriology and Paul's Response in Romans 1-5"(2002年刊) の読書に没頭している。正確には再読である(日本で初版を持っていたが引っ越しのドタバタで紛失。こちらで再購入した)。これは著者ガザーコールがダラム大学神学部大学院に提出したの博士論文が下敷きになっている。彼の論文指導教官(Doctoral Supervisor)はジェームズ・ダン教授(Prof.James D.G.Dunn、当時)だったが、博士論文はダンや N.T.ライトらのNPP(New Perspectives on Paul)に真っ向反論する主旨だった。それでも見事、博士号が授与された。これが英国の大学の良さである(同様の逸話は F. F. ブルースの自伝 "In Retrospect" にも出てくる。そこでの反骨者はマーレイ・J. ハリス氏 Dr Murray J. Harrisであった。後に米国トリニティー神学校で教鞭を執った<釈義の達人>)。
 
ガザーコールの名を最初に知ったのは画像右側の本、D.A.カーソンらが編集した論文集 "Justification and Variegated Nomism" の第2巻 The Paradoxes of Paul2004年刊) だった。"Where Is Boasting?" を読む時間の無い人は、本書に収められたガザーコールの論文を読まれればよい。実質的なダイジェストだからである。余談ながら神学校時代の友人が「N. T. ライトは本論文集やガザーコールの本を「一瞥」したかもしれないが本当に読んだのだろうか?」と訝しんでいた。彼が言うには、ガザーコールが論破した内容が ライトの"Paul and the Faithfulness of God" の中で繰り返されているらしい。私自身は未確認である。
 
著書等の紹介欄には、ケンブリッジ大学神学部の「上級講師(Senior Lecturer)」と書かれているが、ケンブリッジのウェブサイトによると現在は「最上級講師(Reader)」とのことである。ほどなく「教授(Professor)」になるのはほぼ間違いないと思われる。所属学寮(college)は「フィッツウィリアム・コレッジ(Fitzwilliam College, Cambridge)」。同じくウェブサイトによると博士課程の研究生を受け入れているとのことなので、関心のある方は問い合わせを。
 
 
 
米テキサス州ヒューストンで行われた一般向けレクチャーはガザーコール入門としてお薦め。

2018年8月28日 (火)

お嘆きの貴兄に・・・

 
(50代以上の読者向け。菊正宗のCMにかぶせて)
 
最近は甘口の贖罪論(勝利者キリスト)が多いとお嘆きの貴兄に、
 
まだ甘口の贖罪論(道徳感化説)が多いとお嘆きの貴兄に、
 
辛口の「刑罰代償説(懲罰的代理説)」を贈ります。
 
♪やぁっぱりぃ、おぉれはぁあああ〜、だいしょおぅ〜せぇつぅ〜♪  
 
辛口一筋、刑罰代償説。
 
 
しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。」 (ローマ 5章8節  新改訳聖書第3版
 
神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです。」 (II コリント 5章21節  新改訳聖書第3版)  
 
 
 
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2018年8月25日 (土)

ロンドン交響楽団 日本ツアー 2018

 
来日公演、来月に迫る!
 
音楽監督サイモン・ラトル氏から日本の聴衆へメッセージ。
 
 
 
指揮:サー・サイモン・ラトル
ピアノ:クリスチャン・ツィメルマン
ヴァイオリン:ジャニーヌ・ヤンセン

9月23日(日)14:00 大阪/フェスティバルホール【プログラムE】
問:フェスティバルチケットセンター 06-6231-2221
(大阪国際フェスティバル)

9月24日(月祝)18:00 東京/サントリーホール【プログラムA】
TDK オーケストラコンサート2018 (特別協賛: TDK株式会社)
問:カジモト・イープラス 0570-06-9960

9月25日(火)19:00 東京/サントリーホール【プログラムC】
TDK オーケストラコンサート2018 (特別協賛: TDK株式会社)
問:カジモト・イープラス 0570-06-9960

9月27日(木)19:00 東京/NHKホール【プログラムD】
問:NHKプロモーション 03-3468-7736
(NHK音楽祭2018)

9月28日(金)19:00 横浜/横浜みなとみらいホール 大ホール【プログラムC】
問:横浜みなとみらいホール チケットセンター 045-682-2000
(開館20周年記念)

9月29日(土)14:00 東京/サントリーホール【プログラムB】
TDK オーケストラコンサート2018 (特別協賛: TDK株式会社)
問:カジモト・イープラス 0570-06-9960


【プログラムA】
バーンスタイン:交響曲第2番「不安の時代」(ピアノ:クリスチャン・ツィメルマン)
ドヴォルザーク:スラヴ舞曲集 op.72
ヤナーチェク:シンフォニエッタ

【プログラムB】
ラヴェル:マ・メール・ロワ
シマノフスキ:ヴァイオリン協奏曲第1番(ヴァイオリン:ジャニーヌ・ヤンセン)
シベリウス:交響曲第5番 変ホ長調 op.82

【プログラムC】
ヘレン・グライム:織り成された空間(日本初演)
マーラー:交響曲第9番 ニ長調

【プログラムD】
ラヴェル:マ・メール・ロワ
シマノフスキ:ヴァイオリン協奏曲第1番(ヴァイオリン:ジャニーヌ・ヤンセン)
ヤナーチェク:シンフォニエッタ

【プログラムE】
バーンスタイン:交響曲第2番「不安の時代」(ピアノ:クリスチャン・ツィメルマン)
マーラー:交響曲第9番 ニ長調

2018年8月23日 (木)

歴史は繰り返すのか

 
先週まで約2週間ほど一時帰国していた。N. T. ライトの著書も新たに出版されたようだったので購入した。『新約聖書と神の民 下巻』と『悪と神の正義』である(画像参照)。今月、新たにもう1冊が邦訳出版されるとのこと。原題 "Surprised by Hope" が『驚くべき希望 天国、復活、教会の使命を再考する』という邦題で刊行されるらしい。続々の邦訳出版は "ライト応援団"(?)の方々には喜ばしい出来事であろう。素直にお慶び申し上げたい。次回の一時帰国の折には私も『驚くべき希望』を購入してぜひ読んでみようと思う。ライトの豊かな霊性と深い学識から学べることは確かに多い。
 
ただ、"ライト応援団" の方々には申し訳ないが、ライトの著作を読めば読むほど、私の中ではある種の懸念も大きくなっている。もしかして "歴史は繰り返す" のではないか、と。何の歴史か? 19世紀の「テュービンゲン学派」と「ケンブリッジ学派」の拮抗関係のことである。
 
前者は F. C. バウル、後者は J. B. ライトフットという二人の人物に集約される。両者のライバル関係を山田耕太氏は「バウルが正しく問うたことを、ライトフットは正しい歴史的視野の中に置いた」と表現する(『新約学の新しい視点』 すぐ書房 p.106)。正しい歴史的視野とは、ライトフットの著作から鑑みるなら、それは使徒教父文書研究であり聖書注解聖書釈義)に他ならない。特に後者だ。神学史的には、テュービンゲン学派の体系は、ケンブリッジ学派の精緻な聖書釈義によって解体された。NPP やライトの問題意識は正しい(多分)。しかし提出された答えは果たして正しい歴史的視野(=誠実な実証研究や帰納的な聖書釈義)に置かれたのであろうか。最近、ケンブリッジ大学のサイモン・ガザーコール Simon Gathercole や、アバディーン大学大学院出身のプレストン・スプリンクル Preston M. Sprinkle らによる著作に接する中でとみにそう思わされる(第二神殿期ユダヤ教文書に関する彼らの実証的研究とそれらの成果に基づく聖書釈義は特筆されよう)。脱線するが、特にガザーコールは間違いなく新約学界における Rising Star である。そもそも彼はケンブリッジのエデン・バプテスト教会の長老職(Elder)にある忠実な教会員だ。
 
話を戻す。ライトの、新約神学叢書に代表される彼の神学的総合をテュービンゲン学派に見立てるのは安易かもしれない。しかし時代が変わっても、およそ<体系>や<総合の試み>なるものに突きつけられる課題は「細部の煮詰め」である。釈義に耐えられなければいずれ淘汰される運命にある。それが「歴史は繰り返す」だ。日本では「N. T. ライト祭」の活況を呈しているが、ここイギリスで眺めるかぎり、英語圏での趨勢は決しつつあるように見える。なんといっても、議論は日本より20年進んでいるのだ。現在の日本は、20数年前のイギリス及び北アメリカの光景である。
 
19世紀の歴史は21世紀に繰り返すのだろうか。
 
 
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2018年8月20日 (月)

方針変更を検討中

 
有難いことです。
このようなマイナーブログに何人もの方々から問い合わせをいただきました。
会員制にしてほしくない、と。
 
@nifty のココログから引っ越して別のプロバイダーでの再開を準備していました。すでに契約も済ませています。従って、会員制移行への全面中止は困難です。しかし、以下のように部分的な方針変更を検討しています。
 
渡英前のすべての投稿(一部を除く)、及び『石が叫ぶ ルカ 19:40 』、『議論』等のカテゴリーは予定どおり別プロバイダーの会員制ブログ(パスワードによるアクセス)へ移行。
 
②渡英後に投稿したその他のカテゴリー、また①のカテゴリー以外の新規の投稿は従来どおりのプロバイダー(@nifty のココログ )にアップロード。
 
恐らく、このように方針変更することになるかと思います。その場合、近いうちに②のカテゴリーのバックナンバーを再掲載する予定です。
 
 

2018年8月10日 (金)

会員制ブログへの移行

 
件名のこと、かねてより現行の不特定多数への発信から特定多数への発信へ移行する準備を進めていましたが、このほどその準備が整いました。急な連絡で大変申し訳ありませんが、当ブログは明日8月11日から、パスワードによるアクセスの会員制ブログへと移行いたします。2008年のブログ開始時からの記事を含めた現在までのすべての記事をそちらに移します。従って現行の @nifty ココログでの表示は明日をもって終了いたします。
 
一度終了したブログでありましたが、渡英後に再開。再度アクセスしてくださった方々には深く感謝申し上げます。ありがとうございました。
 
 

2018年8月 4日 (土)

RCO、ガッティ氏をセクハラ疑惑で解任

ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(アムステルダム)は、首席指揮者ダニエレ・ガッティ氏をセクハラの疑いで解任した。当ブログでも絶賛した才能豊かな指揮者であったが、報道が事実なら当然の処分である。

 https://www.asahi.com/sp/articles/ASL8415R4L83UHBI03Q.html?iref=sptop_8_02

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Royal Concertgebouw Orchestra terminates cooperation with chief conductor Daniele Gatti

Dear Sir, Madam,

We attach great value to inform you that the Royal Concertgebouw Orchestra has terminated the cooperation with chief conductor Daniele Gatti with immediate effect.

On 26 July, the Washington Post published an article in which Gatti was accused of inappropriate behavior. These accusations and Gatti’s reactions with this respect have caused a lot of commotion among both musicians and staff, as well as stakeholders both at home and abroad. Besides this, since the publication of the article in the Washington Post, a number of female colleagues of the Concertgebouw Orchestra reported experiences with Gatti, which are inappropriate considering his position as chief conductor. This has irreparably damaged the relationship of trust  between the orchestra and the chief conductor.

All concerts scheduled with Daniele Gatti will proceed with other conductors.

Kind regards,

Jan Raes – managing director Royal Concertgebouw Orchestra

2018年7月29日 (日)

最近の再会と出会い

 
本日の礼拝に懐かしい人が来てくれた。KGK東海地区主事時代の同僚だったカレン・ダルダさん。オーストラリア・シドニーのCMS宣教師で、現在は某国の日本人コミュニティーのために働いているとのこと。礼拝後に妻と3人でケンジントンのレストランで夕食。昔話、お互いの近況に花が咲いた。それにしてもカレンさん、速射砲のような日本語でよーしゃべるわ。昔と全然変わってない(笑)
 
日付は前後するが、今月19日に行われた VIP ロンドン支部夕食会で、グレースシティチャーチ東京の主任牧師/チャーチプランター、福田真理先生と奥様に初めてお会いした。福田先生から連絡をいただき、VIP の例会での出会いが実現した次第。先生の講演(大都市宣教の意義と可能性について)は大変 inspiring であった。先生と私はほぼ同世代であるが、お互い若い時期にはジャック・エリュールの『都市の意味』(すぐ書房)を読んだものである。エリュールは聖書から都市の罪悪性を指摘するわけであるが、この影響ゆえに大都市での伝道に対してネガティブな印象も植え付けられたものであった。福田先生は、1989年からニューヨーク市マンハッタンのど真ん中で開拓伝道を始めたティモシー・ケラー師(言わずと知れたリディーマー長老教会の元主任牧師)の論考を紹介しつつ、またご自身の開拓伝道の証しを交えつつ、大都市での宣教の意義を積極的に捉え直してみせられた。ただ、私なりに補足させていただくなら、ケラー師は常々 "I learned the most from my nine years as a pastor of West Hopewell Presbyterian Church in the small blue-collar town of Hopewell, Virginia." と語っている。要するにケラー師は、かつてバージニア州の片田舎、ブルーカラー労働者の町の9年間の牧会で必要なことのほとんどを学んだ、と。大都市伝道にこそ「鄙(ひな)の論理」が必要ではないかと思うのだが。
 
 
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2018年7月25日 (水)

窮寇は追うことなかれ(7/26 追記)

 
ヘルシンキでの米ロ首脳会談に先立ち、トランプ大統領は英国を公式訪問した。メイ首相との会談でトランプ氏は「EU を訴えろ(Sue the EU.)」とアドバイスしたらしい(トランプ氏は「提案」と言い直してオブラートに包んでいるが)。メイ首相が BBCテレビ 朝のトーク番組で明かしていた。ブレグジット(Brexit, EU からの離脱交渉)で、メイ首相が「迷首相」になり果てている姿にトランプ大統領は業を煮やしたのだろうか。メイ氏は「それはやり過ぎ」と一笑に付したそうだが、私はトランプ大統領の言葉をイミシンに捉えている。「訴えろ」とは字義的・法的意味ではなく、「交渉なんてやめてしまえ」という意図だろう。実際、トランプ氏は中国との関税戦争に突入したことは周知のとおりだ。
 
最近 EU は、メイ政権がまとめた EU 離脱方針の「白書」をめぐり、金融サービスに関する英国の要求を拒否した(7/23 付の「フィナンシャル・タイムズ」紙報道)。これは英国の国際的な金融街「シティ」の将来にも影響を与えよう。EU 側が英国の要求を突っぱねる理由も分からなくはないが、追い詰め過ぎて「窮鼠(きゅうそ)猫を噛む」が繰り返される愚を歴史の教訓として思い出した方がよい。第一次世界大戦後、敗戦国ドイツを追い詰め過ぎた反動として第二次世界大戦が起こったことを。何が一番怖いかと言えば、退路の断たれた者、失うものが無くなった者の反撃・暴挙である
 
ロンドンの金融街「シティ」の盛衰をめぐっては主に2つの憶測が流れている。
①国際金融特区「シティ」の空洞化。
②「パナマ文書」によって世界の注目を集めた「タックスヘイブン」問題への影響。
 
①については各国金融機関のいろいろな動きがある上、専門家たちの見通しも様々であるゆえ、現時点では何とも言えない。一方、「シティ」の起源は16世紀にまで遡り(1566年の王立商品取引所の設立)、その後、今日まで450年の歳月をかけて世界の金融市場で独自の地位を築いてきた。また1980年代のサッチャー政権による「金融ビッグバン」でその地位は更に確固たるものとなった。欧州大陸において、「シティ」に比肩する金融商品の開発力と金融技術ノウハウの蓄積を有した代替地があるとは思えない(独フランクフルト? 冗談でしょ)。従って、「シティ」の金融機能が EU 離脱によって急速に失われるとはちょっと考えにくい。
 
むしろ、ブレグジット交渉において追い詰められつつある英国が、トランプ大統領の発した "Sue the EU."、つまり「EU との交渉は無駄」との言葉に連動して「窮鼠猫を噛む」のまさに窮余の策に出る可能性が無きしもあらずであり、その環境が整いつつある。これが懸念材料だ。それが②の「タックスヘイブン」の問題である。タックスヘイブンとは租税回避地のこと。世界の富裕層は制度的に納税が免除されるこのような場所に預金を移動させるため、膨大な資金が「オフショア金融センター」たる租税回避地に集まる。「パナマ文書」の中米パナマや、カリブ海のバミューダ、ケイマンといった島国、アジアでは香港やシンガポール、アメリカではデラウェア州がタックスヘイブンとして知られている。実は「シティ」とは、スイスと並び、オフショアの膨大な資金が環流し、運用・管理されている場でもあるのだ。欧州大陸(ユーロ通貨圏)では他に、ルクセンブルグ・アイルランド・キプロスなどの小国では、タックスヘイブンの金融手数料収入が国家財政の大きな部分を占めている。
 
もうお分かりであろう。EU側がこのまま英国の要求を突っぱね、最終的に英国の「パスポート(EU圏内での自由な金融取引の許可証)」が剥奪される事態となれば、窮鼠となった英国はリーマンショック以来の金融規制強化の流れに公然と反旗を翻し、なりふり構わぬ大規模規制緩和を断行しかねない。つまり、英国自体がタックスヘイブン化するという反撃・暴挙である。トランプ大統領の助言「EU を訴えろ(=交渉するな)」とは穿ってみればそういうことではないか。そうなれば、世界中の資金、特にオフショア資金は「シティ」に集中する。この事態が現実となれば、上記の EU圏の小国(ルクセンブルグ・アイルランド・キプロス等)は既得権益を失って破綻するであろう。EU も無傷ではいられない。また「パナマ文書」や「パラダイス文書」の暴露で盛り上がった、世界的な不正蓄財摘発の機運も急速に萎む方向に進む。
 
元国税調査官で、『お金の流れで探る現代権力史 』『元国税調査官が暴く パナマ文書の正体 』等の著書がある大村大次郎氏は次のように語る(「東洋経済 ONLINE」のサイトより)。
 
『このマネーゲームの総本山といえば、ニューヨークのウォール街を真っ先に思い浮かべるかもしれない。確かにウォール街は、金融取引量自体は世界一である。だが、ウォール街の場合、その大半は国内の取引である。アメリカという市場がそれだけ大きいということだ。
 
では、マネーゲームの本当の総本山はどこか。実は、ロンドンのシティなのである。
 
世界金融全体のシェアを見てみれば、ロンドンのシティがウォール街を凌駕している。国際的な株取引の約半分、国際新規公開株の55%、国際通貨取引の35%は、ロンドンのシティが占めているのだ。
 
また、イギリスの外国為替取扱量は、1日当たり2兆7260億ドルであり、世界全体の40%を占めている。もちろん、断トツの1位である。2位のアメリカは、イギリスの半分以下の1兆2630億ドルである。「国際金融センター」としての地位は、いまだにロンドンのシティが握っているのである。
 
なぜロンドンのシティが、これほど世界金融に影響力を持っているのか?
 
もちろんそれは、イギリスがタックスヘイブンの総元締めだからである。
 
国際決済銀行(BIS)によると、イギリスとその海外領のオフショア銀行預金残高は推定3兆2000億ドルであり、世界のオフショア市場の約55%を占めているという。つまり、タックスヘイブンのおカネの多くは、イギリスが取り扱っているのである。
 
イギリスの「経済力」というのは、世界経済の中でそれほど大きいものではない。世界のGDPのランキングでは、だいたい第5位である。米国のGDPの6分の1にすぎない。そのイギリスが、金融の国際取引において、最大のシェアを持っているのだ。タックスヘイブンの存在が、いかに世界のおカネの流れを歪めているか、ということである。』

 
忘れてはならないのは、以前の投稿で指摘したとおり、「ロンドンとは英連邦53カ国24億人の首都でもある」。バミューダもケイマンも英領(海外領土)であり、香港と英国の歴史的結びつきは言わずもがなだ。画像左側の図で、世界のタックスヘイブンと英連邦諸国や地域または旧大英帝国とどれ程重なっているか確認してみれば分かる。世界のタックスヘイブンの首根っこを押さえているのが英国という国だ。普段は紳士的な国だが、「死に物狂い」となったときはプラグマティズム(現実主義)を冷徹かつ冷酷に断行する国でもあることは歴史が物語っている。EU も「いじめ(bullying)」はほどほどにして、そろそろ英国と現実的な交渉に入った方がよい。「窮寇(きゅうこう)は追うことなかれ」だ。
 
 
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2018年7月21日 (土)

対岸の火事ではない

 
前回の投稿で「BBC交響楽団の弦楽セクションはパワーなさ過ぎ」と書いたら、友人から「会場のロイヤル・アルバート・ホール(以下 RAH)が広過ぎるからではないのか」とのコメントがあった。確かにこのホールは大きい。6千人はゆうに収容できるし、天井までの高さは40m近くある。また、普通のコンサートホールでは舞台の上に大きな反響板があって、舞台で立ち上った音を客席に跳ね返す役割を果たしているが、RAH のそれは十分機能しているように思えない。従って、階上の席になるほど音が散ってしまう。確かに RAH はお世辞にもコンサート向きのホールとは言えない。とはいえ、このホールで数々の名演奏が生まれていることも事実なのだ。
 
その内の1つが、1990年のBBCプロムスでの小澤征爾指揮 サイトウ・キネン・オーケストラの公演であろう。動画の50分付近、ブラームスの交響曲第1番4楽章のコーダ(終結部)から聴いていただきたい。弦楽セクションの音の大きさ&分厚さは、RAH いっぱいに響いて聴衆を圧倒している。終演後の熱狂がそれを物語っている。この名演に比べたら、18日のBBC交響楽団の弦はあまりに貧弱だった。もっとも、名手ぞろいのヴィルトゥオーゾ集団であるサイトウ・キネン・オーケストラと比べるのは酷かもしれないが。。いずれにしても、ホールのせいばかりとは言えないであろう。
 
 
話は脱線するが、今から28年前のこのコンサート・ビデオを観ながらふと気がついた。終演後、拍手する立ち席の聴衆をご覧いただきたい。立ち席なので安いこともあるが、若者または若い世代が多く目につく28年後の今日、BBCプロムスの同じ立ち席はおじさん・おばさん・おじいさん・おばあさんたちばかりだ。28年前の彼らがそのまま年をとってそこにいるが如くである。つまり、若い世代の聴衆がそこにはない。5年後10年後に現在のコンサート・ゴアーズ(concert goers)がいなくなったら、クラシック音楽の演奏会の多くは成り立っていないのではないかと思われる。ここ2年ほどの観察で、状況はロンドンでもニューヨークでもボストンでもアムステルダムでも同様であった。クラシック音楽の演奏会に若い人が来ていない。これは危機的な状況だと思う。皮肉なことに、キリスト教会と同じ光景である。この危機感がキリスト教界で共有されているのだろうか。。クラシック音楽界の状況は対岸の火事では決してない。
 
 
 

2018年7月20日 (金)

サカリ・オラモ指揮 BBC交響楽団

 
7月18日のBBCプロムス。ロイヤル・アルバート・ホールにて。
 
メインはオリヴィエ・メシアンの『トゥランガリラ交響曲』。
 
3年前のエサ=ペッカ・サロネン指揮フィルハーモニア管弦楽団の演奏が良過ぎて比較の対象にならない。皮肉なことに同じフィンランド出身の指揮者同士なのだが。。
 
ピアノ独奏のアンジェラ・ヒューイットさんは6楽章から7楽章にアタッカ(楽章の境目を切れ目なく演奏すること)で入ったが、楽譜にそんな指定あったかな? 解釈としても唐突感を否めない。楽員も慌てて楽譜めくっていたぞ。リハーサルで打ち合わせなかったのだろうか。
 
BBC交響楽団の弦楽セクションはパワーなさ過ぎ。この不満は、9月のベルリン・フィル公演で晴らしてもらわねば。
 
特にコメントなし。以上。
 
 
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『科学的教義学』の刊行はいつ?

 
アリスター・マクグラス先生にお会いしたらぜひ訊いてみたいのが「『科学的教義学』の第1巻はいつ刊行されるのでしょうか?」である。方法論の大著『科学的神学』(全3巻)での予告からかれこれ15年近くが経過しているが兆しもない。日本では方法論のダイジェストである『神の科学』(教文館刊)が出ただけであるから、『科学的教義学』のプロジェクトはもう忘れ去られているかもしれない。
 
過去記事で『科学的神学』について書いたことがあったので参考までに以下に再掲しておく。
 
 
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思うに、キリスト教の長い歴史と伝統の中で、自然神学が退けられたのは20世紀のみだったのではないでしょうか。もちろん、あのカール・バルトの巨大な影響です。私は最近、弁証論の授業準備の中で改めてジャン・カルヴァンの『キリスト教綱要』(渡辺信夫師による「改訳版」)、とりわけ第1篇を注意深く読んでみましたが、少なくともカルヴァン自身は、バルトのように自然神学を理解していなかったとの結論に達しています。

バルトを始め20世紀の神学者たちが自然神学を退けたのは、自然神学を「(啓蒙主義の影響により)人間理性による神存在の証明とそれへの道筋」と見なし、本来の意味を逸脱してしまったからではないかと思うのです。(もちろん、バルトがそのように傾斜した、ナチスの台頭等、彼の置かれた時代状況や時代精神は十分に理解できます。)

残念なことは、キリスト教神学において自然神学の地位が失われると、啓蒙主義が助長した「宗教の私事化」と相俟って、神学自体の「公共性」も失われて行きました。今日、多くのクリスチャンにとって神学とは、教会の中だけで通用する学問と受け止められています。幸か不幸か、ポストモダンの到来により、マイノリティーに対する発言権付与の恩恵で、神学は「教会のための学」と自称することで、かろうじて諸科学のパブリック・スクエア(公共の場)において存在の認知を得ているのが実状かと思われます。

アリスター・マクグラスは、自著『科学的神学("A Scientific Theology")』の中で、「科学的神学は一つの公共の神学(a public theology)である」と述べています。つまりキリスト教神学は、神の創造としての「自然の神学」を発信しなければならないということです。ポストモダンの勃興によって啓蒙主義の「普遍的理性」の地位は終焉を迎え、発言権を与えられた各立場が「自然」の見方について、公共の場で競合するようになりました。キリスト教神学がこの競合に参加できるかどうかが、21世紀のキリスト教を考える上で極めて重要な課題となる。ここにマクグラスの危機意識とキリスト教の展望が込められていると見ることができるでしょう。キリスト教神学をもう一度学問の主流に引き戻すためには、「伝統に媒介された合理性」(アラスデア・マッキンタイアによる洞察)、つまり諸学問との対話を成し遂げる必要があるわけです。

従ってマクグラスにとって自然神学を語るとは、「キリスト教の伝統からの創造の教理の再発見」であり、同時に、自然諸科学による自然の解釈とそれにより成立する作業仮説の「方法論」を援用することで、ちょうど自然科学が観察データを理論化するように(自然科学の諸法則探求の方法論の背後にあるより確かな存在論への確信である「批判的実在論(critical realism)が要請される)、神学は自然(マクグラスは第2巻において自然をも含むより広義の「実在(Reality)」が神学の対象であることを語る)の表象としての理論、つまり「教理」の形成へと向かうことであるのです。教理とは、共同体(教会)の外観を形成する機能(マクグラスは『教理の誕生("The Genesis of Doctrine")』という本の中で、これを 'social demarcation' と呼ぶ)だけではなく、競合する他の共同体とのコミュニケーション手段でもあるのです。それは公共の場で、教会が他の共同体と直面しつつも、なおその独自性を維持して存在し続けることの正当性を担保するためなのです。

『科学的神学』は、第1巻「自然(Nature)」、第2巻「実在(Reality)」、第3巻「理論(Theory)」の全3巻から成る、1000ページにもわたる「神学方法論」の本です。残念ながら現時点では邦訳はありませんが、マクグラス自身が全3巻をダイジェストにまとめた本、"The Science of God" が、『神の科学:科学的神学入門』という邦題で教文館から出版されています。この邦訳の出版意義は大きいのです。

『科学的神学』は神学方法論であり、これから本論の著述へと向かうわけですが、マクグラスはその本論を『科学的教義学("A Scientific Dogmatics")』と仮称しています。本論へ向かう作業過程をまとめた本が2006年に出版されました。"The Order of Things: Explorations in Scientific Theology" という本です。

マクグラスは一歩一歩『科学的教義学』へと向かっています。最近出版された "The Open Secret" や来年のギフォード講義等で自然神学の更なる復権に務め、2010年以降には第1巻が刊行されるのではないでしょうか。オックスフォード大学は自然神学研究の最先端の一つとなりつつあります。

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本書の核心部となる議論の一部を紹介しておきます。本文の中に「伝統Aがその歴史の中において十分に答えることのできなかった問題を伝統Bが答えることができる、と伝統Aは認識できるか」という問題提起があります。監訳者の稲垣久和先生は「訳者あとがきと解説」の中で、伝統A=日本的伝統、伝統B=キリスト教的伝統と仮定し、「日本的伝統がその歴史の中において十分に答えることのできなかった問題をキリスト教的伝統が答えることができる、と日本的伝統は認識できるか」と提起した時、マクグラスの批判的実在論も稲垣先生の創発的解釈学においてもその答えは、『然り』 であります。但し、稲垣先生は後半部の「日本的伝統」には主体としての参与者、即ち日本人キリスト者が実践的に参画した日本社会という意味が含まれている(創発している=emergence)という点が重要であると条件づけています。教会という存在自体が公共の存在なのだから、神学の公共性云々を問うのがそもそもナンセンスという主張もありますが(例えば、佐藤優氏の『神学部とは何か』参照)、《創発(emergence)》 という視点が欠落するとそういうことになるのかもしれません。伝統Bは、異質かつ異教的な伝統Aとの接触により、あたかも触媒(catalyst)に接したかのように、自らの本質を変えずに伝統B’へと創発して行くゆえに、伝統Aの中で公共性を形成して行くということでしょうか。 

『科学的神学』 は方法論の詳述です。 本論である 『科学的教義学』(仮題)の刊行がそろそろ待ち遠しい昨今です。

 

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2018年7月17日 (火)

BBCプロムス 2018(7/21 公演追加)

 
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BBCプロムス(BBC Proms)とは、ロンドンで毎年夏に開催される、8週間におよぶ一連のクラシック音楽コンサート・シリーズのこと。ロンドンのサウス・ケンジントン地区にある「ロイヤル・アルバート・ホール」を中心に100以上のイベントが行われる、世界最大のクラシック音楽祭である。私たちの礼拝場所(Christ Church Kensington)からこのホールまで歩いて10分ほどだ。
 
今年は先週7月13日(金)が初日、千秋楽の「ラスト・ナイト」は9月8日(土)の日程で行われる。画像はチケットと日程表。5公演以上を予約すると、千秋楽の「ラスト・ナイト」のチケットを申し込む抽選資格を得られる。会場のロイヤル・アルバート・ホールは6千人を収容する大ホールであるにもかかわらず、申し込みが殺到するため「ラスト・ナイト」のチケットは入手困難である。
 
ぜひ「ラスト・ナイト」の抽選資格を得たかったので、奮発して6公演を予約した(5公演に加え1公演を追加)。以下が私が聴きに行くコンサート。
 
サカリ・オラモ指揮 BBC交響楽団
  曲目
  ・G. ガーシュイン 『パリのアメリカ人』
  ・O. メシアン 『トゥランガリラ交響曲』
 
イヴァン・フィッシャー指揮 ブダペスト祝祭管弦楽団
  曲目
  ・F. リスト 『ハンガリー狂詩曲第1番 嬰ハ短調』
  ・J. ブラームス 『ハンガリー舞曲第1番 ト短調』
  ・F. リスト 『ハンガリー狂詩曲第3番 変ロ長調』
  ・P. サラサーテ 『チゴイネルワイゼン』
  ・J. ブラームス 『ハンガリー舞曲第11番 ニ短調』
  ・J. ブラームス 『交響曲第1番 ハ短調』
 
ヤニック・ネゼ=セガン指揮 ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団
  曲目
  ・F. リスト 『ピアノ協奏曲第2番 イ長調』 独奏者:イェフィム・ブロフマン
  ・A. ブルックナー 『交響曲第4番 変ホ長調 <ロマンティック>』
 
キリル・ペトレンコ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
  曲目
  ・P. デュカス 『「ペリ」へのファンファーレ』
  ・S. プロコフィエフ 『ピアノ協奏曲第3番 ハ長調』 独奏者:ユジャ・ワン
  ・F. シュミット 『交響曲第4番 ハ長調』
 
キリル・ペトレンコ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
  曲目
  ・R. シュトラウス 交響詩『ドン・ファン』
  ・R. シュトラウス 交響詩『死と変容』
  ・L. ベートーヴェン 『交響曲第7番 イ長調』
 
アンドリス・ネルソンス指揮 ボストン交響楽団
  曲目
  ・L. バーンスタイン 『セレナード』  独奏者:バイバ・スクリデ(Vn)
  ・D. ショスタコーヴィチ 『交響曲第4番 ハ短調』
 
 
「ラスト・ナイト」のチケットについてはダメもとで抽選に応募したのだが、なんと、なんと、抽選に当たってしまった!!  それもペアで!  妻と一緒に行ける! 
 
以前から、私はBBCプロムスの「ラスト・ナイト」で、イギリスの第二の国歌とも呼ばれる『エルサレム』を会場の人たちと歌ってみたかったのだ。この曲は、18世紀のイギリスの詩人ウィリアム・ブレイクの預言詩「ミルトン」の序詩に、チャールズ・パリーが1916年に曲をつけたオルガン伴奏による合唱曲である。映画『炎のランナー』を観た人は、映画冒頭の葬儀のシーンで流れていた曲として思い出していただけるであろう。歌詞はやや異教的(異端的?)な趣きがないわけではないが(受肉前のキリストがイングランドに来たのか?)、とにかくイギリス特にイングランドでは愛唱されている合唱曲である。
 
以下の動画は、2012年「ラスト・ナイト」でのエルサレムの大合唱である。英語の他、日本語訳が付されている。BBCプロムス「ラスト・ナイト」の会場の雰囲気を味わってもらえればと思う。
 

いつか北海道で暮らしたい

 
用事は済んだ。ほぼ予想どおり。
金沢の詩人・室生犀星(むろう さいせい)の如く「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの よしや うらぶれて異土(いど)の乞食(かたい)となるとても 帰るところにあるまじや」と詠うことにしよう。東海地方は愛する故郷であるが、私の中では(犀星の詠う)「ふるさと」になりつつある。
 
もう1つ別の調査のために北海道に行った。55年の人生でたった二度目の訪問だった。人生の再出発によい土地かもしれない。でも、神様はこういう願いは叶えてくれないだろうなあ。
 
まことに、まことに、あなたに言います。あなたは若いときには、自分で帯をして、自分の望むところを歩きました。しかし年をとると、あなたは両手を伸ばし、ほかの人があなたに帯をして、望まないところに連れて行きます。」    (ヨハネの福音書 21章18節 「聖書 新改訳 2017」)
 
 
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2018年7月12日 (木)

マクグラス先生激賞の本

 
アリスター・マクグラス先生が選んだ3冊のうちの1冊(動画の3分46秒付近から)。リリン・ロビンソン著の『ギレアド』(新教出版社 ¥ 3, 240)。 ピュリツァー賞受賞の作品。
 
2005年ピューリツァー賞・全米批評家賞受賞小説。アイオワ州のギレアドという片田舎の町。 カルヴァンとバルトを愛読する老牧師が自らの死期を意識し、若い妻との間にもうけた幼い息子に手紙を綴る。南北戦争から冷戦期にいたる三代にわたる牧師一家の信仰の継承と屈折。帰郷した知己の青年と妻との関係。自らの揺れる心。隣人たちの人生――。 「私はこの本の虜になった」 バラク・オバマ。
 
 
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2018年6月23日 (土)

1983年のウィクリフ・ホール

 
この年は興味深いことが起こっている。
 
デイヴィッド・ウェナム先生アリスター・マクグラス先生がこの年からウィクリフ・ホールの教師(tutor)となった。画像はカレッジ・フォト。最前列の右から4人目がウェナム先生。同じく最前列の左から4人目がマクグラス先生である。お二人とも若い!(笑)
 
同じ年、「アルファ・コース」で知られるニッキー・ガンベル師が法廷弁護士(barrister)のキャリアを投げ打って献身。ウィクリフ・ホールの神学生となった。画像のどこに写っているか探してみてください。
 
余談だが、オリヴァー・オドノヴァンは1972ー1977年の5年間、ウィクリフ・ホールの教師であった。ついでに蛇足ながら、オドノヴァンを通らずしてジョン・H. ヨーダースタンリー・ハワーワス、またリチャード・ヘイズに走るのは危ない。
 
 
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2018年6月12日 (火)

ブラックウェル書店にて

 
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きょうはレディング(Reading)というロンドンの西方にある町での家庭集会の後、久し振りに古巣のオックスフォードに足を伸ばした。今月は大学の最終試験の時季。サブ・ファスクと呼ばれる正装で試験に臨む学生たちを街中で見かける。21年前の自分を思い出した。ケンブリッジ大学は試験での服装規定を取りやめたと聞くが、オックスフォードは頑固に守り続けている。この町に来るたび「時計を500年くらい巻き戻さないと」と思う。
 
 
 
 
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毎月ではないが、本日のようにレディングでの家庭集会のついでにオックスフォードに来ることはある。主な目的は「ブラックウェル書店」詣である。書店内のノリントンルームにある神学書コーナーは20年前と全く変わっていない。新刊の神学書が目当てというよりは、キリスト教の各伝統(正教会、カトリック、プロテスタント)の神学書がバランスよく取りそろえられていて、購入はしないがそれらを立ち読みするにはうってつけの本屋なのである。また、日本ではほとんど未開拓の分野の研究書なども英語圏では手にすることができる。
 
画像右のような "聖書の自然史" の学際的分野は個人的にも関心をそそられる。翻訳聖書にある動植物(昆虫なども含む)の訳語は、実はとてもアバウトなのだ。例えば日本人にとって「蝉(せみ)」という昆虫は、それが「ミンミンゼミ」なのか、「ヒグラシ」なのか、はたまた「ツクツクボウシ」なのかで、同じ「夏」の風物詩でも状況が違ってくる。ミンミンゼミは盛夏の昼間だし、ヒグラシは朝夕の涼しいときであり、ツクツクボウシは晩夏の蝉である。しかし欧米人には単に「セミ(英語では cicada)」でしかない。文化の違いである。一方パレスチナの風土では、私たち日本人が単に「牛」とか「羊」で訳し済ませている動物に実は細かい識別があったりする。植物も同様である。
 
 
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きょうは書店に2時間ほど滞在したが、2時間の立ち読みで10頁ほどしか読み進められなかった本がこれ。キリスト教倫理学の巨人、オリヴァー・オドノヴァン(Oliver O'Donovan)の3部作である。私が神学生の頃、オドノヴァンはオックスフォード大学神学部の「倫理学及び牧会神学・欽定講座担当教授(Regius Professor of Moral and Pastoral Theology )」だった。オックスフォード退官後はエディンバラ大学の教授を務めた。現在は名誉教授(professor emeritus)だと思う。
 
ところでオックスブリッジ(オックスフォード&ケンブリッジ)に残る「欽定講座担当教授」という教授職は往年の名残である。ラテン語のレギウス(regius、英語の発音は「リージャス」)は「王様の」を意味する。その名のとおり、かつては国王にご進講した教授の肩書きであった。その由来からするならば名誉ある職務であったのだろう。そう、かつて「神学」は王様に進講する学問だったのだ。国王(女王)はイギリス国教会の長でもあるから、神学の素養は不可欠だったに違いない。現在の欽定講座担当教授にその任務があるのかどうかは知らない。
 
話を戻す。"Ethics as Theology" と題されたオドノヴァンの3部作は彼のキリスト教倫理学者としての集大成なのだろう。第1巻が2013年、第2巻が2014年、そして最終巻が昨年2017年にそれぞれ刊行された。驚くのは、集大成でありながら、各巻は300頁にも満たないボリュームなのだ(第3巻だけは少し厚い)。本日は第3巻を立ち読みしたのだが、2時間かけても10頁と進めなかった。そう、オドノヴァンの本は恐るべき著作なのだ。短い文章の中に膨大な読書と思索が凝縮されている。だから、2時間かけても10頁も読み進められなかった。単に難解ということではなく、思索の深遠さに畏怖するのだ。そういえば、今をときめく神学者ケヴィン・ヴァンフーザー(Kevin Vanhoozer)が以前、オドノヴァンの生命倫理学の小著 "Begotten or Made ?" を激賞していた。小著に見合わぬ内容の濃さゆえであろう。 
 

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